ギルバート・ダウンバード
ギルバート・ダウンバードはダウンバード公爵家の長男であり次期当主、そして今世紀最強の魔術師として知られている。
銀色の髪に薄紫の瞳。容姿端麗なその姿に胸焦がす令嬢は多かったが、18歳の成人を迎える今に至るまで特定の女性と時間を共にする事はなかった。
それは彼の性格に起因するところが大きい。
幼稚で軽薄、尊大で自己中心的、とは友人の談である。彼の妹に至っては「お兄様は、クズですわ」と優雅にこき下ろした。
彼と恋の噂の上がったご令嬢方は多かったが、しばらくすると皆口を揃えて「私には勿体ないお方です」と口元を扇子で隠し上品に微笑むだけだった。
ギルバートに師事を仰ぎたい、との申し出は本来なら鼻で笑って無視するところだが、今回は違った。自分に次ぐ魔力量で、国内で魔力操作を教えられるのは彼だけだと言われたのだ。
相手は親戚筋にあたるダーリンガム伯爵家の少女だという。ダーリンガム伯爵家は親戚筋といっても、祖父達が従兄弟である、と言う程度の繋がりだ。
代々魔力の無いものや少ないものが継いできた、ハズレ当主の家だとギルバートは認識している。
新年のパーティーで話した事があった間抜けそうなカツラ親父。その娘なら、間抜けの血を引いているだろう。それなのに、この自分に次ぐ魔力量。
下手すりゃ国が吹っ飛ぶだろう。自分が教えるしかないなぁ、と面倒くさそうに了承した。
「思春期ってさ、ホルモンバランスの乱れで精神的に不安定になりやすいのよ。そんな難しい年頃になるまでにコントロール覚えなきゃ、魔力が暴走しちゃう訳。そしたら大変だよ〜。俺の友達なんか、黙れクソババア!って指差しながら言ったら、その指先に馬糞が乗っかったんだから。嫌でしょ、馬糞。怖いよね〜魔力暴走!だから頑張ってさっさとコントロール覚えてね」
そんで、早く俺様を解放してね〜と言うギルバートにアリアは「はいっ!」と元気よく返事をした。
ギルバートは、その能天気そうな返事に「うんうん、元気でよろしい」とニコニコ頷きながら、その薄紫の瞳でアリアを素早く観察した。
なるほど、この小さい少女の身体に巡る魔力量はその見た目に反して強大である。風属性だと聞いたが他の魔素も感じる。
鍛えれば使える魔術師になるだろうか、いや伯爵令嬢だ、わざわざ魔物と対峙する血なまぐさい職を希望するわけないか、、、。
(どうも、モチベーションが上がらないねぇ〜)
年頃になれば、何処かへ嫁に出されて家の中でニコニコやってるだけの女の子に、何故この俺がわざわざ魔力コントロールを教えなければならない。まぁ魔力量を考えれば仕方ない事ではあるが、、、
(まぁ、ちゃちゃっとやってお役御免といきますか!)
この国最強と言われる魔術師様は、多忙なのである。
「先生!質問です!」
「ギルで良いよ〜。なんでしょうアリアちゃん」
「ダウンバードのおじさまが、ギル先生の瞳について教えてくれました!先生は200年ぶりに“リラの瞳”を持って生まれたって!」
「そうだよ〜。綺麗でしょ」
ズイッとアリアの前に顔を寄せる。自分で言うのもなんだが、整った顔立ちのギルバートに至近距離に寄られて胸ときめかない女子はいないと自負している。幼いとはいえ、アリアも年頃の少女だ。当然ギルバートの行動に顔を赤らめるはず、、、
「わぁ、綺麗な色ですねー」
そう言いながらも、椅子に座っていたアリアは上半身をこれでもかと後ろに仰け反らしてギルバートと距離を取ろうとしている。
「………すみません。ちょっと近すぎて逆によく見えないと言うか……」
「………いや、うん。そうだよね、ごめんね」
その日の夜、ギルバートは思い出した。ひと昔前にプレイボーイとして名を馳せた紳士が、中年になってもデビュタントしたばかりの令嬢を口説いていたあの姿。口説かれている令嬢の引き攣った微笑み。
“いい年して若い女性ばかり追いかけてみっともない。”“気持ちばかり若くても、見た目は老いるものだ”と嘲笑する周囲。
自分はアレにはならない、と見下していたが、今日のアリアとのやりとりで思い知った。
(12歳にとって18歳は、おじさんなのかもしれない…)
ギルバート・ダウンバード18歳。この日、初めて小さな挫折を知った。
12歳にとって18歳は、大人のお兄さんだと思うよ、ギルバート。涙拭きなよ、ギルバート。




