カリネキア国
世界は闇に包まれようとしていた。
数百年も前から確認されていた存在、魔物。
それが徐々に数を増やし、今や身近な恐怖として人々の生活を脅かしていた。
カリネキア国も魔物の被害が最も多い国として知られている。それは、昔からこの国に存在していた【魔物の森】が原因である。魔物の森とは名前の通り、遥か昔より魔物の多く住む森として知られた場所であった。
そのような森や山は世界に数えるほどしかなく、世界中に存在する魔物の産まれた地として忌み嫌われていた。
「では、魔物とは何だと思う?」
その質問に、アリア・ダーリンガムは首を傾げる。
「何、と言われても、魔物は魔物としか、、、」
アリアの答えに、ギルバート・ダウンバードは呆れた様にため息をつき、やれやれと言った風に肩をすくめる。
短く切りそろえられた銀の髪がキラキラと輝き、薄紫の美しい瞳が細められた。
見下した様なその表情に、アリアはイラっとした。
カリネキア国で1番の美男子と評判のご尊顔に周りの女子達が色めき立ったのも、アリアを苛つかせた要因の一つかもしれない。
「魔物は元は普通の生物だった、と言うのが学者達の仮説だ。なぜか?魔物を実際に見たが、アイツらは野生生物と見た目がほぼ変わらないモノも多いんだ。長く生きるうちに姿を変えていく、、、成長と言っていいだろう。最初はイノシシと変わらない、違うのは目が4つある事だけ、そして徐々に牙が太く長く伸び身体が肥大し、それに合わせるかのように魔力も増大していく。他の動物をベースにした魔物も同様だ。」
「それで、、、それに何か問題でも?魔物は魔物です」
「それは自分で考えろ、そんな事も分からない軽い脳みそだからお前は何時までたっても弱いんだよ」
最後にビシッとデコピンを食らい、ウッと呻いてアリアは仰け反った。
「相変わらず色気の無い声だすねぇ~、ほんじゃ」
赤くなったオデコを擦るアリアに悪びれもせず、ギルバートは背を向けて去っていった。
アリア・ダーリンガムは伯爵家の長女だ。4人に1人は魔力を持つと言われる世代に、その中でも突出した魔力を持って産まれた。
ダーリンガム家は歴史のある名家である。しかし、代々魔力量は微々たるもので、風魔法で髪の毛が早く乾かせて便利だね、くらいのものだ。
魔力を持って産まれたかどうかは、2〜3歳の間に判明する事が多い。大抵は、イヤイヤ期と呼ばれる期間の癇癪で魔力があるか、何属性かが分かるのだ。
イヤ~!と同時に部屋の湿度が高くなったり、足元が水浸しになったりしたら「あら、水属性の魔力があるのね」となり、慰めようと抱き上げるたびにビリッときたら雷属性だ、とかである。
魔力があると判明しても、そこから10年ほどは魔力は微々たるものだ。それは幼子の魔力の発動条件が感情の爆発と起因している為の防衛本能として備わった人体の神秘だと学会で定義されている。
幼児がイヤイヤ!とする度に、竜巻が起きたり火災が発生しては、自分自身の身に危険があると、本能が魔力をセーブしているのだろう、と。
なので、アリアが初めて魔力を放出し母のドレスの裾がフワリと持ち上がったり、父の薄くなった頭頂部を隠すための装飾品(人はソレをカツラと呼ぶ)を浮かせても、「アリアは風魔法がつかえるのねぇ」とほんわかと祝福された。
意図せず頭頂部の秘密が暴かれた父は涙目ではあったが。
おやおや?と家族が困惑したのは、魔力量が定まりコントロールの仕方を覚える必要があると言われる12歳の事だった。
アリアの家族で魔力を持ち扱うものは、母と兄の2人。父には魔力はなく、アリアの下の弟妹にも魔力持ちの兆候は現れなかった。
母はアリアと同じ風属性の魔力を持ち、家族の髪を乾かすのが限界、と言う。
兄は土属性で、庭の土の肥料を混ぜるのを手伝って庭師に感謝される程度にしか貢献できないよ、と謙遜している。
なので、アリアも同様であろうというのが家族の見解であり、アリア自身もそう思っていた。
兄が魔力コントロールを習っていた魔術の家庭教師に再びお願いした授業の初日。
庭に干した洗濯物を乾かそう!という試み。
愛娘の初めての魔術を見届けようと、父と母は少し離れた場所でニコニコとアリアを見守っていた。
「では、アリア嬢。こちらのシーツに手のひらを向けて。そう、そして身体に巡る魔力を感じるのです。イメージして。身体の中の魔力が風の塊になり手のひらから解き放たれるイメージ。」
アリアは目を閉じて身体の声を聞いた。熱い何かが身体の中を巡る。これが魔力?そう感じた時、頭の中、耳の少し上くらいでカチャっと音がした気がした。途端に、熱く巡る魔力が速さを増し風のイメージが膨らむ。セーブされていた魔力が解き放たれたと感じた。
手のひらが熱くなる。
「ア、アリア嬢!解き放つ力をセーブできますか!?3割、、、いや、1割だけ放出してください!」
急に言われても無理と言うもの、大体その力をセーブしコントロールする為の授業なのだから。
それでもアリアはお腹の中心にフンッと力を入れて踏ん張り、手のひらから放たれそうな魔力を抑えようと努力した。
その結果、何とか抑えられながら放出した魔力はシーツをはためかすどころか、シーツを支えるための支柱とロープもろとも空高く吹き飛び、爆風の余波で周辺の木々は根元から倒れダーリンガム邸の多くの窓ガラスにヒビが入った。
遠くで見守っていた母は翻りそうなスカートの裾を両手で押さえ、父は頭頂部の装飾品がシーツと共に旅立ったのを見送った後、涙目でアリアにサムズアップをして見せた。
後日、家庭教師の先生が魔力測定機を持ってきて魔力量を測定したところ、アリアの魔力量がトンデモナイと言うことが判明した。なぜ最初に魔力測定をしなかったのか?
だって由緒正しいダーリンガム家、今まで魔力ショボショボしか生まれなかったからアリアちゃんもそうだと思ったんだもん、と父は言った。ダーリンガム家は代々うっかりさんなのだ。
「お兄ちゃんと同じくらいの魔力だよ〜」を鵜呑みにして最初の魔力量測定を省いてすみませんと、家庭教師は平謝りしたが、両親に完全に落ち度があるので不問となった。
アリアちゃんすごいね〜バンザーイ!とひとしきり家族で騒いだ後、あれ?どうしよう?となった。ショボショボ魔力のダーリンガム家、魔力の多い子の子育てノウハウがないのである。
すでに、家庭教師は自身の力不足を理由にその席を退いてしまった。魔力コントロールは、自身より魔力の多い魔術師に師事するのがセオリーなのである。
翌日、父がアリアの魔力測定結果を魔術教団に届けに出た後、興奮した様な青ざめた様な何とも言えない顔色で帰ってきた。アリアの魔力量は、この国で2番目に多かった。つまり、アリアがこの国で魔力コントロールの師事を仰げるのはただ一人。
この国最強、いや、世界最強と言われる魔術師。
ギルバート・ダウンバードである。
装飾品は高級品。




