いざ尋常に参らん!
村長の家は、村の中心にある岩で少し盛り上がった丘の上にあった。
扉を叩くと、中から低く唸るような声が返ってきた。
「入れ。」
扉を開くと、そこには精悍な顔つきの老人が座っていた。
白髪混じりの長髪に、鋭い目つき。
70代だと聞いていたが、まるで戦場のど真ん中に降り立ったかのような雰囲気を醸し出している。
この村の村長、オージー。
ここに来るまでの道中、村人に聞いた話によると彼もかつては冒険者だったらしい。腕は確かで20年前に起こった天災による魔物の活発化からの用心棒としてこの村を訪れ、引退した後もそのまま定住したとか。
オージーはじろりと僕を見た。まるで品定めをするような目つきだ。
「お前が依頼を受けた冒険者か?」
「はい、依頼を受けたノエルと言います。依頼書の洞窟に案内してください。」
そう言った瞬間、オージーの顔にわずかに不機嫌そうな表情が浮かんだ。
「自信満々な目だな。そんな目をする奴には大事な依頼を任せられんな。」
―なるほど。僕を試してるのか、この人は。
噂では、オージーは依頼を受けにきた冒険者を何人も追い返しているらしい。
「俺はな、何人もの冒険者を見てきた。自分の力を示したいだけの奴、金さえあれば良いと言う奴、口だけは一丁前に回る奴……、いろんな奴がいた。だが、こいつにならこの村を任せられる、と言う奴はいなかった。」
…依頼になっている洞窟は大切なものなのか?もし村全体にとって大切なものなら、慎重になるのも無理はない。
「だから、品定めをするんですね?」
「…その通りだ。」
老人は薄く笑いながら、少し目を見開いた。
「試してやるよ、ノエル。お前がこの村を任せるに値するかを___な」
その瞬間、老人の右手は腰に刺していた短剣を抜き、くるりと持ち替えノエルの喉元に迫った。
(速い…ッ!)
だが、僕もただ突っ立っていたわけではない。すかさず後ろにのけ反り短剣を避け、指輪を短剣に形成した。
「…ただの飾りではないようだな。」
「合格ですか?僕は。」
オージーは短剣を鞘に戻し、
「最後に一つ聞かせてもらおう。お前はなぜ冒険者などしている?」
「…強くなるため」
オージーはふっと笑った。
「いいだろう。ノエル、お前にこの村を任せた。」
「…ありがとうございます。早速、洞窟に行きましょう。」
オージーは満足げに頷き、机に地図を拡げた。
「ヒューマピッグが現れたのは、ここから東に見える山の麓にある洞窟だ。その洞窟にはこの村の命とも言えるものがある。まあ、見たら分かるだろう。」
気になる言葉もあったが、今はとにかくヒューマピッグの討伐に専念しよう。
「気になることもありますけど、帰ってきたら聞かせてもらいますね。」
「そうしてくれ。さあ、行くぞ。」
そう言うと、オージーは杖を手に、扉を開けて外に出た。
その後をついて、初めての魔物討伐に歩みを進める。
道中ではヒューマピッグの特性や弱点についてオージーの授業が行われた。オージーも冒険者としての初任務はヒューマピッグだったらしい。勿論討伐には成功したらしいが、当時はまだ荒くれ者で二次被害は二の次だったらしい。
そんなこともあり、今の冒険者たちに強く出ているらしい。
オージーによると、
「冒険者はつけ上がらせるな」
が鉄則だとか。
「よし、着いたぞ。あの谷の麓に見えるのが依頼書の洞窟だ。……最後にもう一度忠告だが、舐めてかかるなよ。喰われるぞ。」
この男は、冒険者に強く出ると口では言っていても、やはり死んでほしくはないらしい。だから、冒険者を吟味していたんだろう。
「ご忠告、感謝します。」
僕は指輪をさすりながら、グッと拳を握りしめ、洞窟の正面に立った。
遠くから、オージーの声が聞こえた気がした。
「――死ぬなよ。」
僕は振り返らずに言った。
「いざ尋常に参らん!」
そして、僕は洞窟に足をグッと踏み入れた。