03 チブサー帝国
「なんの騒ぎだい!?」
エレベーターから、誰かが上がってきて大声を張り上げた。
振り返った猫五郎は、石像のようにピシッと固まる。
賢明なる読者諸君はすでに察知されていることと思うが、そこには“バケモノ”が居たからだ。
アヒル口、裸エプロン、前屈み…男が理想とするお出迎えスタイルと言えよう。
しかし、それは美女か、美少女がやればの話だ。
これをやったのは、とどのつまり……
ババアだった!
ババアだったのだ!!
重要なことでもう一回言っとく!!
バ バ ア なのだァァァ!!!!!
アヒル口はまるでタコ火星人の漏斗のようであり、裸エプロンはのたうち回る超宇宙蛇のようで、前屈みになったせいで巨大イカ星人2体が床タイルにまで到達している!!!
悲劇! まさに悲劇!! まさしく悲劇!!
超宇宙空間の如き不穏な暗黒が、そこには漂っていたのであーる!!!
「副艦長のギビダンゴ・ザ・オ・ウーナだ。略して、オ・ウーナだ」
とても直視が耐えられない、ゴリッポが目を背けつつ申し上げた。
「ぜんぜん略してないんですが……ふ、副艦長!? な、なんで副艦長が裸エプロンで?!」
「なんでって、サービスサービス?」
どこぞの女司令官のような真似をして、オ・ウーナがウインクしてみせる!!
ツケマツゲが威嚇する猫の如くシャーと揺れ、厚化粧のオシロイがマブタからボロリと落ちて、旱魃の割れた地面みてぇな、本来のシワだらけの皮膚がちょっぴり見えてしまう!!
猫五郎は怖気が走り、身震いして、猫生初めての最悪の嘔気を覚えた。
オキーナは帽子を深く被り直し、「チッ」と舌打ちする。
「それはそうと、コイツァーどういうわけで、なんの騒ぎだい!?」
オ・ウーナ副艦長はギロリとオペレーターたちを睨みつける。
「か、艦長が…」
「発進命令を…」
「それで、私たちも敵機がいると思ってぇ…」
お局様に脅える新人OLが如く、ボソボソと答えるオペレーターたち。
この姿を見ただけで、艦長と副艦長のどっちがこの船の実権を握っているのか猫五郎は察した。
「敵ぃ? 敵なんてどこにいんだい?」
オ・ウーナは手で庇をつくり、わざとらしくモニターを見やる。
オキーナは不貞腐れた子供のように唇を尖らかせた。
「……はあ。またやったのかい。オキーナ艦長」
「え? “また”?」
猫五郎が驚いて尋ねると、オ・ウーナは頷く。
「あんた、新兵さんだろ?」
「は、はい」
「きっと新兵にイイトコみせたくて、主砲なんて発射したんだろうさね。本当に男ってヤツは幾つになってもしょうがないねェ〜」
ほんのりとオキーナの耳が赤くなっている。
「ま、そんな子供っぽいところがこの人のいいところなんだけどネェ」
「プッ…」
「クスクス」
「フフ。艦長カワイイ…」
オペレーターのみんなが笑いだす。
そういや、オペレーターは全員若い女子だった。箸が転がっても笑う年代だ。
ゴリッポも口元に手を当てて笑いを堪えている。
ドッ! と、一気に室内が笑いに包まれ、和やかな雰囲気が漂う。
嗚呼、笑いがあればいいじゃない。
嗚呼、畜生だっていいじゃない。
今まで何を悩むことがあったのかしら。
どうせ同じバカなら、踊らにゃ損じゃあないか。
見てご覧。このだだっ広い超宇宙をさ。
小さなことに囚われてた自分がおバカさんみたいじゃない。
戦いも意味なんてないのよ。
やめましょーよ。皆友達なんだから。
かつて偉人のどこの誰かが、争いとは同じレベル同士の間にしか起きないと言っていたような気がしなくもない。
そうさ! 考えてみれば、同じ超宇宙という名の超宇宙船にいる仲間たちじゃあないかァ!
これは同じ窯の飯を食った仲と申し上げて差し支えあるまい!
エロ推進派やエロ規制派の違いなど、居間で食ったか、便所で食ったかの些細な違いでしかないのだ!
愛があればいいじゃない。生物だもの。
─シン畜生転移 完─
「ちょっとおかしいでしょうが!!」
和やかな雰囲気で終わらせようとしたら、空気の読めない常識猫である猫五郎が声を上げて、そんな雰囲気を乱した。
「カッコつけで戦艦を動かして、そして敵もいないのに主砲撃つなんておかしいでしょ! どうかしてますよ! イカれてますよ!」
「猫五郎よ。そこは歓迎の祝砲みたいなノリでだな…」
ゴリッポがフォローに入るが、猫五郎はブンブンと首を横に振る。
「祝砲は普通は空砲ですよ! エネルギー消費して主砲を発射するなんて聞いたことがありませんって!! 軍法会議もんですよ!!」
「軍法会議だなんて大袈裟だねェ…。アンタ、もしかしてツッコミかい?」
「ツッコミ? なんですかそれ!? それに副艦長ならちゃんと厳しく言いつけなきゃダメでしょう!!」
オ・ウーナは「やれやれ」と肩をすくめると、オキーナの額をチョンとした。
「そんなことしちゃメッだよォ。アンタ♡」
オキーナは頬を膨らませてプイとし、猫五郎はキョトンとする。
「え、えっと…」
「ちゃんと叱ったよ。これで勘弁しとくれ。ワタスにゃあ、愛するダーリンをこれ以上に厳しくなんて怒れんさねェ〜」
「はあ!?」
ゴリッポが猫五郎に、「副艦長は艦長の奥さんだ」と耳打ちし、猫五郎は「はあ?!」と繰り返す。
「おかしい! この船、おかしいですよ!」
「おやおや。なんか真面目な子が来ちゃったねェ」
「普通の話ですよ! だってこの船、命懸けの戦争に行く船ですよね!? 命預ける船ですよね!? こんな、こんなノリじゃダメでしょーー!!!」
猫五郎が血走ったお目々をして、艦長と副艦長に近寄る。さしもの歴戦練磨の2人も「うあー」っとドン引きだ。
「まあ、猫五郎。ちょっと落ち着けや。特になんも被害なかったんだしよぉ」
猛り狂う猫五郎を、ゴリッポが力づくで押さえる(ゴリラは握力推定400〜500キロの怪力だ)。
「しかし!」
猫五郎がさらに続けようとして瞬間、また赤いパトランプが回りだして警報が鳴り響く!!
「今度はなんですかぁ!?」
思わず皆がオキーナを見やるが、オキーナは「ワシ知らん」と首を横に振った。
──緊急! 緊急! 所属不明機多数、当艦に向かって速接近中! 当艦に向かって急速接近中!──
館内放送が鳴り響き、オペレーターが慌てて情報収集を始める。
「所属不明機……信号からアナライズ中。結果、出ました! “チブサー帝国”のものです!」
「チブサー帝国! それってエロ推進派のローション家が率いる独立国家じゃないですか! 敵ですよ!!」
猫五郎が説明口調で驚いてみせた。
「と、当艦を360度囲う形で、敵艦隊が接近しています!」
「なんでそんなことに!? いつのまに敵がやってきたってんだい!?」
「座標は…こ、ここ! ここって、敵地のど真ん中です!!」
「「「えー!!」」」
悲劇! まさに悲劇!! まさしく悲劇!!!
オキーナ艦長の格好つけの為の“転移”によって、いきなりピンチに陥ってしまったのであーーった!!