第4話 癒しは私が守ります!
「形勢逆転だな。おい、大人しく武器を捨てな。じゃないと、このお坊ちゃんがどうなるか分からないぜ?」
「……」
仲間を倒された男は、トムを人質にとり下卑た笑みを浮かべた。私はサーベルの強く握り、衝動的に行動するのを抑える。癒しに対して暴挙に出た男には、それ相応の報いを受けさせる必要がある。あまりの怒りに、頭を冷静になっていく。
「……くっ、逃げて下さい!」
短剣が首に突き付けられているのにも関わらず、懸命に私の身を案じるトム。その優しさに触れ、此処が殺伐とした裏路地であることを一瞬忘れた。お花畑が見えたのは気のせいではない。
「心配は要らないよ、優しい小鳥。直ぐに助けるから、安心してくれ」
何よりも優先するべきは、トムの安否である。私は暴れる胸中を隠しながら、彼を安心させるべく微笑んだ。
「ですが……」
「大丈夫。こう見えても私は強い」
責任感が強いからか彼は何故か、了承をしてくれない。新たな一面を知り、私は魔法手帳にそのことを記したくて仕方がないのだ。余裕である証拠にウインクをして見せた。
「……っ、はい」
「良い子だ」
トムはやっと私の言葉に頷いた。彼の翡翠色の瞳が、私を射抜き幸せを感じる。本当ならば、これから起こることを可愛い癒しに見聞きさせたくはない。しかし、視界と聴力を塞ぐのは愚策である。
「おい! 相談事は終わったか? なら武器を置きな。そっとだ!」
「そう慌てるな」
男が、私と癒しの邪魔をするように声を上げた。大人しく従う気持ちはないが、トムの安全を確保するまでは耐えねばならない。私は鞘に収めた状態のサーベルを、緩慢な動きで地面へと置いた。
「両手を上げてこちらに来い、妙な真似をするなよ!」
「失礼だな、私は君たちと違い紳士だ」
次の指示を受けて、私は両手を上げたままサーベルの横を通り過ぎた。大勢で一人を囲み、更には人質を取るなど男の風上にも置けぬ奴だ。そんな男からの注意に、私は呆れたように笑う。
そして私が盾になり、男から見えなくなったサーベルを魔法で消し。男の後方に召喚させた。
「……っ!? 何の音だ! お前たち、まだ仲間が居たのか!?」
男は背後から響いた音に驚き、私から視線を外すと後ろを振り向いた。
「残念ながら、居ないよ!」
私は男の油断した隙に、男へとの距離を詰めると短剣の刃を掴んだ。万が一、トムに斬り付けるのを避ける為である。私は治癒魔法を使用することが出来る為、これくらいの傷など気にもしない。そしてトムの肩に回していた、男の腕を弾き飛ばした。
「……くっ! このっ!」
「しゃがめ!」
「っ!」
男が焦ったように首をこちらに向けたが、全てが遅い。私はトムに指示を鋭く飛ばし、飛び上がり男の顎に膝蹴りを打ち込んだ。
「ぐぁ!?」
「止めだ」
私の攻撃により怯んだ男は、数歩後退をする。サーベルを手元に召喚すると、男の溝内を鞘の先端を深く押し込んだ。
「がっ!?」
男は私の全身全霊の突きを受け、数メートル吹き飛ぶと動きを止めた。制圧完了のようだ。再びサーベルを魔法で消す。剣術と体術は前婚約者を理解しようと始めたものだが、癒しの危機に役立ち努力が報われた気持ちになる。
「可愛いこと……」
「如何して刃を掴んだのですか!? 傷口を見せて下さい!」
トムの安否を確認する為に振り向くと、左手を掴まれる。そこには困惑しながらも、私の身を案じているトムが居た。彼は私の左手に治癒魔法をかけてくれる。
「大丈夫だよ。治癒魔法が使えるから、直ぐに治るよ」
「そういう問題ではありません! もっと、自分の身体を大事にしてください……」
見ず知らずの私にも優しいトムに笑いかけると、泣きそうな顔をされてしまった。
「トム様!」
「おや、お仲間かい?」
「……はい」
癒しを泣かせてしまうかもしれないという恐怖に慄いていると、不意に彼を呼ぶ声が響いた。その声は男性のもので、本当に彼の身を案じていることが声色から分かる。男爵家の騎士かもしれない。念の為にトムに確認をすると頷いた。
これ以上この場に居ては、私の正体を知られてしまう可能性が高くなる。
「では、私はこれにて失礼するよ」
「……っ、待って!」
私は胸に手を当てると優雅に礼をし、その場を後にした。
その後屋敷に帰った私は癒しの過剰摂取により、数日間寝込むことになった。