第3話 男装令嬢参上
「あら? 今日は、トム様は馬車ではお帰りにならないのかしら?」
私の癒しであるトムと邂逅してから、一週間ほど経った放課後。校門を出る彼を木の影から、観察をする。何時もならばロマイ家の馬車に乗り帰宅をする筈だが、今日は馬車に乗らずに街の中に入って行く。トムの観察を行い始めてから、彼が学園から馬車を使わずに帰宅するのは初めてのことである。
「こうしてはいられませんわ!」
迎えに来たプライマー家の馬車に飛び乗り、備え付けてあるトランクを開けた。
〇
「こんな路地裏に何の用があるのかしら?」
トムの後を尾行し辿り着いたのは、街の中心部分にある路地裏であった。不思議に思いつつも、薄暗い路地を進む。
現在の私は尾行をしていることが知られないように、変装をしている。只の変装ではない。私という存在を知られないように男装をしているのだ。周囲に溶け込む為に白いシャツに茶色のベストにズボンを履き、ハット帽子に髪を仕舞い。仕上げに男性に見えるように認識齟齬の魔法を掛けてある。声もワントーン低い声になっている為、完璧な変装であると自負をしている。
これらの衣類や魔法は全て愛らしく癒しである、トムを観察する為に用意と習得したものだ。備えていて良かった。
「……? 止まった?」
迷路のような路地を一定の距離を保ちつつ、トムを追っていると彼は不意に足を進めた。素人である私の尾行に気付かれたのだろうか。今、彼と顔を合わせることは避けたい。私は現在男装をしており、魔法で私とは認識出来ないように施している。つまり確実に尾行している怪しい男だと不審がられることは必死だ。
可愛い癒しを不安にさせることも、疑われることも避けたい。私はそっと、横の道に身を隠した。
「出てきたらどうですか?」
「……っ!」
トムの声が薄暗い路地に響く。予想外の彼の発言に私の肩が跳ねる。如何やら、完全に尾行をしていることが知られてしまったようだ。誤解は早々に解いた方が良い。私は深呼吸をすると、道から出ようと一歩踏み出そうとした。
「へぇ? お坊ちゃんにしては勘が良いな?」
「えぇ、気配を読むに関しては少し自信があります」
突然、暗闇から第三者の声が発せられ、人相の悪い大柄な男がトムの前に姿を現した。私は出ることを一旦止めると、角から二人の様子を窺う。
「それで? こんな所に何の用だ?」
「少々伺いたいことがあります」
緩慢な動きで顎に手を当てる男が首を傾げた。トムが此処を訪れた理由はこの男に会うことだったようだ。身なりと場所からして、貴族ではないことは明らかである。男爵子息であるトムに用があるとは思えない。
「いいぜ。但し……生きていられたらな!」
「やはり……」
「っ!?」
男が声を張り上げると、薄暗い路地からフードを纏った人物が四人出てくるとトムを囲んだ。彼の手には鋭く光る短剣が握られている。
「おいおい。可愛らしい小鳥に対して、多勢に無勢とは美しくないな!」
「うっ!?」
「ぐぁ!」
私は瞬時に魔法を使い、サーベルを召喚した。そしてトムの背後を囲っている、二人の男たちを手早くサーベルの柄で殴り気絶させる。
「なっ!? なんだ、お前は!?」
「小鳥の騎士とでも名乗っておこうかな?」
突然現れた私に驚愕する一同に、私は不敵な笑みを浮かべた。私の心情は大いに荒れている。相手は私の可愛い癒しに手を上げようとしたのだ。見過ごすことは出来ない。騎士団に突き出し、然るべき処罰を受けさせる所存である。
「仲間がいたとは誤算だが、人数はこちらが有利だ! アイツからやっちまえ!」
「……っ! 危ない!」
大柄の男が掛け声により、二人の男たちがこちらに剣を向け駆けてくる。トムが私を心配し声を上げた。つい先程まで自分の身が危機的状況だったというのに、見ず知らずの私の為に叫んでくれるとは本当に癒しである。
優しい心を持ち合わせた可愛い存在に、心配をさせるのは本意ではない。私はサーベルを強く握り素早く振り上げた。
「踏み込みが甘い」
「げふっ!」
「がっ!」
一人の短剣をサーベルの鞘で薙ぎ払うと、鋭い蹴りを首に入れ意識を絡めとる。そして斬りかかる、もう一人を避け腹にサーベルの柄を押し込んだ。流れるように二人を地面に沈めた。
「お、おい! こいつがどうなってもいいのか!?」
怒鳴り声に視線を向けると、大柄な男に短剣を突き付けているトムの姿があった。