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未亡人なんて呼ばれていますが実は恋したこともないので、王子様につかまえられてしまいました。(中編)

作者: suzu



「こんにちは、ゼインさん。その後、腰の調子は如何ですか?」


屋敷に帰る途中、畑からおーい、と声をかけられるのに、私も大きな声で返しました。

ゼインさんは御年七十のおじいさんです。美味しい野菜を作る天才ですが、職業柄腰を痛めておられて、私がお手伝いしている医療院に定期的に通院しておられるのです。


「先生とアルマちゃんのおかげで、ようようどうにかなっとるわ。

 いつもありがとう。これ、家族で食べんさい」


「わあ、美味しそうな人参!

 こんなにたくさんいいんですか」


いいんですかと言いながら、もうスカートをたくし上げてゼインさんのいる畑へ一直線です。

うちは一応男爵家なので貴族であり、父はこの辺境の小さな領地を治める領主ですが、なにせ万年貧乏ですから、食料確保は家族の命題です。

領主は、領民の皆さんが納めて下さる税が収入源です。

うちのような主要産業が農業のみという領地では、首都ちゅうおうに税金を上納すれば、残りは雀の涙ほどしか残りません。こうして、皆さんに分けて頂く食料で、我が家はどうにか生き延びているのです。

ゼインさんが分けて下さる掘りたて土つきの人参はとても味が濃く、甘くて美味しいのです。

今日はポトフにしましょう。


服も靴も泥まみれですが、そんなことはここでは全く気になりません。私が、学院では全く溶け込めなかった理由がわかる気がします。

私には、どんな高価なドレスや宝石より、太陽の恵みや透き通った清水のほうがずっとずっと美しく思えるからです。



「ただいま戻りました」


屋敷――というよりは普通の一軒家に少し宿屋の機能が追加されたようなここが我が家です。

古いですが、家族で丁寧に修繕して慎ましく生活しています。

玄関で誰かが、ただいま、と言えば、家じゅうから、おかえりー、と返ってくる、この広さがちょうどよいのです。


「アルマ!大変なんだよ!!」


ばーんと二階の執務室のドアを開け放って、父が焦って降りてきました。

何があったのでしょう?首を傾げる私は、母も兄も父と同じ困り顔でうろうろしているので、思わず笑ってしまいました。


「みんな揃ってどうしたのです?猪でも出たのですか?」


こんな平和など田舎で、大変なことなどそれくらいしか思い浮かびません。

けれど私の言葉を家族は揃って無視。

そして三人口を揃えて、こう言うのです。


「王子殿下が来られます。」


…何故敬語。


「……どちらへ?」


「我が領です」


「…何故に…?」


…私の素朴な疑問は、どうやら家族一致のものだったようです。


これは事件です。

父は経営の才能はあまりありませんが、誠実で正直な領主です。貧乏ですが、きちんと税金も納めてきました。

王家、ひいては国家に背くようなことは決して何一つしておりません。

それは父の跡を継ぐため修行中の兄も、家族を支える優しい母も同じこと。


五年前に学院を卒業してすぐに領地に戻ってきた私にも、なにも心当たりはありません。

王子殿下と言われても、一度もお会いしたこともないのです。

御年は、確か私の五つ下でしたから、今十七になられる頃でしょうか。


ああ、ウィルと同い年ですね。


ウィル…元気でしょうか。つられて思い出すのは、五年間会えていない小さな友人のこと。

まさか、ど田舎の辺境男爵家に王子殿下がいらっしゃるという非常事態に、私もどこか動転していたのかもしれません。

現実逃避にウィルのことを思い出してぼんやりしていたら、家族は「こうしていられない、準備だ準備!」と慌ただしく散ってしまいました。


…いつ王子殿下がいらっしゃるのか、確認するのを忘れました。

けれどさすがにもう夕方ですし、明日以降ですよね。


私は泥だらけの服を着替えてから、早速ゼインさんのくれた人参でポトフを作ることにしました。

家のことは私の仕事です。いつくるかわからない殿下の準備はお任せして、家族の夜ご飯の支度をしなければ。


ぐつぐつ、美味しそうな匂いが漂う間にも、家人たちはおもてなしの準備に忙しそうです。

村の人総出かというくらい、色んな人が出入りしていて、我が家はとても賑やかになっています。



「美味しそうな匂いだね。ポトフかな?」


狭い調理場で、うーん、と悩んでいると後ろから声をかけられました。

私も何の疑問もなく、「ええ、そうでしょう?」と、一度火を止めてエプロンで手を拭き拭き答えました。


「けれど、村の皆さんにお召し上がりいただくよう、たくさん用意するべきか、父に確認するのを忘れました。

 急なことですから、ポトフとパンと、サラダくらいしか用意できないのですけれど…」


くるり。

振り返った私の目に映ったのは……


「……ウィル…?」


さらりと流れる金糸のような髪。海のように深い、青の瞳。微笑んだ時にできる、小さな左のえくぼ。


私が見上げるほどすらりと背が高いし、何やら上質で仰々しい装いですけれど、私が小さな友人を見間違えるはずがありません。


「大きくなったのね…!」


感動して思わず親戚のおばちゃんのような感嘆が漏れてしまった口を押さえ、私は一歩ずつ歩み寄りました。

にこっと笑ってくれるその顔は面影が残っていて、やっぱりウィルだわ、と確信します。


何故ここに、と言いかけた途中――長い手に引っ張られて、ぽふんとウィルの胸にぶつかってしまいました。

そのままぎゅうっと抱きしめられて、何が起こっているかわからないまま、ぽかんと立ち尽くしてしまう私の耳に聞こえたのは、


「ぎゃあああー!!!ウィ、ウィルフレッド王子殿下…!!」


父の悲鳴のような叫び声でした。



……え?


はてなマークを思い切り頭上に舞わせて見上げた先に、太陽のように眩しい笑い顔。

か、可愛すぎる…!

前後編の予定でしたが収まらなかったので、全中後編となりました…。

次で完結予定です。


お読みいただいてありがとうございました!

最後までお待ちいただけたら幸いです。

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