王太子と婚約した聖女が王太子の病を治したら魔女と断罪されて処刑されました
今度は神様サイドにお話を聞いています。悪魔とは別世界です。神様は悪魔より酷かったと言うか、ダブスタが酷いと言うか……。尚、政治判断は間違っていた訳ではないです。絶対の正解が無いだけです。
あら? 貴方様は主様の……、いえいえ、その様な事は出来ませんわ。ですがお気遣いは有り難く、嬉しく思いますわ。処で私には何の……、え? 黒歴史? それは一体……、ああ、つまりは失敗談の事ですの。それは含蓄深い試みですわね。そうですわね、今も時折、思い出します……、私の失敗談をお話致しましょう。少々心苦しい思い出となりますが。
これよりお話致しますのは、とある時代、とある国、とある地方のとある小さな村で生まれた少女のお話ですわ。
……貴方様でしたらご存知でしょうが、神の御業は、随分と劣化させる事が条件になりますが、それを満たせば人間も使用する事が出来ます。されど実際に使用出来る人間はごく稀にしか生まれません。また世界を創造された神は男神様故に、その人間は女性となります。その様な女性を聖女と、聖女が扱う術を法術と、聖女の力を法力と呼んでおります。
……先にお話しました少女、彼女は法力の持ち主でございました。
彼女はその心の動くままに法術を使っておりまして、村は彼女のお陰で随分と栄えました。彼女の話は直ぐに村を含める一帯の領主の耳目に届き、そこから高位貴族へ、そして王族にまで届きました。
彼女は領主である男爵の、その寄親の寄親に当たる侯爵家へ引き取られ、そこから神の家たる教会へと赴き、私にその力を見せました。私は少女の力が法力であると認め、彼女は聖女と呼ばれる事になりました。
そして聖女は時の王太子の婚約者となったのです。
しかし王太子は公爵令嬢と婚約しており……、それを白紙撤回してのものでした。そして王太子も公爵家もその婚約撤回にも、新たなる聖女との婚約にも納得は行っておりませんでした。
しかし片田舎の小さな村から出てきた少女には、綺羅びやかな王太子が眩しく、何とか彼に愛されたいと望んでおりました。
そんな折、王太子は病に倒れました。聖女は不謹慎でしたが、法術で王太子を救えばきっと愛して貰えると信じていました。
そしてそれを確かに叶えました。
しかし、私はそれを認める訳には行きませんでした。神の御使いとして、彼女を聖女の座に座らせる訳には行かなくなったのです。ですから私は聖女が魔女と墜ちた事を告げる為に、魔女の魅了によって、王侯貴族達が失っていた正気を取り戻させました。私の力により、淀んだ法力ーー則ち魔力ーーを封じられた魔女は裁判に掛けられ、処刑されたのです。
……私達、神の御使いは法力を確認し、聖女を認めます。その際、必ず法力そのものを確認するのではなく、法術を確認しなければなりません。
何故、法力そのものの確認ではいけないのか。それは法力の淀みの確認が難しいからです。法術は法力で術の形を構成する事に依って、発動します。
しかし元々は思念1つで発動出来るものですので、構成そのものを緻密に作る必要は有りません。多少の滞りがあっても術の発動には問題が無いのです。
只、その滞りは法力の淀みによって起こる現象です。法力そのものでは、余程のもので無い限り感知が出来ませんが、法術を確認する事で、法力の滞りを知る事が出来、淀みの程度を確認出来るのです。
私達は簡単には人の営みに手を出す事は出来ません。ご存知の通り、この世界を創造なされた主は「人間」と言う生き物に格別に配慮なされる形を取っております。そして人の世界、則ち社会には私達側とは違う、人の理が有ります。故に悪戯に自分達の理を押し付けない様に……、と命じられているのです。
法力の淀みは人間社会の営みの中、その心根へ及ぶ影響が原因で生まれます。ですから淀みが有ったからと言えど、只、それだけで聖女を不認定と成す訳では有りません。それは穢れを許さない私達の理を人に押し付ける事になりますから。
では聖女の認定基準をどう設けるべきなのか。
私はそれを、聖女の術が誠に法術であるか、魔術に変容していないか見極める事と学びました。しかし私はその学びの本筋を知らなかったのです。
「無知は罪」……。私はその言葉の意味を心底から実感しました。聖女と認定した者が魔女足らしめる者であった事。その判断を何ですべきだったのか。上辺の知識で判断せしめた事……、それが私の黒歴史ですわ。
え? ……「過ちが黒歴史であるのは理解するが、人間社会を混乱させた事までは黒歴史に入らないのか?」と言う事ですわね? 申しましたでしょう? 私達は悪戯に人間社会に関与する事は許されていないのです。聖女は魔女足らしめてしまったのは人間社会ですから、聖女と認定した者が魔女とならぬ様に良く考えて、人間社会に関与せねばならなかったのは事実ですが、それもまた人間社会からすれば1つの混乱現象ですわ。ですから其処は気にしておりませんの。……いえいえ、ご理解下さりありがとうございます。………ええ、ではこの辺りで失礼させて頂きますわね。私、結果的に魔女を聖女と認定してしまった懺悔がまだ済んでおりませんの。え? 懺悔の終わり時ですか? 主様が反省を認めて下さる時ですわ。その時が至るまで、私はこの「反省棟」から出られませんの。……ええ、お気遣いなく。では私はこれで。
……どうだったかな? ……そう。まだそんな認識レベルか。まだ外に出す訳には行かないか、仕方無いね。ん? 「人間優位世界の維持」は面倒じゃないかって? 面倒だから面白いんじゃないか。君だって「黒歴史の記録世界」には「固有名詞不使用」って縛りを付けてるじゃないか。僕から言わせて貰えばそっちの方が面倒だと思うけど。……まあ、価値観の差かなぁ。
ん? 反省棟から出せるレベルの認識に付いて? 僕の言葉で聞きたい? 分かった、構わないよ。まあ、君だって想定してるだろうけど。
……まずこの世界は人間優位を謳っているよね。だから人間は神の加護を与えられる。其処に代償は無い。だから加護が強力ならば直ぐに堕落するだろうね。加護が無くなれば即自滅する程に。
考え方は神それぞれ有るだろうけど、僕はそれを「人間優位」とは思わない。だから与える加護は少しだけ。それは人間社会への接触加減の基準にもなっている。
1つ。聖女を生み出す。2つ。聖女を特別な存在と認める。3つ。聖女を認める。
これらが示す意味は皆、微妙に違う。1つ目は劣化させた神力を扱う女性を生み出す事。2つ目はそんな女性が稀に生まれる事を人間に教える事。3つ目は、聖女が「誰であるか」を周知する事。
これらは「聖女を使い、社会を発展させる事」を、神が許可している事を指し示し、強いては「この世界を守る神が存在している事」を人間に理解させている事が前提にある。つまりは人間の信仰心をコントロールしている訳であり、当然、それには人間社会への接触が必要だ。「悪戯に人間社会に接するな」とは、「人間社会に接する時は良く考えて接しろ」と言う事だ。
だから聖女を魔女にしない為の接触も時には必要になる。
……そこは理解したみたいだけど、その為には人間社会をよくよく理解する事が必要で、理解する為には聖女認定時代だけでなく、日頃からある程度は接して置かなきゃ無理なんだよねぇ〜。そこまではまだ理解に及んでないから、反省棟から出せないんだよね。其処が分かれば、「魔女が齎した人間社会への混乱は反省する事じゃない」なんて言わない筈だしぃ〜。
へ? 本をくれる?? 「部下の育て方」? こっちは「上司として」? そんで「働く場での人間関係」? え、他にもあるの? 「心理学というもの」? 何で??? お礼代わり?? 良く分からないけど律儀だね、ありがとう。
で、え。当時の状況?? ……ああ、その程度しか言ってないの。本格的にまだまだ分かっていないねー。
えーっとね、聖女は10才の少女。王太子と元・婚約者の公爵令嬢は18才になったばかり。
成人は15才で、その年に王太子と認定され、それに伴い婚約者である令嬢は次期王太子妃として正式に認定される。住まいを王宮に移し、王妃教育が始まる。機密情報を学ぶ時期だ。
それが終わるのが17才になる年。そこから婚姻準備も本格的に進んで、翌年末に結婚式が行われる。もし何らかの理由で婚約が解消されるなら、次期王太子妃は毒杯を賜る事になる。
王太子には姉妹があった。でも弟は居なかった。御使いを有する教会は力を持ち過ぎる傾向に向かっていた。
教会と王族の権威差を考えて、聖女を教会から離したかった国王。その必要性は理解しても、まだそこまで焦る必要が無いと考える王妃(王太子夫婦の子を婚約相手にしても良いのでは?)。国王に着く貴族達と、王太子・次期王太子妃と彼女の生家を筆頭にした王妃に着く貴族達。派閥が割れて、編成をやり直した。そして結果、王太子の婚約者は変更された。
まだ幼い聖女から見た見目麗しき王太子は華やかで、瞬く間に恋に落ちた。恋に恋している段階より未熟な恋だ。けれど劣化神力を持つ彼女は勘が尖過ぎた。王子からの気持ちが望めないと感じ取り、ショックを受けた。未熟な精神ーー或いは純粋とも言えるだろうーーではショックを宥める事は出来ない。純粋故に彼女の歪みは一気に大きく育つ。そして王太子の病の治療に堕ちた法術、つまりは魔術を使ってしまった。そして王太子は健康に戻ったが、同時に魅了されてしまった。そうして魔女に堕ちた彼女は、子供特有の残忍さが顕著となり、逆に聖女に必須な善意や憐れみ、優しさを失った。
結果、王太子との幸せな生活の為に、魅了の力をもっと強めんとしちゃった。大勢の民草を生贄として殺害したんだ。
魔力は神力とは正反対、淀めば淀む程に力が増す。その真理を衰えない勘で掴んでいたんだよ。民草の苦しみや悲しみ、そして憎しみなんかを吸い、彼女の魔力は最早誤魔化しようが無かった。
そこで漸く僕の御使いが動き出した、って訳さ。
うん? それで国はどうなったかって? 滅んだよ。魔女を断罪したって、転がった石は止まらなかった。壊れるまで、ね。そーゆー感じ。
僕? 勿論、何もしないよ。僕自身が介入すると、どれだけ気を付けていても影響がデカ過ぎるからね。だから僕の代わりに人間社会に介入する存在として御使いを創ったんだよ。
様々な悲喜劇に手を加えず、見てるだけって歯痒いんだけど、その分色々なパターンも見れて楽しい上に御使い達の成長も促せる。我ながら上手くやってるだろ? ははははっ!!!
……ん? そろそろ出る? 分かったよ、じゃあね。何かあったらまた来なよ。
冒険者の追放ものも予定しております。