東條美玖の穏やかならざる日常
「・・・く・・みく・・・」
・・・だれ?・・・わた・し・・いまなにを・・。
東條美玖の朝は寝起きからのヘビーな朝食から始まる。
「おはよう。」
美玖は半分寝ている状態でリビングに行き席に着くと「昨日はどうだった。」と母親がステーキを運んで来た。朝からステーキやトンカツといったヘビーな食事が日常だった。
「昨日は雑誌の撮影と、ラジオの収録があった。」
そっけなく、業務連絡の様に母親に言った。母は美玖が超能力者としてナイトメアと戦っている事を知らない。その罪悪感からついサバサバとした対応となってしまう。もちろん、超能力者である事は知っているが、家族の間ではその事を特別に話す事はなかった。母が知ったら絶対に反対するだろうなぁ。そんな風に考えながらステーキを口にする。父は商社の課長で、若かりし頃はギターを弾き、本気でプロを目指したらしい。子供の頃は普通の家と思っていたが、少しだけ裕福な家庭のようだ。自分の親をこう言うのもなんだが、ルックスもスタイルもいい。ちょい裕福な家庭であるにも関わらず、2人とも自分を普通と言う。まぁ、
私もだけど・・・。
「・・・お姉ちゃん、私の顔見ながらご飯食べるのやめてよ!」
この年の離れた姉、里穂がいるからだ。
「・・・」
美玖に言われたが里穂は黙って美玖を見ながらご飯を口に運んだ。
「いいじゃない。お姉ちゃんアンタの事大好きなんだから。」
母が割って入ってきた。
「良くないわよ!朝から妹の顔見ながらご飯食べる姉がどこにいるのよ!」
美玖が怒っているのを尻目に里穂は黙々とご飯を口に運んだ。そう、この変な姉、里穂が家族を平凡化させているのだ。才色兼備、眉目秀麗、文武両道どんな言葉でも足りないくらいのスペックの持ち主だった。美人でスタイルも良く、音楽、絵画、書道、水泳、バレー様々な分野での国際的な大会で1位もしくは優勝をしている。大学時代はマサセッチュー工科大学の研究チームと合同で論文を発表し、ディベートではハーバード大学の首席の学生を論破し、学長から編入を懇願されたのは最早伝説となっている。
そのおかげで、と言うか、そのせいで私達家族は自分を卑下してしまう傾向にある。その上性格も温厚で、誰にでも優しく、謙虚である。姉は私を溺愛しているので、私の身の回りの事を先回りして色々やってくれている。ありがたいが中学時代までは姉の下位互換として過ごすハメになった。
「お姉ちゃん、仕事行かなくていいの。もう時間じゃない。」
美玖は里穂を促した。
「うん、もう行くわ。美玖も遅れないようにね。ギリギリに出ると慌ててロクな事が無いから。アイドルもいいけど、学校もちゃんと卒業するのよ。事務所、ミッドタウンだったよね。人が多いから気をつけるのよ。あとー」
里穂が早口でまくし立てるのを「もう、わかったから」と美玖がさえぎった。
いつ頃だっただろう。姉が私から少し距離を置くようになったのは。・・・あぁ、私が超能力を使ったあの日。使いこなせない力で友達を傷つけてしまうのを姉が庇って背中に大きな傷を負わせてしまった日。退院してきた日から姉は一緒にお風呂に入らなくなった。嫌われたと思い泣いていた私に「お姉ちゃんはね、美玖の事大好きだから背中を見せたく無いのよ。」と母が抱きしめてくれた。あの時の事を思い出そうとすると、頭にモヤがかかったようになり思い出せない。どんな風に傷つけてしまったのか・・・姉が何か言った言葉はなんだったのか・・・。
「ぼーっとしてないで、早く支度すんのよ。」
里穂の顔が真横にあるのに気づいて美玖が飛び跳ねる。
「!びっくりした!もう!お姉ちゃん驚かさないでよ!」
美玖は顔を真っ赤にして怒った。「行ってきまーす。」と里穂は何事も無かったように玄関に向かった。
(そうか、避けているのは私のほうか・・・)ふと気付かされた。
アイドルとは言ってもロケなどがある日以外は電車に乗る事がほとんどだ。まぁ、そんなに人気も無いし。最寄りの駅の駅員さんは毎日挨拶してくれる。仲のいい駅員さんも多い。こんなに人が乗り降りするのに私なんかに気づいてくれるなんて、なんだか嬉しい。見慣れた風景ー・・・アレ・・・
「・・・みく!・・・」
アレ・・・優佳?
22時52分ー高尾山
「そろそろですね、久美さん。」
美玖が甘える様に久美に笑顔を見せる。
「こら、緊張感が無い。何処から来るかわからないんだから集中しなさい。」
久美もつられて笑顔になる。
「久美は美玖に甘いね〜。まぁ、ワタシがバックアップについてるからまっかせなさーい。」
アメリカ帰りの優佳は独特なイントネーションで2人を茶化した。
「こら、こら、作戦行動中は久美じゃなくて隊長でしょ!本当、緊張感無いよ。良くない。」
沙理菜がみんなをたしなめた。
「・・・確かに。みんな来るよ。・・・こっちが当たりか。」
久美が暗闇を睨みつけた。
その先から黒い人型の影の様な物が歩いてくる。身長2メートル、報告と同じく体と思われる部分に亀裂があり、赤い光が見える。やはり目は無く、大きな口の様なものがあった。
「いやぁ、みなさんこんばんは。」
黒い人型の影が声を発した。それを聞いた瞬間、全員が一歩退いた。久美は人差し指を唇に当て、返事をするなと合図を送った。
「ひどいなぁ。そんなに警戒しなくても。久しぶりに外を歩けていい気分なんだ。」
人型のナイトメアは続けてしゃべり出した。
「久しぶり?どう言う事?」
久美は目配せで隊列を指示しながらナイトメアに質問をした。
「うーん、答えてあげたいけど、それはナイショさ。」
ナイトメアは両手を広げて知らないといったジェスチャーをした。
「・・・そっか、じゃあいいや」
久美はゆっくりとナイトメアに視線を合わせるとパンっと両手を鳴らした。久美の能力グラビティーコントロール。球体の重力場を発生させ、その中の重力を自在に操るグラビティーボールが、一瞬にしてナイトメアを封じ込めた。
いつものパターンだった。久美が相手を封じ込め、美玖がトドメを刺す。能力により肉体を強化された美玖が、弾丸の様に飛び出していた。ナイトメアには物理攻撃は効果が無い。しかし、能力を纏った武器や拳なら話は別だ。美玖の渾身の右ストレートがナイトメアをとらえた。ハズだった。3トンの重力がかかっていて身動きが出来ないハズのナイトメアが美玖の攻撃を避けた。その瞬間美玖は全てがスローモーションのように見えていた。伸びてくるナイトメアの手を避けようとしたがアゴをとらえられ、昏倒させられていた。糸を切られたマリオネットの様に美玖が崩れ落ちた。何が起こったのかわからず混乱している中、美玖にナイトメアの追撃の手が伸びた。その瞬間美玖の傍らに優佳が現れ、美玖を抱えたまま街灯の影に沈み込んだ。
「この!」
久美が目を見開きグラビティーボールの重力が上がっていく。街灯の光で出来た久美の影から優佳と美玖が現れる。
「美玖!美玖!」
優佳が美玖の肩を叩きながら声を掛けるが意識は戻らない。
「沙理菜!頼む。頭は揺らさない方がいい。ダメージがどれくらいあるかわからない。首は折れて無いから気を失っているんだと思う。でも、慎重に回復して。」
頭の回転の速い優佳は正確に状況を把握していた。
「こちらチームアルファ。ただいまナイトメアと交戦中。タイプ人型。敵の攻撃により東條隊員が意識不明。増員を願います。危険度をSランクに強化。近隣住民の避難及び警備体制の強化をお願いします。」
優佳が無線を飛ばす。状況は最悪だった。
22時52分ー秩父市山中
「こっちはハズレでしたね、京子さん。」
好花はふーと息を吐くとヘルメットを脱いだ。
「前から思ってたんだけど、この装備要らなくない?」
京子もヘルメットを脱ぐと髪をかき上げた。
「まぁこれは戦闘で飛んで来た石とか、転倒した際頭を打たないように着けてるだけですからね。」
鈴花が「まぁ戦闘には直接関係ないですよね。」と言いながら続いた。
「・・・ねぇ、ちょっと!京子!なんで1人で倒しちゃうのよ!あたしの出番ないじゃ無い!」
史帆がヘルメットを脱ぎ捨てる。
「暑いし、髪型崩れるし、何のためにこんなの着けたのよ!」
史帆がヘルメットを蹴り飛ばした。
「ああ、ごめん、ごめん。」京子
「京子さん、お茶です。」好花
「史帆さん、装備品蹴らないでください。」鈴花
「はい、お茶ですよ。」と鈴花が史帆にお茶を差し出す。
「そうやって、アタシの事馬鹿にして!」
史帆はお茶を奪う様に取り上げるとゴクゴクと飲んだ。
ザザ・・無線から優佳の声が聞こえた。
22時55分ー本部
「聞いた通りや。本部も警戒度をSにあげる。芽依は陽菜を連れて京子達のチームと合流。陽菜の力を使って隊長の所に飛んで欲しい。彩花はディメンジョン・ドアを使って本部の守りを。ひよりはーちゃんと寝てる?」
愛奈が不安そうに仮眠室とドアを見つめる。
「大丈夫。美玲さんと寝てます。」
明里が両手で大きく丸を作った。
「・・・急がんと。」
芽依がポツリと呟いた。
「え!・・・どうしたん、芽依。なんで泣いてるの。」
愛奈は芽依の目からポロポロと涙が溢れ落ちるのを見て声を上げた。
「・・・わからん。でも、多分京子が泣いてる。」
そう言うと陽菜の手を握り、2人は姿を消した。芽依の能力テレポーテーション。過去に行った事がある場所、もしくは家族などよく知っている人の所に瞬間移動する能力だ。
22時56分ー高尾山
「潰れろ!」
久美は鼻血を出しながらも重力を上げていた。グラビティーボール内の重力は2万トンを超え、ナイトメアは小さな球体の様になっていた。しかし、それでもなお存在しているのだ。更に出力を上げようとした瞬間、久美の背中に激痛が走った。(呼吸が出来ない・・・)何が起こったのかわからないまま久美が倒れた。
「久美!」
沙理菜がドサッ!という音に振り向き、叫んだ。呆然と立ち尽くす優佳。そしてグラビティーボールから解放された黒い球体が人型に戻っていく。背中から血を流す久美に沙理菜が駆け寄りヒーリング能力を使って傷口を塞いでいく。
「ぐげけけ。よぐもやっでぐれだな。」
ナイトメアから鋭い触手の様なものが沙理菜と優佳めがけて伸びた。混乱する状況の中、2人は身動きが取れなかった。
「品の無い笑い声だ。」
次の瞬間ナイトメアは爆発によって吹き飛ばされた。戻りかけた頭部、右半身も吹き飛んでいた。
「京子!」
沙理菜が振り向くと、京子をはじめ芽依、陽菜が立っていた。「チームベータ現着しました。・・・」鈴花が無線で連絡をする中、京子が一歩前に出た。沙理菜の必死の救護にも関わらず意識を取り戻さない久美を見つめる。
「・・・全部消し炭にしてやる。」
怒りとも悲しみとも取れない表情で京子が囁いた。それと同時に赤黒い球体が京子の頭上に現れ、みるみるうちに大きくなっていった。「ちょ、ちょっと無線切ります!」慌てて鈴花が無線を切る。
「京子さん、落ちついてください!」
鈴花が声を掛けるが京子には届かなかった。月を覆い隠す様に球体が膨れ上がる。球体から糸状の粘液の様な物が無数に出てナイトメアを捕らえている。
「あー!もう!好花、京子さんが攻撃したらあいつを中心にバリアを張って!陽菜の共感で能力を共有。全員で京子さんの攻撃から地球を守って!」
鈴花は心から叫んだ。ー浅間事件ー京子が暴走して浅間山周辺の一部分の地形を変えてしまい自衛隊が出動し、証拠隠滅を図った。報道規制を張り、浅間山噴火との報道を各局で流させた。アメリカからは京子の引き渡しを再三要求され、グーグルからはクレームが入り、関係各所からお叱りをいただき、お詫び行脚を行った。
「散れ・・・」
そんな鈴花の心配をよそに京子が手を振ると球体が放たれた。球体が真っ直ぐにナイトメアに吸い寄せられる。
「カウントします!3、2、1」
好花がタイミングを合わせるため、カウントをとる。
「みんな友達〜」
陽菜の能力共感を発動する時に必ず言う言葉だ。共感ー他者の能力を一定のルールの中でコピー、複数人で共有することが可能となる。
赤黒い球体とナイトメアを好花の作った障壁がそれを包み込んだ。球体がぶつかった瞬間、その衝撃は周囲の音と光を吸い込んだ。
「バックラッシュ来ます!」
好花が大声で叫んだが半分は消し去られていた。立っているのもやっとの衝撃を抑えながら好花は「ははっ」と引き攣った笑いをもらした。その視線の先には肉体が引きちぎられながら、衝撃によって出来た時空の歪み吸い込まれるナイトメアの姿だった。バチバチとナイトメアのきれはしを対消滅させながら2分後に球体は消えた。ハァハァと全員がへたり込み、肩で息をしていた。
京子の能力ビッグバン。惑星が衝突した様な衝撃を生む攻撃。京子が世界から恐怖される所以となっている。
京子はフラフラと久美に近づき、久美をそっと抱きしめた。
全員が救急搬送されたが、美玖と久美の意識は戻らなかった。