超能力アイドルの忙しい日常
「ねぇ・・・あたし達さ、さっきまでライブやってたよね・・・」
深夜の山中に2人の影
「それ言わないでくださいよ。考えないようにしてるのに。」
上下迷彩服の2人。1人はプラスチックのバット、1人は100円ライターを持っている。
「京子は何してるのよ。こんなの京子1人でチャチャっと終わるじゃん!」
色白で茶髪の女性は不満そうな顔で言った。
「京子さんは生放送のラジオです。そんな事言ったってしょうがないじゃないですか。これも仕事の一環なんですから。」
黒髪のロングヘアの女性が茶髪の女を諭すようになだめていた。
「あー、シャワー浴びたい!」
茶髪の女性はプラスチックバットを杖のようにしながら座り込む。
「史帆さん、それ言わないでくださいよ。私だってシャワー浴びたいんですから。」
黒髪ロングヘアの女性もグチリ出す。
「大体、なんで鈴花が副隊長なのよ!あたしの方が3日早く入隊したのに!」
史帆はプラスチックバットを鈴花に向けて突き出した。
「またその話ですか・・・ほら、もうお見えになるみたいですよ。さっさと片付けましょう。」
鈴花は地響きのする方をにらんだ。
地響きする山間から巨大な影が・・・クマとウサギの巨大なぬいぐるみが近づいてくる。
「あたし、クマのぬいぐるみ攻撃するの無理だから。」
史帆はプラスチックバットを構える。
「じゃあ私がクマってことで。」
鈴花はライターに火を灯した。
深夜の山中に炸裂音が響きわたる。そして静寂が訪れた。
12時間後、都内某所
「いやー、昨日はお疲れやったなぁ」
色白の関西弁の女性が机に身体を投げ出すように横たわる史帆の肩を叩いた。
「昨日じゃないんですけど。もう日付変わってましたけど。」
史帆はジトッとした目で関西弁の女性をにらんだ。
「しゃあないやん。愛奈のせいやないやろ。」
愛奈は隣の机で同じく横たわっている鈴花に助けを求めた。
「いや、これに関してはもう、史帆さんに同意です。そもそも、愛奈さんがナイトメアの出現を予言しなければ、ライブ終わりに私達は連れ去られませんでした。」
鈴花はジトッとした目で愛奈をにらんだ。
「え、愛奈が悪いん。」
愛奈が膨れっ面で2人をにらみ、不穏な空気が流れる。
「他人のせいにすんな。自分が決めた事だろう。」
黒髪ロングヘアの声の低い女性がドアを開けて入って来た。
「京子!」
愛奈の表情が一瞬で明るくなった。
「きょ〜こ〜」
史帆が京子の腰にへにょへにょとしがみついた。
「アイドルも、ナイトメアの討伐も自分で決めた事でしょ。自分の決めた事を他人のせいにしちゃダメだ。いい事も、悪い事も自分の人生なんだから、自分の責任。」
京子は史帆の頭をポンポンと軽く叩く。
「すいません、京子さん。つい史帆さんにつられて。」
鈴花は反省した顔でうつむいていた。
「ちょっと、あたしが悪いみたいじゃない!」
今にも鈴花に襲い掛かりそうな史帆を京子が押さえつける。
「そもそもあいつら(ナイトメア)って何者?」
京子がボソッと呟いた。
「え、今更?何回も京子に説明したやん。」
愛奈は驚いたように京子を見つめる。史帆も鈴花も「え、マジ!」といった顔で京子を見る。
「え、なんで、なんで。私だけおかしいみたいになってるけど、みんなもそうでしょ。」
京子が同意を求めたが、誰も賛同しなかった。
「すいません、遅くなりました。」
黒髪のメガネを掛けた女性が部屋のドアを勢いよく開けた。
「美玖遅い!あたしを待たせるなんて1年と2ヶ月早い!」
史帆は立ち上がって腰に手を当てながらドヤ顔した。
「変に刻まないでください。」
美玖はハァハァと息を切らしながらツッコミを入れた。
「美玖、昨日はお疲れ様。どうやった?ナイトメアは。」
愛奈が水を差し出しながら美玖の背中をさすった。
「あ、ありがとうございます。昨日は・・・」
美玖がそう言いかけた時後ろのドアを掴み、長身の女性が顔を出した。
「ノープロブレム。やぁ、諸君おはよう!」
宝塚歌劇団のような声の張りで長身の女はモデルのようなポーズをとっていた。
「隊長、遅刻です。」鈴花
「久美、アウト」史帆
「おはようございます。隊長」美玖
「久美、そんなんで誤魔化されへんで」愛奈
「・・・ははっ」京子
それぞれが、それぞれの反応をする。
「なんも言わへんのかい!」
久美は京子にツッコミを入れながら何事もなかったように席に着いた。「え、このままなかった事にするつもり?」とみんなが視線を久美に送る。そして机に肘をつき、顔の前で手を合わせた久美が静かに言った。
「愛奈・・・コーヒー。」
「おい!」愛奈
一同大爆笑。
ヒーヒーと笑い声を上げているとドアがノックする音がした。ガチャりとドアが開き、守衛さんが顔を出した。
「みなさんお仕事してらっしゃいますので、もう少しお静かにお願いします。」
顔は笑っていたがかなり怒っているようだった。ドアを閉める音も若干強めだった。久美が「シー」と指を立てみんなにジェスチャーし、みんなが笑いを堪える中、京子だけが絶賛大爆笑中だった。
「さて、では京子の為にナイトメアについておさらいです。」
しばらくして落ち着くと愛奈がホワイトボードの前に立った。
「また説明するの。」
久美が呆れたように笑った。
「まだみんな来てないけど。」
史帆が空いている席を見渡す。
「あやと芽依は雑誌の取材、明里と陽菜とひよりはテレビの収録、好花と紗理菜は今日は休みだよ」
物陰からスッと現れた女性が流暢に説明した。
「優佳!」
京子が笑顔で立ち上がった。
「ほな、進めんで。」
やっとかといった顔で愛奈が口を開いた。
ーナイトメアーは夢魔の一種で、悪夢を見せる低級悪魔だ。
本来は怖い夢を見たくらいで終わるのだが、ここ最近異変が起きていた。夢を具現化させて暴れるのだ。とはいえほとんどの人間は見る事はできず、地震や、突風などの自然現象として処理されている。取り憑くのも子供が殆どで、クマのぬいぐるみや、アイスクリーム、人参やピーマンといった野菜なども多かった。本来は起こる事の無い現象に意図的な何かを感じるメンバーも多かった。
「てな訳で、子供の夢に取り憑くからファンシーな敵が多いし、夜の出現率が高いわけや。」
愛奈が「これでもうわかったやろ」といった顔で話終えると、「ふん、ふん」と真面目な顔をして聞いていた京子が言った。
「なんで私達が戦うの?それこそ自衛隊でよくない?」
京子はお菓子の袋に手を伸ばしながら言った。
「・・・マジか」久美
「本気で言ってます?京子さん。」鈴花
「さすが、京子。」優佳
「京子、あたしもそう思う。」史帆
「志穂さんまで!怖い、怖い」美玖
わちゃわちゃと騒ぐメンバーを見て愛奈は深くため息をついた。バン!と机を叩いて愛奈が口を開いた。
「具現化してるとはいえ実体を持たないナイトメアには物理攻撃は効かへん!超能力をまとった攻撃か、超能力での直接攻撃しか通用せん!この話何回させんねん!」
愛奈が淹れたコーヒーに砂糖と牛乳をドバドバ入れながら飲み干した。
「さすが愛奈。わかりやすいわー。」
京子がお菓子をポリポリと食べながら言った。
「あ、私のコーヒー。」久美
「絶対わかって無いよね・・・」
優佳が愛奈に同情の視線を送る。
「私のコーヒー。」久美
「京子は耳がバグっとんのか、頭がバグっとんのか分からん。」
愛奈は頭を抱えながら、窓の外を眺め出した。
「私のコーヒー。」久美
「京子さん、わかりましたか?流石に愛奈さんが可哀想です。」
美玖が京子に声をかける。
「私の・・・コーヒー・・・」久美
「っていうか、史帆さんまで何言ってんですか!知ってますよね、ナイトメアの事。」
鈴花が史帆をたしなめる。
「あたしはアイドルがしたいの。なんで今日の撮影あたしじゃないの。」
史帆が悔しそうに足をバタバタさせた。
「・・・コーヒー・・・」
「グループ全体を考えて選んでるですよ。やっと認知されて来た所なんですから。本来は次のシングルのセンターなんで美玖が行くはずだったんですけど、別件で久美さんと一緒に現場に行ってもらったので。」
「・・・コ・・・」
鈴花が史帆を諭すように言った。この2人はナイトメア討伐の際コンビを組む事が多く、史帆がワガママで言っていない事も充分に理解していた。
「わかってるわよ。それより美玖、あたしがセンター譲ってやったんだからちゃんと頑張りなさいよ。」
先輩風を吹かしている史帆をどんよりした目で鈴花が見ていた。
「はい、ありがとうございます。一生懸命頑張ります。」
美玖は笑顔で立ち上がった。
「うわー、言わせたわ。」
京子が笑い出し、一斉に笑い声が上がった。
「・・・もう!誰か私にコーヒー淹れて!」
かまって欲しかったのか久美が大声で叫んだ。それを聞いて京子が更に笑い出した。
コン、コン。ドアをノックする音がした。ゆっくりとドアが開き、そこには満面の笑みを浮かべる守衛さんの姿があった。
「あの・・・お静かに。」
静かに、ゆっくりと注意すると笑顔のままドアを閉めた。
「すいませんでした…。」
そんな日常である。