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ただの夢

作者: 猫土偶

 お昼過ぎの暖かい日が僕に降り注いで、体がぽかぽと気持ちよくなる。

窓側に座ったやつの特権かもしれない・・・。

「たまには自分のくじ運も・・・ふう。」

まるでそこに誰も居ないような、そんな風な気分で重たくなった目をゆっくりと閉じる。


 僕はどれくらい今に満足してるだろうか?


小学生の時、中学生がやたらと大きく見えた


中学生の時、高校生がやたらと大人に見えた


高校生の時、大学生がやたらと自由に見えた


大学生の時、社会人がやたらと・・・


 そうやって誰かに、何かに、自分が重ねた年齢と社会的立場に

夢を見て憧れて生きてきた。


でもどうだろうか?


結局は憧れたそれとはならずに「ただただ」流されるように時間は過ぎ、

いつの間にか夢が叶わない過去へと変わっていく。


だから僕は何かを思い出すように夢を見た。



 そこはいつもの教室で、いつもの僕で、いつも顔ぶれが座っていた。

もちろん君も。


 もしこの夢の中で君に話しかけたら、僕は君に近づいて仲良くなるのだろうか?

好きだ好きだと思って想いを告げられないままの日々を終わらせられるだろうか?

それとも何年か後になって「あの時あいつ好きだったなあ。」って思い出になるのだろうか?


ああ、でも「それは嫌だなあ。」

僕はぽつりと呟く。


「なにが嫌なんだい?」


「なにって、好きなやつに告れないまま人生が終わる事・・・ん?」


 素直に僕は言ってしまったがそこには君がいた。

少し恥ずかしくなったけど、これは夢だ。

あくまで、夢だ。

いっそこの場で全裸になっても・・・いや、流石にその勇気は僕にはないな。


「で、何か用か?」


「用かってもう放課後だよ。

いつまで君はそうやって寝てるつもりなの?」


顔を上げて周りを見るといつのまにかクラスメイトは消えていた。


一瞬の出来事に、僕はそれが当たり前の出来事だと思った。


自然な出来事だと思った。


「そんな時間か…君が僕に話しかけるなんて、って夢だからか。」


論理的に言えば僕は今寝ていて、これは白昼夢で…でも感覚的にはこれが現実で、これが当たり前。


「夢だからかもね。」


彼女は僕の言葉を聞いて少し考えてからそう答えた。


「そっかぁ夢の中なら何をしても大丈夫だよな…。」


「なに?なんかいやらしいことでも考えてる?」


「そんなことは無いけども…。」


 急に聞かれてびっくりした。

というかそんな風に聞かれたら否が応でも想像してしてしまう…。

それは断じて…断じてぇ…不可抗力…。

でも無いとは言えないのが男心というやつである。


「無いけども?」


と彼女は僕の言葉の続きを追及する。

その好奇心に満ちた声色に逆らえる筈もなく視線を逸らしながら、「ウソ、考えたごめん。」と正直になってしまった僕である。


 それを聞いた彼女は「正直でよろしい。」そう言って笑った。


「で、どんなコト考えてた?」


そんなコトを僕に聞かれても…

もちろん、今ここで君を脱がせてそのきめ細やかな柔肌を思う存分堪能したいとかそんなこと考えたりはしない!!

そう心の中で叫びながらも僕の目線は彼女の唇、胸、腰、太ももと勝手に動いてしまう。


「んなもん、秘密だよ、ひ、み、つ!!」


「ふふふ、そっかー。」


彼女は楽しそうに笑いながらジトーっとした目で僕を見る。

とりあえず彼女の追及はここで終わった。


さて、ここは夢だ。

かと言ってさっきの会話から、勢いよく自らの欲望に任せるなんて恥ずかしさでできず、思い直して僕は彼女を真っ直ぐに見た。


どうするかと僕は考えたら弾けた様に考えが1つ浮ぶ。


「屋上行こうぜ。」


そう言って僕は教室から彼女を連れていつもの階段を上って行く。


「屋上?でも屋上は鍵が…。」


「んなもんあるわけでねぇだろ。ほら。」


僕がそう言うって振り返ると景色が空気の様に、風の様に流れて変わる。

さっきまで階段だったそこは、もうどこにも無く、オレンジ色の光が僕たちを照らす。


「夕日が綺麗だね。」


彼女は日の沈む方を見ながらフェンス越しに景色を見る。

僕も彼女の隣に立って同じ景色を見る。


「あぁ、そうだろ。」


僕は少しだけ得意な気分だった。


「現実の世界だったら普段は閉まってるんだけど、ある時鍵が偶然開いててさ…そん時に見たんだ。

未だにこの風景が忘れらない。

どこまでも広がる空と、緋色に染まる雲、下に見える家々、そして僕たちを暖かく包む光。

ただ、君に見せたかったんだ。」


「そっか、君は意外とロマンチストなんだね。」


彼女は僕の方を見て嬉しそうにそう言った。


「そんな恥ずかしいもんじゃないよ。僕は…いや、俺はさ君が好きなんだ。心から。好きな人に好きな景色を見たい。おかしなことかな?」


「なにそれ、告白?」


彼女は少し顔を赤らめる。


「うん、告白。でも告白じゃない。やっぱり夢中ならなんとでも言えるけど、リアルの俺にそんな勇気は無いよ。」


夢なら傷つかない、だから少しの勇気だけでいい。

そして思う、せめて夢だから、なりたい自分になれるんじゃないかって、今なら物語の主人公にだって、僕がヒーローで君がヒロインで、そんな物語の…。


「やっぱり、少し狡いかな…夢の中だからって。」


「うん。狡いよ。夢の中でも。そんな風に言われたら狡いよ。」


彼女は少し僕から目を離して言った。


そんな彼女を見て僕は反射的に「ごめん。」と謝る。


そんな僕に「謝らないでよ、それで君は私になんて言って欲しいの?」と彼女は答えた。


「えっ!?夢の中だからって、俺はお前に…その質問は狡いよ。」


「ごめん、ちょっと意地悪した。」


「夢だから?」


「そ、夢だから。」


そう言って僕たちは笑った。


すると彼女はひとしきり笑い終えると唐突に、「良いよ、付き合ったげる。」


そう言った。


僕は目を丸くした。

それはそれはもしかして、もしかしなくても…


僕の胸はけたたましく鳴り響く。


そんな胸とはうらはらに彼女は


「今夜だけ特別に、ね。」

と彼女は少し意地悪く笑った。


僕はそれを聞いて肩を落とす。


「そうか、そうだよなぁ。夢だもんなぁ…。」


でも夢なら少しくらい人生のボーナスステージでもいいんじゃないだろうか。


「嫌だった?」

彼女はわざとらしい笑顔を作って僕にそう言う。


そう言われた僕はすぐに、

「いやいやいや、嬉しい、すっごく嬉しいって!!」

と言い返す。


そんな慌てふためく僕を見て彼女は楽しそうに笑う。


もう腹を抱えて大笑い。


そんな彼女につられて僕もなんだか笑ってしまう。


2人の笑い声が屋上に響いて、それを見た太陽が恥ずかしがって地平の下へと隠れて行き、思いっきり笑い終えると、月が顔を出して星々が僕たちを眺める。


「ねぇ、君は私のどこが好きになったの?」


彼女は月を見ながら僕に尋ねる。


僕は喉に刺さった魚の小骨を取るが如く気持ちで、ゆっくりと話しを始める。


今も忘れられない思い出を語り始める。


「初めて会った時、あれは高校一年生の入学式、見知らぬ他人に囲まれて、でも同じ花を胸に付けて、緊張しながら周りを見渡していたら君を見つけた。

次々に僕の瞳に映る顔の中で、ショートヘアだった君の顔が明るく、誰よりも明るく見えた。

多くクラスメイトと、他クラスの同じ部活の人と先輩に緊張しながらも不安と戦いながらも話しかけて打ち解けて仲良くなったけど、君だけは、君だけには話しかけることが出来なかったよ。

君を見てると、不思議と楽しかった。

あぁ、この世界にはこんなにも輝いて見える人がいるのかって。

明るくてエネルギッシュなその姿を僕はとても好きになったんだ。」


別に話しかけてくれれば良かったのにと彼女は言う。


だけどそれは違うんだ。


別に怖くてとか、恥ずかしくてとかそんなんじゃなくて。


ただ…そうある事に満足してしまった。




「そっかー、そうなんだね。

私は君と同じクラスだけど話したことも遊んだことも無い。

部活も委員会も、そんな何か特別な繋がりがあった訳じゃない。

でも、それでも私のことを君は好きと言う。

なんか不思議な感じだなぁ…。」


彼女は夜空を眺めながら言った。


でもそれは僕も同じかもしれない。

ただ一目見て、それで誰かを好きになるなんて、まるで名も無き星々を繋いで星座を作るようなものだ。


それでも今、彼女は僕の隣にいて、夜空の星々よりも近くにいる。


だから1つ聞いてみたいと思った。


「なあ、俺のことどう思ってる?」


「君のこと?

う〜んそうだね〜、考えたことも無かったよ。」


「えっ?」

っと僕は驚きの声を上げた。


「だってさ、今まで君と関わったことがないんだもん、当然だよ。」


その言葉に僕は肩透かしをくらった。


「ま、まぁそうだよな、そうなるよな。」


思えばそうだろう。


一方的な思いなんだから。


落ち込む僕をよそに彼女は言葉を紡ぐ。


空を見上げたまま、落ち着いたゆっくりとした静かな声で。


「でも私ね、例えこんな夢の中でも真っ直ぐに気持ちを伝えられるそう言うところ…好きだよ。」


僕はその言葉を聞いて突然胸が張り裂けそうになった。


見れない、隣の彼女の顔を僕は直視できない。


顔が赤く火照って、心臓が思いもよらぬ速さで脈打ち全身が熱くなる。


ただただ嬉しかった。


その言葉は愛の告白でも何でも無かったけど、それでも他人に好きって言われること…自分にも誇れるものがあるって、そう思えて凄く嬉しかった。


僕は彼女が好きだけど、多分恋を抱いてはいなかった。


そこにあったのは、僕もああなりたいという憧れと尊敬、そして自分にはそうは成れないという自己否定の念。


そんな相反する感情が入り混じった複雑なものだった。


だから満足してしまった。


あの距離感に。


どうしようもなく星を眺めて満足してしまう、そんな自分自身に。


そう思うと悔しかった。


あぁ、これはきっとつまらない意地っ張りだったのかもしれないなぁって、そう思えてならなかった。


「褒められるの嫌だった?」


いつのまにか彼女は僕の顔を覗き込んでいた。


「い、いや嬉しいよ。

ただ慣れてないんだ。

誰かに褒められる事に。」


そう何かをしたところで、自分が自分らしくあったところで誰も褒めてはくれない。


世界は100点を目指せとでも言うように、日々間違いを指摘する。


だから、まるで「好き」という言葉を使ってはいけない様な気がして、それはどうしようもなく恥ずかしい言葉の様な気がしてならなかった。


それでも、例えアイラブユーで無くとも、好きという言葉を言われると、生きてて良かったなって、大袈裟だけどそんな気持ちになる。


「だから僕は嬉しいよ。

好きだって言ってくれてありがとう。」


僕は少しはにかんで彼女にそう伝えた。


彼女は僕の顔をまじまじと見ながら、

「うん」と答える。


月明かりに照らされた彼女の顔は、まるでさっきの綺麗な夕日の光に当てられた時のように少し紅くなっていた。


それから僕たちは他愛もない話をした。

多くのことを、日常のことを話した。


夜は薄っすらと明け始め、世界は歪み始める。


そうか、もう時間なんだ。


なんだか長いこと一緒にいた様な気がした。

でもそれは一瞬で過ぎていく。


まるで夢の様に…


あぁそう言えばこれは夢なんだ。


人はいつか夢から覚めなければならない。


だからもう…


目の前の風景がすーっと消えていき、感覚が引き戻されていく。


そして僕は机に伏せていた顔をゆっくりと上げて、目を開く。


そのまま伸びをしようとして…僕は口を開けたまま止まってしまった。


「おはよう、よく眠れた?」


凄く新鮮で、でもどこか聴き慣れたような彼女の声が僕の背中から聴こえてきた。


振り返ると…そこに彼女の顔があった。


「え、まぁ…うん。」

と僕は答え、実はこれがまだ夢の続きではないのかと目をこすった。


それを見た彼女が


「ふふふ、なんだか寝足りなさそうだね?」


と言う。


「まぁね、なんだか夢でも見てる気分だよ。

何で君が僕の後ろの席にいるのさ。」


「それはだって、君よりクジの順番が遅かったからだよ。

帰りのホームルームでみんな一列に並んでクジを引いて、その引いた席に座っていったけど、君は最初の方で私はその後だった。

君は早々に窓側の席を引いて、みんなが引き終わるの待つ間、それはそれは気持ち良さそうに寝ていたからね。」


あぁ、そう言うことだったのか。


確かに席替えした後に爆睡したんだったな。


「で、ホームルームは?」


「周り見なよ。」


「うん…みんなどこ行ったの?」


周り見ると誰もいなかった。


「ひょっとして君、寝ぼけてる?」


「そうかもしんない…。」


目をこすってもう一度見ると本当に誰もいなくて、教室にはオレンジ色の光が差し込んでいる。


そして黒板の斜め上にある時計を見ると…既に放課後になり、部活も終わりそうな時間を時計の針が指していた。



「どうしてこんな時間まで教室に?部活?」

と僕は聞いた。


「ちがうちがう、君が起きるのを待ってたんだよ。」


「え、何で!?」


「う〜ん、初めはホームルーム終わってから起こそうとしたんだけどね、でも気持ちよさそうに寝てたのを見てると、いつ起きるのかな〜と思って、そのままにしてたら今の時間になっちゃった。

それに、君の寝言おもしろかったし。」

そう言って彼女はにっこり笑った。


「えっ!?」


僕は驚きのあまり背中に冷や汗が出た…。

どうしよう変なこと言ってたら。


あー、こんな時に限って夢のことをよく思い出せない。


「な、何て言ってたの…。」


彼女はこの質問に笑うばかりで答えてはくれなかった。


どうしよう、どうすれば良いんだろうか。


このままだと凄く気まずかった、主に僕が。


あーもう、全部夢のせいだ!!


あんな夢を見たのがいけないんだ、何てタイミングの悪さだよ。


夢、そう夢…?


僕は彼女の顔を見つめる。


「ど、どうしたの?そ、そんな真剣な顔して。」


彼女は少し顔をそらして驚いた表情で僕を見た。


もし、これが夢なら僕は迷わず彼女の手を取る。


もし、これが現実なら僕は何もせずこのまま時を過ごす。


その「もし」を積み重ねて、いつしか想い描いてきたこと全てがタラレバになって消えていく。



これで良いのか、僕の人生。



この先も今を忘れて過去にすがりつくように生きて自分の弱さから目をそらし続けるのか?


自分の思いに嘘をつき続けるのか?


そんなのは嫌だ。


もう我慢できない。


重ねた年齢だけ成長すると思ってた自分も結局は何も変わらず今を過ごしている。


大人に近づけば近いほど沢山のことができるようになると信じてた。


でも全部ウソだ。


僕は過去も未来も生きられない、たった今しか生きられないんだ。


そのどうしようもない今を積み重ねて、今の自分がいる。


だからこそ、変わりたいなら、変わるなら今しかない。


朧げな夢が、記憶の彼方に消えるその前に!!


「君に見せたい景色があるんだ!!」


僕は彼女の手を取って屋上へと歩き出す。



そう、これは僕の夢の続きだから。

 何年か前に書いたものになります。何となくupしました。

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