第2話─鑑定
随分と手荒い歓迎をされた俺は、どうやら牢屋に放り込まれたようだ。兵士たちに押さえつけられた身体が痛い。余程鍛えられた兵士たちなのだろう。
「痛てて……」
俺は身体を起こしながら、放り込まれた牢屋を見渡す。
「ここが、牢屋?」
ベッド、机に椅子が置かれてあり、部屋の広さも申し分ない。俺の部屋より少し広いくらいだ。
窓はないが、鉄格子もなく、出入り口は鍵の掛かったドアが一枚。外から中を確認出来るような小窓さえ設けられていない。この世界の牢屋は、俺のいた世界の牢屋とは目的が異なるのだろう。
そのためか、俺には手錠も掛けられず、ただただ密室に閉じ込められただけである。
──さて、これからどうなることやら……。
俺は椅子に腰を掛けて溜め息を吐く。
結局、何故、俺がこの世界に召喚されたのかはわからずじまいだ。ありきたりな話であれば、勇者だ、賢者だ、などと囃し立てられ、魔王の討伐を依頼されるのだろうが、どうやら話は違う。
しかし、先程の金髪女性─確か王女と言っていた─は、魔術と叫んでいたので、魔法らしきものがあるというセオリーは守られていると見て良い。
──が、あの魔術? にはどんな意味があったんだろう?
状況から整理すると、王女が何かしらの魔術を使ったが、俺には通用せず、それが逆鱗に触れて牢屋に放り込まれた、と考えて正しい。
──もしかすると、俺にも何かしらのスキルがあるのか?
魔術のある異世界に召喚されて、何もスキルがないというのは、無理ゲーである。きっと何かあると信じたい。
いや、しかし、俺にはそれよりも重大な問題があった。
──何故、この世界は、胸の大きな女性ばかりなのだ!
少なくとも先程の王室らしき部屋には、胸の大きな女性しかいなかった。それに、あの胸を強調し過ぎるドレス。王女の挑発的なポーズを見ても、この世界と大きな胸は、何かしらの関係があるだろう。
俺にとっては、それが何よりも残念で、この世界で生きていく気力を奪った。
「はあぁぁぁ」
長い溜め息を吐いた時、ドタバタとした足音が耳に入る。続いて、鍵が開けられる音がした。
振り向くと、一斉に数名の兵士が牢屋に入り込み、一列に並ぶ。素晴らしい統率だ。
「何でしょうか?」
俺は立ち上がり、やや緊張した声色で聞く。先程の拘束が頭によぎり、少しビビってしまった。
兵士の間から姿を現す兵士。明らかに他の兵士とは雰囲気が違う。鎧も立派で重厚感のある黒だ。
「お前の処分を決めるに当たって技能鑑定を行う。悪いことは言わない。指示に従え」
兜のせいで顔は見えないが、威厳のある声から風格のある男なのだろう。ただ、無闇に力で制圧しようと言うわけでもないようだ。気品も漂う。
「俺は従うしかないですからね」
黒兵士の落ち着きに少し安心した俺は、息を細く吐きながら、そう答えた。
「賢明だ」
そう言いながら、黒兵士は、他の兵士から一つの巻物を受け取り、俺へと近づいてくる。そして、巻物を広げて見せた。そこには、何も書かれていない。
「この巻物の上に右手を乗せろ」
静かに黒兵士は言った。ここで何を聞いたところで答えは得られないだろうし、むしろ、痛みだけを得る可能性がある。俺にはやはり従うしかない。
また小さく溜め息を吐いて、俺は巻物に右手を乗せた。だが、何も変化はない。
「む……、もう一度、乗せよ」
黒兵士が眉をひそめたような気がした。
俺は大人しく、一度巻物から右手を離し、また乗せる。しかし、やはり巻物に変化はない。
──これはどういうことなんだろう。
「反応なし、だと……?」
声の調子から、黒兵士もやや動揺していることがわかる。気を取り直すように一呼吸置いて、黒兵士は続けた。
「よし、次は左手を乗せろ」
俺は言われたとおり、今度は左手を巻物に近づける。そして、俺の左手小指が巻物に触れた瞬間──。
「うわぁ!」
俺の左手小指が巻物に触れた瞬間、そこから青い炎が燃え広がり、一瞬で巻物が宙に消えたのだ。
あまりの出来事に俺は驚き、後ろへ跳び跳ね、尻餅をついた。
「な! お前、何をした!?」
さすがの黒兵士も驚きの声を上げ、旬しに抜いた剣を俺に向けて叫ぶ。同時にざわつく後ろの兵士たち。
何が起こったのかは、俺自身が最も知りたい。俺は黒兵士に向かって、ふるふると首を横に振るのが精一杯だった。
「……右手は反応なし、左手は巻物焼失。こんな前例はない。すぐに王女様へ報告せねば……」
そう呟くと、黒兵士は剣を納めて、早足でドアへと向かう。
「結界師に連絡し、この部屋を覆う結界を張るよう命令を出せ! 総師団長命令だ!」
黒兵士がそう告げると、ははっと返事をした兵士が駆け足で外へ出て行く。
ドアから出る直前、黒兵士は立ち止まって静かに告げた。
「……お前には、厳しい処分が下されるだろう」
黒兵士に続いて、残りの兵士もいそいそと牢屋から出ていき、ガチャという鍵を掛ける音が妙に響いた気がした。