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99 仲違い?

「ノアラ、ちょっと魔術陣見せて、あと詠唱…。えっと、ここを抜いて、ここをこう変化させて…」


「あっ、違うな。こっちか…」と頭を付き合わせるサラドにノアラはふむふむと頷き、すぐさま新たに陣を書き起こし、詠唱文を調整していく。


「…うん。じゃあ、これをノアラが、シルエは護符の術を唱えてみて。二人同時に」


護符を踏まないようにそろそろと部屋の中央に移動したノアラはまだディネウに八つ当たりをしているシルエと背中合わせに立つ。それを見てディネウは壁際まで下がりサラドの隣に立った。


「えっ? 何?」

「シルエ、護符に術を。詠唱して」

「? うん、わかった」


 サラドに言われるがままシルエは護符に術を込めるため詠唱を滔々と紡ぐ。そこにノアラが先程と似て非なる魔術陣を描き詠唱を合わせていく。喉を酷使していつもより嗄れたノアラの声が韻を踏みつつ、部分的に長音にしたり早口にしたり帳尻を合わせ、ピタリと二人同時に締めの言葉を口にした。


数多の護符に対するため光は眩しいほどに迸り、ドーム型の天井や壁から波のように押し返す。紙の端がピラピラと捲れ、二人の足元の数枚は宙に舞った。壁にもたれ掛かっていたディネウが堪らず腕で顔を覆い、目を細める。床一面の護符の陣がほわりと光を吸収するように収まった。


「嘘? 一度で全部にかけられた?」

「凄いな! これは大成功って言っていいんじゃないか?」


シルエの疑問の声に嬉しそうなサラドの声が被さる。両の手の平を見る目は小刻みに揺れ、僅かに上気したノアラの顔。


「えっ? 今、何したの?」

「うーんと…。まずさっきの音の術から精神的なダメージを与える部分を除く。楽器は音を大きく響かせる工夫がされているだろう? それを参考に、風の術で囲ってノアラの術で作った振動を反射させ、より大きな振幅を作る。シルエの術と合わせて放つことで、行き渡る範囲を拡げられないかって試してみたんだよ。この部屋は適した環境だから外でとなるともう少し工夫がいるかな。まだ調整は必要だろうけど、なかなか良かったよね?」


手応えを感じたようでノアラはぎゅっと拳を握った。


「えっ? この短時間でそんな修正を?」

「基本形ができていたし。ノアラの術は無音と感じる振動にしていたから、可能そうだと思って」

「可能そうって…、そんな簡単に」


もう嫉妬することすらも馬鹿らしくなるほどの出来栄えにぽかんと口を開けるしかない。


「これって攻撃力や防御力の向上とはまた違うんだよね?」

「本人の能力を強化するんじゃなくて術が与える影響を変えるから厳密に言うと違うかな」

「でも、威力も少し上がっていたような気がする」


シルエとサラドの会話を聞いていたディネウが「何が違うのかわからねぇ」と首を捻る。

「能力の向上は人が体の組織や自我を守るため無意識にも抑制している力を一時的に解放する一種の自己暗示で、そのため『怪我するかも』とか『死ぬかも』という恐怖も薄れるし、下手すると肉離れや骨の損傷などもあり得る諸刃の剣なんだけど」とサラドが説明し、その内容は体感していたことなので「うんうん」と相槌を打っていたディネウも「それに対して…。えっと、音の仕組みは、例えば太鼓の膜を打つと裏側に張った膜に到達した振動が反射して打つ面に戻り、それが…」と続くと表情には疑問が浮かび「すまん、もう、いい」と早々にお手上げだと示して見せた。


「待って。今回は詠唱したし、僕はノアラの気配も感じ取れるけど、知らずにされたら自分の実力が上がったって勘違いするよ。これ」

「まだ無詠唱は無理」

「どうせ、いずれできちゃうくせに」


顔の上半分を手で覆い天井を仰いだシルエは「糠喜びするところだった…」と呟くと、気を取り直したようにシャキッと背筋を伸ばした。


「じゃあ応用すれば拡声や小さい音を拾ってはっきり聴く、なんてこともできそうだね。逆に消音も。サラドが風の精霊に頼んでする内密な会話みたいなことも、もしかしてできちゃう?」


シルエが示した可能性にノアラが目を見張る。サラドもにこっと八重歯を見せた。


「怨嗟を聞くこともだけど、地に伝わる感じ取れないくらいの微振動を捉えられれば山崩れや洪水、地震なんかの予測にも活用できるかも」

「おー、それはすげぇな!」


ぷるぷると頬が震え、ノアラの片方の口角がぴくぴくと僅かに上がっている。


「怨嗟に共通する紋は見つけた。でも打ち消せるか阻害できるか、まだ何とも…」

「魔人は言葉巧みに唆して、死者はそれに応じざるを得ないって感じだからね。それをどうにかできれば」


魔人対策にも光明が見えて、その夜はシルエの「悔しい…」とノアラの照れと興奮、それを酒の肴にするディネウで賑やかとなった。



 一晩乾燥させた護符を束ね、身支度を終えたサラドとディネウとシルエの三人は玄関扉の近くに揃っていた。


「ディネウの伝手がない王都や聖都は僕が行ってこようか」


ノアラの提案にシルエはふるふると首を横に振る。


「いらないよ。王都には騎士が、聖都には聖騎士がいるんだよ? 自分たちで守るでしょ」

「だが…」


気遣うようにノアラが横目でサラドを見た。そこに住まう人々は上層部の思惑とは関係がなく、みすみす危険に曝すことはできないと、サラドは考えるだろうと慮ってだ。


「王都の結界はまだ完全に消え失せたわけじゃないし、聖都も奇蹟の使い手たちで防御壁を維持してるだろうし。僕らが全ての責を負う必要は無いよ。目の前で起こった火事は仕方なく対処したけど。今回だって僕としては、あの頃一緒に闘ったディネウの知り合いが、今も自ら闘って守ろうとしているから。なら手助けをしようかってだけ」


わざとらしく手の平を天に向け肩を竦め「ま、あとは単に魔人が気にいらない」とおどけてみせるシルエに、ディネウはほんの少し顔を顰めたが異は唱えない。サラドは何か言いかけた口を閉じ、差し出しかけた手を下ろし俯いた。作業を手伝いはしたが護符はシルエの力があってこその代物。そのシルエが譲らない態度なら反対するつもりはないのであろう。ノアラは少々困惑しながらも「わかった」と頷いた。


そんな突き放す言い草でも、いざとなればシルエも高みの見物を決め込むことなどしないと知っている。危険を承知で忍び込むのは不可視の術と転移が可能なノアラになるのは自明で、万が一にも見つかる失敗はないだろうが、疑われるような真似をさせたくないという気遣いも感じる。


「今日は市場なんかの人混みに入るわけでもないんだし、ノアラも一緒に行こう? その方が転移の効率もいいでしょ。テオ、お留守番、頼めるよね?」


無駄に責任を感じさせまいと、更にたたみかけるようにノアラも同行するように仕向ける。それにはディネウもすぐに同意を示した。


「おう、そうだな。その方が負担は少ないだろう?」


テオは少し不安そうな表情を浮かべたが「大丈夫」と頷いた。外出用の装備を身に着けるサラドを見て一緒に行きたがったが「今回はゴメンな」と眉尻を下げ諭されて、素直に諦めていた。

「それなら俺が残ろうか」とサラドが言い出すのを感じ取り、その前にシルエがその口を塞ぎ、ディネウがひと睨みする。サラドは自分を再度紹介されることに出発直前でも消極的だった。


「テオ、この敷地からは出ないこと。それさえ守れば、あとは怖いことなんかないから」

「そんなに心配しなくても、平気だよね?」


 ノアラに保護されるまで置かれていた環境のせいで、つい最近まで部屋の奥で身を縮め、人との接触を怖がっていたが、テオも普通なら徒弟に出ていてもおかしくない年齢だ。これから先のことを考えても一人で留守番ができるようになっていてもらいたい。もう慣れた屋敷、広くとも一人で過ごすのに問題はないだろうとシルエは考えている。


「僕らがいない間はこの家を探検し放題だよ。おやつとか保存食とかも漁れちゃうかもね。ああ、でも、テオも気付いていると思うけどこの屋敷は特殊でね。大事なものや触れてはいけないものには罠があるから注意して、ね?」


悪戯心をくすぐるようなシルエの言葉に、わくわくと恐々のないまぜになった表情でテオが頷く。

ノアラは藍色のケープ付きで脹脛まである丈の外套を羽織ってぎゅっとベルトを締め、帽子を手に取った。


「じゃあ、テオ、お願いね」


ひらひらと手を振るシルエに緊張の面持ちで手を振り返す。サラドが力強く頷くのを見てテオも少しだけ口角を上げた。玄関扉がパタンと閉じると隙間から射し込んだ薄紫色の光もすぐに消え去る。急に屋内がしんと静まり寒くなったようにテオは感じた。




 各自警団を管轄する地域の代表者と会い、ディネウが挨拶と注意喚起を、『弟で腕の良い治癒士』だと紹介されたシルエが護符の説明を行う。サラドは一歩後方にいてあまり口を差し挟まない。その隣にいるノアラは安定の無口無表情だ。


「前もって鐘が幾つあるか調べるように言ってある」

「へー、ディネウにしては気が利くじゃん」


護符の束から申告された枚数を抜くと有り難そうに手を差し出された。


「これはお守りのようなもの。これで全ての災厄から逃れられるわけではない。人々を守るのはあくまで人だ。それを忘れてはいけない」


シルエが普段とは違う低めの、威厳のある声で泰然と語ると、護符を両手で受け取った代表はピシッと姿勢を正し「はいっ」と気合いの入った返事をした。


「紙一枚でも鐘の音に多少なり影響はあるだろう。もし音がどうにもおかしいとなったら報せてくれ」


 代表だけでなくわらわらと人が集まって来る地域もあった。ディネウが慕われている姿を見てサラドもほっこりと笑顔をこぼす。自警団を形成する若者の存在にシルエは「へぇ」と気のない声を出しつつも感嘆している様子だった。

中でも昔馴染みの元傭兵は四人集合した姿に感激して顔を綻ばせていた。


「仲直りされたんですね!」

「いや、別に喧嘩別れしていたわけじゃねぇぞ。ただこいつが騙され…うごっ」


棒状の杖の先端で二の腕を突かれたディネウが呻き声を上げ「てめえ」と睨むがシルエは涼しい笑顔を張り付けている。

昔からディネウとシルエが遠慮なくやり合う姿は見られていた。特に意見が分かれた際の応酬は周囲が慄くほど熾烈。当時は命のやり取りが身近で血の気も多かったから余計だ。

その後、治癒士の姿が急に見られなくなったことについては、憶測で気を遣われていたらしい。


「あとコイツも。知ってるとは思うが俺の代理じゃないから、他のヤツらにも言っといて」


後ろ向きに指さされたサラドがペコッと頭を下げる。


「その御髪は、一体どうされたんですか」

「あー…、ちょっと魔物にやられて」


サラドが恥ずかしそうに白くなった毛先を引っ張る。サラド自身は軽い調子で「ちょっとドジって」とへらりと笑うが、元傭兵は『失敗知らずの斥候』が窮地に陥るような魔物が出現した事実に驚愕し青褪めた。


 各地で繰り返される会話にサラドの羞恥心が擦り切れそうになる頃、ようやく護符を配り終えた。

細かく見れば知り合いの元傭兵や自警団では補えきれていない地域もあるが、かなり広範囲に護符を行き渡らせることができたであろう。こうしてディネウが直接顔を出すことで警戒と結束を高めることもできた。


 魔物騒動が増えたのも四人が揃っていることも、暗雲が忍び寄っていることを示しているようで、その後、自警団に所属する者たちは襟を正して訓練に臨んだ。



評価いただきありがとうございます!

とてもとても嬉しいです ( ´艸`)

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