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93 休息も大事

「音も目に見えればもう少し具体策を練れそうなのに」


 シルエの呟きにハッと思いついたようにサラドは立ち上がり、桶と鞣し革と紐を持って来た。桶になるべく皺が寄らないようにピンと革を張り紐で固定する。

荷物から土の精霊が集めてくれていた砂――緑色の粒子を含む岩を粉砕した砂を出し、皆に吸い込まないように口を塞ぐように頼むと、革の中心に少量置いた。そこに向かって声を出すと、サラサラに乾いて軽い砂は革の上で踊るように弾け動き、波紋を作る。砂と緑の粒子で跳ねる高さも違い、声を出し続けると砂と緑の粒子とが分かれ、中心に集まった緑がキラキラと光を弾く。声の高さや長短を変えると出来上がる波紋も変わり、砂が混じり合い、分かれを繰り返す。


「どうかな、何か参考になりそう?」

「なにこれ、おもしろーい」


サラドが声を止めると、早速シルエが張った革を指先でトントンと叩いた。リズムを変えたり、指の腹で撫でるようにしたり爪で引っ掻いたりして砂の動きを観察する。ノアラも目を見張って移ろいゆく砂の紋を見つめた。


「この緑の粒子を砂と選り分けるのに風の精霊の力を借りた時のことを思い出したんだ。…こうして見ると風の精霊の調べにも個体差があるんだな…」

「おー、識別できてなかったってことか。ダチだと思ってる精霊からしてみれば地味にショックだろうな」

「あっ、えっと、その、区別がつく精霊もいるんだけど…」

「悪ィ悪ィ、逆に人間なんてみんな似たり寄ったりに見えてんだろうな」


ディネウはカラカラと笑って、焦るサラドの肩を叩く。「呼んだ?」というように小さな小さな旋風がサラドの髪を揺らした。


「んで、対策はどうする?」


 笑いから「ハァー」と息を整えたディネウが低く冷静な声で場を引き締める。トントコ太鼓に興じる状態になっていたシルエとノアラがピタと動きを止めた。コホンと空咳をひとつ。


「これはとっても興味深いけど、残念ながらしっかり研究するには時間が足りないね。手間はかかるけど、ひとまず護符を鐘にこっそり貼っておこうかな」


邪なるものの干渉を防ぐ護符を書き留めておいた紙をヒラヒラと振る。桶から鞣し革を外し、砂を瓶に戻したサラドがその紙を手にした。


「この護符ってシルエの手書きじゃないと効果ないの?」

「んー、いつもは書きながら術を込めていたからなぁ。インクに魔力を流しやすいものを混ぜておけば後からでも可能だと思うけど…。導師の護符は付加価値というか寄付目的だったからね」

「じゃあさ、その陣、オレが木彫りするよ。本の木版みたいに。そうすれば時間短縮できるだろう?」

「ああ、そうか。それなら、あとは一気に術をかければいいのか。でも、鐘の音が鈍らないようにするのと、目立たないように貼りたいからなるべく小さくしたくて。かなり細かいよ?」

「うん、見た目の良さはそんなに気にしなくてもいいだろう?」

「まあ、そこは見せるためのものではないし…」

「なら、なんとかなるかな」


じっと護符の陣を眺めながら作業行程を想定する。


「よっし、決まったんなら一回、お前ら休め。具体的に進めるのはそれからだ。ノアラの話じゃ、件の魔人は昼は活発じゃないんだろ?」

「昔の、王都の時、王女の話ではそうだった」

「じゃあ、今のうちに少しでも寝ておけ。どこかに影響が残っていて夜に何かあるとも限らん」


「ほら、寝ろ、寝ろ」とシルエとノアラの背中をぎゅうぎゅう押してせっつくディネウにシルエはイラッとしながらも、立ち上がって階段に向かった。


「うーん、確かにお腹いっぱいになって、体が(ぬく)くて眠いかも」


 飲み物のお陰で腹からじんわりと体が温まり、根を詰めすぎて頭にあった鈍痛も和らいでいる。疲れ目を自覚して目頭を押え、一度しっかり休んだ方が効率は良さそうだと思い至る。

四人分のカップを台所に戻しに向かうサラドに「おやすみ」と言われシルエはニコッと笑みを返した。


「俺も一眠りすっかな」

「そうだ、ディネウも徹夜だもんな。ごめん」

「いいって、気にすんな。お前が謝ることじゃない」


湖畔の小屋に繋がる扉に手をかけたディネウは背後から聞こえた重い溜め息に振り返った。


「シルエは強い」ノアラが俯いてポツリと呟く。


「昔から。扱えるのが同じく魔術だったら絶対に敵わないと思うほどに。悪魔召喚の時も一晩でほぼ回復していた。それに比べ僕は、」

「どうした? シルエの嫌味に負けたか」


ノアラがふるっと首を横に振る。


「…嫌だぞ、俺は。シルエが魔術を使えていたら破壊主になるか、もっととんでもない失態を演じている未来しか見えねえ」


苦虫をかみつぶしたような表情でディネウが諭す。ノアラの肩をポンと叩こうとして避けられた。


 ここ数年めっきり単調になっていた生活が急に騒がしくなったことで心配性のノアラは知らず精神不安を重ねていたらしい。時々、サラドやディネウが訪れてはいるが、畑いじりと研究に明け暮れていた屋敷はいつも静かだった。サラドの王都行き、魔物の活動、シルエの帰還、テオの保護と環境が目まぐるしく変わり、今は身近に人の気配が常にある。


「お前が奇蹟を使えていたら線引きができずに苦しんでいただろうし、お前だから魔術も制御が効いていると思ってるぞ」

「そうだね。攻撃だけじゃない可能性を探すのもノアラだからだろうし。悪魔召喚の時は力の関係でノアラに負担が大きかったから、回復に差があるのは当然だよ」

「しかも、な。比肩する者がいないだろうが、お前、万全で魔術が使えなくてもめちゃくちゃ強いからな?」

「ノアラがいないとオレなんか、この家にも来られないんだよなぁ…」


ノアラがこくりと頷く。ちょっと照れているのか耳が赤い。


 サラドが荷物から瓶を出し、その中身をノアラとディネウの手の平に載せた。細かくした雑多なものがぎゅっと固められた茶色い一口大の立方体、見た目は固めた土みたいで良くはない。ディネウが鼻に近付けてスンスンと匂いを嗅いだ。穀物の香ばしさと酸味を感じさせる匂いがした。


「何だ、コレ?」

「携行食。短い睡眠時間でも疲れが取れやすくする栄養のものをと思って試しに作ってみたんだ」


サラドの説明を聞いてディネウが口の中に放り込んだ。ぬちゃぬちゃと咀嚼して飲み込む。


「不味くはねぇけど…。ヘンな臭みがあるな」

「あー、やっぱり消せてないかぁ…」

「何が入っているんだ?」

「えーと…、穀物でしょ、山羊の乳を煮詰めて発酵させたものと、魚のすり身、豆、主食にもなる果実と…それから…」


もうひとつ要求したディネウが今度は齧って味を確認しながら食べ、指先をペロリと舐めた。


「青魚か、山羊の乳か、臭いのどっちだろうな」


口直しにと干した果物を出すとディネウはそれも一口で飲み込み、ノアラは干した果物をちぎって携行食と一緒に口に入れた。


「もうちょっと食べやすいように改良するよ」

「携行食にしては美味い方だけどな」

「寝不足が続くとつい悪い方に引っ張られるからね。体も、心も」


サラドがノアラに気遣わしげな視線を送り、目を細めて微笑んだ。ゆっくりと噛んでから飲み込んだノアラは残りの果物もじっくり味わい、こくりと頷く。


「サラド、さっきの…、研究してみたい」

「さっきの?」

「音で砂が踊る」

「あ、あれね。わかった。太鼓を買って来た方がいいかな? 砂は比重が違うもの数種と…色もあった方がわかりやすそうだね。体に害がない粒子を探してみるよ」

「おいおい、幾つ掛け持ちする気だ? 何だっけ、あの壁画を見たまま写すのとかもまだ完成していないんだろ?」

「…あれは…行き詰まっていて…」


ノアラが恥ずかしそうに目を逸らす。


「はは、気分転換も必要だよね。一見、関係がなさそうな知識がどこで生きてくるかわからないし」

「…あんま抱え込み過ぎるなよ。じゃあ、俺は帰るぜ。また夕方に来る」

「ノアラも。おやすみ」


 ノアラが寝室に向かったのを確認してサラドは籠を手に庭に出た。テオが野草を載せた笊を手にてとてとと小走りで寄ってくる。


「うん、これと、これも正解。これは惜しいな、ここを良く見て、特徴の違いは…」


間違った草を採ったテオが悔しそうにぎゅむっと口を曲げた。


「テオ、今日も祭りに行くはずだったのにごめんな。祭りは終わっちゃうけれど、今度はもう少し大きな町に行ってみよう」


サラドの謝罪と提案にテオが目をキラキラさせる。


「お祭りで食べたのも美味しかったけど…。サラドのご飯、好き。これが美味しいものに変わるの、すごい!」

「あはは、そう? テオは褒め上手だな。料理も一緒にやってみようか」

「うん!」


 笊を勝手口に置き、しっかりと手を繋いで敷地を抜け森に入る。陽当たりの差で葉を落としきった木もあれば、まだ紅葉しきっていない木もある。冬でも青い葉を茂らせる木の枝元には種をつけた実があり、小さな森の生き物がせっせと頬袋に詰め込んでいる。赤や茶色、黄色のクルリと丸まった落ち葉が堆積した箇所にテオが足をズボッと入れて蹴飛ばし派手に散らした。その中からギチギチと不満を告げるような鳴き声をあげて虫が飛び跳ねる。眼前すれすれを飛んだ虫に驚いてテオは慌てて顔の前で手をブンブン振った。


獣道の見分け方、足跡や糞で近くに獣がいないか警戒する方法、前回は失敗してしまった茸、そっくりの葉を出す球根植物で食用になるものと毒性があるものとの差を説明しながら、仕掛けておいた罠猟を確認して回った。テオは食べられる方の葉の匂いを覚えようと熱心に嗅いでいる。


「そう、まずは片方をしっかり覚えるといいね。必要な方とダメな方、って覚えようとすると何故かダメな方が印象に残って間違うんだよな」

「こっちが美味しい方!」


針葉樹の根元に生えた茸をもいで鼻息荒くサラドに見せ「そう、正解」と言われるとテオは自慢気に茸を籠に入れた。片手にはまだ真っ直ぐに伸びた葉を握りしめている。

一廻り終えてサラドの目にはノアラの屋敷が見えてきた。歩を進めると急に見慣れた屋敷の庭が視界に入ってテオが驚きに前後を何度も振り返っている。


「罠に鳥がかかっていたから、野菜詰めて丸焼きにしようか」


 暴れかけた鳥の目を塞ぐように頭部を手で覆ってサラドがひと言呟くとピタッと静かになった。もう動かない鳥に糧への感謝の祈りを捧げる。その所作と言葉をテオが真似て復唱した。

頭を落として血抜きをするのにぶらさげられた鳥を見たテオが顔を引き攣らせ、鼻を摘まんだ。バケツに受けた血の匂いに虫が寄ってくる。サラドがもう一度、糧への感謝をテオに聞かせるように口にすると、その言葉の意味を理解したテオは神妙な顔でぎゅっと手を合わせた。


「『あなたの命を私の命にさせていただく』大事なことだよ。無駄にしてはいけない」


大鍋に沸かしたお湯に鳥を浸けては揺する。取り出してはまた浸けて揺すりを数回繰り返して羽毛を毟る。羽毛もまた洗って乾かし、後に利用する。表面に残った産毛を火で軽く炙って取り除くとプリプリの美味しそうな肉になった。

内臓や骨抜きをしてよく洗い、柑橘類を絞った汁をかけて馴染ませ、内側に塩を塗りこみ、香味の強い野菜を数種詰めて石窯でじっくり焼く。

その手際をテオはじっと見続けていた。内臓を抜く際には口を覆ったが目は逸らさなかった。

焼いている間に芋の皮むきを教わって、ぎこちない手付きでナイフを動かす。


「皮が緑色のところは厚めに剥いて。この窪んだところから芽が出るんだよ。芽には毒があるからナイフのここを使って、こんな風にくり抜いて…、うん、上手」


一個剥き終わるとテオは「えへへ」と満足気に笑った。

石窯から良い匂いがしてきた頃、自然とシルエもノアラも午睡から起き、ディネウの小屋に通じる扉のノッカーがガンガンと鳴らされた。


「鳥一羽じゃ少ないか。熟成させておいた肉も焼こう」


 夕食には早めの時間から、慰労と英気を養う料理に舌鼓を打った。警戒は怠らずにいたが、その晩に救援信号が発せられることはなく、サラドが精霊に呼ばれたり怨嗟を聞きつけることもなかった。



ブックマーク嬉しいです ヽ(^0^)ノ


お読みいただきありがとうございます。

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