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84 避難を終えて

 王都に近い村の墓地で魔人に操られたアンデッドを対処し、ディネウが自警団を労いつつ今後の対策を練っていると、次なる救援信号が上がった。向かった先でも半鐘が鳴っていて、遺体が起き上がっていたが、人に襲いかかることはなく、うろうろと惑うだけ。物的損害もなく、迷える骸はシルエの術で光と消えた。きちんと弔われた墓地の主は呼び覚まされていない。魔人の術が音に関係していることは確かだが、関与の影響はここでは小さいらしい。


同じような事象が他にも三件続き、その場所はだんだんと王都から離れていくようだった。鐘の音に術を乗せる思いつきを魔人に利用されたシルエは屈辱にギリギリと歯噛みした。段々と目も据わってきている。ディネウが「やめろ。落ち着け」と宥めたが、八つ当たりで脇腹に拳を食らわされた。

そして四件目に応じている時、南西の外れからも救援信号が上がった。


「ちっ、またか。俺だけでも先に行くか?」


ノアラがスッと手で遮り、耳に手を添え、神経を研ぎ澄ます。紫色の怜悧な目が細められた。


「…サラドが向かった、と」

「それじゃ、しばらくは任せても大丈夫か」

「えっ、待って、すぐ行こう」

「ダメだ。まずはここのアンデッドを眠らせてからだろ」


ディネウがシルエの首根っこを掴んだ。シルエは不承不承に杖で軽く地を突く。杖の中央を軽く握り、もう片手を逆手に添えて、床に近い部分を蹴り上げる。クルッと一回転させた杖が描く円に陣を浮かべ、術を繰り出す。明らかに威力過多の、無慈悲な強い光が辺り一面を覆った。

手の平を上にして額に当てて眩しさを軽減し、ディネウは「やりすぎだろ…」と呆れた。


「はいっ、終わり。次、行こう」

「大雑把だな…。まだだ。救援を呼んだ者と話をしてからだろ」


ディネウにグイッと押し退けられて、ムッとしつつもシルエは邪の気配を探る。光から逃れたアンデッドも、魔人の残滓もない。そうこうしているうちに再びノアラが耳を澄まして「片付いたそうだ」とサラドの状況を伝えた。



「ねぇ、まだ?」


 焦れるシルエにノアラがふるっと小さく首を横に振る。リンリンと小さな音を届けてサラドへ転移を促しても返ってくる言葉は「否」だ。


「誰か、近くにいるのかな」

「多分」

「アイツのこった、被害を確認して確実に安心だとわかってから帰るつもりだろ、どうせ」


心配性のノアラがふっと息を漏らす。返事が来るだけマシだと思っているのだろう。溜息ほど大きくはないが無表情が常のノアラにしてみればわかりやすい。


「とりあえず、俺だけアイツがいるだろう村に送ってくれ。そんで、お前らは一旦帰れ。そろそろ夜明けだ。目を覚まして誰もいなかったらテオがパニックになるだろうし。ノアラも疲れてんだろう?」

「えー、僕もサラドのとこに行く。帰るだけなら転移できるよ。連れて行って損はないよ」

「いや、だからお前が来るとややこしくなるんだって。サラドから『片付いた』って連絡は来たんだろう? なら、お前の術に頼ることもないだろうしな。様子見て、やばけりゃ連絡すっから」

「えー、行ってもいいじゃん。おとなしくするから」

「またいつ何があるかわかんねぇから、お前は黙って控えてろ」


シルエは憮然として口を尖らせた。それでも今回の件がシルエの案を悪用したものである以上、一刻も早く拡散を阻止したい。幾つか対策案が思い浮かんでいるうちに験しておきたいのも事実だ。


「…しょうがない。じゃ。ノアラ、ディネウをさっさと飛ばして。帰ろ」

「おい、おまっ…」


ディネウを薄紫色の陣が包むのと同時くらいにシルエが杖で地面を突く。二人の姿も浮遊し、転移陣で瞬く間に消えた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 囲いの破られた箇所から暗闇に身を投げる。訓練されて夜目は利く方のニナもそろそろと注意深く足を進めた。サラドの気配は感じ取れない。それでも一本の木に星が引っ掛かったような赤い光があるのを見つけた。その根元は周囲より一層闇が濃い。


「…どうした、ニナ。何か、問題が?」


頭上から吐息混じりの声が降ってくる。見上げると枝から降ろした片足がゆらゆらと前後に揺れていた。ぶら下がったランタンに小さな火が灯っている。


「…問題は、ない。ただあんたが」心配で、という言葉は口にできなかった。


枝がたわんで軋み、ガサリと音がする。ハラハラと落ち葉が散った。目を凝らしてようやく見えてきた姿に思わずぎょっとする。まるで風に飛ばされて枝に引っ掛かった洗濯物のように、ぐったりと四肢が下がり、俯かれた顔はまったく見えない。先程の音は力を抜いたことで体重がかかったせいだろう。


「ニナも避難場所で休めば良かったのに」


聞き馴染みのある少し嗄れた声は弱々しく、夢現の中で喋っているようだ。


「村の見張りを請け負った。ついでにここも、あんたの代わりに警戒しといてやる」

「…助かる。ちょっとくたびれちゃって。もう少し眠れば回復するはずだから」

「まさか、そこで寝る気か?」


再度ニナはぎょっとしたが、サラドから返事はなく、揺れる足の動きは小さくなり、微かな寝息も聞こえてきた。ニナは枝に抱かれているような寝姿を見上げた。火傷を負って伏せていた時以外、殆どはじめての無防備なサラドの気配。

幹に背をつけて寄りかかり、片足を休ませて、ニナは周囲の警戒にあたった。林には夜行性の鳥のさえずりや小動物の気配、虫の音が戻ってきている。静かな闇が横たわる夜は穏やかだった。


 明け方、サラドが枝から降り、ぐいっと背を反らして腕や肩甲骨をほぐした。あふっと欠伸をひとつする。


「ありがとう。ニナ。お陰さまで大分楽になった」

「…顔色が悪い」

「んー、それはお互いさまかな。この後、ニナもゆっくり休んでな?」


ニナはそれに答えず、先立って村に向けて歩き出した。後ろからカサカサと落ち葉を踏む音がする。足音も消さずにいるサラドの気配に、気を許されているような気がしてそわそわとした。


「あんたはこれからどうするんだ?」

「村の見回りをして問題なければ帰るよ」

「顔を出していかないのか?」

「ん? ショノアさまにか?」

「村の人に。何も説明せずに去るのか」

「ああ、それなら、そろそろ…」


村の中に人の気配を察知し、ニナはピタリと足を止めた。遠目にも大剣を装備したがっちりとした男は見覚えがある。真っ直ぐにこちらに向かって来る男にニナはサッと身構えた。


「おう、お疲れ。なんだ、そのちっこいのも一緒だったのか」

「ニナが見張りをしてくれていたんだよ。お陰で眠れた」


ふぅん、とディネウが鼻から息を漏らす。大人と子供ほどに体格差のあるディネウに見据えられ、掴まれてもいない肩を庇ってニナは二、三歩退いた。それを見てサラドがくつくつと笑う。ディネウがサラドの肩に腕を置き、ぐいと引き寄せた。


「おい、俺らはこっちから見廻る。お前はあっち側から村の入口に向かえ」


ディネウの指示にニナは了承の言葉もなく、影を残すような速さでその場を去った。人払いをするためにニナに村半分の見回りを命じたのがわかったからだ。



 昨夜通った道を逆に進み、骨が移動した跡を戻る形で村内を見廻る。その間にディネウは自分たちが応じた救援信号の概要を簡潔に伝えた。魔人の話にサラドの眉根に力が入る。


明け始めた日の光が牧歌的な風景を照らす。家屋には延焼はなく、少しの煤と壁などに骨が体当たりした損傷があるくらいだ。畑は多少踏み荒らされたが、収穫後のため作物にも被害はない。収穫祭のために設えられた祭壇と捧げられた供物は燃え尽きてしまったけれども。

広場の地に残る焼け焦げた色に火柱の大きさが知れる。


「おー、派手にやったみたいだな」


少し顔色の優れないサラドの目元を覗き込んでディネウが意味深長にニヤリと笑う。


「火が傍にいるから。呼ぶための力を術の威力の方へ振れたからね」


ランタンに指をそっと入れると蜥蜴の口がパクりと甘噛みする。サラドの魔力を火に流すと満足したのか丸い舌先が指先を吐き出すように押し返した。前脚がカリッと指を引っ掻く。


「…オレの術は死者を還すと同時に命も奪ってしまう。救うだの守るだの、おこがましいな」


黒く焦げた草の煤が靴先を汚す。その中には草だけでなく巻き込まれた虫や小さな生き物も含まれているだろう。サラドのこめかみにゴツンと軽く拳をあて、ディネウが「ばーか」と詰った。


「…痛いよ」

「ぐだらねぇこと言ってんな。で、すぐにノアラに連絡するか? シルエがうるさくてかなわないんだが」

「ううん、来る途中で荷物を放ったから、弓と鞄を回収して…、獣に荒らされていなければだけど、薬草が無事残っていれば、それを卸してから帰ろうかな」


村の入口が見えてきた所でディネウが立ち止まった。顎で外を指す。


「こんだけ見て、何もなけりゃもう大丈夫だろう。あとは俺がやっとくから、荷物探しに行け」

「うん。そうする。村のみんなが戻って来る前には行きたいし」


後ろ頭をガシガシと掻き、ディネウが歩き出したサラドをちょいちょいと手招きして呼び止めた。


「…。荷物の所で待ってろよ。ノアラも疲れているだろうから転移は一回で済ました方がいい」

「わかった。じゃあ、よろしく」



 サラドが姿を消して少し後、ニナが家屋の多い方面から駆けて来た。仁王立ちで待ち構えているディネウにニナがまた少し後退る。その隣にサラドの姿はもうない。


「お疲れさん。どうだった? 異常はなかったか」

「ない」


ニナの端的な返答にディネウが鷹揚に頷く。


「騒ぎに乗じた盗賊なんかは?」

「ない」

「よし。上上だ。悪いが、このままここで見張りを続けてくれ。村の連中に報せてくる」


ニナは首肯し、道へ出て行く逞しい背中を見送った。村の入口付近にポツンと残されたニナは命令通り人々が戻るまで、その場に立ち続けた。



 村に戻った人々は歓喜に震えた。ほぼ被害がないと言っても過言ではない。

簡易ではあるが祭壇を再設置し、それぞれ供物を持ち寄る。村長からの要望でセアラが祈りを捧げ、今いる村民の殆どがその後方に整列して頭を垂れた。村の安全と感謝を祈る熱心さは昨日の奉納時とは比べものにならない。

疲労と安堵と一晩家を空けてしまった不安をない交ぜにして、人々は口々に「良かった、良かった」と家路を急ぐ。


「あの正確な矢。兄さんですよね? アニキは会ったんですか? おれも挨拶したかったな…」

「あー…それだけどな…。少し外せるなら付いてこい」

「はいっ」


ディネウと衛兵の二人が、人々がはけた広場の端で会話している様子を、馬の世話をしながらも目の端に捉えていたニナは、ふと、手首の隠し衣嚢に笛を潜ませたままであることに気が付いた。


(返しそびれた。あの剣士に渡せばいいか)


手の平に視線を落とした拍子に二人は木立の中へと進んで行く。ニナは躊躇いつつも後を追った。ディネウと衛兵は村の囲いを越えて外に向かったらしい。ニナも跳躍で壁を越えた。そこで二人の元に灰色のマントが近付いて行くのを見た。

ニナに見えているということは、サラドには彼女の存在はとっくに気付かれているだろう。手を開いて小さな笛に目を落とし、そっと嘆息する。あとの二人に気配を察知されないギリギリの距離に控えて待つことにした。会話は聞こえないし表情も見えないため、タイミングを逸しないように注視する。じっと息を殺して潜むのは得意だ。



「兄さん! 今回は本当に危ないところをありがとうございまっした」


衛兵は勢いよく腰を直角に折る。サラドは戸惑いの視線をディネウに投げた。


「あー、うん。久しぶり。みんな無事で良かった」

「お前が顔出さないんで、こいつが気にしてたんでな。村では無理でも、挨拶くらいさせてやってくれ」

「おれ、古傷があるのに、兄さんに衛兵の職を推薦してもらって…。でも、その後全然会えなくて。どうやら薬師のおっちゃんのトコには来てるらしいっていうのに、教えてくれないし…」


村民の前では頼りがいのある衛兵がサラドに半泣きでしどろもどろに縋り付く。


「う、うん。ごめんな。その…ちょっと村に堂々と入るのは気まずくて。いつもきちっと入口にいるから声掛けられなくて…。うん、あの、ごめん」

「じゃあ、おれに腹を立てていたわけではなくて?」

「えっ? 何で? そんな訳ないよ?」

「…良かったぁ…」

「ま、そういうこった。誤解だって言っても納得しねぇから、直接聞くのが一番だと思ってな」

「でも、じゃあ、村に何が?」

「…それは、あー…」


ディネウが「話してもいいか?」と目線で窺ってくる。サラドの視線が泳ぐ。耳元にディネウがぼそぼそと呟くと衛兵がポカンと口を開けた。


「…プロポーズに失敗したから…?」

「も、もうっ、言わないでくれよっ」

「って訳だ。傷口を開かないでやってくれ」

「…なんか、すんませんでした。でも良かったぁ、おれのせいじゃなくて。あっ、よ、良くはないんですけどっ」


失言に慌てる衛兵に、ディネウが豪気に笑ってサラドの背をバンバンと叩いた。



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