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79 祭りから帰ってみれば

 その後もいろんな店を覗いては買い食いや買い物を楽しみ、今は広場で曲芸を鑑賞中。テオは買ってもらった飴を舐めるのも忘れて、口を開きっぱなしにしてスリリングな芸から一瞬たりとも目を離せずにいる。


「シルエは他に何か欲しいものはないの?」


サラドが窺うように聞く。


「何で? もう結構、食べたし、欲しいものもコレと言ってないし」


シルエがお腹を撫でて、首を傾げた。サラドが用意してくれたマントはお気に入りだし、愛用していた真っ直ぐの棒状の杖も大事に保管されていた。不足しているものは今のところない。


「ノアラは好きなものがハッキリしているから…、言い方悪いけど、楽なんだ。その、シルエの喜びそうなものがちょっと…見当つかなくて」

「あー、確かにノアラは甘い物と研究対象さえあれば嬉しそうだもんね」


同意するようにサラドが頷く。

神殿で過ごすうちにシルエには好物も物欲もなくなってしまった。ノアラの喜ぶものが買えたので、シルエにも何かを、とサラドが気に掛けてくれるのがこそばゆい。今の環境は非常に満たされていて、欲しいものというより無くしたくないのが今の時間だ。


「そうなんだよ。遺跡探索中は本当に水を得た魚だよな。壁画や文字を全て写し取る手伝いは結構大変だったよ」

「なにそれ? 僕のいない間にそんな楽しそうなことを。ずるい」

「ずる…くはない、と思うけど、」


『いない間』という言葉にサラドが眉尻を下げて、寂しそうに笑った。その埋め合わせをするように遺跡の概要を話し出す。


 遺跡内の壁画を写すのは集中力と根気の要る作業で、時間もかかる。

サラドが同行できずディネウが一緒に行った際に、写し取りを頼んだ範囲に誤りが多く、図も粗くて、後日調査し直しに行くことになって、珍しくノアラが不機嫌だった。


「こう言っちゃ悪いけど、ディネウに頼むのはどうかと思う…」

「ディネウもね、『こんなの手伝うとか聞いてねぇ。間違ってても知らねえぞって言ったろ』ってちょっと喧嘩腰になっちゃって」

「ははっ。今のモノマネ似てる。ノアラの不機嫌…というか落ち込み? はディネウに対してじゃなくて自分に、でしょ」

「そう…。ディネウも解ってはいるんだと思うけど。ついカッとなったらしくて」

「ノアラはね、基本、必要なことも喋らないからね」


嫌なことがあっても辛いことがあってもノアラは言葉を呑み込んでしまう。周囲の者としてはもっと頼ってくれて構わないし、本音を、何なら我が儘を言って欲しいのだが。


再調査に同行した際にふと「見たままを写し取れる魔道具が作れたらいいのにな」と零したことで、その魔道具作りもノアラの課題になった。


「見たままかぁ。それがあれば確かに便利だよね」

「幻術が応用できればいいんだろうけど、オレには付与術なんて無理だし。ノアラも幻術に挑戦はしているんだけど」

「昔もサラドに習ったけどできなくて、悔しそうにしていたもんなぁ」


 土との親和性が高かったノアラは研鑽を重ね、次いで水を扱えるようになり、その次に土と反発するといわれていた風をものにした。火の術を得るのにはかなりの時間を要し、未だに火術は得意ではない。魔術研究に没頭し、古代の失われた術を次々に繙き、新たな術を構築することにも長けたノアラであっても、克服できない謎は多い。術は魔力があって、詠唱が正確であれば発動するわけではないことがある意味立証されてしまった。


「今度は一緒に行こう。魔人の件が片付いたら遺跡探しに行くのもいいかもな」

「魔人ねぇ。神殿から出られたらのんびりするつもりが、次々に問題が起こるね」

「…うん。でもシルエが戻ってきてくれたから、心強いよ」


「でしょ、でしょ」とシルエが笑えば、サラドもにこっと八重歯を見せる。


「して欲しいことでも、欲しいものでも、何かあったら遠慮無く言ってくれな」

「欲しいもの…かぁ。考えとく」


フードの内側の刺繍を指先でつまむように撫でて、シルエは照れくさそうに俯いた。



 夕刻が近付くにつれ近隣の村から到着した荷馬車が次々に芝地に止まり、テントを張っている。

若い娘の集団が別の村の青年の前で思わせぶりにクルリと回ってスカートを翻した。別の所ではお喋りに興じる娘たちの脇を、腕まくりをして筋肉を晒した青年がわざとらしく荷物を肩に担ぎ上げて通り過ぎる。


「町に来るのが若者ばっかりなのはなんでだろう?」

「出会いの場っていうやつでしょ」

「あー、なるほど」

「なるほどって…普通、気付くでしょ」

「えっと…、ごめん?」

「…うん、兄さんは昔からそうだった。僕の方こそ、ごめん」


 そろそろ空の端が朱く染まり出している。繋ぐテオの手に力が入っていない。


「テオ、疲れた?」

「…うん」

「テオも眠そうだし、そろそろ帰ろっか」


町の中心から逸れ、人目のない所まで移動してから転移をしようとして、サラドが思い出したように立ち止まった。


「あのさ、オレ、もう一箇所だけ寄りたいんだけど。先に帰っててくれる?」

「え? どこ? 一緒に行くよ?」

「この町から少し奥の村なんだけど、薬草を卸していて。テオも眠っちゃいそうだし、お願い。ちょっと寄って、すぐ帰るから」

「なんで? 一緒だと都合悪いの?」

「んー、その…、精霊とも会いたくて」


 精霊と会話中のサラドは傍目からすればぼうっとしているだけ。独りの方が集中し易く、気兼ねもないのだろう。精霊の存在を出されると、シルエも強く引き留められず、渋々ながらも応じるしかなかった。


「…わかった。何か起こっても無茶しないでよ?」

「何も起きないよ。薬師のおじさんに薬草届けるだけなのに」


サラドは苦笑したが、シルエはムッとした顔をくずさない。


「これ、ノアラに渡しておいて」


旅商から購入した砂糖菓子の瓶を託して、テオの手を解く。眠そうに目を擦ったテオをシルエが抱き上げた。首に腕を回そうとしていつもと違うと感じたのか、一瞬戸惑うも、サラドが視界にいるので安心して頭をシルエの肩に預け、うとうとと微睡む。


「じゃあ、先に帰るけど…、絶対に変なことに首を突っ込まないでよ?」

「信用ないな」


シルエは口をへの字に曲げたまま鼻息を漏らし、杖の石突で地面をコツリと突く。「早く帰って来てよ」と言って、ノアラの屋敷へ転移して行った。



 ノアラの屋敷にシルエとテオが帰ると、居間にはディネウがいた。


「おう。邪魔してるぜ」

「あれ? 傭兵団で収穫祭の警備をするんじゃなかったの?」

「俺はあいつらに発破を掛ければお役御免なの。礼の酒はもらってきたけどな」


テーブルには葡萄酒の瓶が何本も並べられている。


「ノアラもサラドも飲まないのに」

「テオは眠っちまったのか? サラドはどうした?」


シルエからテオを抱え直したディネウはお洒落をした外出着のボタンを外し、襟元を寛げさせた。ぽこんと膨らんだお腹を見て「よく食ったみたいだな」と満足そうにしている。マントを脱いだシルエは荷物を下ろすと、布巾を濡らしてテオの口回りと手を拭った。


「なんかね。薬草を卸しに村に寄るから先に帰ってくれって」

「薬草? お前らどこの町に行ったんだ?」

「ノアラが寄付している養護院があるところ」

「あー…、アレだな。村ってアレだろ…」

「あれ、あれ、って何?」

「その…、多分、サラドが一度、定住しようとした村だろ」

「えっ! ってことはサラドを振ったという女がいる村? え、何、未練でもあるのかな」

「未練は…知らんけど。その村に誰かと行くのは気まずいんだろ。俺もその後は一緒に行ってない」

「うわー、帰ったふりして後付ければよかったかな」

「悪趣味なことは止めとけ。嫌われるぞ」

「サラドは僕のことを嫌いになんてなりませーん」

「なんだ、その自信…」


 その時、パンッと爆ぜる音とピリリリ…という警戒音が屋敷内に響いた。爆発音にびっくりしたテオが目を覚ましかけたが、シルエが宥めて部屋に連れて行った。


「ちっ 救援信号だ」


ノアラが胸元のボタンを掛けつつ、踵が入りきっていないブーツを引き摺って居間にやってきた。ディネウがテーブルにサッと地図を広げる。駆け足で戻ってきたシルエがマントと杖を掴んだ。


「どこ?」

「指標は…ここ」


ノアラが浮かぶ陣を見て、地図上に指を滑らせた。比較的、王都から近い。


「サラドがいる近くではないね。また厄介事に巻き込まれたかと思ったけど」

「テオはどうしている?」

「寝惚けてただけ。すぐにまた眠ったよ」

「よし、行くか」


ディネウが出した手にシルエが重ね、その上にノアラが手を重ねる。誰ともなしに頷き合って、転移の術に包まれた。



 火事を報せる半鐘の音が響く。

火事自体は自警団と住民によってもう消火活動がされていた。火の勢いも無く範囲も狭い。ボヤで済んでいる。


「ディネウのアニキだ! みんな、アニキが来てくれたぞ!」


住民の避難誘導をしていた自警団の若者が、旗色が良くなったと仲間に呼びかける。わっと歓声が上がった。


「何があった?」

「火事が起きた少し後に外の墓地で」

「アンデッドか! どっちだ?」

「こっちです! 村に入って来ないように囲んではいるんですが」


走って墓地に向かう途中、シルエは知っている嫌な気配を感じ取った。実体のない、もやもやした影が揺らめく。


「フフ…。鐘ノ音ニ術ヲ乗セルトハ…。人間ハ面白イ事ヲ思イツクモノダナ」

「魔人!」

「不安ヲ煽ル音ハ我ガ術ヲ広メテクレタゾ」

「音に術を乗せる? まさか! 王都で僕がやろうとしたのを真似た?」

「フフフ…」


シルエはギリッと奥歯を噛み締めた。王都の火事の際、アンデッドを滅す術をなるべく広くに届けようと警鐘の音に乗せられないか試みたが、音との相性が悪く成功しなかった。その失敗を魔人が見ていたというのか、それを利用したというのか。


「クッソ、ムカつく!」


シルエが放った無慈悲なまでに白く眩い光が影を襲う。


「ハハハ。ソウ何度モ同ジ術ヲ受ケル訳ガナイ」


細く伸びて術の直撃を躱した影は、それでも光に灼かれて薄れゆく。


「…面白イ実験ハデキタカラ、今宵ハコレデ満足ダ。マタ会オウ」


そのまま掻き消えた影に、ぎゅっと眉間に皺が寄る。


「クソ、やっぱり術だけか。本体を叩かなきゃどうにもならない」

「あれ、痩せ我慢だろ? 痛手は受けてるはずだ。今は二手に分かれるよりアンデッドを片付けようぜ」


墓地では先行したノアラが土壁を作り、アンデッドを閉じ込めていた。

そこにシルエの術が降り注ぐ。土中から這い出したアンデッドは物言わぬ屍に戻り、更に灰と消える。土壁が元に戻ると、そこに何の脅威も残っていないことに自警団の面々が沸いた。


「おう、お前ら良く持ち堪えたな」


ディネウが労い、怪我をした者をシルエのもとに向かわせる。淡い光で傷口が瞬く間に塞がるのを見た者が口をあんぐりと開けて呆けた。


「すみません…。無理に戦わず逃げろと言われていたのに」

「いいや。アンデッド化は故人の縁者にとってはかなり酷だ。お前ら、良くやってくれた」


一報を受けてから住民がアンデッドを目にしないように避難誘導と足止め役に分かれ、しっかり対応されていた。遺骨どころか一握りの灰さえも遺すことはなくなったが、死後の安息を願ってシルエは更に術と、簡略化した極短い祈りの言葉を墓地に掛けた。


「お前が祈りの言葉とか、珍しいこともあるもんだな」

「サラドがいないからね。魂魄はなかったから問題ないと思うけど、二度と甦らないように、念のため」

「心がこもってねぇなぁ…」

「意思はなくても、遺された肉体が操られて生前の知人を襲うよかよっぽどいいでしょ」


シルエはふんっと鼻を鳴らし、息を細く長く吐いて神経を沈静させる。コツッと杖で地を突き、薄目で魔力に意識を集中して網の目状に広げていく。探知されるモノは範囲内にはいない。

一度ぎゅっと目を閉じて、再び開けると、深く息を吐いた。


「ダメだ。近くに魔人の本体はいない。どこから術を操っていたんだろう? 前はそれなりに近い場所からだったよね」

「影が薄かった」


ノアラがポソリと呟く。「薄い…遠い、可能性も?」とシルエが考え込んだ。


「音は振動だ。聞こえなくても空気を震わせ続けて遠くまで届くとしたら、」

「発端は王都でも半鐘に乗せて次々に広がっていけば、国中どころでは…ない?」


ノアラがこくりと頷いた。



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お読み下さりありがとうございます。少しでも面白いと思っていただけましたら幸いです。

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