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7 森の恵みとともに

誤字報告ありがとうございました


 昼なお暗い林は海風に強い針葉樹が多いようで特徴的なスッキリとした香りと樹脂の匂いがする。

道は大人だと横に並ぶには狭い程の細さになり、緩やかに上ったり下ったりを繰り返していて、きつい。それでも少しでも通りやすいように地元の者が整備したのか所々に階段状になるよう石を敷いたり切った丸太で土を留めたりしてある。苔も生えていて滑りやすい。


 持たされたままであろう大きな荷を背負っての行軍にセアラは苦しそうだった。ニナは三人とは少し距離をとって黙々とついて来る。最低限を見極めているのかその荷はやや小さい。ショノアも騎士として鍛えているため涼しい顔をしているが、僅かに姿勢が崩れだしていた。


「休憩しましょうか」


 大きな岩が散在している所でサラドは立ち止まった。セアラが岩に背を預けてほっと息を吐く。

各々が岩などに腰掛けて寛ぐと、おもむろにサラドは一本の広葉樹の根元に移動し、枝葉を広げるその姿を見上げた。そして「うん」と頷くと勢いを付けるように屈伸をして、そのまま跳び上がった。一瞬にして姿が見えなくなり、木の上部から葉がガサガサと音をたてた。


「ショノアさま、受け取ってください」


言うが早いか、こぶし大の果物がポイッポイッと投げられた。次の瞬間には地に降り立ったサラドは腰に差した小さめのナイフを出して、ショノアの手から果物を取ると、スッと十字に切れ込みを入れて返した。もうひとつにも同じように切れ込みを入れ、バリッと割ってニナに渡す。懐に入れていた果物にも同じようにしてセアラに渡した。爽やかな香りが広がり、皮の油で指がしっとりとする。


「少し渋味もありますが水分が多くて美味しいですよ」


言いながら房に分かれている中身を口に含んでいく。それを見てセアラもショノアも食べ始めた。ニナはそっと岩の陰に移動し三人に背中を向ける。


「甘すぎなくてさっぱりしていて美味しいです」

「ああ、お陰で喉が潤った。せっかくならもっと採ればいいものを」

「ひとつでは足りませんでしたか? もう一回採って来ましょうか?」


サラドが首を傾げた。


「いや、もの足りないということではなく、後で食べる分も、と」

「いいえ。森からの恵みですからね。独り占めはダメです。必要な場合はまたその時に探しましょう」

「そうか…」


ショノアはばつが悪そうに残りの房を口に放り込んだ。


「それにしても、サラさんってすごいですね。ここから見ても実がなっているなんてわからないのに」

「もう、だいぶ少なかったからね。あとは鳥たちが楽しむ分だね」


サラドは残った外皮を回収して、目の粗い袋に入れ荷物にぶら提げた。


「これもいい薬になるんだ」



 セアラは改めて空を見上げた。視界を様々な形の葉が覆い、色味の違う種々の緑色、黄色、茶色、灰色、赤っぽい色で埋め尽くされ空色はその隙間に見えるだけだ。小さな動物が枝を渡っていく影が掠めた。

数種類の鳥が賑やかにさえずっている。ピチューピチューと鋭く鳴くのは縄張りの主張か。

風も心地よく吹いている。サラドは少し顔を傾けて、そこに誰かがいるように微笑んでいた。

両手を鼻に近付けると果物の香りが指先に残っている。それを嗅ぐようにすうっと深く息を吸い込むとサラドが「気に入って良かった」と笑っていた。左にちらりと八重歯が見えた。



「日暮れまでには着きたいからもうひと頑張り」

 そう鼓舞する声がかかり再び歩き始めた。

よっと勢いつけて立ち上がったセアラの荷をサラドがぽんっと叩いてにこりと笑った。

「頑張れ」と言われているようでセアラも微笑み返したが、その時、音にはしないがサラドの口が何かの語句を象った気がした。話しかけられたのを聞き漏らしたのかと首を傾げたが、彼はそのまま先頭にたっていく。


「あれ?」


休憩を取ったためかおやつを食べたためか背負った荷が先程より軽い気がした。



 それからどれくらい歩いた後か「もう少しだよ」と言われてからもそこそこ経ち疲れが目に見えてきた頃、ふとサラドが立ち止まり三人を手で制した。休憩の時のような朗らかさはなく、目も若干据わっている。

周囲は相変わらず鳥が賑やかに歌い、葉はさわさわと風に揺れている。

弓を手にし、弦の張りを確認するようにピンッと弾く。矢の羽をするりと撫でならすと矢筈を弦にかける。その姿勢のまま遠くに視線を集中している。


「どうした?」


そのまま暫く動かないことに痺れを切らしたショノアの問いかけに眉間に皺を寄せただけで返事はなかった。

やおら弓を構え引き絞ったその数秒後に不穏な気配は伝わった。バササッと数羽の鳥が飛び立つ音、枝を走る小動物のチッチッという警戒音でにわかに騒がしくなったかと思うと、周辺は息をするのも憚れるほどしんと静まり返った。


「た、たすけ…」


静寂を破る声よりも早くサラドの弓は放たれていた。


「待て! サラ!」


茂みから飛び出した助けを求める人を視認しショノアは叫んだが、既にサラドが放った矢はその人の横を通り越し、在らぬものを射貫いていた。


「え…?」


小鬼だ。魔物の中でも知恵を持ち武器を扱う、数匹から数十の大小の群を作り好戦的で村を襲うこともある厄介な種類だ、と知識としては知っていたショノアは信じられないものを目にして硬直した。


「六、か…」


サラドは苦々しく呟き、すぐさま次の矢をつがえる。


「足止めをする。ショノアさま、ニナ、とどめを! セアラはその人の保護、できれば防御を!」


ショノアは慌てて剣を抜いた。ニナも逆手に刀身の細い短剣を構えている。


 小鬼は頭や胸部など急所は防具で覆っている。威力よりもスピードを優先したサラドの矢は次々に小鬼の武器を握る腕や脚を襲った。

ギギギ…と交わしあう声が響く。爛々と光る目は人のものとも獣のものとも違う。

 両足に矢を受けて動きを鈍らせている小鬼の背後にニナが回り、喉笛を掻っ切った。ショノアも躍り懸かったが小鬼はかなりすばしっこく予想しない動きをし、剣が思うように当たらない。明らかな殺意を向けられるのも初めてのことで、相手は武器も取り落としているというのに腰が引けて剣を握る手に思うように力がこもらない。こんなはずでは、と焦りが募った。

 セアラは恐怖に震えながらも逃げてきた年配の男性を誘導するようにその腕を掴んだ。その時、小鬼が二人へ向けて手斧を投擲した。


「ひっ」


どうすることも出来ずセアラは頭を守るように身を縮め目も口もぎゅっと閉じた。ガキッと激しくぶつかる音が響いたものの痛みなどは襲ってこない。恐る恐る目を開けると、覆い被さるようにサラドがおり、その前には手斧が転がっていた。


「そこから動かないで!」


サラドは弓を手放し、ナイフよりは長く短剣よりは短い片刃の剣を手に小鬼に斬りかかっていく。


 セアラたちは淡く白い光を放つ膜のようなものに包まれていた。石鹸でできた泡のようにキラキラと光を弾いている。目を凝らして見るとその光が細かい文言であるのに気が付いた。これは、奇蹟の力のひとつ、防御壁だ。セアラはドキドキしながら手を伸ばしたがこちらからは何にも触れることはなかった。


 ショノアがどうにか一匹を倒し終えた時、ニナは二匹目を、サラドは動きを封じていた二匹を倒し、念のため最初に射貫いた小鬼の息の根を止めたところだった。

人の血とは違う粘度の高い液体が辺りに広がる。


「大丈夫?」


 サラドの声でやっと我に返ったセアラは充満する生臭さと目を覆いたくなる状況に、胃の腑のものが込み上げるのを必死に耐えた。腰が抜けて立てないことに気付いたのかサラドに「休んでて」と言われ、こくこくと頷くことしかできなかった。隣の年配の男性が宥めるように背をさすってくれている。

ショノアも剣を支えに座り込んだまま動かない。顔色も優れなかった。

ニナはテキパキと適当な場所に穴を掘り始めていた。サラドが「助かる」と声をかけその作業に加わる。小鬼の体をそこに落とし、枯れ草などを集め被せる。揉んだ枯れ葉から取り出した繊維に火をつけそこに落とすと、しばらくして火の勢いが強くなり先程とは比較にならない臭いが襲ってきた。

セアラは堪らず戻し、ショノアも口を塞ぎ、顔を背けた。そんな二人をニナが光のない冷めた目で見ていた。


 サラドは手を組み短くも祈りを捧げた。橙色の炎の先端がふわっと白く立ちのぼり、そしてまた落ち着きチロチロと舐めるような火に戻った。



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