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 宿の食卓についたショノアもマルスェイもこの世の終わりのような暗い顔をしていた。食欲もないのか手も止まったままだ。


「報告、いいか」


周囲がこのテーブルの会話になど興味がなさそうなのを確認してニナがぼそっと呟いた。


「ああ、そうだな。頼む」


ショノアが額を支えていた手を放し、顔を上げた。


「不正…ということだが、釣り銭を誤魔化すとか、納入数をきちんと数えないとかまで必要か」

「いや…、そこまでは求めていない。何というか、大きな犯罪に繋がりそうなものがあれば」


ニナはふっと息を短く吐いた。やはりこの指示では範囲も対象も曖昧で取り組み難い。


「それほどの情報はまだ掴んでいない」

「そうか。無いに越したことはないんだ。ありがとう。セアラはどうだった?」


明らかに落ち込んでいる二人を前にセアラはおずおずと話し出した。


「あの、神殿ではとても良くしていただきました。養護院の子供達もとても元気で、読み書きと簡単な算術の学習もさせてもらえているんですよ。すごいことですよね。

この町の有志の方の寄付や援助の賜物だそうです。皆さんに愛されているようでとても居心地が良くて。

そもそも養護院に預けられるような境遇の人が少ないんです。とても良いことです。

元の神殿は倒壊してしまい、数年は仮舎だったそうなんですが、建て直された今の神殿はモザイク画が光を弾いて美しく、大変明るいんです。

入口には水飲み場があって、誰でも利用できるんですよ」


セアラはちらちらとショノアの様子を窺いながら話し、次第に見たものの素晴らしさを思い出したのか、興奮気味に握った手をゆるく上下させた。話し終わると我に返り、恥ずかしそうに膝の上に手を戻す。


「そうか。福祉は充実しているようで何よりだ。市場も活気があって申し分ないな」

「その…、お二人共、元気がないようですがどうかされたのですか」

「その、今日…」


ショノアが口を噤み、言い淀むとその間を勘違いしたのか、マルスェイと声が被った。


「サラに会った」

「大魔術師に会った」


どちらの言葉を聞いて良いのかセアラは二人の間で視線を彷徨わせ、ニナはピクリと反応を示した。


「え…?」


見つめ合う形になったショノアとマルスェイは互いに目配せし、スッと手を挙げて「先にいいか」とマルスェイが口火を切る。


「この町に図書館と呼ばれる建物があるのは知っているか? 町一番の有力者である商家の持ち物だ。料金を支払えば基本、誰でも閲覧ができる。そこで大魔術師に会ったんだ」


マルスェイが任務や視察よりも大魔術師の情報を求めることを優先しているのは三人とも知っている。その表情と顔色の悪さから、上手くいかなかったのは明白だ。


「弟子入りを断られた」

「…まあ、その…。二つ返事で承諾してもらえないのは想定内だろう? そう落ち込むな。顔繋ぎができただけでも僥倖では」

「いや。もう望みはな…限りなく薄い」


『ない』と言いかけてマルスェイは言葉を換えた。自分で可能性を否定するのは信条に反する。


「おまけにこの町の顔役ともいえる商家の御隠居から今後の面会謝絶を言い渡された」

「マルスェイ…何をしたらそんな、」


頭を抱えるように項垂れたマルスェイにショノアは絶句した。支援者と名高い有力者にそっぽを向かれるとは痛恨事だろう。


「私の態度は…、物言いは失礼なのだろうか?」


おろおろと戸惑っているセアラの横でニナの声がぼそりとした。


「自覚ないのか」


注意していないと聞き漏らしそうな声にもマルスェイはガバッと顔を上げる。


「っ! どこがだ? 何が悪い?」

「…救いようがないな」


ニナは濃い茶色の瞳でじっとマルスェイを見るだけで答えない。その目は深い闇に繋がっているように見えた。

王都で特殊部隊の訓練を受けさせられた子供を解放するにあたり、刷り込まれた絶対的な服従という洗脳は神官に診てもらっても解くことができず、宮廷魔術師団にも相談がやってきた。だが術によるものではないため門外漢としか言えなかった。

その時に見た子供と同じ、この世には光も自由もないという目。ゾクリと背筋が寒くなりマルスェイは怯んだ。


「あの…。気を悪くされたらごめんなさい。マルスェイ様は貴族で私達からしたら言うことを聞かなければいけない方だとは思います。私はその、無知で…、貴族の方々の上下関係は不勉強なのでわかりませんが、他人が協力するのは当たり前のお立場なのでしょうか。でも、その…サラさんへの数々の言葉や態度は…好きになれません。『サラ殿』って呼ぶのも、その…わざと…ですよね?」

「‥‥」


セアラが両手の指先をちょんちょん合わせ、オドオドしながらも指摘した。マルスェイはぐうの音も出ない。


「…俺の方もいいか? 市場でサラを見かけたんだ。今、保護しているという子供を背負っていた。協力を願ったが断られたよ。視察のことは知っているようで激励された」


 サラドが視察に同行してくれたら心強いが、そんな都合良くいくはずがないことは理解している。

ただ断られただけではないのはショノアの目が泳いでいることが語っていた。


「サラは…サラの名は、本当はサラドという。偽名ではないが、その身を隠さなければならない状態にあった。あの時の様子でだいだい想像できるとは思う。詫びたかったが、気にしていないと言われた。…謝罪を受け入れてもらえないのも仕方ないが…」

「サラ…ド…さん」


セアラはゆっくりとその名を呟いた。ニナは特に驚いた様子もない。


「…ということでサラドからの助力は得られないが、明日からも精一杯やっていこう」


気持ちを切り替えるようにショノアが努めて明るい声を発した。


「サラ殿、んんっ、サラドか…。大魔術師と同日に見かけたのは偶然ではないだろう。この町に住んでいるのだろうか」

「マルスェイ、俺たちの役割はあくまで視察だ」

「あっ…ああ、わかっている」


視察の仕事をこなす気があるのかわからないマルスェイの返事にニナはただ辛辣な視線を向けていた。



 翌日早朝、淡い紫から桃色に変わりゆくまだ明け切らない空を背に、セアラは神殿に向かっていた。明け方に冷え込むようになってきた季節、呼気が白い。宿と神殿にそれほどの距離がなかったため、朝の祈りに混ぜてもらうことを約束している。

 両膝をつき、背筋を伸ばして、胸の前で手を組む。唱和する祈りの言葉は少しだけ訛りがある。セアラには王都よりこちらの音が耳馴染む。

祈りの途中で射し始めた朝日が閉じた瞼を刺激する。結びの言葉を終えて、ゆっくりと目を開けるとモザイク画がキラキラと赤い日の光を反射していた。


「セアラ、宿まで一緒に戻ろう」

「ショノア様?」


入口にはシャツにズボンという軽装に鞘に収めた剣を手にしたショノアが立っていた。鍛錬後なのか釦をひとつ外した胸元に汗が浮かんでいる。


「セアラの姿が見えなかったので、こちらかと思って。ついでに来てみたんだ。昨日、セアラが言っていた通りだな。美しい神殿だ」


照れているのか、眩しいせいかショノアは目を細め、視線を床に落とした。


「ですよね。夕陽の時間もとても美しいんです」


にこりと微笑み、セアラが駆け寄る。「また後ほど」と挨拶をしてショノアと共に朝食のために宿へ一旦、帰った。


「今日は、施療院のお手伝いをさせてもらうことになりました」

「そうか。セアラが一番、きちんと仕事をしているな。俺も良く観察して報告書にまとめなければ」


 視察の旅は始まったばかり。サラドの『地方の実状を、人々の声を王宮に届けてください』という言葉を胸にショノアは気持ちを新たにした。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ディネウはここ何日か、ノアラの転移術で行ったり来たりを繰り返し、主要な町にいる顔見知りの傭兵、元傭兵たちに救援信号の魔道具を渡していた。馬での移動に比べれば格段に早く、広範囲に周知がおこなえる。


「悪ぃな、ノアラ。そっちの方で忙しいってのに」


追加で袋いっぱい作られた魔道具を受け取ったディネウが労おうとノアラの肩に手を伸ばし、スッと避けられた。ふるっと首を横に振るノアラの手には悪魔に関して調べた書類がある。


「アンデッドを見かけたら、無理して戦わず、とにかく逃げろとは伝えているが、実際にはもっと端の村とかを補いたいよな」


ディネウがガシガシと後ろ頭を掻く。

小さな村には神官が常駐していないことが多く、冠婚葬祭時に町から来てもらう場合が殆ど。きちんと弔われていない遺体は不死者化しやすい。

辺境の村に神官見習いの資格持ちがいるだけでも珍しく、彼らの養父ジルは周辺の村や町にも葬儀の手伝いに行くことが多かった。


「複数箇所でいっぺんに現れたらお手上げだよね。僕の転移ももうちょっと汎用性があるといいのに。こう、せめてアンデッドを足止めできるような魔道具って作れないかな?」


シルエが転移可能なのは主要都市と巡回した各地の神殿か門くらいだ。過去に訪れた場所の多いノアラはその分、把握している座標も補える範囲も広い。

アンデッドに有効な術を魔道具にできるか、ノアラが考え込むように首を捻った。


「例えば、こう、地面に叩きつけた衝撃で水蒸気を発生させて、そこに浄化の光を乱反射させれば少しくらいなら留められるんじゃないかな。そこに風も加えれば範囲も広げられるかも」


ぎゅっと握った拳を広げ、右手をゆっくりと薙ぐように払い、拡散する様を表現しながら、サラドが思いつきを口にする。


「えっ? ひとつの道具にノアラと僕の両方の術って組み込めるのかな」

「うーん、理屈から言えば問題ないと思う。現にディネウの剣には敵の物理攻撃耐性を下げるノアラの術とシルエの使い手の守護の祝福がかけられているだろう?」


素直に疑問を浮かべたシルエは、随分昔に『騎士の剣に祝福をする』という古代の文献を見つけて試してみたいと言って、ディネウにかなり嫌がられたのを思い出した。ノアラが付与術を修得したのはそれよりももっと後のこと。


「あー、うん、そう言われるとできる気が…する?」


シルエは腕を組んで唸り、顎に手を当てた。


「あれ? 魔道具って付与術が使えないとできないって思い込んでいたけど、もしかして僕にも作れるものがある?」

「治癒術で薬の効果を高められるし、方法はあると思うよ」


その着想はなかったと、シルエの目から鱗が落ち、顔に喜色が浮かぶ。


「気晴らしも兼ねてちょっと試作してみようかな。ノアラ、何か素体になりそうな物もらっていい?」


先程のサラドのアイデアを形にできないかと、持っている本を台にしてペンを走らせていたノアラが顔を上げた。


「あれ? それ、この間言っていた本?」


ノアラがこくりと頷き、本をシルエに手渡した。巻き込まれた紙がパラリと落ち、拾い上げたサラドがそこに書かれた古語に目を落とした。


「ん? 『哀しい愛』?」

「訳を頼まれていた」

「そうなんだ。ノアラ、忙しいでしょ? オレやっとくよ」


こくりと頷き、十数枚の書類を抜いてサラドに渡す。古語については知識に加え、精霊に話を聞けるサラドの方が早くて正確だ。


「へー『精霊と人の恋』かぁ。…えっ、精霊と恋とか…えっ?」


シルエが本の表紙とサラドを交互に見る。サラドの話では精霊の姿は変幻自在だが基本的に水の精霊なら大きな雨粒のようだったり、風はサワサワという音など、土も火も見たままの姿をしていると言っていた。


「表紙絵のように相手を想う姿を象れるのはかなり上位の精霊だね。男性とか女性とかは感じたことがないけど、っぽいというのはあるかも」


八重歯を見せてにこっと笑うサラドが精霊と絵本のような艶っぽい関係に進展するとは感じられない。


「でも、こんな風に理解しあえたらいいよね…。図書館に置いてきたんだっけ? ついでにこの本の対訳も渡そうか。この世界には精霊がいて、仲良くできるって信じてもらえると嬉しいし」

「タダ働きすんなよ。あの爺さんだろ? とれることろからはちゃんと貰えよ?」


ディネウがビシッとサラドを指さして釘を刺した。



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