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60 おんぶの幸福感

 それからサラドは少年を背負いやすいようにおんぶ紐を作り、手足が寒くないように背負ったまま着用できるマントも薄手の毛布で作った。背中部分がゆったりとして、少年が顔を出せるように共布で頬被り型のフードを作り、前身頃には手を出せる穴もある。


「外が怖いだけでなくて楽しい、もっと知りたいって思って欲しいからね」

「試着してみないの? 僕、おんぶされてあげるよ」

「はは、いいね。じゃあ」


サラドが背を向け、腰を落として、手の平を上にして差し出す。冗談半分だったシルエは「いい歳して」と急に気恥ずかしくなったが、「えーいっ」とふざけた雰囲気を出してどしりと身を任せた。シュルシュルとおんぶ紐に足を通されあっという間に結び、立ち上がってマントを羽織る。


「どう? 息苦しくない?」

「全然」


フードを止めようとしたサラドをシルエは「ちょっと待って」と遮った。


「ほんとに真っ白になっちゃったんだね。髪の毛の根元、前の色戻っていない…」

「あー、そうだな。でも数本だけど前の赤っぽい色もあるだろ? 睫毛が一番残っているかな」

「そうかぁ…。もうこのままなのかなぁ。サラドの髪の色、あったかくて好きだったのに」

「それは…、ありがと」


サラドは照れているのかサッとフードを取り付けた。平均より少し背の低いシルエには、サラドに背負われことで、ぐっと上がる視界が新鮮だった。


「相変わらず軽々とおんぶしてくれるよね」

「うん、シルエも少し重くなっていて良かった。あの夜は本当に…軽くて、幻のようで、実感もなくて」

「ん…」


尻窄みになっていくサラドの声。肩に頬をのせてシルエはその感触を懐かしんだ。


 子供の頃、シルエは良く熱を出した。

養父のジルとその妹マーサの話では拾われた当初、この先の成長を絶望視したそうだ。小さくて成長も遅れているように見受けられたが、つかまり立ちはできることから一歳を迎えるかどうかという乳児。なにより、常に高い体温。


乳幼児期の突然死を招く原因不明で治療法も有効な薬も確立されていない熱病に冒されていたシルエは、そのために快癒の方法を探して危険な旅に連れ出されていたのではないかと推測された。村には薬師のマーサがいる。一縷の望みをかけたのではないだろうか、と。

親と思われる人は残念ながらその遺体も見つかっていない。残されていたのは衣類の端切れと引き摺られた血痕だけ。シルエの御包みも上品で質の良い物だったが身元が分かる証は身につけていなかった。


木の洞に大事に隠されていたシルエを見つけたのは当時七歳のサラドだ。

木に登り、慎重に洞からシルエを抱きかかえたサラドは両手が塞がった状態で木から下りられなくなり、腰に古傷のあるジルは下でオロオロしたらしい。結局サラドは片手では支えきれず手を滑らせて、シルエを庇うようにしっかと抱いて背中から落ちた。その時、急に地面がモコモコと盛り上がり、柔らかくなった土に埋まったサラドも軽い脳震盪だけで怪我なく済んだ。今となっては精霊の助けだったとわかる。

もちろんシルエ自身は覚えているわけもないが、この時の話を何度もジルにせがんだ。


しょっちゅう熱に浮かされるシルエをサラドが一晩中抱いて看病すると翌朝には熱が少し治まる、そういった日々を繰り返して、七つ前は神のうちを越した。

それでもしばしば熱を出すシルエをサラドは良く背負っていた。おんぶされるだけで安心して熱が下がるくらいに。村の同じ年頃の子供からは笑われたりもした。


後にサラドから聞いた話によると、シルエの症状は内包する魔力が子供の体では堪えきれないほど過多のため熱となって自身を攻撃していたのだという。サラドはその命をも脅かす余剰な魔力をシルエの体から吸い取り逃してくれていたのだそうだ。おそらく彼の体にも負担がかかるのに。

因みに、その時の吸い取る技が後に魔力が小さいサラドでもシルエやノアラの魔力を借りて一時的に強力な術を使う技に応用された。

シルエがサラドに読み聞かせて貰っていたジルの魔術書と神官見習いの教本から先に力を発揮したのが奇蹟の力だった。それを覚えて練習するうちに次第に熱も出さなくなり体調も落ち着いた。


頻繁に熱を出していた頃には気に懸けていられなかったが、サラドは村の人々から何故か疎まれている。そのサラドにべったりのシルエも『熱を出してばかりの迷惑な子』という扱いだったが、気遣われることもあった。奇蹟の力を明かすと「サラドと離れた方がいい」と囁かれたり「村長の養子に」などという話も持ち上がった。

はっきり言って気味が悪かった。


シルエを見つけられたのも熱の原因と対処法を伝授したのも精霊であるというから、サラドとの出会いから全ては精霊の導きと言って良いだろう。シルエの命はサラドと精霊によって生かされた。

シルエにとってサラドはただ命の恩人ではなく、絶対の味方だ。サラドにとってシルエもそうでありたいと思っている。

馬鹿げたこととわかりながら精霊に嫉妬してしまう程に。


 鼻の奥がツンッと痛み、ほんの少し目が潤んできたためシルエはわざと「動いて確認しなよ」と明るい声を出した。

サラドは前身頃から腕を出して上げたり下げたり、屈んでみたりして「問題ないかな」と試着を終える。


「協力ありがとう」

「こちらこそ。昔を思い出して幸せだったよ。また、いつでも」


シルエは名残惜しくサラドの肩から手を放した。


 

 少年の名前はテオだと聞くこともできた。サラドが負ぶっていることが増えたため、部屋の外にいることにも慣れて、外で洗濯物を干したり、畑を見たりしている間に日向ぼっこもできるようになった。

その間にノアラとシルエも不可視の術で近付き、テオの身の内にある魔術の関与を探った。


 ノアラとは目を合わせられるようになり、必要以上にシルエに怯えることもなくなったのを機に、サラドはテオを夕食のテーブルに座らせた。緊張はしているが、怯えて身を縮めたり逃げたりはしない。ノアラとシルエの方も緊張しているのが見て取れる。

食事への感謝の祈りを唱えると、テオも見様見真似でおずおずと手を組んだ。

緊張を逃すためか、研究が追い込みなのかノアラが食事をしながら紙束に手を伸ばしたのを見て、サラドがサッと取り上げ、棚に置く。ノアラはしゅんとしながらも食事に集中した。

テオは食器を掴んで直に食べているため喉に詰まらせている。サラドは椅子をずらしてテオの背後に座り、汚れた口と手を拭って、スプーンを握らせると手を添えた。ゆっくり掬ってゆっくり口に運ぶ。


「どう? 美味しい?」


テオが頷く。ひと匙、もうひと匙。そっと手を放してもスプーンを動かしている。時々口に運ぶ前に零してしまうが概ね問題ない。


「そう、上手。ひと口ずつ味わって食べてね」


テオは頬張りながら首を縦に振った。


「美味しいね」


せっせとスプーンを口に運ぶテオを見て、シルエがにっこりと微笑んだ。ちらと上目でシルエを見たテオは少し緊張気味に頷く。


「今日は食後に甘い物もあるよ」


ノアラの手が止まり、目が輝く。和やかな食卓の時間が過ぎていった。




 夜中、寝台に入ろうとサラドが身を屈めた時、右の鎖骨辺りから小指の先程の小さな火がポロリと落ちた。


「あれ…?」


――サラドよ


火を両手で掬い上げると、高位の火の精霊から呼び声が届いた。


――その火は長らく囚われていたため下位にも劣り精霊界に戻る力がない。しばしお前の傍で面倒を見てくれないか。お前の魔力を分けてやってほしい


(わかりました)


――お前は火を手元に置かず、いつも身近にいる風や土や水を頼る。少々妬けるぞ。その火が傍仕えとなればお前の血を使わずとも我ら火の精霊と繋がりができる。存分に使え


(ありがとうございます。協力していきます。友達ですから)


――ふっ 頼んだぞ


「これからよろしく」


小さい火は会話する力もない程に弱っているが、小さな蜥蜴の姿でくるりと回り、そして小鳥を象ると翼を広げ、サラドの手の平に頭部を擦りつけて喜びを表した。



「…なにそれ…」


 翌日、ランタンのガラスを一面だけ外す作業をしているサラドを震える手で指し、シルエが驚愕している。手元を覗き込むように小さな火が空中で揺れている。

普通の精霊は見えなくても、この火はシルエたちにも見えるらしい。ただサラドには蜥蜴に見えるのがぼやっとした火にしか見えないらしい。斑無く大きなガラスはまだまだ高価で貴重であり、ランタンに使用されているのも斑や波紋、くすみがある。この火もランタンに納まったらぼやけて普通の火としか思われないだろう。


「へー、火の精霊なのか」

「それは? 何故ガラスを?」


ディネウはさほど驚きもせず、ノアラは興味津々に手を出して火に避けられた。


「これは彼の家? みたいなもの? いつでも好きな時に出入りできるように」

「え? だって今まで精霊は友達だから束縛はしたくないって言っていたじゃん」

「うーん、弱り過ぎてて精霊界にも戻れないみたいで。しばらくオレの相棒として傍にいてもらうことになって」

「相棒!」


シルエが悲鳴のような声を上げる。自分でも裏返ったその声に驚いたのか、わなわなと震える手で口を塞いだ。


「えっ 待って。僕がサラドの相棒になりたかったのに。精霊が特別なのはわかってるけどっ、でもっ、あー」

「シルエは大事な弟で、友達で、仲間だよ?」

「うん、サラドが僕のことが大好きなのは知ってる。でも相棒ぅ…」


シルエが落胆のあまり突っ伏したのにサラドは困惑した。


「シルエの相棒はオレというよりディネウが」

「止めろ!」

「ヤダ!」


サラドが全て言い切る前に両側から声が飛ぶ。


「ほら、息もぴったりだし。いつも羨ましいなって思ってたよ」


にこにこ顔のサラドに対してシルエは泣きそうな顔、ディネウは苦虫を噛み潰したような顔だ。ノアラはオロオロと上げた手をどこに落ち着かせることもできずに下げた。


「それを言うなら僕はサラドとディネウが、なんか、ずるいって」

「おい、俺を巻き込むな…」

「ノアラももちろん大事な弟で、友達で、仲間だよ」

ノアラがこくりと頷く。

「おい、こら。こっちを放ったらかしてそこでほのぼのとするな」


サラドが八重歯を見せて笑う。まだ納得がいかなそうにシルエは悶々としていた。


火をランタンに誘導すると小鳥を象り意思表示をする。お気に召したようだ。

左には片手剣用の剣帯があるので右にランタンを金具で提げた。ベルトの背後には腰鞄とディネウから預けられた小剣。他に矢筒と弓。投擲用の小さいナイフも仕込んである。


「うーん、我ながらちょっとごちゃごちゃし過ぎかな。でもどれも外せないし…」


いつ如何なるときでもすぐに動けるように基本、装備は身近に整えてある。物々しさは否めない。


「でね、悪魔については揃えたい薬品がいくつか。あとはちょっと手詰まり。こうなったら聖都の神殿に何か残されていないか忍び込んでこようかな。ありそうなのは副神殿長の部屋だよね」

「ダメだ。それならオレが行く」


テオの件で進捗を伝えていたシルエの言葉にすぐさまサラドが異を唱えた。前のめりになったサラドをディネウが制する。


「いや、それこそダメだろ。お前は聖都付近でいろいろ目立つことをしたし、しばらく大人しくした方がいい。また導師殺害容疑とか出るぞ、きっと。ノアラと二人なら何かあればすぐ逃げられるだろ」

「でも…」

「大丈夫だよ。未踏の洞窟とかと違って内部構造については頭に入っているし。ちょっと悪魔召喚の資料がないか見てくるだけだし」

「俺はシルエが殴り込みよろしく暴れないかの方が心配だね」


シルエが拳から人差指の第二関節を突き出しディネウの脇腹をグリッと押した。


「地味に痛ぇ…」

「でも…」

「サラド、心配しすぎ。ついでに子供たちの様子も覗きたいんだ。もちろん、そっとだよ?」

「…わかった」

「よし、じゃあ内容確認して作戦会議ね」


シルエとノアラは現時点で突き止められていることの情報を共有し、必要な品について説明した。



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