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58 事後報告

「おかえり」

「ただい…ま…?」


 へとへとになってノアラの屋敷に転移で帰って来た三人は穏やかに微笑むサラドに迎えられた。


「疲れただろう? お茶を用意しているから。ディネウは酒の方がいいかな?」

「いや、なんでお前、休んでないんだよ?」

「みんな頑張ってくれているのに、オレだけのんびりするのも…」

「というより、なんでその子をおんぶしているの」


サラドは隷属の術の媒介にされていた少年を背負っていた。すやすやと良く眠っているが、大きな布で支え、しがみつかなくてもずり落ちないようにしている。


「うん、なんかね、うなされていたから」


 少年は少し慣れたとはいえ、ノアラが部屋に入っても逃げなくなった程度だった。それでも人見知りのノアラとの間には互いに微妙な緊張感があり、置かれる食事をじっと見て、会話も無いまま部屋を出て行くのを待っているという関係に過ぎない。シルエにいたっては術をかけた相手だと覚えているのか怯えて部屋の隅で縮こまり布団を頭から被って出てこなかった。


「嘘…、部屋から出られたの? 怖がらなかった?」

「最初は怖がっていたけど、おんぶしたら落ち着いたみたいだよ」


少年はもうおんぶしてあやすような年齢ではないが、布からはみ出している手足がまだ枯れ枝のように細く体も軽い。


「あー、それはわかる…わかるけど。僕の特等席がっ」

「三十路にもなっておんぶしてもらう気か?」

「まだ二十九だしっ」


ディネウとシルエの遣り取りをサラドが嬉しそうに見守っている。にこにこ顔で見られていることに気付いたシルエは少し恥ずかしそうに顔を背けた。


「軽く着替えてくるよ。煤とか埃とか血がついちゃったし。せっかくサラドが用意してくれたマントなのに…ちぇっ」

「それなら、タライとお湯を用意しておくよ。ノアラも」


ノアラは帽子と外套を脱いでバサバサと埃を振り払って玄関脇のポールハンガーに掛け、頷いた。


「俺も茶でいいぜ。今夜は…酒が不味そうだ」

「うん、わかった。準備して待ってる」


ディネウが頭をガシガシと掻いて、自宅への扉を抜けていく。戻って来た時には鎧も毛皮も外して軽装になっていた。


体を流すことができるタイル敷きの小屋脇でサラドは湯を沸かしている。その背で眠っている少年の顔をノアラが興味深そうに覗き込む。


「ノアラのお陰で随分この環境にも慣れていたね。ぐいぐい接しないのが良かったみたいだよ。オレだとパニックにさせていたかも」


ノアラは両の手の平を前に出して、ふるっと首を横に振った。



 温かいお茶は疲労が取れるよう役畜の乳で煮出したもので、ノアラの分には少量のハチミツ、ディネウの分はスパイス入り。焼き立てのパイから香ばしい香りが漂っている。


「こっちは木の実のパイで、こっちはミートパイだから」

「おおっ、甘いのとしょっぱいの。ノアラは当然こっちでしょ」


大きめに切られた木の実のパイをシルエは嬉々としてノアラの前に置いた。同様にミートパイをディネウの前に、小さめに切った両方のパイを自分の皿に盛る。


「ニナは…大丈夫そうだった?」

「あー、わかんね。でも大人しくしてたぜ。そんなに心配か?」


背もたれのない椅子に掛け、カップのお茶を見つめながらサラドは言いづらそうにディネウに聞いた。


「いや、さ。ニナはあの空間を気に入っていたみたいなのに強引に連れ出しちゃったし。普段、人との触れ合いも避けている節があるから、つかまえたのも相当嫌だったのかなって。顔を赤くして怒っていただろ?」

「……多分、それ、違うと思うぜ」

「ニナもセアラも、オレなんか父親くらいの歳だろ。年頃の子だから触られるの嫌なんだろうなって」


シルエがガチャリとフォークを皿に落とし、堪らずといった風に小声でぶつぶつと呪いのように呟いた。


「ほらっ、ほらっ、また無自覚に人を誑し込んでる。しかも本人は鈍感で嫌がられていると勘違いしてる。もおっ、だからイヤだったんだよー。神官見習いの子だって絶対そうでしょ。聖都で見た時そんな感じだったもん」

「えっ、なんか人聞きの悪いことを…」

「シルエは、困らないのに?」


サラドはシルエの言葉に戸惑い、ノアラはほんの少し頭を傾げて呟いた。ガバリと顔を上げてシルエが睨む。


「本能的にヤなんだよ」

「なんだ、シルエはバンバン魔力使ったから、また精神年齢が三歳児に戻ったのか」

「ディネウはうるさい」


シルエが横からディネウの二の腕を拳で突いた。「痛っ」とわざとらしくディネウが呻く。


「けっ。良かったな、サラド。こいつが神殿に取っ捕まってなかったら、ずーっと付き纏われてたぞ」


そうからかわれてサラドはシルエと目を合わせにこりと微笑んだ。


「…そういや、宮廷魔術師の男にお前に会わせろって言われたな」


「誰だろう?」と首を捻るサラドにディネウは両手の指を拡げて耳の方から頬へ伸ばし、髪型を表現した。


「マルスェイかな。ノアラに弟子入りの口添えをして欲しいとか、かな? 何か言付けある?」

「知らね。あっても聞いてやる義理はねぇ」


サラドは困ったように眉尻を下げて微笑んだ。


「そういうことだから、気をつけろよ?」


 ノアラは一口ずつ小さく切っているのでパイ生地と中身の木の実がバラバラと分かれている。細かい破片も丁寧にフォークで掬って食べていた。ディネウはフォークなど使わず手掴みでとっくに食べ終わっている。


「…で、水鉢と指輪はどうしてあんな事に?」


 シルエが空になった皿にフォークを置いたタイミングでサラドが聞いた。怒っているとか、問い質す風ではなく、あくまで「何かあったの?」という朗らかな雰囲気だが、シルエは居住まいを正した。「説明はシルエな」と言ってディネウが椅子の背もたれに腕を置き、目を逸らす。


「えーと、むしろ良くやってくれたと褒められるべき事なんだよ。まずは結界が…」


シルエはディネウに話したのと同じように聖都の結界から説明した。


「指輪が重要だと思われてきたみたいだけど、そんなに大した力はないね。おそらく戦の際にパフォーマンスでちょっと火を吹いて見せて、士気を上げた程度じゃないかな。

問題は水鉢。あれは指輪の保護用具なんかじゃない。水は命を生み育くむ力。その力を捻じ曲げて魔道具に組み込み、王都の周囲から様々な命の力を吸い上げて結界に注いでいた。地や精霊や人の力を少しずつ。一気に吸わないから誰も気付かないけど、犠牲にされていることには変わりない。とんだ曲物だよ。

王都が古代の要塞の頃、そこの主は魔力があまりない人だったんだろうね。そして戦も多発していたんじゃないかな。だからこんな道具に頼った。

長い年月、結界に力が注がれ続けたけど、保守点検もなしだからそろそろ限界を迎えていたよ。何もしないで今あるものが未来永劫あり続けると信じるのはどうかと思うね。

ノアラと僕の合わせ技があって壊せたから良いものの、いつ滅ぼす力に変じてもおかしくはなかった。

水鉢から指輪への魔力供給もしていたけど、現王国になってからは、ほぼ入れっぱなしでしょ。使い方も不明で象徴みたいな扱いだったようだし。

前回は火の消えた中でだったけど、今回のような火事の最中に取り出されていたら暴発していたかもね。

良かったね、女王が指輪を嵌めなくて。

まあ、これで王都も少しは風通しが良くなるんじゃない?」


サラドはうんうんと相槌を打ちながら口を挟むことはなく聞いていた。詳しい説明もなしに「協力して」と言われていたノアラはいつもより少しだけ目を見開いていた。指輪と水鉢と結界の関係を聞いたのはディネウも初めてだったので「なるほど」と頷く。


「へぇ、じゃあ、結界は無くなったのか」

「今すぐ壊すことも可能だけど、僕もそこまで鬼畜じゃないよ。ゆっくり地に馴染んで消えていくのがいいと思う」


聞いておきながらディネウは「ま、見えねぇけど」とさして興味はなさそうな反応を返す。


「どう、納得してくれた? 別に女王への意地悪ではいよ?」

「壊すのはどうかと…」


ノアラがおずおずと意見する。シルエは「あの場では承諾してくれたじゃん」と不貞腐れた。


「うん。シルエが意味もなく破壊なんてしないことは知っているよ。ただ、迷い火がいたから」


サラドが気にしていたのが女王ではなく『火』であることにシルエはほっとした。


「はぁ、あの短時間でそこまで解るとは、やるな」

「神殿では自由に動けなかったからね。盗み見て解析する早さも身についたよ」


ディネウに褒められ、シルエがニヤッと笑い胸を張る。


「サラドが水鉢の部屋に行き着いて呼んでくれたから転移できたのは丁度良かったけど。隠し通路から探し出すのは時間がかかるなって覚悟していたから」

「そこは失敗なしの斥候だもんな」

「何それ?」

「傭兵団でのこいつの評判。ただそういう凄い斥候がいるってだけで、サラドと結び付いているヤツは殆どいねぇけどな。また髪色も変わったから確実にわからなくなっているだろうし」


サラドの肩にディネウが手をバシリと置いた。その振動に少年が「んん…」と小さく呻いた。


「半分以上が精霊の力を借りているからオレは凄くも何ともないんだよ」


少年の背中に手を回してぽん、ぽん、とゆっくりあやしながらサラドは「はぁ」と溜息を吐いた。


「精霊も含めてお前の実力だろ」

「あー、斥候で活躍するサラドの傍にいたかったぁ。本当になんで僕、九年もあんな所にいたんだろう…」


目を覆って天を仰いだシルエが急に思い出したようにハッとしてサラドを指さした。


「それにしても無茶しすぎ! 出てこられるかわからない所に突っ込むのは止めて! 死んじゃうかもしれないし、どこかに飛ばされるかもわからないのにっ」

「ごめん…、つい」

「気が気じゃなかった…」

「呼ばれたと思って行ったらいねぇしな。またか、と思ったぜ」


サラドが「本当にごめん」としゅんと声を潜める。その姿にシルエは「はぁー」と長い溜息を吐いた。


「結果としては、まあ、あの影、魔人も指輪が重要だって勘違いしていたから、水鉢が奪われなくて本当に良かったよ。どんな風に悪用されるかわかったもんじゃないからね。魔人の本体も捜さないとな。しばらく動けないくらいの打撃は与えたつもりだけど、アンデッド化は厄介だなぁ…」

「二十年くらい前か。あん時は俺たちもまだ弱かったから倒せたと思ったが、しくじってたんだな。あんましどんなヤツだったか覚えてねぇや」


ノアラが、王都の外でうろうろしていて、もやもやした影で、人の言葉は片言で…と記憶している概要を話すとディネウは「へー、よく覚えてんな」と感心した。


「他にも残党がいるのかね?」

「どうだろう。あの日、空に開いた穴に喰われなかったってことだよね…。オレも精霊に聞いてみる。要領を得ないかもしれないけど」

「オレは港町の傭兵団にあまり居られなくなりそうだから『お前らだけで頑張れ』って伝えて来るかな。ノアラ、救援信号の魔道具って数、作れそうか?」


ノアラがこくりと頷く。


「うーん、やっぱり、いいな…。僕も専用の陣をサラドに持っていて欲しい。魔術使えるようになりたい。魔道具も作りたい」


 思考に耽るシルエがサラドの左手の小指をちらっと見た。そこにノアラの指輪は見えない。ノアラが陣を組み込んだ魔道具の指輪は不可視の術がかけられていて嵌めていると見えない仕様に改良されていた。奪われないようにとサラドが武器と指輪だけを転送してきたのがノアラの心臓に相当悪かったためだ。


「よしっ。一段落したら研究始めるよっ。ノアラも準備しておいてね」


シルエが決意も新たに拳をぎゅっと握った。


「あと…、シルエの体力が回復したら見て欲しいことがあって。ノアラも一緒に」

「え? 何? そんなに大変そうなこと?」

「気になったんだけど…、この子、もともとの魔力ではなくて何か(ヽヽ)から魔力を得るよう契約されているみたい」

「何かって…」

「下位の悪魔、だと思う」

「神殿の人間ってやべぇな」


急に冷えた空気はディネウのひと言で少しだけ和んだ。


 真夜中、寝台に戻されたため、もぞもぞとぐずる少年にサラドが聴かせた子守唄が風にのってシルエとノアラの耳にも届いた。子供の頃に歌って貰った懐かしい旋律。

「研究の第一歩を」と意気込んでいたが、王都を駆けずり回り、多量に魔力を消費した疲れもあり、うつらうつらと眠りに誘われ、翌朝までぐっすりと眠ることになった。



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