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53 悔やんでも

 急ごしらえの謁見室は閉ざされ、兵士が監視している。廊下に続く水が滴った跡を掃除していたメイドも退かされ、ショノアたちは再び控室に移動させられている。


「大魔術師がサラの知り合い…?」


マルスェイは大魔術師を見てからずっと混乱している。


「『剣士と魔術師と治癒士と、あと一人』…まさか」


ぶつぶつと呟きながらマルスェイは顔色をなくし、頭を抱えた。


「ショノア! サラはまさか『最強の傭兵』や導師と知り合いではなかったか?」

「え? 『最強の傭兵』…剣匠は幼馴染みだと。傭兵たちはお兄さんだと言っていたな。導師も彼を兄と」

「そんな…。もう、確実に『あと一人』ではないか。サラが英雄の一人だなんて…。私はなんと失礼な態度を…」


 初期の詩では英雄は四人だと歌われている。活躍が描かれているのは剣士と魔術師と治癒士で、『あと一人』はあまりぱっとしない。後に魔術師と治癒士の実力が明るみに出ると勢力に取り込みたい者が接触を試みた。剣士には追い返され、人嫌いの魔術師は姿を隠し、治癒士は『あと一人』に守られて人前に出てこない。

『あと一人』は大した能力も無いのに彼らの交渉人として甘い汁を吸う輩だと揶揄する声もあった。特に治癒士になんとしてでも縋りたい者には邪魔者として扱われた。


 マルスェイは覚えている。巨大な虫に切り込んでいく青年を。確かに剣士の力には劣るが、巧みに虫の動きを統制し魔術師の術を最大限に生かすよう導いていた連携を。

あの青年が『あと一人』で――。


「サラが英雄の一人?」

「そうだ! これだけ条件が揃って…。一緒にいて気付かなかったのか! 貴殿は間抜けか!」


胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ったマルスェイにショノアがムッと顔を歪める。

床に両膝をついて手を組み、震える小さな声でサラドの無事を祈っていたセアラがパッと顔を上げた。


「今更! 今更サラさんを凄い人だと認めても遅いです!」

「あ、ああ…そうだな…。だが報告書では火口に小さな火を着けただけだと。それ以外に魔術は使っていなかったのだろう? どんな詠唱だった? 音とか火の様子は? さわりでもいいんだ。何か覚えていないか?」

「貴方にサラさんのことを話したくないですっ」

「セアラの言うことは尤もだ。私の態度は最低だった。だが、そこを何とか、頼む」


矢継ぎ早の質問を睨むような目で冷たく拒否するセアラに、マルスェイは懇願した。


「…詠唱はされていませんでした。それにサラさんは私に防御壁を張ってくださいましたよ?」

「は?」

「え? あれはセアラじゃないのか?」

「違います」

「嘘だろ? 詠唱破棄に魔術と奇蹟の併用だって? あ…でも確かに先程も陛下を…。となるとあれも風の術…? まさか!」


セアラはツンっとそっぽを向く。マルスェイはまたぶつぶつと思考に耽り、脱力したように腕をダラリと垂らした。


「詠唱しないというのはそんなにすごい事なのか? サラは『これくらいなら』と言っていたような…」

「ショノア、君は剣を手にせずに振るうことができるか」

「え? 無理だろう。何の謎掛けだ?」

「詠唱しないというのはそういうことだ」

「…なるほど…?」

「大魔術師も一切詠唱していなかった。発動のタイミングも全くわからない。なんて素晴らしい技だ…」


陶然とマルスェイが独言する。そんなマルスェイをセアラはずっと厳しい目で睨み続けた。八つ当たりも多分に含まれている。


「サラさん…無事でしょうか」

「あの皮膚の色…致死毒を受けていた。命があるだけで驚きだ。だが長くは…」


ニナがちらと横目でセアラを見て聞き漏らしそうな声で呟いた。気のせいでなければニナもはぁと小さく息を吐いている。


「致死…毒」

「毒も奇蹟の力で払えると聞いたが。それこそ導師なら。あ…でも導師は亡くなったのだったな…」


マルスェイはまたセアラに睨まれた。

 

 その後、ショノアは文官に呼ばれ、残りの三名はそれぞれの所属先の上司に身柄を引き渡された。



「その…『赤みの強い茶色の髪、瞳は橙、三十代半ばのサラドという男性』についての捜索は」

「そちらはもう終了でよい。ご苦労であった」


文官はショノアに手の平を向け、人相書きを返すように示す。


「サラだったのでしょうか。その…彼は」

「貴殿が知る必要はない。くれぐれも口外せぬように」

「…はい」


四人はそれぞれ召致があればすぐに馳せ参じられるように言い渡され、不自由はないが暫く身の拘束は続いた。




 王配は薄く鞣した革に包まれた赤みの強い毛束と紋章入りのブローチを女王の前に置いた。

サラドが生きていたことを喜ぶべきだが、暗殺を指示したのが彼女の夫だったことで素直に表せない。


「いかような罰も覚悟しております」


サラドが〝夜明けの日〟をもたらした英雄の一人であろうとも、それは公ではないし、彼も声高に自分がそうだなどとは決して言わない。平民であり、実際には亡くなってもいなかった上、今まで詐称していたことになる。

対して外交なども担う王配は有力貴族であり、部下や民からの信も篤い。私的な感情で罰することもできない。


九年前にも『王女と平民の愛人』の噂が流れた時、彼は揉み消すことに尽力した。サラドの排斥もその一環だろう。

サラド亡き後、第三子を懐妊していると発表した際も、口さがない者にお腹の御子の父親がその愛人ではないかとも囁かれたが、生まれた王女は王配の特徴を継いでいて周囲の者をほっとさせた。王配は王女誕生をとても喜び、王宮の祈りの場に神官を呼ぶのではなく、自ら神殿へ赴き伯父の神殿長から祝福を受けていた。容姿の似た娘を今もこよなく愛している。


「…そういえば、聖都の導師が亡くなったと。聖都の神殿長はお前の伯父上だったな。まさか」


 神殿関係者は否定していたが導師は英雄の一人、治癒士。あれ程の力を持った者が二人といるはずもなく、疑いようがない。そして神殿長が導師に悪感情を抱いているのも有名な話だった。サラドと治癒士の弟はとても仲が良かったと記憶している。

九年前、サラドが亡くなったとされる時期と、聖都に素晴らしい奇蹟の力の持ち主がいると話題になったのは同じ頃だ。


「部下の報告によれば、導師は自死か他殺かはっきりしないようです。お望みならば更に調査いたしますが」

「自死だと?」

「…。そうですね。その死ももしかしたら…」


王配は顎に手を添え考え込み、小さく呟いた。彼女は目をきつく閉じて目頭をぐっと押さえた。


「沙汰は追って。今は余も…頭を冷やす必要がある。少し、独りにしてくれ」

「…御意」


 女王は表紙が擦り切れるほど何度も読み返した本を愛おしそうに撫でて、想いに耽る。


 王都の危機以降、魔物の討伐や災害救助の叙事詩が評判になっている吟遊詩人がいると聞き及び、王宮に招いた。

四人組の少年。剣士と魔術師と治癒士とあと一人。

その詩を聴き、直ぐに彼らだと気付いた。

吟遊詩人を直接に雇い、彼女にとって『英雄』の足跡を追わせ、創った詩をここに持ち帰るよう命じた。それは私欲に他ならなかったが、国内の状勢を知るためと己に言い訳をした。

あの相次ぐ禍で気の滅入る日々に彼らの活躍は希望だった。吟遊詩人の詩と詩にならない小話をまとめた彼女のためだけの手記は宝物となった。


 テーブルの上にあるブローチには『特別な友人 サラド』の文字。災害と魔物被害に見舞われていたあの頃、国内外で活動する彼の肩書きはそうとしか記せなかった。

九年前に従者から受け取った遺髪の一部はロケットに納め身につけている。久々に開けてみると王配が保管していた赤い髪よりも劣化して色が薄くなり淡い茶色のように見えた。


訃報を聞く数日前、従者への誘いを断られた後のこと。使用人たちが噂話に花を咲かすなどいつものことと気に留めず、ぎこちない所作で挨拶のために彼女の手を掬うサラドの手の平に、用意していた王女の紋章入りの指輪を滑り落とした。まだ王女でしかない彼女には、身分も確たる功績も後ろ盾もないサラドを正式に招待する(すべ)がなく、こうして『王女の特別の計らい』という証をこっそり渡すしかなかった。


「これからは何時でも気兼ねなく訪ねて欲しい」という意味を込めてのものだったが、そういった遣り取りに疎いサラドはその意を汲めず、落ちた指輪を彼女の指に嵌め直した。男物のサイズのそれは彼女の指にはスカスカで、彼は疑問に首を捻っていた。そんな下心など全くない仕草の彼も愛おしく、指輪を渡すことには失敗したが、それでも微笑み合うことができた思い出だ。

だが「王女の申し出を無碍にした」と誤解を生じても何らおかしくはない。


 王配に暗殺という手段を選ばせてしまったのも、側近が英雄について彼女の機嫌をとるような行動に出たのも、主としての至らなさか。


そんな過去があったにも関わらず、サラドは今度もまた率先して彼女を救い、『誰も悪くない』と庇った。


(本当にあの人らしい…。生きていてくれて…良かった。だが、もう二度と会えぬことに変わりはないな…)


女王は自嘲気味にふっと口角を上げ、潤む瞳をそっと閉じた。




「それで、どこの手の者かわかったのか? 警備はどこに穴があった?」

「結果から申しますと、刺客はうちの者でした。来客に扮して警備に充てていた者です」


 王配に特殊部隊の上官は回収した武器と、ニナから提出を受けた武器を提示した。


「内通者か? 何処と繋がっていた?」

「それが、見当たりませんでした。裏切るとは思えない二人でして。一人は自害しました。もう一人、斬りかかった方ですが、目覚めてから『王都に内乱を』と叫ぶばかりで受け答えが成立しません。酷く暴れ回ってもいます」

「何者かに操られたか。だがそんな力を持った者など…。部下全員を洗え。引き続き調査を」

「はっ」


王配は騎士団長を呼び出し、騎士及び兵士に内通者が紛れ込んでいないか警戒するよう言いつけ、王宮内の警備についても見直すように指示した。


記憶の限り、人の精神を乗っ取り操る術など、終末の世に現れた魔人や人に似た魔物が使用するくらい。


(だが英雄だったら…? 訓練を積んだ者に『依頼主の元へ』と暗示をかけて引き返させるくらいだ。人を操るくらいできるのでは? 陛下はあの男を信じ切っているが、今回のも自作自演という可能性だって…)


女王の為ならば、全てを疑ってかかり、全てを擲ってでも守り抜く、その誓いを胸に王配は考え得る限りの対策を練り直しにかかった。



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