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47 モンアントの救出劇 (※虫の記述があります)

助詞の修正をしました

 マルスェイは攻撃力の強い火の術に憧れていた。

夢現の意識にふわふわと子供時分に体験した強烈な思い出が甦る。


新月の夜、父の領地を襲った魔物の集団。灯りの消えた真っ暗な町や村。蠢くモノ。絶望に震えた記憶――。


 魔物の被害の報告が増えだし、従騎士の次兄と騎士見習いだった末弟のマルスェイも領主の父と長兄の一助となるべく、許しを得て王都を離れ領地へ戻った。

マルスェイの実家は武官の血筋。領地は国境に面した防衛地点でもあり、領主の館は屋敷というより堅牢な砦のような構えで、私兵も多く抱えている。

マルスェイが領地に着いた頃には、既に打ち棄てられた村もあり、家屋は倒壊し、畑は荒れ、見るも無惨な有り様だった。


 魔物の種類は巨大な虫。成人男性と変わらぬ体長があり、強靱な顎が何もかもを砕いていく。大きな触角を巧みに動かし、背後から不意をつくことも出来ず、複眼はどこを見ているのかもわからない。硬い体表は剣では歯が立たず、追い返すのがやっと。侵入を妨げるため焚かれた煙があちこちから昇っている。

防戦一方の中、徐々に個体数が増え、町まで迫る勢いに何度も王都へ増援を願ったが、どこも同じような状況なのか一向に兵が来る様子はない。


 そして、ある日、見回りをしていた兵が恐るべきものを目にした。魔物の卵嚢と思われるもの。ぼんやり透けた膜の中で育った虫がヒクヒクと動いている。

領主の指揮の下、領民全員を領主の館に避難させ、廃材や枯れ木を集めて卵嚢を囲い、火を放った。

ごうごうと燃える炎。黒く煙る空。

父と長兄、兵士たちは卵嚢が見つかった林の方角を向いて横一列に並び、領主館を囲って万が一に備えている。それを次兄と共に物見の小さな窓から見下ろしていた。母と使用人たちは避難してきた領民の援助に忙しく動き回っている。


「兄上、私たちだけ安全な場所にいて良いものでしょうか」

「マルスェイ、父上は『良く見ておけ』と仰った。やるべき事はたくさんある。私も母上を手伝いに行く」


その時マルスェイは齢十二。自分の不甲斐なさに唇を噛みつつ、怪しげに揺れる赤い炎と黒煙から目が離せずにいた。

そして、目にした。

夕闇が差し迫る頃、炎の中からたくさんの虫が這い出て、こちらに向かって来るのを。


「いけないっ! 父上に報せなければ!」


マルスェイの報告に父は瞠目したがすぐに表情を切り替えた。領主も兵士たちも退かない。胸前に剣を構え、迎え撃つ姿勢を取る。


「援軍要請の早馬は出してある。が、間に合うかはわからん。私たちが時間を稼いでいる間に地下へ隠れろ」

「嫌です! 私も戦います!」

「命令だ! お前は兄と共に母と領民を守れ」


母と領民を地下壕に匿い、マルスェイは母が差し出す手を振り切って地下への扉をバタリと閉じた。それはここに来るまでに兄と申し合わせていた事だった。


「私たちもモンアント家の男です! この扉を死守します!」

「ここは私が。マルスェイ、お前の方が身が軽い。戦況の確認を任す」


兄が剣を抜いてガツッと床を突き、マルスェイの肩を叩いた。決意に満ちた顔で強く頷き合い、マルスェイは館の階段を駆け上がって、窓を覗いた。

構えを解かない父と長兄と兵士たち。一廻り小さいとはいえ、数を増やしながら行軍する虫。ギチギチと顎を鳴らす音が聞こえてきそうだ。

林と町の境には溝を掘っておいたが、何分、時間も足りなかったため、深さも距離も心許ない。一縷の望みをかけたが、その溝はあっけなく乗り越えられてしまった。

絶望的な窮地。


 それが一変したのは先頭の虫に霹靂が落ちてからだった。

一人の青年が領主に近寄り、二言三言話すと、駆け戻って虫へと切り込んで行く。領主館の門前に現れた二人の人影は背中合わせに立ち、こちらを向いた淡い色の少年が領主をはじめとした兵の列と己との間に防御壁の術を展開した。領主館丸ごとを覆う大きな虹色の光彩を放つ防御壁。

林の方角を向いた、宵空に溶け込む藍色の魔導着姿の少年は動かない。

集団からはみ出す虫を中へ押し返す青年と、大きく逸れた虫を一刀両断に伏す剣士。

その二人が急に虫の集団から距離を取ったかと思えば、魔導着の少年が三日月の杖を天に突き上げ、その瞬間カッと眩しい光が宵空を染めた。ビリビリと轟く雷鳴が追いかける。紫色を帯びた千もの雷が虫を襲っていた。


「凄い…」


雷に打たれた虫は焦げて地に転がり、逃れた虫を剣士がその膂力で切り伏せて行く。止めとばかりに白い炎が虫の骸の山を舐め尽くした。


『オレたちは林の中に残党がいないか追いますが、防御壁は夜明けまで持ちますので、皆さんも体を休めてください』


青年は領主にそう伝え、少年二人と剣士と共に林へと走り去って行った。

あまりに鮮やかで勇猛な救出劇に領主も兵士もしばらく呆然とするばかりだった。


忘れもしない、もう十数年前の、あの暗い夜の出来事。



 目覚めたマルスェイは額に手の甲を当てハァーと大きく息を吐いた。


 退役した騎士の父に、長兄は騎士、次兄も従騎士、自身は見習いの身。剣で民を守るのだと信じて疑わなかった頃に目にした四人は見事な連携で戦い、魔術師が放った術が決め手となって完膚なきまでに虫を退治した。

それ以来、マルスェイは自分が魔術を学べば兄二人とあんな風に連携して民を守れるのでは、と希望を抱いた。

火の術には殊更憧れた。魔術師への転向はすぐには認められず、そのまま従騎士に就いた。〝夜明けの日〟を迎え、平穏を取り戻しはじめた日々の中、父を説き伏せ、モンアントの姓を捨てることで望みは叶った。


 あれほど憧れ望んだ火の術はマルスェイには適性がないらしく、どんなに習練しても身に付かなかった。代わりに水の術が使えたが、攻撃としては威力がいまひとつ。諦めきれずに火の術に取り組むと水の術は使えなくなってしまった。師匠に叱られ、火の術は泣く泣く断念した。そこからまた努力をして風の術を身につけたが、まだ思うように扱えていない。

宮廷魔術師団の中でも二種類の術に通ずる者は少なく、その点だけ注目してもマルスェイは有能と言える。

それでもあの日見た火の術への憧憬は尽きない。雷の術に関しては他に使える者はおろか、教本すら見たことがない。


(昨日、体に起きた異変は何だ? あの魔力の奔流があれば、もっと強い術も可能になるのでは…。どうやったんだったか…。詠唱などは聞かなかったが、雨を降らせたとは…本当なのか?)


抗い難い体の重怠さにマルスェイはまたうつらうつらと目を閉じた。




 マルスェイの回復を機に再び王都へ向けて走る馬車の中で、サラドは執拗な視線にとうとう音を上げた。


「あの、マルスェイさま、わたくしの顔に何か付いていますか?」

「サラ殿は火の術を使うと聞いていたのだが、水の術も使うのか?」

「え、えっと…」

「相反する火と水の両方を使える者など『大魔術師』以外に聞いたことがない。それに雨を降らす術など以ての外。後学のためにも是非教えを請いたいのだが」

「あれはオ…わたくしの術というには語弊があると言いますか…、その…」

「何だ? 私には言えぬ奇怪な術だとでも言うのか?」


マルスェイは魔術の事となると多少見境がなくなるきらいがある。その薄い青色の目は完全にサラドを怪しんでいる。サラドのことを殿付けで呼ぶのもわざとであるのを感じているため、あえて断りも入れずにいた。


「あの時、私に何をした?」

「…マルスェイさまに危害を加えたわけではありません。あの時は、わたくしの魔力だけでは到底足りなかったのでマルスェイさまの魔力をお借りしました。それだけです。結果、魔力切れを起こさせてしまったことはお詫びします」


サラドはゆっくりと頭を下げた。はぁ、と大袈裟なくらいのマルスェイの溜め息が聞こえた。


「信じられん。再現は可能か?」

「理由も無くは行いません」

「行わない? できないのだろう?」

「…そう思って頂いて構いません」


狭い馬車の中での会話は乗り合わせている全員に筒抜けになる。ニナは興味なさげでいつもの無表情でじっとしているだけ。セアラはオドオドと視線をサラドとマルスェイの間で行ったり来たりさせている。ショノアは頭を抱えて嘆息した。


「マルスェイ、いい加減にしてくれ。和を崩すような真似はいただけない」

「…私が正規の宮廷魔術師で任務遂行者だ」

「確かにわたくしは臨時の代理でしかありません」

「サラさんはっ! 大事な、信頼のおける仲間です。何度も助けられました」


堪らず張り上げたセアラの声は尻窄まりになっていく。その声にやっと冷静さを取り戻したマルスェイはショノアとセアラにひと言謝罪し、馬車の中はしばらく無言になった。



 王都へ無事に帰り着き、王宮に案内されるとショノアはほっと息を漏らし、次いで眉を顰めてサラドを振り返った。真っ直ぐな性格のショノアはその感情が正直に表れ過ぎている。それは近頃より顕著になっていた。


「サラ、俺は…」


ショノアが何か言いかけたところでサラドはスッと跪いた。扉の開く気配に遅れてショノアも礼を執る。


「任務ご苦労であった。『魔王』の詩については報告を受けておる。実際に耳にした其方に検証してもらいたいと思っている」


 文官の説明では王宮の庭園で開催される園遊会にて件の吟遊詩人に詩を披露させるので、それが先に聞いたものと同じ内容か確認せよという事だった。


「発言の許可を」


サラドが頭を下げたまま声を上げた。文官はその白髪頭をじっと見下ろす。


「いいだろう」

「それは…、その詩の披露とは、陛下や貴族の皆様方の前で、という事でしょうか。そしてその後、その詩の是非を問うと」

「そうだと言えば?」

「しかし、それでは彼の吟遊詩人としての前途が潰えることになりかねません。どうかお考え直しを。せめて衆人環視の元ではないところで――」


ピシリと床を叩く音が響き、サラドの声が遮られた。


「其の方が気にすることではない」


発言は止められ、サラドは口を噤んで頭を深々と下げるしかなかった。


「そうそう、其の方は宮廷魔術師の代理であったな。今までご苦労だった。園遊会までは王宮内に部屋を用意するのでゆるりと過ごすが良い」

「いいえ、滅相もございません。わたくしは王都で宿を――」

ここ(ヽヽ)で、過ごすが良い」

「‥‥」


その後、案内をするという者に両脇を固められたサラドは連れて行かれ、四人はそれぞれの所属の元へ解散となった。

いつもはいの一番で去るニナが目を細めてサラドが去った方向を見ている。ショノアも胸につかえた重苦しい思いにぎゅっと口を引き縛った。



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