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4 いざ魔王を捜しに出発

 王都をぐるりと囲む牆壁と王城、城壁など町の基礎は古代遺跡を利用している。その外観は堅牢な要塞だ。

それ故、王家は古代王国の生き残りの末裔とも謂われている。

実際には古代王国が滅んだのか、それともこの大陸にある町をまるごと捨てて別の何処かへ移り住んだのかは解き明かされていない。

たまたま移動してきた民族がまだ使える町の遺跡を再生させた可能性を示す証拠もあるらしいのだが、王族の前では不敬とみなされるため学者も発表はできずにいる。


 遥か昔にどのようにしてこれだけの石材を運び、この高さへ積み上げたのか、その技法は今でも研究者たちの推測の域を越えない。しかもその石材が近辺の山からは採掘できないという。

難攻不落なのはその堅固さと高さだけではなく、失われた古代の守護魔法、結界が働いているためでもある。過去の偉業に守られ王都は栄えてきた。

優美さにはかけるが、住まう民にとって一二を争う安心安全な町だろう。


 〝夜明けの日〟前、魔物が跋扈した際も王都の内側ではその被害に見舞われることはなかった。公には。

ただ一度、人々の知らぬ間に解決していた禍を除いて。

 女王はその時はまだ王女だった。己の過ちが滅びを招いたかもしれないことに深い悔恨と、二度と同じ轍は踏まぬという誓を胸に治世にあたってきた。

小さな、どんな小さな予兆も見逃さぬために――。



「髪、切られたんですね。リード卿」

「ああ、この命を受けたのであれば短い方が良いと…。ところで卿ではなくショノアと」

「でも…騎士さまですし、伯爵さまですよね?」

「確かに父は伯爵だが、俺は三男だから爵位を継ぐことはないだろう。これから行動を共にする者として気安くしてくれ」


 翌朝、顔を合わすなりサラドに髪型を指摘されたショノアは恥ずかしさを隠すように後頭部を掻いた。項に髪がなく指に毛先が触れる感触にまだ慣れない。

 騎士を目指す最中(さなか)の訓練時など煩わしくもありながら、貴族に連なる者として髪は伸ばしたままでいた。だが昨日、切るよう勧められるまま潔くバッサリと短髪にした。全く抵抗はなかったかといえば嘘になる。この任務に対する並々ならぬ決意の表れでもあった。


「そのまま行かれるのですか?」

「そのままとは?」

「えっと、プレートアーマーで?」

「騎士として遠征に赴くのだ。当然だろう」


 騎士団所属の証ともなる紋の刻まれた銀の鎧は、それを装備することが矜持でもあるのだろう。

しかしながら、如何に鍛えているとはいえ、その重さは子供一人分を優に超えてしまうし、何より蒸れる。

警護中や戦闘中でない常時となると負担も相当だろう。


「そう…ですか」

サラドはそれを指摘するのも憚られ、ただ「立派な鎧ですね」と微笑んだ。



「まずはどちらへ向かわれますか?」


 サラドにそう問われショノアは地図に目を通した。行き先に迷った場合に向かうと良い町村名や赴いた先での確認事項など記された指示書もあるがそれは自分以外には極秘と念を押されていた。

調査の報告は一任されている。そこには他のメンバーの素行なども含まれるだろう。

まともな人員は自分だけだ、とショノアは密かに嘆息した。


 下命を受けることの誉れに心が踊ったのに、蓋を開けてみれば騎士の仕事とはほど遠い内容で、しかも間に合せに宛がわれたような者ばかり。とくに魔術師は顕著だ。魔術師でさえないとは。騎士団以外の責任者は何を考えて人選したのかと疑わずにはいられない。


 それでも失敗は許されない。鍛えた剣の腕は必要なく、時間がかかり面倒であることでも、それほど難しいとも思っていない。

この任で功績をあげれば、一代限りであろうとも爵位、上手くいけば屋敷も賜われるかもしれないし、近衛に昇進だって夢ではない。それがショノアの動機づけだ。

打算的であろうと三男であるショノアは生きる基盤を自ら作らねばならないのだから。


「特に巡る町の順序の指定がなければ、まず港町に行ってみるのはどうかと。全国を巡る商人も多く滞在しますし外国からの船も着きます。噂のまわりも早い土地ですから情報が得られたら次の目的地も自ずと決まりますしね」


考えごとに耽る間にサラドから提案され、ショノアは一も二も無く承諾した。


「馬車は借りますか? 辻馬車もありますし、大きい町なので乗合馬車も出ていますが」

「…サラなら、どうする?」


ショノアはちょっとした興味本位で質問してみた。


「オレなら今回は乗合馬車にしますね。まだこの先どう進むか見えてきていませんし。馬車内の雰囲気も情勢を見るのに役立ちます」

「因みにサラは普段どうしている?」

「専ら歩きですね。小回りがききますし。それに馬は一財産ですから」


ショノアは成程と頷いた。今回は騎士団の演習とは勝手が違う。メンバーの体力や能力も把握できていない内は暫く様子を見ながら進むのが的確だろう。

「では乗合馬車に乗ろうか」


 乗合馬車の待機所は少々ざわついていた。担当の御者が急な疝痛で交代の者を待っているらしい。

代わりにやって来たのは少し年配の、制服をきちんと着込んだ真面目そうな男だった。猫背気味の御者はペコリと頭を下げると背中を摩りながら御者台に移動した。



「ビショフ嬢」

「え? わ、私ですか?」


サラドに薄手の毛布を畳んだものを差し出され、セアラが素っ頓狂な声を出した。


「どうぞ。腰の下に敷いておくだけで楽になると思います。揺れに慣れていないと疲れますから」

「あ…ありがとうございます。どうぞ私のことはセアラと呼んでください。ビショフ嬢なんて、そんな身の上ではないんです…」


セアラがオドオドと眉を下げて懇願した。その話を機にお互い名前で呼び合うようにしようと話がまとまった。

もう一枚の毛布をニナにも差し出したが、顔の前にすっと手を出され、遠慮というより拒絶を示されたサラドは「そう? 辛くなったら言って」とにこっと笑みを返した。


 馬車はポクリポクリと進み、王都を囲む立派な牆壁が遠ざかる。改めて見ても圧倒的だ。

その町をセアラはぽかりと口を開けて振り返った。


「ほんとうに大きな町ですね…」

「セアラは王都の神殿所属じゃないんだ?」

「あ、はい。もっと田舎の…」


セアラはハッとして口を噤むと、見習い神官用の杖をぎゅっと握り、周りの顔色を窺うように目を彷徨わせた。


「そっか。王都観光は少しでもできた?」


変わらず朗らかなサラドの声に、ふるふると首を横に振る。


「それは残念だったね。これから向かう港町は王都ほど洗練はされていないけれど、雑多で賑やかで楽しいと思うよ」


なにもかもが新しいことずくめで、不安に押し潰されそうだったセアラの顔色が少しだけ明るくなる。


 小休憩を数回はさみ、王都からはだいぶ離れ、カッポカッポ、ガラガラと繰り返す旋律に眠気が誘われ出した頃、急に馬が嘶き馬車がガタリと大きく揺れた。


「どうしました?」


馬車の中を移動して御者台を覗いたサラドは、体をくの字に曲げ唸りながらも手綱を必死に掴む姿を目にした。走り続ける馬車からスルリと抜け出して御者台に移り、手綱をとると街道脇の馬車避けに停車させた。


「どうした?」

「ショノアさま、馬を頼みます!」


緊迫した様子に乗客がざわめく中、サラドは自分の荷物から巻いた毛皮を出して芝地に敷くと、御者を横向きに寝かせた。


「しっかり! 痛むのはどこですか?」


御者は苦しそうに呻くばかりで呂律も怪しい。

サラドは手早く頭の下に巻いた布を当てたり、口元に耳を近づけ呼吸を確認したり、手首をとったりしている。


 そこで他の乗客の注目が神官見習い姿のセアラに集まった。


 神官の中には奇蹟の力を持つ者がいる。祈りで神より力を借り受け、治癒を施す。殆どが小さな怪我の治癒ないしその軽減、回復を早められる程度だが、高位になれば病を癒やすこともあるという。

ただその能力自体が稀であり、その力を持つ神官は大きな神殿に集中している。そのため恩恵に与れる者は限られている。

たくさんの寄付ができる者がその最もたる例だろう。

つまり市井の者の殆どはその力にお目にかかったことが無い。


 ただ怪我にしてもそうだが、病は特に患う者自身の〝生きる力〟を助けるのが基本のため、ひどく弱っていたり著しく衰えている場合はその効力を受け取れないこともある。

また本人の不調には己の身体の乱れた循環にその祈りの力が上手く回らないため残念ながら効かないのだ。

 決して万能ではないのだが、人々はその奇蹟に過剰に期待してしまう。


 今、その期待の目がセアラに注がれている。


「セアラ、手伝って!」


サラドに呼ばれ、彼女は膝を震わせながら馬車を降りた。



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