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32 別離

 サラドは、筋力はディネウに到底敵わないし、魔力はシルエとノアラに比べたら雀の涙ほどだ。ならばできることを増やそうと様々な技術を身につけてきた。諜報、追跡、罠の回避・解除、解錠、暗器使いなど。でもそのどれもがそこそこ上達するまでは早くても、そこから伸び悩み、一流には成り得ていない。

幻術もそのひとつ。古代には存在したといわれる魔術のひとつで、読んで字の如く幻を見せるもの。高度になれば、錯覚させる力も強く質量さえも感じさせることもできるらしいが、サラドにできるのはせいぜい惑わし誤魔化す程度。

精霊術と同じく精霊との会話で知り、その言葉の中から手がかりを得て試行錯誤して身につけた。

魔術の研究が生き甲斐のようなノアラには興味津々であれこれ聞かれたが、彼には扱えなかったらしい。非常に悔しそうなノアラの顔は貴重だ。

人を騙す技術でもあるので、使えることを口外はせず、知っているのは弟たちだけ。精霊の声が聞こえることも理解されないので基本的に人に話すことはない。

そもそも魔術も奇蹟の力も扱える方が規格外だとノアラにもシルエにも言われるが、この二種は初めから併用できたので特別感はなく、初歩的な威力しか出せないサラドからしてみれば、高度な術をバンバン使う二人とは比べるべくもない。


 今、宿屋の寝台ではサラドの幻が眠っている。布を丸めたもので感触を得るように細工をしてきたので軽く揺するくらいなら良く寝ていると信じて貰えるだろう。刺し殺しでもしない限りは。


 サラドはひとり林の中を進み、馬を連れて荷引き中の青年に声をかけた。


「警らお疲れ様。傭兵ディネウの遣いですが、ちょっと話を伺っても?」


大きな布で頭と口元、体を巻き覆うサラドの姿に警戒を露わにしていた青年は自警団の仲間内に伝えられている合図とディネウの名前で覿面に軟化する。


「聖都との間で魔物が出たという話なのですが、どの辺りか御存知ですか?」

「もちろんです。自分は距離が遠くその場に立ち会えませんでしたが、仲間からそれはもう自慢されて。秒殺だったとか!」


(そっか、秒…。さすがだなぁ)


魔物の外見、攻撃方法などを聞いたサラドはそっとその方向を見遣った。ここから徒歩ではとても夕刻までに帰れる距離ではない。夕食時にも起きなかったらさすがに怪しまれそうだ。


(ディネウとノアラが対応してくれたのなら問題ないか…。行ってみるにも馬を借りられるかどうか。夜通し駆ければなんとか…それでも日帰りは無理だし。弓とナイフくらいは手に入れないと。今日は一旦宿に戻るとして…)


サラドの身体は強行が可能な状態とはいえない。それでもこんなに気が急くのは何故なのか。


(どうか、気のせいであってくれ)


もう一度、精霊たちのお喋りに耳を澄まし、挨拶を交わして、町中に戻ることにした。



(ん? あれは…)


 宿に戻る道すがら、見かけたニナは視線の高さに手を伸ばし数秒その体勢を保った後、何事もないように去って行った。打ち消すように首を小さく振っている。瞬時、ニナを追いかけるように黒い靄が見え、直ぐに霧散した。刹那、精霊の悲鳴がおこったがこれも直ぐに治まり、枝の隙間から射す陽光の中で楽しげにくるくると舞っている。


(何していたんだろう? それに、あれは――)


 残念ながらサラドの嫌な予感は杞憂で済まなかった。

夜中に聞こえてきたのは怨嗟の声。はじめは自分の鼓動かと思った。思いたかったが、耳を凝らすとそれが不死の呻きと知れてしまう。地を伝って届く声でおおよその距離を測ると聖都へ向かう方角で、おそらくは救援信号が発せられた場所と同じ。生ある者を呪う声はまだ弱く、今すぐに動き出すことはないだろうが、眠ってもいられず、サラドは身を起こした。


(どうする?)




 魔道具の筒での通信を受け取り中から紙を取り出したショノアは眉間に皺を寄せ、盛大な溜息を吐いた。


 〈急遽、宮廷魔術師に問題あり 王宮へ帰還せよ〉


きっとまた宮廷魔術師が人員を確保できなかったなどの問題だろう。王都を出るのさえ嫌なのか、迎えなど寄越さなくても戻るよう命じれば済むとでも言いくるめたのか。

宮廷魔術師が来るのであれば馬車だと期待していたのだが、当てが外れてしまった。サラドの体調を汲んでも、その他の事柄を鑑みても乗合い馬車ではない方が何かと都合はいいだろう。この町の衛兵から馬車を用立てられないか、許可を貰えないかと連絡しようとしたが、魔道具の筒は何の反応も示さなかった。使用回数が上回り魔力が足りないらしい。

ショノアはもう一度溜息を吐いて、同室で良く眠っているサラドの姿に目を移した。


 翌日、ショノアは辻馬車を借りることにした。王都までは馬車で数日の距離があるため御者と途中の休憩や宿泊について相談をする。多少の無理も聞いてもらえるように金子を上乗せした。


「宮廷魔術師が来られなくなったそうで、一度王都へ戻らなければならない」


必要最低限のみ伝え、ショノアは皆を馬車へ誘った。セアラは戸惑った表情でも反発はない。ニナは安定の無口、無表情だ。まだ不調なのか朝食も首を横に振り断ったサラドはゆらりとした動きで着いてくる。

四人が乗り込み、ショノアが御者に声をかけると馬車は走り出した。


「ショノアさま。申し訳ありませんが、どうしても外せない用事ができてしまいました。宮廷魔術師殿には謝罪をお伝えください」


ずっと黙っていたサラドが急に揺れる馬車の中でゆらりと立ち上がり姿を消した。


「何だ? おいっ サラ…」


慌てて馬車を止まらせ外を見回すがサラドはどこにもいなかった。


「…不味い。サラを王都へ連れ戻さねば…」

「わたしが追跡して王都へ報告に行く」


ニナがヒラリと馬車から身を投げた。


「結果がどうあれ必ず報告に行く」


真っ青な顔色でニナの肩に掴みかかったショノアに、もう一度強く意思表明する。


「すぐに追わねば二度と会えないと思うぞ?」

「…わかった。三日経っても追いつけなかったら王都へ戻れ」

「…了解」


 本気で撒こうと思われたらニナにはサラドを追うことなど不可能だろう。サラドとの実力差は大きい。踏んだ場数の違いか、ニナには圧倒的に経験値が足りない。それはこれまでの行程で知らしめされた。

しかも追うにも既に気配は全くない。それどころか朝からずっと無かった。だがサラドが向かうとすれば魔物の噂のあるところ、彼を探していた傭兵のところ、そう踏んでニナは走った。


「私たちはこのまま王都へ行くのですか?」

「…ああ。仕方あるまい」


走り去るニナの背を見つめ、ショノアも決断した。ここで自分たちもサラドを探したところで徒労に終わる未来が見える。王都へ戻り報告と次の指示を受けるのが先だと。

急激に上がった血圧を抑えるように額に手を置き、御者に出発するように声をかけた。セアラは唇を噛んで押し黙り俯くしかなかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 サラドは更に術をかけた幻を残し夜中のうちから歩き出していた。風の精霊に様子を見守ってもらい、頃合いを見計らい遠隔で声を飛ばし、術を消す。


(うまくいったかな。みんなには悪いけれど、どうしてもこっちを放っておけない)


怨嗟の声に導かれ足を動かす。泥をヒタヒタと打ち付けるような響きは低く低く唸る。

馬ならばもっと早く着けるだろうが、馬は財産だし勝手に拝借する訳にもいかない。長時間、速く駆けるのは乗り手の体力も奪う。

サラドは体の回復も図りながら歩き、自警団を見かけては情報を得て、途中で荷運びの馬車に乗せてもらい着実に進んだ。


 辿り着いたのは掘り返された剥き出しの土がこんもりとした芝地。


(ここだ。ここから声がする)


目的地には到達したがサラドはそこから慎重に距離を取り、振り返った。


「ニナ、何している?」

「ちっ やっぱり気付いていたか」


 ニナは宿場町へ向かう乗合い馬車にこっそり便乗し、途中で抜け出して林の中を進んだ。知り得た情報通りの魔物討伐後の場所に、思った通りサラドは現れた。


「何しているなんてこっちの台詞だ。あんた何する気だ?」

「この世に縛られ歪められた存在に安らかな死を与えに」

「は? その歪められた存在って誰が決めるんだ? あんたがそうだと思えばそうなのか?」

「…違う。確かにあちらにはあちらの存在意義があるのだろう。だがオレとしても、食べるとか生きるとかではなく破壊と殺戮だけが動機のモノ、精霊に、人に害なすなら立ち向かわなければならない」

「何を言って…」


 にわかに空気が変わる。ニナは余裕を無くし周り中を振り仰いだ。今までの比ではない怖気は急激な脱力感となって襲いかかった。


「ニナ 危ない!」


サラドがニナの腰に腕を回して芝地から遠ざかった。

裂け目が現れた時は体を這い回すような怖気と生気を吸い取られるような感触があったが、それが極所をめがけひと息に体の中から何かを抜き取るような喪失感と寒気。ニナは立っていられずに膝をついた。


「ヨクゾ 種ヲ 運ンデ クレタ」


背後から耳元に囁かれる言葉。全身の肌が粟立つ気配に慌てて振り返るが何者も存在しない。


「ニナ 逃げろ! ここにいてはダメだ」

「あ…あんたは…?」

「少しでも時間稼ぎをする」


ぼこぼこと土が盛り上がり、その中からヌラリとしたモノが姿を現す。ドロリと肉塊が崩れ、腐敗臭が鼻を突く。とんでもない大きさの光を宿さない目が四つ。


「ひっ うっ」


ニナは臀を着けたまま後退った。まなじりを決するサラドにぐいっと助け起こされる。


「逃げろ!」

「た…助けを…人を呼んでくるっ!」


よろよろとした足取りでニナは街道に向けて走り出した。恐怖のあまりに涙するなど子供の頃以来だった。


「いくらなんでもあんなの…時間稼ぎって…無理だろっ」


ニナは無我夢中で走った。



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