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3 まずは自己紹介

助詞の修正をしました

 翌日、サラドは昨日の宮廷魔術師に連れられ、王宮の一室に控えていた。

ここまで実際にサラドが魔術を使えるかの確認はされなかった。馬車の中では言わずもがな、宮廷内で魔術を使用して防壁用の結界などに引っかかっても面倒なので、サラドからは態々言い出すことでもない。それに見せる程の技術もない。

 あまり目立たないようにしつつ、目だけで周囲を確認すると、ここは立派な部屋だが、謁見室とは離れている。女王陛下自らお出ましになるようなことはまずないだろう。サラドは少し安堵した。

いまのところサラドを不審に見る目もなく、すぐに捕まることもなさそうだ。


 そこには他にも微妙な距離を保って三組の人がいる。サラドはそれとなくその人々を観察した。


 中央付近にいるのは騎士だ。わかりやすく制服を着用している。暗い場所なら黒に見えなくもない濃い茶の髪をひとまとめにリボンで結わいて前に流している。目は青色。その姿勢などからおそらく貴族出身だろう。使命感か選出されたことに名誉を感じているのかキラキラしている。年の頃は二十代のはじめくらいだろうか。後ろには年嵩の騎士が堂々としている。


 その隣にいるのは若い、まだ少女のあどけなさも残る見習い神官姿の女性だ。まっさらな生成りの制服、おろしたてで着慣れていないのか不自然に皺が寄り、サイズも合ってなさそうだ。靴も新品だろう。急拵えなのが見て取れる。金髪をきっちりと結い上げていて真面目そうな印象だ。目は緑。可哀相なくらいに緊張してオドオドしている。後ろに控えるのは老成した神官。


 逆の隣にいるのは、おそらく諜報や暗殺なども請け負う特殊部隊の者、気配を微妙に消し切れていない。もしくは消さずにいる方が上手くいかないのか。どちらにしてもまだ半人前というところだろう。やや赤みのある明るい茶色の髪は肩にも着かない長さでツンツン跳ねている。目は濃いめの茶色。虚ろな目だ。目の下からスカーフで顔を覆っているため年齢はぱっと見わからないが、その体躯からして十代半ばから後半か。服は地味で目立たないものだが、汚れたりはしていない。少し小柄、線も細い。後ろには隙の無い鋭い男。こちらは手練れだろう。

 

 そして端っこに自分たち。サラドは昨日の服装のまま、体をすっぽり覆うフード付きのマントは灰色で長年愛用しているためくったりとしているし、多少の汚れもある。魔術師のローブには…見えないだろう。膝を守る長ブーツも良く足に馴染んでくたびれている。お世辞にもこの場には相応しくないように見える。


 数人が入ってくる気配があり、サラドは跪いて頭を垂れた。

少しして扉が開くと、他の者達もそれぞれ礼を取った。入って来たのは高位の文官と思しき人物だった。


「これは陛下からのご下命と思って差し支えない。巷で噂のある『魔王』の情報を得ること。しかと働くように」

「質問、いいでしょうか」


垂れた頭の位置はそのまま声を上げたサラドに後ろの宮廷魔術師がぎょっとした様子を見せた。

文官はサラドを睥睨すると「詳しくは別の者が対応する」と言い残し、退室していった。

残りの者は別室へと移動し、改めて説明を受けることとなった。


「――ということで、『魔王』という噂の聞き込み、また各地で異変やその兆しが見られないかの調査へ赴くように」

「あの、質問、いいでしょうか」


やはりちらと見下ろされはしたものの、今度は「どうぞ」という声が返ってきた。


「その『魔王』というのは人、でしょうか? または魔物の王様みたいな存在? それとも全く違う何か? 私は彼方此方を渡り歩いているのですが、そのような噂があるとは初耳で」

「それも含めての調査だ」


(うーん、噂自体もあやふやなのかな。具体的な事は何もわかっていない、と。諜報部隊などを使って広く早急にあたらずに四人で各地へ行けという真意は…。それに…)


「では、この四人で行って貰う。リーダーは騎士のリード殿が適任であろう。自己紹介を」


促されて騎士服の美丈夫が洗練された所作ですっと胸に手を当てた。

「わたくしはショノア・リードと申します」

サラドの記憶違いでなければリードは伯爵家だ。


目線で次を促された神官見習い服の少女がガタッと椅子を引いて立ち、バッと腰を折って頭を下げた。

「セアラ、あ…セアラ・ビ…ビショフです」声が震えている。


音もなく立ち上がった小柄な人物はやや目を細めただけで抑揚のない聞き漏らしそうな声を出した。

「ニナ」


サラドが喋ろうとした途端、余計なことは言わせないとでも言うように宮廷魔術師が声を出した。

「彼はサラです。我々の代理として、一時的に参加を」


「サラ…?」


騎士のショノアが目を見張った。


「あ、家名は賜っておりません」

「いや、そうじゃなくて…不躾ですまない。…女性のような名前だな」


いいえ、という意味をこめてサラドは微笑んだ。


「それにしても、いやはや宮廷魔術師団は本当に…、陛下の命をなんと思っているのか」


騎士の上司が話し出すと宮廷魔術師は片眉をピクリと上げた。このふたつの団に軋轢があるのは一目瞭然だった。嫌味な声音が続く。


「このような男、どこで拾ってきたのやら。条件にも合っていないようだが? ああ、無論あなた方のような年寄りに全国行脚の旅に出ろなどと酷なことは言いませんよ。そもそも演習にさえ参加されないような方々だ。それにしたって、しかとした人材も用意できないとは」

「何を、彼にはちゃんと魔力がある。中年なのは仕方あるまい。魔術の習得には時間がかかるからな」


そう言い返した宮廷魔術師ははたと気付く。確かに魔力の有無は確認したが、サラドが実際に魔術を使えるところは目にしていない。不安げな視線が寄せられた。


「…本当に魔術師なのか?」

「あ、いえ。魔術師ではないですね」

「こらっ! 余計なことは喋るでない」


騎士が宮廷魔術師にギロリと目線で制止をかけた。今ここでサラドはいけ好かない宮廷魔術師団を嬲る恰好のネタのようだ。


「では生業はなんだ?」

「えーと、いろいろしてきましたが…これといったものは」

「馬鹿にしているのか? ならば扱える武器は」

「強いて言うなら弓が得意です」

「弓兵か」

「どちらかと言うと狩人ですね。人に対してはあまり…。動きを封じるくらいなら」


質問を繰り出す度、騎士の表情はより呆れたものになっていった。とうとう嘆息を吐く。


「まあ、いい。仮ということだが足を引っ張ることのないように。貴様も早くきちんとした人物と交代させることだな」


蔑まれて宮廷魔術師は怒りに顔を赤くしていた。サラドにも不機嫌な視線が及ぶが、へにゃっとした気の抜ける笑顔を向けて誤魔化した。


「あ、ということで一時期だけのようですが、よろしくお願いいたします」

サラドは調査隊のメンバーとなる三人にペコリと頭を下げた。


 文官はコホンとわざとらしく咳払いをひとつした。

「これは正式な視察ではない。あくまで個人的な研鑽の旅という体を守ること。その内容などは他言無用だ。間違っても女王陛下の名など出さぬこと。努々忘れることがないように」


明日の出発ということで一度散会となり、まだ怒りに肩を震わせている宮廷魔術師とサラドも団の棟まで移動していた。


「おぬし黙っていればいいものを何故あんな余計なことをべらべらと。恥をかかせおって」

「わたくしの立場としては、出発したあとで詐欺だとか言われましても困るもので。自分の命もかかっていますからご容赦を」


サラドは慇懃に少し深めの礼をした。


「因みに条件って何だったんですか?」

「…なるべく年の若い者で、魔術師の場合は出来れば金髪に紫の瞳と。」

「あー、なるほど。若い人ですか。他の人にも容姿の指定があったんですかね?」

「それはそれぞれの所属の者に聞かなければわからぬ。我が団にも最年少の、まだ二十代の若者がひとりおるが、あやつには出来れば行って欲しくない。せっかくの知識と技が台無しになる…。あやつは行きたがるだろうが…」

「へー、候補の人はいたんですね。今はどちらに?」

「特別休暇を申請して、王都を出ている。あやつはたまにそうして知識を求め各地へ飛ぶ」


個人に与えられた研究室からあまり出たがらない宮廷魔術師たちにとって、その若い魔術師が持ち帰る知識は研究の進展にも役立つため、許可しない訳にもいかないらしい。雑事を押しつけやすいため側に置いておきたいという本音も見え隠れしている。


(その人、見習いじゃないような言い方だったけど…。わざわざ休暇として行くのは何故なんだろう?)


旅費などの補助があるという話はでていたが、そういえば報酬などの話は一切なかった。本当に一体なんの目的があるのか、まだ読めない。

だが――

 四人組、剣と治癒と魔術ともうひとり。ただバランス良く、ということも考えられるが、その容姿を鑑みるにサラドの推測はまず間違い無いだろう。


(あれ、だよな。吟遊詩人の詩の四人を再現しようとしている…。オレがノアラの役をねぇ…。一体なんでこんなことを?)


「ここに来ることはもう二度とないだろうな…」


王宮を振り返りその堅牢な佇まいを見上げながら、独りごちたサラドに「そうだろう、そうだろう、よい経験ができたと感謝してもいいぞ」と宮廷魔術師が履き違えた声を出していた。


 明日の集合に備え、今晩も宮廷魔術師団の宿舎に泊まるよう促されたがサラドはそれを辞して宿屋へ向かった。宿屋の主人と女将さんを安心させたいし、少し町の様子も調べておくに越したことはない。



 かくして、サラドは何故かひと回り以上歳の離れた者達と旅に出ることとなった。



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