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278 後継

「あれー? サラド? どこー?」


 シルエが寝癖頭を左右に振って居間を見回す。サラドを探して、台所、裏庭と移動して行くが見当たらない。


「サラド知らない? ねー、ノアラってば」


乱雑に積み上げられた本や書類の隙間からノアラが顔を覗かせた。目の下にはくっきりと隈があり、シルエの声が頭に響いて痛いのか眉間にぎゅっと皺を寄せる。


「あの、出掛けて来るって。ヴァンに乗ってった」


テオが背後からシルエの服をおずおずと引っ張った。ポットと軽食が載せられたお盆は片手で支えるには重いようでプルプルと震えている。


「これ食べてって、休むように言ってって」


自室に籠もったノアラはとても声を掛ける雰囲気ではなく、シルエはぐずぐずと起きてこない。テオはサラドのお願いを遂行しようとずっと頃合いを窺っていたようだ。


「えー。またぁ。僕にひと言もなく」

「あ、あのっ、お部屋には行ったけど、その、良く寝てるから邪魔しないでおくって」


テオがわたわたとする様子にシルエははたと我に返る。無意識にディネウの返しがある前提で喋っていたことに気付く。


「あー、ごめんごめん。テオは悪くないよ。うん。ノアラも、小休止!」


誤魔化すように、テオが持っていたお盆をひょいと取り上げた。


「ここじゃ、埃っぽいからね。ノアラ、早く降りて来ないと全部食べちゃうよ~」


 シルエとノアラにお茶を淹れて差し出すと、テオは二人のために用意されたポットとは別の飲物を出した。それから、サラドから言付かっていたおやつをいそいそと取り出して、三等分に切り分ける。ノアラの視線がそちらに向かった。


「んー、緊張を和らげて頭痛を改善させる効能のお茶だね。ノアラ向き」

「…睡眠不良にも効く。シルエに、では?」


お茶を一口飲んでシルエがそう言うと、ノアラも静かに反論した。


「ノアラに『少しは眠れ』って言いたいんじゃない? 優先順位をつけられないくらい調べたいことが山盛りなのはわかるけどさ~」


ノアラが片手に持ったままの書類を奪って、ザッと目を通す。魔人対策で調べきれなかったこと、中途になったこと、また新た発生した疑問点。一見不規則で無関係に見える項目がズラリと並んでいる。

他人が見たら全く理解不能なのは、すぐに解読されないようにする魔術師としての特性なのか、それともノアラが天才肌のせいか。


「…サラドってばさ。僕らが魔力不足でダウンしている間に、魔人を堕ちた都に運んだんでしょ?」


ノアラがこくりと頷く。


「都の外れ、共同墓地だったと思われる場所に埋葬したそうだ。魔力も生命反応もまるでないから、問題なく門を通れた(ヽヽヽ)と」

「ホントお人好しなんだから。っていうか、ちょっと調べたかったんだけどなぁ。だって、古代人の()、だよ? ノアラだって興味あるでしょ?」


サラドには聞かせられない本音にノアラは喉を詰まらせ「まぁ…」と言葉を濁した。


「王位継承の件も、知ってる?」


ノアラがふるりと首を横に振る。


「あの王配がさ、蟄居するはずだった離宮? っていうの? 守護者が焼いちゃったトコのやや北寄りの地にあるらしくて。女王も退位してそこに行く予定だったもんだから、安全が確認できるまでは王城に留め置くんだと。

なんでも? 王城での祈祷後に目を覚まして、女王から直接その話を聞かされたら、それこそ憑き物が落ちたみたいにおとなしくなったんだって。

それで、守護者が暴れたせいで国政が混乱しているから、譲位の時期も見直す、と。

…なんかさぁ、このままなかったことになりそうじゃない?

サラドに『それでいいの?』って聞いたらなんて答えたと思う?」


ノアラが僅かに首を傾げる。


「『別にいいよ』だって。良くないでしょ。っていうか僕がヤダ」

「だが、サラドが望まないなら…」

「わかってるよ。別に僕も何かしようってわけじゃない。あちらさんがまた(ヽヽ)何かしない限りはね」


ニヤッと笑うシルエの表情は、本気か冗談か判りかねた。



 このところずっとサラドが辛そうなのをテオは感じていた。自分自身を騙すように忙しなく動き、留守がち。


 ボロボロの格好で帰って来た三人。存在感も声も大きいディネウがいない。ノアラが抱える大剣に目を留めたテオに


『ディネウは…もうここに来られないんだ』


そう言い聞かせるように話すサラドはとても悲しそうで。

こういう時にどんな言葉をかけて良いのかわからない。そのもどかしさを糧にテオは筆を取り、ディネウの姿を思い出しながら描いた。



 帰宅したサラドは、なんとなくいつもディネウが座っていた椅子に大剣を立てかけた。


「あのね、シルエに相談があって」

「なになに~? 何でも言って」

「湯治場の奥に湧いた湯元にね――」


 サラドの説明によると、湯元で工事している傭兵が子供を保護したという。

その子供は一念発起して聖都を飛び出してきたらしい。奇蹟の才を伸す目的の教育施設にいたが、生活の場であった寮は一旦閉鎖となった。次々に親が迎えに来て仲間が去っていく中、孤児であるためにその身は養護院へ。教育は継続されたが、最近では、指定された守りの文言をへとへとになるまでひたすら唱え続ける日々。


「導師みたいになりたいから、治癒を学びたいと。傭兵が特別な薬を持っているという噂を聞き、作り手の弟子になりたいと伝手を求めて突撃してきたみたい」


満面の笑顔だったシルエの顔が歪む。


「いや、さ。防御壁を保つ力が足りなくなるかも、とは思ったよ? でも、思った以上に奇蹟持ちの神官が聖都を離れたのは予想外というか、うん、予想…は、したか。ははっ。聖都って心の拠り所じゃなかったっぽいね。

だからってさぁ、子供にまで担わせるとか、そこまでは正直、考えなかった。

…いや、でもね? それならそれで、今ある力で可能な範囲で良くない? 子供まで巻き込んでこれまでの水準を維持する必要ある? もう、ホントに…はぁ」

「習練にもってこいだからやらせたが、子供故に治癒の勉学までさせたら体力がもたないと判じたか」

「もう、ノアラの思考もどんだけ性善説寄りなの。…まあ、そうであってほしいけどね? 治癒はかける側の魔力負担が大きいし、無理は禁物だし」

「聖都はまだ、気というか、凝り固まった思念がやっと動き出したばかりだからね。『これくらいで平気』って柔軟になれないのかも」

「…それはあるだろうけどね。でも、僕、あー…導師は『子供達の安全と未来の保障を』って一筆残したのに。伝わってないのかなぁ…」


シルエは目元をペチリと叩いて天を仰ぎ、盛大に息を吐いてからサラドを見据える。


「それで? 僕にその子を指導しろって?」

「うん。もし良かったら」

「うーん。僕ぅ、人に教えるの苦手というかー…、伝わらないというかー…。あと、投げだして、半端な知識をばらまかれたらって思うとね…。ちょっとね…」


うーんうーんと呻るシルエは、二の足を踏むというより、どう断ろうか悩んでいるのがひしひしと伝わる。


「その子に特別な何かをサラドは感じたのか?」


 ノアラが純粋な疑問を投げかける。

サラドは魔術師の師弟関係や『教える』危険性について理解している。自身もこれまで魔獣の足跡を追う方法やそこから得られる情報の読み方を指導することはあっても、侵入や隠行術についてはかなり慎重な姿勢をみせた。弟子をとることも、それを勧めることもないと思っていた。


「うん? そういうわけじゃないけど。ほら。ディネウも薬の作り方を教えられないかって言ってたじゃない? 薬は無理でも希釈液ならどうかって話していたよね。

…ディネウは、自分が退いた後の傭兵たちを気に掛けていた。大きな組織になり過ぎるのを危惧していた。もっと時間を掛けて、編成とか意識とか仕事の請け負い方とか変えていくつもりだったんだろうけど、こんなことになっちゃったから…ね」


絡めた指をぐにぐにと動かし、考え考えサラドは言葉を紡ぐ。


「なに~。ディネウの遺志だとでも言うの?」

「あ、そうじゃなくて。でも少しはそれもあって…。

オレさ、王宮で魔術師の代役を引き受けたりして、ディネウには怒られたし、ノアラには心配をかけたよね。あの時、後進を育てるのも必要かなって思ったのは事実なんだ。十年近く経って、中弛みというか、悪い意味で平和に慣れてきていた。均衡なんて危ういのに。

各地方の現状を、本当はどうなのかを見えて(ヽヽヽ)意見できる者、危険の芽を摘める者が王宮の勤め人から育ったら良いなって」

「王宮については、今度ともサラドには関わらないでもらいたいけど。ま、災害が起こりそうっていうのに放っておけないのはわかるけどね?」

「うん。その…正しい情報を選択し、伝達する人物が増えれば…」


 魔人の主が手を染め、実験を繰り返した禁術。それと知りながら欲し、結果を期待して支援をした者がいたのは確かだろう。利用されたのかどうかはさておき、罪は重ねられた。

もしも、封じる根拠、その危険性が広く正しく周知されていたら、どこかで立ち止まれたのか。

模倣による被害を防ぐためにも、知らず同じ過ちを犯さないためにも、隠すだけではなく知識や技術の根幹は伝えていくべきではないか。


知識だけでは足りず、身をもってしか得られない経験もあるかもしれないが、頭の片隅にでもあれば、失敗を回避できたり、より深く理解できる。

努力しろと突き放すのではなく、先達として鍵のひとかけでも後進に渡すことができれば…


「魔術の初級教本が存在したり、神殿に祈りの文言が伝えられていたりするように、基礎は伝えてもいいのかなって」

「んー…、つまり? サラドは、薬も夢のような品物じゃなくて、大変な材料と工程と技術が必要な代物だって正しく知らしめるには、それを実現しようとする者がいるべきって言いたいの?」

「うん。いるべきっていうか。学びたいっていうのに道が完全に閉ざされているのも…どうかなって。何に才があるか、適しているか、可能性を知る機会は多い方がいいでしょ? 

彼の意欲がどれ程か見極めてから決めてもいいし。教えるとなったら、もちろんオレも手伝うよ?」

「うーん。なら、まぁ…会ってみようかな。指導の約束はできないけど」

「それならば、灯台の町の図書棟の地下は子供向けの本も豊富だ。確か良さ気な教本が…あ、でも」


 商会の御隠居との縁は切れたまま、仲立ちをしてくれていたディネウもいない。御隠居所有の図書館と地下にある遺跡に直接の関係はないとしても、ノアラは遠慮している。


「あ、そうそう。言い忘れてた。あの地下の書架の端っこにね、ちっさい祈りの台があったんだよ。ノアラ気付いてた?」


ノアラが首を横に振る。


「試しにね。転移の礎が置けないかなってやってみたら成功したの。わざわざあの床にある魔術扉を通らなくても、いつでも直で行けるよ。言って、言って」


シルエが得意そうに胸を叩いた。


「しかも、その下にカラクリがありそうな予感が。でも罠の可能性もあるから、サラドと行ける時にって思ったまま忘れてたね」


ノアラの目がキラリと光る。「どれが最優先?」と笑うシルエにノアラは考え込む。

これからの日々も忙しくなりそうだ。



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