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277 英雄と呼ぶのは誰か

 ある善き日、快晴の王都で第一王子が演説を行った。

『水の神に祈祷をし、願いが届いた』こと。これまでの苦難には魔人という元凶があり、討伐されたこと。

しかし、気を緩めることなく、国民の生活を守る決意を。


 ショノアがその報を耳にしたのは港町でだった。

講釈師が読み上げている場や触書に集る人々の反応を注視し、評判に耳を傾ける。

異常気象の改善、魔物被害の大幅減少という実感が民にもあり、王子の言葉は喝采を以て受け入れられた。


 巨大な魔物の襲来は吟遊詩人が演説に先んじて歌い上げ、巷で知らぬ者はいない。感化されたのか、まるでその目で見たかのように熱く語る者の多いこと。真実か誇張か虚構かの見極めが難しく、ショノアの調書は捗らない。


演説では討伐を成した者の名は明かされなかったが、流行中の歌に『最強の傭兵』が巨大な魔物を死闘の果てに相討ちにしたというのもある。

その出処が近衛兵ということで物議を醸し、王宮の慌てぶりは如何ほどかと想像した。正確には近衛兵が生きて帰って来られた喜びを家族と分かち合った際にどれほど恐ろしかったか口を滑らせ、それがどうしてか外に漏れたらしい。緘口令が出されていたので家族であっても漏洩にあたる。

しかし、巨大な魔物を生んだ魔人に第一王子が凛と立ち向う勇姿も歌に盛り込まれており、演説の内容に信憑性をもたせる結果となったのは皮肉なもの。


 船乗りから興味深い話は幾らか聞けたので、賑やかすぎる港町は切り上げることにする。記憶が曖昧になる前に、海岸から火山島の遠景が臨める漁村でも聞き込みをしたい。

一人分の荷を括った馬に跨り、よく言えば長閑な路を進みショノアは小さく嘆息した。


旅の友となるは特に駿馬というわけでも体力自慢というわけでもないが、聞き分けは良く助かっている。

王宮では活躍の場が少ないということで、馬車を牽いていた重量級の馬はマルスェイがモンアントに連れ帰った。確かに王宮の馬房は窮屈そうで、あの土地の方が伸び伸び過ごせるだろう。


(もし、ふらりとニナが帰って来たら、がっかりするだろうか)


 セアラは最後までニナの心配をしていたが、里帰りできるのは本当に嬉しそうだった。「何かわかったら絶対に連絡くださいね」と手をぎゅっと握られ、ドキリとしてしまったのは内緒だ。


信頼関係も、チームとしての纏まりも少しは出来てきたかと感じていたのに、四人は今やバラバラ。一人は身軽で気を使うこともないが、少々寂しい。

『新たな英雄』などという噂がなければ、今後も一緒に任務に出られたのだろうか、と考える。


 再び渡された通信用の魔道具に注意を向ける。〈任命式の準備が整ったので至急戻れ〉という指示はまだ届いていない。宝石で豪奢に飾られた筒型の魔道具はひんやりと冷たく、ショノアを監視する物に見えてくる。


 まるで他人事のようだが、ショノアは第一王子専属の査察官に任じられる。しかも騎士である傍ら就く。

伯爵子息という身分だけではやや弱いと準男爵位も授かる、らしい。


どちらも大変な誉れだが、ショノアは辞退の意思を表した。儀礼的なものではなく、本音で。

しかし、拝命は免れない。

『魔王の噂』を調査するという任務に抜擢された際に、叙爵もあるかもと望みはした。それが叶うというのに、喜べない。


異例の役職。内容は要望や陳情のある現場へ赴いて見聞し、報告を上げるというもの。これまでの任務と相違ない。ただ、次代の王である王子専任というのが大きい。


王子からは阿ることなく『忌憚ない意見』を求められた。そういう臣が自分には必要だと。

他にも気付いた点や気になる事柄があれば、些細なことであれ上げるように命じられている。


『高潔な騎士の精神を持ち、公平かつ冷静に広く人々の声に耳を傾ける第一王子の代理人』とは王子付き文官の談だ。

「地方に赴くには体力が必要ですし、騎士ならば護衛要らず。適任ではないですか。頑張ってください」とショノアの肩を叩く。目を弓なりに細めて笑む表情は、称賛や羨望などではない。

仕事上、これから接することが増えるであろうに、気が重くなる。


特例の出世に騎士仲間からもやっかみが一段と大きくなるのは必至。現に早くも耳聡い者が『名目だけになるのに騎士の位を手放そうとしない強欲張り』と話している。


ショノアだって二足の草鞋を履ける器用さがないのはわかっている。『新たな英雄』のひとりは騎士であることが広まっており、騎士を辞することは許されなかったのだ。

ただ、この剣を手放したくない気持ちも確かにある。内心は複雑だが、できる限り鍛錬は休まない、せめて陞爵は自分の力で成す、と心に誓う。


 ショノアの近況を聞いたマルスェイは同情した。


「貴族籍にあればしがらみが多いものな。その点、私はもう平民だし、自由だ。いざとなれば逃げて身を暗ませば良いが、ショノアはそうはいくまい」


自ら籍を抜いてまで魔術師を目指したマルスェイ。家とは無関係を装いつつ、家族仲は悪くない。武人である父兄も彼を応援している。

文官系の家ながら父の意向で騎士を志すことになって以来、家族と疎遠のショノアとはまるで違う。


何も知らずに、羨み、妬んでいた。


破茶滅茶なりに信念を貫くマルスェイに、ただ周囲の期待と価値観に流されていたショノアが抱いていい感情ではないと今は認めることができる。


 同じ類の暗い感情をぶつけられる側になって、ショノアは心身ともに疲れていた。煩わしい声や視線も今限りの我慢だと己に言い聞かせても、流しきれない。

王宮を出た時は、やっと呼吸ができる気分だった。


 そういえば、最初もまず港町へ行き、その後、英雄の話を求めて漁村へ向かったなと思い出す。その時はセアラとニナ、それから魔術師の代理としてサラドがいた。ショノアがリーダーだが、実際に導いてくれていたのは間違いなくサラドだった。


 サラドは自分たちが〝夜明けの日〟の英雄だなんて素振りは見せなかった。剣匠も大魔術師も治癒士も、有名な歌で使われた便宜上の呼称であって、望んだものではないのだろうと今なら解る。


ショノアたちも『新たな英雄』が自分だと言う気はないし、それに相応しいとも思っていない。

噂がひとり歩き、否、誰かが誘導している『英雄』とは一体何なのか。

少しの真実を織り交ぜ、王宮の印象操作に大きく貢献するものとして作り上げられる架空の一歩手前の存在。

それには、ショノアたちがいない方が都合が良い? もしかしたら、体よく王都を追放されただけなのでは、と気鬱になりかける。


「疲れのせいだ」と首を振り、馬に足を速める指示を出した。



◆ ◇ ◆



 ニナは港町でショノアとすれ違っていた。おそらくショノアはニナにまるで気付いていない。

ショノアはどこか虚ろな目をして、精彩を欠いていた。


(王宮の様子がああだし、まあ、そうだろうな)


 当初、ニナの仕事は順調とはいかなかった。マスターを介しても、若く小柄な女性だからと舐められ、依頼主が断ってくる。

ディネウの訃報で傭兵たちも気が立っており、新人を快く受け入れる様子はなく、邪魔をしてくることも。

マスターが『ディネウの兄』の口添えがあると窘めても聞かない。

人付き合いを苦手とし、愛想がないのもあって、荷運びもなかなか顧客がつかない。

ニナは溝浚いでもなんでも黙々とこなした。それでもいいとニナは思っていた。


そんな中で、ニナに試験をしてみようかとサラドが提案した。

傭兵たちは驚いた。それだけで特別に目をかけられていると判る。


『女王陛下にこっそり手紙を届けること』


ニナにのみ、こっそりと告げられた内容に目を見開く。

女王相手に一般人からの私信などあり得ない。公の手続きを経た書でも検閲される。

つまり、隙を見て直接手渡す他ない。

たとえ王宮内の構造、経路に詳しくても、王家の人々がおわす奥宮は別物。警護だって厚い。


再び王宮に入ることも合わせて悩む。受ける決意を示せば「無理はしないで、場合によっては退くこと」を約束させられる。

出発前は五分以下の成功率だとニナは自信なさ気だった。


それが、なんと無事にやり遂げてみせた。


 私室に現れたニナに女王は毅然と対した。

刺客を疑う緊迫した場面。ニナは努めて緩慢に動き、一通の封筒を差し出すと後退して害意のないことを示す。

手紙の字を一目見て、女王は警備兵を呼ぶのを止めた。目を細め、うっすらと口角を上げる。それは『王』の顔ではなかった。

受け取りの証にと、今はもう使われていない王女時代の印章を押した紙を渡してニナを帰した。


(以前のように、特殊部隊員同士が監視し合っていたら無理だった)


王宮の安全面にも関わるし、ニナの知識を悪用されないためにも、具体的な依頼内容は秘されている。

成功の証をサラドと一緒に見たマスターの驚き振りから、手紙の宛先がとんでもないのは傭兵たちにも伝わった。


 ニナを見る周囲の目は変わった。

『失敗知らずの斥候』のお墨付きは大きい。そこから少しずつ仕事は増え、ディネウ信奉者の態度も軟化していった。良くも悪くも傭兵は実力主義な面がある。


最初にあった浮気調査は依頼主が女性だったため、調査対象の夫に気が向くのではと一度は嫌厭されたが、後に結局ニナが受け、こちらも望んだ以上の結果をもたらした。



 これは少し先の未来。


「それにしても、貴方が女性を連れて来た時はもしや、と思いましたよ」

「ニナにとってオレは(年齢的にも)父親みたいなものだろうから」


からかい混じりに思い出話をするマスターにサラドが照れる様子を見せた。

その会話を耳に挟んだ傭兵は「娘?」とくいつく。


依頼主にも調査対象にも肩入りせず、情に左右されない堅実な仕事振りに、いつしか『斥候の娘』という通り名で指名依頼がくるほどになった。


その度に気恥ずかしそうに「娘なんかじゃない」と否定するニナが可愛いと、傭兵の仲間うちで密かに共有されている。


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