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270 土属性の守護者 vs ディネウ

 ノアラの時間停止の術が切れ、シルエの軛を破った土属性の守護者は自身を負かす術者を威嚇するように咆哮を上げた。それがそのまま激しい地揺れとなる。


「てめぇの相手は俺だ」


 髭がヒクヒクと動き、大剣を構えるディネウを捉えた。鋼鉄の匂いを嗅ぎつけて、叩き潰そうと飛び出した尾は目にも止まらぬ速さ。負けじと素早い反応で剣を一閃させる。

太い尾に対して明らかに剣の長さは足りていないはずが、軌道に沿ってスパッと切り落とされた。


(…すげぇな。断つ感触も泥団子みてぇに軽いぞ。増強ってレベルじゃねぇだろ、これ)


更に、返す動きで尾を分断する。

落ちてなお、先端部分は攻撃してこようとするが、本体と接合する様子はない。中間部にいたっては、切られてすぐはグネグネと蠢いたものの、ぼろりぼろりと土に還りゆく。

再生能力はなく、不死の能力も弱い。


(これも、シルエのお陰か。それとも、アイツらも戦ってるから『互いに補い合う』っつう機能が働かないのか)


クルッと手首を返して、ビタンビタンと跳ねる尾に大剣を突き刺す。祝福の宿った大剣が触れた面からシュウシュウと焼け焦げたような蒸気が昇り、鈍く痙攣する。


厄介な攻撃手段をひとつ潰せるのは大きい。

それでも、この巨躯を葬り去るにはあと何刀必要になるのか。とてもシルエの詠唱内に終わらせられるとは思えない。


(核とやらを一突きにすりゃいいんだよな。アンデッド化前に頭部を刺した感じから、そこにはない。チラッと見えたのから察するに、多分…)


人でいうなら心の臓あたり。体の深い部分だ。

守護者は常に腹を土につけ、全身を外に出さず半分埋まった体勢でいる。


(腹から狙うのは難しそうだな。背側からでもギリ届くか…)


 守護者はディネウがただの小五月蝿い虫ではないことを感知した。すぐさま攻撃の型を変えて、ズブズブと土中深く潜っていく。


「ちっ!」


もう少しで完全に動かなくなりそうだった尾を放って駆け寄り、大剣を横薙ぎに振るう。しかし、あと一秒足りず、土に沈む守護者を掠めて虚しく空を斬った。


そのまま何の動きも見せなければ、攻撃のしようがない。三人が成功させても、この土属性の守護者から流れる力で他の三体が再生してしまうだろう。


(クッソ。やりづれぇ)


守護者からは殺気といったものはあまり感じられず、そのものの気も土と同化して、すぐ下にいるのか、移動しているのかもわかり難い。身を隠していても、意思があればもう少し勘も働くのだが。ディネウは歯噛みした。


(この感じ、前にもあったな)


 頭に浮かんだ記憶に「あ、」とディネウは声を出しそうになった。


 いつだったか、ノアラに同行した遺跡で出会した罠。壁と一体化している岩人形製の警備兵が、侵入者に反応して動き出すというもの。

うっかり一体を起動させてしまったのは動く直前まで何も感じなかったから。その後も通路にたくさん設置されていたが、サラドが先んじて解除した。それぞれの担当範囲から離れてしまえば標的から外され、追いかけてくることもなく壁に戻る仕組みだという。動きも鈍く、倒さずに逃げるのだって容易であるから脅しに近いものかと思ったが、奥に潜むもっとデカイ罠に追い立てて嵌める手の込んだものだった。


(あれと似てんのか…)


妙に腑に落ちた。

その岩兵と同じく、組込まれた『排除』を実行する為の人工物、そんな印象を受ける。邪魔だとか、憎いだとか、苦しめてやろうとか、そういった念はなく、ただの作業に徹しているため警戒しにくい。


(…ったく。趣味が悪ぃな。作るにしたって、あの姿を選ぶだなんて。敬う気がある奴なら攻撃できねぇだろうが…)


 ディネウはその記憶を基に、こちらも息を潜め、闘気が漏れ出ないように努めた。

ノアラの術による補助で暗視は効く。地表の砂一粒の動き、感じ取れるか否かの振動、微かな音、肌をざわめかせる気。

ほんの僅かな兆しを見逃すまいと、神経を尖らせる。


 トクトクという心拍音と共に無為の時間が流れていく。募る焦りが抑えきれなくなった瞬間、


――来るわ


「ハッ!」


 天啓のように頭に響いた声と、足裏に感じる微振動、衝き上げる気配に大きく飛び退く。地から勢い良く突き出た岩棘を間一髪、宙を舞って避けた。大人の身長ほどもある岩棘に貫かれたら、ひとたまりもない。息つく暇もなく、着地する場所、場所で次々と岩棘が生え、ディネウは防戦一方に追い込まれる。

元いた所からもどんどん離れて行く。


(なんとか、ヤツを引きずり出さねぇと)


岩棘攻撃の気配を読む精度は上がってきて避けるのにも余裕ができてきたが、このままでは埒が明かない。


(アイツらだったら、どう対策する?)


ディネウは何か案を絞り出せないかと頭を捻った。


 土属性の守護者は目よりも他の器官が発達していて視覚情報はさほど頼っていない。その証拠に眼窩は小さい。全体的にドロリと溶けた体だが、良く動く鼻先と髭は形を保っている。

嗅覚、触覚、聴覚。そこを刺激できないか。


守護者は魔力を吸い、溜めるための器だと言っていた。ならば魔力を帯びたものがあれば誘き出せるか…と考え、頭に浮かんだのは三つ。


装備品を含め、シルエからもノアラからも、これでもかと術を重ねかけられたディネウ自身。

祝福を受けた大剣。

シルエから押し付けられた薬。


大剣を手放す選択肢はない。

薬は湖の湧き水が使われ、諸々の素材とシルエが魔力を籠めて作る。小瓶にもノアラが清めの術をかけている。とはいえ、量はひと口程度。どれほどの魔力が検知されるのか、ディネウには判らない。


 ディネウはベルトに掛けておいた小瓶を掴み、紐を引き千切った。その際にシャランと鈴の小さな音が耳を撫でた。不必要に鳴らないようにしていたはずが、存在を主張したかのよう。あるいは、風が悪戯でもしたのか。


(そういや、これもあったな)


閉じた球体の、浄化の力を持たせた例の鈴だ。渡しても良いと判断した者がいれば良し。シルエが一緒でない際に使っても良し。そう考え、所持していたもの。


ディネウは鈴の組紐を指に引っ掛け、まだ効果を発揮しないように握り込む。


(さて、どうするか。せめて土中のどこにいるかわかれば)


――見せるわ


 耳のすぐ脇で声がした。ぼや…と視界が一瞬かすんだかと思えば、湖面の如く波紋を広げ、モヤモヤとだが地表の下が見通せる。


「ルナ?」


――わたしも水の守り人だもの あなたの助けとなるわ


「だっ、だめだ。あれは水気を啜るんだろう? 危険だ。下がってくれ」


混乱しながらも、悲痛に叫ぶ。


――わたしの体は湖の底よ これは思念 願いにより力を拝借しているの だからその心配はいらないわ


「願い?」


せせらぎのようなエテールナの声。姿が見えないのが、声以外に存在を感じられないのが、惜しい。


――『ディネウと一緒にあれ』と わたしの願いとも合致して…叶えられたの


「一緒に」


――ええ、一緒に


不安を払拭する、ふわりと柔らかな口調。ディネウは覚悟を決めて剣を構えた。もう秒読み段階に入っている。


「やるしかねぇ!」


エテールナを通して土中をジワジワと進む守護者が魚影のように見える。その鼻先に、口の部分を割った小瓶を投げ付けた。目論見通りに事が運ぶことを祈って。


(釣れろ!)


バシャリと薬液が溢れた場所でヒクリと髭が動く。


すかさず、髭の先に躍り出る。頭部がせり出た所で、顎下から大剣を刺しグググッと引っ張る。守護者も地に爪を立てて抵抗し、力が拮抗してそれ以上動かない。咆哮も封じているが、地面はぐらつく。

顎を刺し貫かれながらも髭がサワサワとディネウの体を探る。針で刺すか、教鞭で打つかのように触れ、ピリッとした痛みが伴う。


(これが…アレか。魔力を吸われるとかっていうヤツか)


 拳の外に出された鈴はブラブラと揺れて籠手にぶつかっている。その動きではあまり音は響かない。それが急にふわりとした力を受けてコロリコロリと転がり、シャランシャランと涼やかな音を奏でた。瘴気が僅かながら消滅する。


鈴の音に反応を示した守護者は動きを鈍らせた。爪を刺した地面が突如ボコボコと捲れ上がり、支えを失って巨躯が傾く。その隙を見逃さず、顎から大剣を引き抜き、素早く右に左にと振って両前脚を切り落とした。


仰け反った守護者を隆起した土が持ち上げ、腹の下にはお誂え向きに窪みが生じた。迷わず、身を滑り込ませる。


「くらえっ!!」


水底にある石に陽が射して一瞬チカッと閃く。エテールナから伝えられた光の位置を頼りに、胸腹に剣を突き立てた。力任せに深く、深く押し込む。


――避けてっ!


(スマン。まだ、離れられねぇ…)


 泣き声のような警告に従うわけにはいかなかった。ディネウも気付いている。切り離した鋭い爪を持つ前脚も、半端に放った尾も、まだ動きを失っていない。

それらが背後、左右から襲いかかってくるとわかっていても、剣先が核に達するまでは。


守護者を倒すために、その懐に潜り込むために、餌となる魔力を帯びたものは全て使う。はじめから、大剣を含めた彼自身をもその役割を果たすための道具にすると腹を括ったのだ。


(アイツなら、もっと上手くやったんだろうが…な)


爪と尾の猛攻に防御壁が破られ、それを待っていたように牙が脇腹に食い込む。ディネウの体を投げ飛ばそうと頭を振るが、反対側からグイと風に押され、なんとか足を踏ん張った。

土の動きも風も、偶然などではないことをディネウは知っている。


(負けられねぇ)


一歩だって退くことはできない。歯を食いしばって耐える。不利だとわかっていても三人がここを任せてくれたのだから。


四人で戦う際にディネウがしてきたのは囮ではなく、その頑丈さを生かして攻撃を代わりに受けること。サラドみたいに奇手で襲ってから逃れるほどの俊敏さはない。肉を切らせて骨を断つを理想にしたが、これが、ディネウにできる最上の策。


(もうちょい…もうちょっと、だ)


ズブズブと鍔が体表に接するまで押し込んだ先で、ピキッと微かに、だが確かな感触を得た。


 断末魔はなかった。静かに崩れ、泥に帰す。


唐突に全てから解放されて、よろよろと二、三歩後退したディネウは泥に足をとられて仰向けに倒れた。


(…やべぇ…焼きが回った…か)


腹が燃えるように熱い。だが、寒気もする。

寝転んだまま、ベルトにつけた小物入れを弄り、以前に渡されていた薬を探す。手が震えて開けるのにも、小瓶を掴むのにも時間が掛かる。


(復活はしてねぇ…みたいだ…な。アイツらも…やった…か)


怖いくらいの静寂に勝利を確信し、安堵に頬が緩む。

やっと小瓶を手にできたが、封を切り口に運ぶ前に、力尽きた手がバサッと地を打つ。


「助かった…ぜ…。アイツ…に…も…伝…」


瞼裏を埋め尽くすキラキラとした光に向けて礼を述べ、ディネウは薄く笑んだ。もはや特徴のひとつとなっていた眉間の皺はなく、穏やかな表情。


(…ああ、もう一度、…った…な)


 遠くなる意識の中で聞いたシャラリシャラリという音は鈴か、せせらぎか…。

ディネウは波間に揺蕩う浮遊感に身を委ねた。


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