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267 「また会おう」

魔術陣を逆方向で一周 → 右回りで一周 

に修正しました

 ショノアが立つ円を離れた後、サラドはニナの所へ向かった。

魔力循環で瞑想の域に入っていたニナは、いつの間にか目の前に立っていたサラドに気を乱す。


「あんた、何でここに?」

「ニナ、どうか、無茶はしないで」

「あんたがそれを言うのか?」


苦笑を漏らすニナは心配していたほど悲壮感がなく、普段通りで安堵する。


「そうだね」


サラドは右の腰に提げたランタンに手を伸ばし、小さな火を手の平に移した。火耐性がある革手袋の毛羽だった先や埃がチリッと音を立てる。微かな焦臭にも、闇が訪れてから機能しなくなっていた嗅覚が刺激された。


「ここに残ってニナを守ってあげて」


小さな火にサラドが頼んだ。フーとかけられた息を拒むように小さい火はブルっと体を震わせると、必死な様子でピタッとサラドの体に張り付く。イヤイヤと首を振っているかのように火先が左右に揺らめいた。


「嫌がってるように見えるが」


「お願いだから」と両手で火を包もうとするも、スルリと抜けて必死にしがみつく。サラドの衣服を全く焼かないチロチロとした火を不思議そうに見て、ニナが自嘲気味に笑う。


――ここは任せて


 ニナの足元で闇の精霊がひょこっと動いた。


(でも、あなたは…)


――無理矢理に締結された契約だけど、彼はその相手が闇でも、力の弱い下位でも、殊の外喜んでくれた

大事にもしてくれた

関係は良好で、楽しいこともたくさんあった

人の側にいるのも悪くないと思えた

できれば、あんな方法ではなくて、普通に出会いたかったって話した

…長く眠ったせいか彼は忘れてしまったみたいだけれど

契約を強いた魔術師から無体なことをたくさん求められている彼のことがずっとずっと不憫だった

…苦しむ姿はもう見たくない

彼が寝ている間に位階を上げ、命令に抵抗できるほど力もついた

それだけでも十分なんだけれど、契約魔術の枷が外れたから

こちらの一存だけで、いつでも、破棄できたんだ

だけど、彼が目覚めた時に繋がりを失っていたら、寂しがるかと思って

だから…


闇の精霊はポソポソと語った。

サラドはうすうす気づいていたが、ニナのことを気にかけていた闇の精霊は魔人の契約相手。その契約を力技で結ばせたのは魔人自身ではなく、隣に収監されていた子供で間違いないようだ。

そして、契約の縛りが綻んだことは、その(あるじ)の死を示唆している。


闇の精霊は()を捨てて精霊界に帰ることが可能になっても、近くに居続けた。そこで、闇を厭わず親和性の高い子供を見出した。それが、ニナ。


――人の生涯は短い

一緒にいられるのは一時

もう、あとちょっとしかない

だから、最後まで側にいてあげたくて


(…一緒にいる内に、お互いに得難い存在になったんですね)


闇の精霊は悲しむように懐かしむようにふるふると揺れる。


――本当は、契約があるせいでこの力が彼に流れ、サラドたちや…他の精霊を苦しめているって知ってた…


間接的であれ、闇の精霊の魔力が使われた。悔恨に共感したサラドもきゅっと下唇を噛む。


「なあ? 何してるんだ? 行かなくていいのか?」


 じっと俯いたままでいるサラドにニナが焦れたように言う。外側の様子が変わったのを敏感に捉えてのこと。


「闇の精霊が…、ニナの友達が助けたいって。ここに残ってくれるって」

「……」


ニナは照れ隠しをするように口を覆うスカーフの位置をぐいっと上げた。


「それなら尚、それを連れて早く行ってくれ。その火の灯りは、ここでは眩しすぎて()が来たがらないだろう」

「そう…かもね」


サラドの手に誘われ、小さな火はランタンの中に戻る。やれやれという感じでぺちゃりと平たく広がった。


「ニナ、終わったらまた会おうな。約束」


サラドは努めて明るい声で言い、足の爪先を転じる。ニナはそれには答えず、目を細めてその背中を見送った。

(大丈夫。やれる)そう、心の中で呟いて。



 真剣に祈ることで精神統一しているセアラには微笑みだけを向け、声をかけずに通り過ぎた。

そうして、内側に重ねられた魔術陣を右回りで一周し終え、弟たち三人の元へと走る。


――危ない 逃げて

――怖い 飲み込まれちゃう


サラドの耳に届く精霊たちの警戒を報せる声、助けを求める声。


――誰か、止めて この存在を消して…


そこに微かに混じる悲痛な声も。


(待ってて。今、行く!)


 サラドが防御壁を潜り抜けた時、ヴンッと空気が唸った。

天蓋を成す七色を帯びた光も、地に浮かぶ怪しくも存在感のある文字記号も明度を落としていく。そして遂に、フイッと消え去った。


 再び訪れた真っ暗闇に、麻痺で悲鳴を上げられない人々の喉から漏れる息で空が震えた。



◇ ◆ ◇


 遡って、サラドが居残っている間、防御壁の外側では。


 守護者が無数に放つ泥玉は全て相打ちにされていく。消すことができずにボタッと落ちた泥から毒素が漂う。

五月蝿い虫が魔術を使うノアラに入れ変わったことで、守護者も攻撃方法を切り替えていた。両者、一歩も退かず睨み合ったまま動かない。


泥玉は当たれば人ひとりを難なく包むくらいの大きさがある。雨霰の如きそれらを迎え撃つのは、熱を奪う霧であったり、疾く飛ぶ火であったり、風の刃であったり、石の槍であったり、多種多彩だ。どれも初歩の攻撃術でノアラが使える中では威力としては小さい方。だが、属性違いの術をこの速さで繰るのは流石と言える。


 一方、シルエはノアラが築いた土の壁に防御壁を重ね、ディネウを引きずり込んで身を隠した。


「口開けて」

「あ?」


疑問で開いたディネウの口に丸薬がギュムと押し込まれる。


「不味ぅ…なんだこれ?」

「瘴気と毒への抵抗力を高める。取り込んでしまった分は体から排出させる。…試作だけど。舐めてゆっくり溶かして。あと、これも持ってて。なるべく取り出しやすい所に。ヤバくなる前に使用して」

「…前に貰ったヤツもまだあるぞ」


丸薬の苦さに顔を顰めつつ、ディネウは小瓶をしまえる場所などこれ以上ないと示すように鎧をポンポンと叩いた。


「いーから! ちょっとの怪我でも使ってよね!」


ディネウは「へいへい」と生返事をして、仕方なさそうに小瓶の首に紐をかけてベルトに引っ掛けた。


「ちょっと(それ)、貸して」


返事を聞く前にひったくるようにしてシルエが大剣を手にする。重さに耐えきれず、ぐらりと傾いだのを見かねて、ディネウは大剣を水平にして持った。そこにシルエが下から手を添える。


「祝福を。不死者の惑いを断つ力を。穿く鋭さを。持ち手を護る強靭さを」


一連の所作を、礼を欠かないギリギリの速さでこなし、剣に顔を近付けてからはじっくりと時間をかけた。


「ディネウ自身にも。僕にできる最大の祝福を。守護を。能力活性を」


背伸びをしてディネウの額に手を当てて、その上から口を寄せる。

ディネウは眉間に皺を寄せているが、目を伏せて黙って受け入れていた。少しだけ、腰を落としたが、それでもシルエは爪先立ちだ。


「…ねぇ、僕はディネウの強さを知ってる。それを疑ってなんか、いない。だけどっ、今回ばかりはディネウが一番不利なんだ。あのデカブツ、しかもアンデッドで再生能力持ちにサシで挑もうなんて狂気の沙汰だよ」


ディネウは剣を一振り、二振り、その感触を確認する。


「わーってる」

「ホントにわ…あっ」


 ズズンと地が揺れる。

泥玉が清めの水に包まれて落ち、雷を受けて煤になったのを見届けると、ノアラは土壁の裏に転がり込んできた。


「アレは? どうしたの?」

「同時に唱えていた時間停止の術がやっと結んだ。まだ不完全な術だし、魔力を啜るから幾ばくも保たない…と思う」

「あっ、そういうことなら、じゃあ、僕も」


 シルエが〝不死者の静止〟を唱えると、柔らかい光が守護者に降り注いだ。滅多に見ない技にノアラが目を瞠る。

並の神官であれば複数人で不死者を囲み、長い祈りを捧げて解放に導く。シルエはそんな生易しい方法よりも、即座に消滅させて二度と蘇らない術を選ぶ。それをできるだけの力がある故なのだが、無情だと捉えられることもある。


「…うん。確かにかなり強い反発があるね。でもこれで、ちょっとは長引くでしょ」


時間が稼げればそれで良いとシルエはこの結果に満足することにした。


「魔術耐性、魔術反射、暗視力、それから…」


 一寸も惜しいというようにノアラはディネウに術をかけている。そのノアラに杖の先端をチョンと当ててシルエが祝福をする。

戦う前からこれほど念入りに対策を講じるのはあの黒雲に突っ込んでいくと決めた時くらいのもの。

この一戦、守護者の危険度に下した二人の評価が如何に厳しいかを物語る。


(シルエに言われるまでもなく、わかってる。俺たちが難敵だろうと倒せてきたのは連携があってのことだ。一人でも勝ったのは…これほどのはいない)


鍛えている身でも、一遍に施すのは耐えられないくらいの術が重ねられていく。ピリッと感じるのは二人の緊迫感か、それとも筋肉の悲鳴か。

剣を前に立てて待つディネウの表情もどんどん剣呑になっていった。


「ごめんっ、待たせたよね」


 さて改めて作戦会議を、という頃合いでサラドが丁度良く合流した。


「色々試してみた結果、この守護者が吸い上げる魔力は水が一番強い。風と火は同等くらい。同属性の土は下支えする周囲や繰り出す攻撃術に流れている。結果、本体を削るのに最も有効なのが同属性」


ノアラが分析結果を解説する。

その間にシルエはサラドを祝福する。シルエの顔は真剣そのもの。膝を折って頭を垂れたサラドにそっと手を添えて口を寄せる様は正に祝福らしい光景。

防御や補助術もかけ終わると、ガラリと雰囲気を変えて、「うわぁ」と緊張感を打ち消すような相槌を打った。


「戦術の基礎通りにしたら、敵に力を与えちゃうんだ。もう、おちょくられてるとしか。まぁ、でもここに通る魔力帯と、ここに集まる大勢の精霊に合わせて設定されていると考えれば、納得もいく…かな」


コツコツと杖の先端で額を突き、シルエは「ふぅーん」と鼻から長息を漏らす。


「それがわかっただけでも有意義だった」

「何の術で攻めるか、ノアラには重要な点だもんね」


ノアラが「サラドも」と言うと、ランタンの中で小さな火がシャキッとするように細長くなった。


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