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263 失っていた魔力は

「自身の魔力の行き先を意識せよ」


セアラは、魔力の流れを感じようとした。だが体内を巡ってしまい、外には向かわない。


「…ふむ。では、邪なる気を探る方法を試してみろ」


祈りの言葉は止めずにいるのでセアラは返事をしていないが、心の焦りが見えているかのように次なる助言がされる。

言われた通り、索敵をかけるために手の平をぺたりと地に着ける。節の切れ目ですっと息を深く吸った。直近では道なりに置いた石を光らせるのに何度も、また普段から習練方法として行っているので、気負わず実行に移せる。意図した通りにスルリと魔力が抜けていく。


シルエが満足そうに頷くとしゃがんでセアラの手を取り、地から空に向け直させた。


「そのまま、遠くへ」


シルエのひと声で布が被せられたような負荷がかかる。それを押し返し、徐々に広げていく。

ふと、指先に何かが触れた感覚があり、境目に達したのだと知る。

天を支えるように伸ばされていた手は胸前へと戻された。セアラは自然と両手の指を絡めて組む。

魔力はシルエが張った防御壁内を巡ってセアラの元に戻ってくる。そして、また隅々へ向かう。


「その調子だ。続けて」


シルエが体を挟んで右に左にと捻りを利かせて杖を回す。

サワッサワッと風が掠めて、くすぐったいような、杖がぶつかるのを恐れてゾクリとするような。落ち着かない感触に気を取られているうちに、周囲の気が変じ、急激な脱力感に襲われた。それと同時に天井が落ちてきたかのような圧に潰される。呼吸もままなくなり、気絶しかけたところで、体を支えられた。


「取られるままにせず、量を制御するんだ」


シルエの手が魔力の奔出を堰き止め、息も体も軽くなった。手の力が少しずつ緩められると、魔力も調整され、軽く小走りをしているくらいの息苦しさと疲労感で落ち着く。


「この感覚、この状態を覚えたか?」


自身の把握に努めれば、防御壁に守られた範囲とセアラの体の感覚が一体となっている。

セアラはこくんと頷いた。


「いいか。後は何があっても動じず、維持し続けるように。それが、君の力を活かせる一番の方法だ。皆の助けとなるだろう。心を乱そうと誘惑してくる声が聞こえても、虚言だと思え。返事をせず、無視すること」


「はい」という自身の声にセアラは祈りの文言が途切れていたことに気付いた。

再び、目を伏せて〝防御を願う祈り〟の言葉を唱え出す。祈りに集中できれば、邪魔する声など聞こえなくなるはず。


「大丈夫だ。ちょっとやそっとでは綻びない」


聞かせるつもりはないだろう小さな呟きは、指導の口調よりもほんの少しだけ挑発的で、自信に満ちていた。

それから数節の間セアラの祈りに重ねられた男性の声。閉じた目蓋でも感じる閃く光。

もともと堅固な防御壁を内から支える魔力に力が加わったのを巡る気で知る。なんとも心強い。


バサッというマントを翻す音に、シルエが離れて行くのを感じ取った。

セアラは祈りか魔力の巡りか、どちらか一方に集中が傾かないように気を配り、それすらも忘れるまで心を無にした。



 セアラの元に治癒士が行くのを見て、マルスェイは期待に胸を躍らせた。地表はどこもかしこも魔術陣を構成する文様。こんな規模の陣を実際に目にできるとは思わず、頭は今にも爆発しそうなほどに興奮している。質問攻めにしていまわないよう、手の甲を自分でギュウと捻って待つが、大魔術師――ノアラはニナの元へ。


「なんか、オレですみません」

「い、いえ…。とんでもない」


サラドとマルスェイは互いに気不味いものを感じながら、ペコリと頭を下げる。


「では、マルスェイ様はこちらに立ってください」


 サラドが示した場所にマルスェイは息を呑んだ。新たに加わった魔術陣の一部、セアラが向かった場所と九十度の角度にあたる。人ひとりが立てるくらいの円は一見魔術とは関係ないものに見えた。


「…美しい」


緻密に絡み合い重なる文字や記号で浮かぶ模様は沼地の水上を覆う葉を想起させ、花鳥画のよう。

踏んでしまうのを躊躇いながら、マルスェイがそろりと足を入れると、足元の模様が波紋を広げて揺らぎ、一枚の大きな葉に変じた。体重を受けて水に沈み込む錯覚すらあり、揺れた葉の上で水が玉となって転がる。そればかりか、子供の頭程もある大きさの蕾をつけた茎がスルスルと伸びた。


「わぁ…」


目前で開いた花の美しさにマルスェイは思わず歓声を上げる。淡く光る花を掴もうと手を伸ばすが、光は指をすり抜け翳り、文様も幻影のように消え去った。

マルスェイは心底残念そうに「ああ…」と声を漏らした。急に暗くなった視界に漸く現状を思い出し、遅ればせながら姿勢を正す。


「すみません。魔術の素晴らしさに見惚れてしまいました。それで、サラド殿、私は…あの?」


サラドはマルスェイを見ていない。顔もこちらを向いていない。マルスェイの声など聞こえないかのように黙したまま。


「私は…どうしたら…?」


 サラドはというと、心の中で精霊に声をかけていた。傍からはぼんやりとしているだけに見えるかもしれない。


(みんな、お願いだ。彼を助けて)


 精霊たちはサラドに近寄って来てくれるものの、マルスェイとは距離を取っている。


――大事にしてくれなかった

――他の(ヽヽ)が良いって


口々にマルスェイへの不信を訴える水や風の精霊たち。

マルスェイが精霊にそっぽを向かれている原因は無意識にも『水や風の術よりも奇蹟の方が役に立つ』といった考えを持ってしまったことであり、神官の修行体験に臨んだことはきっかけに過ぎない。


 魔術を練っていると魔力の動きを察して好奇心旺盛な精霊が寄ってくることがある。精霊が楽しそうと思えば力を貸すこともあり、好感を懐けば、その人物を覚えてもいてくれる。その結果、魔術の効率が良くなり威力も増す。


弱い精霊だと強い魔術師が操る魔力に引っ張られてしまうこともあるらしい。

よって嫌なことを命じると判じた魔術師や、苦手と記憶した魔力の持ち主にはなるべく近寄らない。


サラドのように直接精霊に助力を願える者は魔術師とはまた少し違った存在だ。

たとえ見えなくても、サラドに教わったノアラやシルエは精霊や彼らを取り巻く自然環境に感謝することを忘れない。だから二人は精霊からも覚えが目出度い。

その基本的なことが失われて久しく、同じ様に精霊から見向きもされなくなり、伸び悩んでいる魔術師は多い。


 マルスェイは身につけた魔力を修め、その真理を究めるよりも、より強い技術や知識を求め続けてしまった。正確には、きちんと師から教わる機会を得ず、その(すべ)を知らなかったせいでもあるが。その仮の師となった者もまたしかり。

宮廷魔術師となったことで、その傾向はより強くなった。研究に明け暮れる年嵩の魔術師に依頼されて資料や情報の収集をする役目が回されたことも、彼自身がそれを嫌がらなかったのも大きい。

古い文献を発見したことで、懐かしい魔術の気配に精霊が寄ってきても、他の魔術師に渡されるか、仕舞い込まれることが殆ど。歓喜に沸いたとしても、精霊にしてみれば刹那でしかなく、捨て置かれたような気になる。

その繰り返しは、マルスェイの魔術を求める純粋な心に共鳴し手を貸した精霊をがっかりさせる結果に。


サラドの軽い助言で改善したかに思えた態度も、奇蹟を求めるという行動で裏切った形となり、とうとうある精霊がマルスェイに()をした。

その精霊曰く、こうしておけば彼の魔力で不快にならなくて済むから、と。

その悪戯とも意地悪とも呪いともいえる行為で、マルスェイは魔力を感じ取れなくなった。実際に彼の体から魔力が失われたわけではない。


(えーと。水と風が不満だったわけじゃないんだよ。とても落ち込んでいたし、悔やんでもいたし)


――知ってる。けど、前も

――きっと、また他を望む

――その人は欲張り


(うん…)


サラドは即座に「そんなことはない」と否定できなかった。精霊が渋る様から、一度や二度ではなかったのだと察せられる。


(確かにマルスェイは少し…。その、何ていうか、勤勉ゆえにあれもこれもと求めちゃったけれど。それは、ただ人々を守りたかっただけなんだ。だから、許してあげてほしい)


言葉を選びながら説得を試みる。


――欲しがるばっかり

――サラドの弟も『たくさん』を望んだけど、全然違うよ


ひょんなことでノアラの話題が出て、にやけそうになったが、今はそれどころではないと首を振る。


(…一時だけでも頼む。今後どうするかはみんなの気持ちに任せるから。お願い)


――…どうする?


懸命なサラドに絆されたのか、こしょこしょと相談する素振りを見せる精霊たち。


――それは、サラドのためになる?


(うん。そうしてくれたらオレは嬉しい。ここにいる人たちを守る力を、その機会を、彼に。どうか)


小さな風がくるんくるんと勢い良く回り、滞空して見えるくらいゆっくりと落ちていた雨粒がパッと散った。

離れてしまった精霊にサラドは意気消沈した。


(…ダメ…か)


「あの、サラド殿…」


 説明も指示もなく、じっと動かなかったサラドがため息を吐いたため、マルスェイは不安を抑えられなくなり、せめてこちらを向いてもらおうと肩に手を伸ばす。

足も一歩、円の外に出かけたその時、雨を吸い重くなったフードが風で脱がされ、顔にビシャと水が浴びせ掛けられた。


「な、な、何が? 今…」


何事かと目を白黒させるマルスェイに対し、相変わらず余所を向いているサラドの表情はパッと明るくなる。


「ありがとう!」

「え? ありが…え?」


笑うのを堪えて、サラドは直ぐ様、マルスェイの片手ずつを下から掬うように握った。両手を繋いで和になれば、自ずと顔も近くなる。今度はしっかりと目が合い、マルスェイは安堵した。


「その場に留まって。呼吸を整えて」


訳が分からないながらも、マルスェイは「すーはー」と深呼吸をした。サラドが手を握ってくれた時には必ず成長があった。否応なく逸る気持ちに呼吸も脈も落ち着くどころか若干速まる。


 変化はすぐに訪れた。何度試しても感じられなかった魔力が体を巡り、カッと体の内が熱くなる。手首を掴かれ、くるりと返して手の平を天に向かされた。

片手に霧が、もう片手に風が纏わりつく。


胸がじぃんとして、うっすらと目に膜が張る。マルスェイはずびっと洟を啜った。




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