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257 同時多発

 救援信号はその後も彼方此方からひっきりなしに発せられた。


 集中した際は、とりあえず、順番に転移、標的と被害状況を素早く把握し、地縛り術で動きを封じたうえで、防御壁で囲い閉じ込める。小隊をまとめられそうな傭兵を鼓舞して、次点へ向かう。対峙している傭兵たちで時間稼ぎが可能と判じた箇所は後回しにして、危うい所を先に。

情報が錯綜する中、ひとつひとつ片付け、なんとかギリギリ切り抜けた。


 一刻を争う場面が重なれば、多少戦力が落ちても二手に分かれて対処する。

そうなると浄化が行えるシルエとサラドは必然的に別行動となる。転移地点が自在ではないが、少なくとも帰ることができるシルエはノアラと別になるのも自然の流れで、自ずと組み合わせは決まってしまう。


 今も二手で行動し、終わればノアラの屋敷で集合することにしている。

目下、シルエの機嫌は急降下中。もはや、丁寧に浄化などしていられない。問答無用に浄化、解呪、治癒の光を降らせた。

ディネウも苦笑をにじませつつ、早く決着が付き、シルエが疲労を見せていないならいいか、と放っている。


「あー、もうっ、疲れたっ!」


 転移後、乱暴に扉を開けて家に入るなり、シルエが叫ぶように愚痴る。どっかと床に直で座り、背中側に手をつき足を投げ出した。少しでも回復するため、目を伏せる。直ぐに動けるように寝転ぶことはしない。

これまでも、合間にノアラの屋敷に帰ることはあったが、合流目的か、物資の補給をしに来たようなもので、休む間などなかった。

ディネウは抜き身の剣を手に、仁王立ちで玄関扉を睨む。

二人しかいない時に救援信号が打たれないことを願いつつ、サラドとノアラの帰りを待つ。


 時間が静かに流れる。喧騒の中に居続けたのもあって、シーンという耳鳴りを感じるくらいだ。


 援助に向かった先で出現していたのは、魔物の範疇にあるが体が大きいというだけの獣、穢れの影響で急速に魔物化したもの、種類も大きさも様々であったが『迷い込みしもの』が圧倒的に多かった。


それは嘗てないこと。


歪みが裂け目を誘発したとして、繋がる先は不特定だとされている。

裂け目は世界の均衡の崩れや、魔力の偏りで自然と生じる他に、それを呼ぶとされた魔物がいた。ほんの小さな穴を、瞬間的に開ける能力。実際に目にしたし、退治もした。

その魔物は世界の繋ぎ目にできる綻びを見つける特異な感覚を持ち、実際には漏れ出る力欲しさで及んでいたのかもしれない。裂け目は小さくとも力の流入や流出がある。


裂け目の先にいるものが必ずこちらに迷い出てくるわけではない。過去に遭遇した際、向こう側から様子を窺う眼差しや気配があっても、移動して来ないことだってあった。

急激な力の流出がすぐ近くで起きたせいで巻き込まれたとしても、多すぎる。

何者かが焚き付け、呼び寄せているとしか思えない。


『迷い込みしもの』がいた近くには、その土地の大切な場所、祠なり小神殿なり祈りの場なりがあった。

それは、もう偶然で片付けられない。

まるで、穢れに冒された者は知らず知らずに、そういった場所に赴く命令を履行しているとでもいうように。


 目を閉じたところで頭は全く休まらず、シルエは数度の瞬きをして瞼を上げた。見慣れた家の梁が目に入る。静かなままだ。


「…あれから、何日経った?」

「んー、どうだろ? 転移した先が昼とか夜とか、あんまり気にしてなかったから。今は…えっと夜中? 朝方?」


ディネウの注意が居間の壁に移った際に、チリンと小さな音がして扉が開いた。


「ただいま…」

「おかえりー」

「……」

「そっちの首尾は…ああ、大丈夫そうだな」

「…うん」


 サラドはふらりと卓に手をついて体重を預けた。顔色が悪い。

サラドの浄化の炎はシルエほどの力も速さもなく、度々となれば負担も大きい。ランタンの火も心なしか常より勢いがなく、更に小さく、まるで悄気げているかに見える。


ノアラも扉のすぐ傍らで壁に凭れた。前屈みになり膝に手を置く。

普段は動きやすさ重視で両手を空けているが、一度目に帰れた後から杖を手にしている。出番が少なく埃を被りがちだが、三日月の杖は魔力消費を補助する優れもの。それに頼るくらいの窮状ということ。


 段差もないのに躓くような足取りで、サラドが台所へ向かった。そこでガブガブと水を飲み、水差しとカップを持って戻ってきた。

カップがノアラに手渡される。受け取る手が僅かに震えていて、注いだ水が縁から溢れた。一杯目を勢い良く飲んだノアラは喉が痛むのか「ごほっ」と咽せた。すぐに二杯目を所望し、今度はゆっくり飲み干して、こくりと頷く。


「僕にもちょーだい」


シルエが手を出すと、サラドは「あ」と声を漏らして、もうひとつカップを取りに行こうとした。「それで良いよ」とノアラの手からカップを取り上げる。


「ぷはぁ、生き返る」

「俺にもくれ。あ、そっちでいい」


ディネウは水差しから直接、残りの水を一気飲みした。


「はーあ。連戦に次ぐ連戦。昔もあったけど、こんなにキツかったっけ」

「引き籠もりのうちに体が(なま)ったんだろ」

「好きで引き籠もったんじゃないですぅ。隷属の負荷で魔力は増したからね? こっちはまだまだやれるし」


シルエがクルリと指先を回しただけで、三人を癒やしの光が包む。ほわっとしたあたたかさに「はぁ」と吐息を漏らしたのは誰か、それとも、三人ともか。


ノアラは項垂れていた顔を少しだけ上げた。転移の繰り返しでかなり消耗しており、まだ余裕そうなシルエを横目で見て「負荷…」と虚ろに呟く。


「ノアラ、変なこと考えるなよ? 鍛えるんでも方法はちゃんと選べ」


ディネウに忠告されて頷き返すが、生返事のようだ。顔の筋肉はぴくりとも動かず、一切の感情が抜け落ちている。


「…テオは食欲ないのかな。また熱が上がってるとか…」


サラドが卓の上にあるパンをぼんやり眺めて心配そうに呟いた。

転移先で手に入れたパンは王国で広く普及しているのと形状が違う。食べつけないのか、少しかじっただけで乾燥してしまっている。作り置きの惣菜もほんの少ししか減っていない。


「一人だと美味しく感じないんじゃない? そういうの、わかる気がするよ」

「ああ、わかるな」

「……」


 ノアラは思い出したように、持ち歩ける小壺を腰鞄から出して、甘豆を食べ始めた。

蜜漬けにした豆は糖分が表面で結晶化していて、ちょうどノアラ好みの食べ頃となっている。無心でつまむうちに残りが僅かであることに気付いた時の表情が、ここ数日で一番歪んだ。


 この甘豆は、通常通りに作った分で、ノアラの時間操作の術を実験した方は、今は口にできない。

数粒を味見した限り、味も普通、これといった副作用もみられなかった。だが、摂取量が多くなるに従い不具合が発現するとも限らない。思わぬ作用の付加がないか、検証は充分に余裕がある時でなければならない。

その重要性をよくよくわかっていても、ノアラは底が見えた壺をじっと見詰めて欲に揺れている。


「ノアラはいいねぇ。好物、いっぱい作ってもらったもんねぇ」


ノアラは少し迷って、甘豆の壺をそうっとシルエの前に差し出す。


「いや、それが欲しいわけじゃないよ?」


では代わりにと黍糖を入れた袋の口を開いて、またシルエに向ける。


「いや。それもいらないから。僕…ちょっと疲れすぎて、今は何も食べたくない」


甘い匂いにも食欲がそそられることはなく、むしろ胃が痛むとでもいうようにシルエは肋骨の下をさすった。


「真面目に相手する必要ねぇぞ。シルエのそれはいつもの八つ当たりだろ。気にせず、全部ノアラが食え」


ノアラはこくりと頷いて、甘豆と黍糖の両方をいそいそと腰鞄にしまう。


「…それにしても、静かだね」

「ああ、…ないな」


 これほどの間、救援信号が鳴らなかったことはここしばらくない。

サラドが無意識に心の中で正確な拍を刻んで数えている時間も更新されている。


「一先ず、一段落? 救援を呼べる者がいる範囲が、ってことだろうけど」


 穢れによる影響が頻発した。しかも一斉に。

ディネウが仕事の斡旋がある他国に渡らせた、傭兵稼業を休んでいる(ヽヽヽヽヽ)者たちが、人の生活圏すべてを網羅できているはずもない。

鈴を持っている者には意識して鳴らすように申し付けてきたが、その音が届く範囲も効果も、たかが知れている。


「ま、ディネウの子飼いのコたちは文句もなく、よく頑張ってたよね」

「俺は誰も育ててなんかねぇよ。…怪我の功名だが、今回の件で信頼を得られただろう。この後の仕事もやりやすいはずだ」

「そうだねー。これからも頼りにされるだろうねー」


シルエの視線から逃れるようにして、ディネウがチラと湖畔に繋がる転移扉を気にした。

北の神域へ王子が祈りの奉納に行くという情報を得てから、ディネウが湖畔を気にかけているのは皆の知るところ。


「ディネウの剣には敵わないが、僕の術でも戦える」


そう言ってノアラはしっかりとディネウの目を見て頷いた。


「馬鹿言え。謙遜するな。魔物が大挙してきたらノアラの一発が物を言う。それに移動もお前頼りだ」

「……」

「…ねぇ、もう、いいんじゃない? 一旦、休んでも。この先、闇雲に世界中を回るわけにもいかないし。行くにしても、僕らだって休んでからでないと」


シルエが態と「もう、む~り~」とふざけた調子で言う。


「まだ、警戒を解く状況じゃねぇだろ」


ディネウは険しい表情で、その段階ではないと首を振る。


「…ディネウ、よく見て」


いつもより低いシルエの声は導師の時のそれで、有無を言わせない響きがある。


「あ? 見ろって何を…」


勇ましいことを言ってディネウを気遣ったノアラだが、見るからに魔力の枯渇寸前で、これ以上の無理は危険。

サラドは魔力不足を補うために己の血を使って精霊の助力を得たのであろう。外套や革手袋で隠しているが、ほんの僅かに左腕を庇う動きが見て取れた。


「あ…」


ディネウは今初めてサラドとノアラをまともに見たかのように、息を呑んだ。


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