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255 追いかける

 シルエは杖の先端を額にコツリと当てて「うーん」と唸った。


「アンデッド化、ましてそれを操る、それも大量にとなれば、費やされる魔力量に限界があるのでは?」


あらゆる魔術への探究心があるノアラでも、死霊術に関する文献があれば目を通すが、手を出そうとは思えない。


「ここぞって時まで魔力を温存してるってこと?」

「サラドが前に言っていた。時間を要しても、生きている人間の感情に干渉した方が着実に広げられる」

「でも、魔人は焦っているって」


ノアラとシルエの二人から視線を向けられ、サラドがそれぞれの言に首肯する。


「もう一点、気になるのがさ。僕はここに来るまで、正直、雨は単なる偶然じゃないかと思ってたんだ。季節がずれ込むとか、数日、天候が崩れるなんて、珍しくもない。何か要因があるにしても、また別の問題だろうってね。

だって、港町や街道周辺では穢れ(それ)は地に落ちていた。王都ではなぜ空に?

あれだけ()になるまで、他は何もなかったのか?」


雨雲が段階を経た後の形だとすれば、その途中で魔物化をはじめとした影響があって然るべき。


「ああ、そういや、街角の至る所で見かけた芋団子。ありゃ、殺鼠剤だな」


ディネウが思い出したように言い、ノアラも頷く。


「兵士も騎士もそれなりの数いるから、さすがに()くらいはなんとかしてんだろ。まあ、デカかろうと鼠だって言い張りゃ、それまでだ」

「仮に魔物化の一例めが王宮内で出ていたとしたら、騒ぎにならないよう沈静化を図るはず。外の守りも怪しい、内で魔物が出るとなれば、暴動が起きてもおかしくはない」

「仮…って言ってるけど、ノアラは王宮(そこ)だって自信があるみたいだね?」

「僕らは要所要所しか点検してないが、雨雲は王宮周辺がより厚く暗いように見えた。下町の方が雨も小降りだ」


「そうだったか?」とディネウが首を捻る。


「愚痴やらいざこざやら何やらは同じくらいに見えたがな」


ノアラがこくりと頷く。


「人から人へ移る…影響し合うのだろう? 人口は下町の方が多いはず。にも関わらず、王宮付近の穢れが濃いのであれば、そこに強い力の源があると推測できる」


魔力の質の違いにより、ノアラにはシルエのいうシミ(ヽヽ)を明確に視認できない。それでも良くない魔力の滞りはなんとなくわかる。


「ほら見ろ。やっぱりお前も行くべきだったろ」


ディネウにつつかれて、シルエがそっぽを向く。


「楽観できる状況じゃないけど、山盛りのアンデッドよりマシって考えとくかー。そうなったら王都を浄化で焼き尽くすしかなくなるもんね」


シルエは考えることを放棄するようにくしゃっと髪を掻き、にぱっと笑った。


「今はまだ、雨雲。あれが『歪み』をはらんだ黒雲に発達するのだろうか」


ノアラの確信めいた疑問に四人の間にピリッとした緊張が走る。

十年前、空にぽっかり空いた穴は、黒黒とした底なしの虚無で、どんなに風や土や雷や海水を貪っても満足することなく膨らんでいった。

人の身で挑むなど無謀としか言えない沙汰で、四柱の最高位精霊による助力あってこそ内に入って消すことに成功した。


「…なぁ、そもそもだけどよ、悪感情が雨になるなんてことがあんのか?」


ディネウが憎々しげに言う。右足の爪先が再びタンタンタン…と地を打つ。心なしか王都へ行く前よりも拍節が速い。


「聞いたことないねー。それなら雨乞いは祈りや舞、(がく)の奉納より喧嘩をした方が良いってことになるよ。大発見だね!」

「っざけんな」


ディネウの苛立ちが爆発し、カラカラと笑うシルエを一喝する。本人に自覚があるのかないのか、水を悪し様に言われることを本能が許さない。

この様子だと、王都内で散々、雨への不満と悪態を耳にしたのだろう。


「はは…。ゴメンって。雨雲(あれ)を生むのにどんな術が使われているのか…、ちょっと想像がつかなくてさ」


並の者なら竦み上がる怒号にも、シルエはひょいと肩をすぼめて軽くいなす。だが、その新緑の目にふざけた色はない。ノアラも悔しそうに頷き、同意した。


 負の感情を増大させるのはわかる。対立する勢力を内から瓦解させるのに有効な手であるから、そういった術が古代にあっても疑いない。

また、攻撃魔術で一時的、且つ一箇所に大量の水を落とすことは可能。しかし、天候に干渉するのは難しい。それこそ、精霊に直接願って稀に起こせる現象。


「繰り返しになるけどさ。人の感情から生まれるものは一度祓ったところで、また生み出される。ぜーんぶ、キレイさっぱり消したかったら都をカラにするのが手っ取り早い」


アンデッドなら二度と甦らないように滅すれば良い。シルエにはそれができる。だが、対処すべきものが人の感情とあっては、根本から失くすことは不可能。


「王都から住民全員を一時避難させるってのは現実的じゃねぇな」

「僕らの話を素直に聞くと思う? ま、…警告する筋合いもないし」


シルエが立てていた杖を下げた。さした勢いではないが、ブォンと空を切る音が重く響いた。

ただ重心を置き変えただけなのだが、二度も物騒なことを言ったせいもあり、それを実行しようと動き出したかに見える。


「待て。待て。早まるな」

「えっ? なにが?」


ディネウに肩を抑えられてシルエが首を傾げる。数拍の間をおいて「勘違いか」とディネウが後ろ頭をポリポリと掻いた。


「…王都の安全伝説は根強いからね。それが覆ったとなったら、みんな、どんな反応をするのかな。大騒動になるかな」


サラドが遠くに目を遣ってぽつりとこぼした。王都に帽子の如く被さる雨雲はずしりと重そうな灰色で、そこから動かす強い風が吹く気配もない。


「もう、大分揺らいでるだろ? 気付きたくないから、目を逸らしているだけだ。先見力のあるヤツは行動に移ってる」

「そうそう。サラドが気にする必要はない。王都は立場ある人に任せておきなよ」

「案ずるな。宿屋の老夫婦は既に家移りを終えていた。火事の前だ。もう次の借り手がいる」

「うん…」


三者三様の言葉を受けて、サラドの表情はほっとしたようでもあり、寂しそうでもあった。

王都に滞在する際の常宿をはじめ、交流した人は少数ながらいた。王城から流された噂でもう関わりたくないと思われたかもしれないし、十年近い間にサラドのことなど忘れたかもしれない。

宿の夫婦は、いつかふらりと帰って来ると信じて待っていたという。サラドに会えたことで宿を畳むことにも未練はなくなったと話してくれていた。


「とりあえずさ、マスターのところに行ってみようよ。港町でどれだけシミ(ヽヽ)が増えているかで、手懸かりがつかめるかも?」


 どんよりとした王都と住民を気遣う様子のサラドを目に気分を変えようとシルエが杖の先で港町方面を指す。


「そうだな。この国を離れた傭兵からの連絡もそろそろ届いているかもしれん」


ディネウも賛同した時、なおも王都の雲を観察していたノアラがピクリと肩を震わせた。


「見ろ!」


ノアラの声で王都へ目を戻すと、ぼてっとした雨雲が形を変え、こちらへすーっと伸びて来る。


「なんだ? ありゃ?」

「魔薬の効果?」


「いやいやいや。あれは緊張の緩和とか鎮静効果のある香りと僕の魔力でなんとなーく、不安が紛れたかも? くらいのものだから。初回だから魔力もかなり控えめにしたし、人体に直接じゃないから作用も緩やかなハズだし。効果が出ればめっけものくらいの」


 人から生まれる悪感情という力の供給が減り、雲の発達が抑えられ、雨が小降りに、そして止めば大成功くらいに考えていた。

雲の厚み自体が薄くなったとしても、移動して範囲を拡大していくのでは意味が無い。それどころが大問題だ。

ノアラのように慎重に検証を重ねることなく、思いつきに近い、急拵えのもので実験に至ったことは否めない。


「そんな劇薬じゃない」と焦るも、シルエの頭は考え得る仮説と解決策を導き出そうとぐるぐると回転する。


某かの要因で変質したか。

()に含まれる魔力や成分と反応して思わぬ作用を起こしたか。

だが、それを避けるためにも、極力簡素にした。込める魔力に浄化や解呪は加えていない。

試験とはいっても、効果が現れているかの判断は難しい類のもの。人の感情は数値のように量れない。

何らかの改善、それが見られなくても散布を繰り返して経過を観察する。見込んでいた期間は十数日からそれ以上で、こんな即効など有り得ない。


「? わかっている」


シルエが焦っている一方で、責める意図はまったくないノアラは小さく首を傾げた。


「待って。門を出た馬車列があるみたいだ。ちょっと隠れて様子を見よっか?」


 シルエが落ち着くようにと背に手を当てて、サラドが注意を道の向こうに促す。ノアラはこくりと頷き、砂煙を舞わして視界を遮ってから四人を不可視の術で包む。周囲には誰もいないが用心は忘れない。


近付いて来たのは、複数台の馬車と騎馬の仰々しい隊列。そうそうお目にかかれない黒塗りの立派な馬車も含まれている。


「ああ、なるほど。王子サマの御成りってことか。それで街道の通行も規制していたってワケね」


シルエが納得だと頷く。ディネウがギリと歯噛みして、北へ首を巡らす。

先行する騎馬は辻で聖都方面に馬首を向けた。


「到着までにはまだ日数があると思うよ? なんてったって王族サマの移動だからね」


 通り過ぎていく列には、脚の太い馬が牽くやや大型でしっかりとした造りの荷馬車は含まれていなかった。

サラドは風の精霊に願い、耳を澄ませる。

遠く、だが王都からそれほど離れていない所から、カッポカッポと重量級ながら軽快な蹄音と太めの車輪音、何やらごねているマルスェイの独言、いつもとは違う祈りの言葉を唱えるセアラの声が微かに届けられた。


(ああ、そっか。みんなは一足先に出発したんだな)


 ポツリ、ポツリと雨粒が落ちる。隊列の最後尾が街道を進んで行くのを見送り、ディネウがちっと舌打ちした。

小降りの雨に顔を濡らしても上空をじっと見ていたノアラは、視線を王都に戻す。


「…雲はあの馬車を追っている」



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