250 棺形の理由
ディネウがシルエの頭頂部をガシッと鷲掴む。強制的に首を上げさせられたシルエはぽかんと半口を開けている。尋問でも始める気か、という乱暴さだが、目が合った後はわしゃわしゃと髪を掻き乱した。
「ほら、間抜け面してねぇで、ノアラを見習え」
「ちょ…、やめっ」
我に返り、ペシリとディネウの手を払い除ける。大きく振られた腕はそのまま気晴らしに地面を擦った。積もった土の下から、床材に彫られた溝が覗く。
ノアラは刷毛を手に、管や箱の直下とにらめっこをしていた。乾いた土埃は払うそばから、サラサラと溝に戻っていく。まるで、見せまいという意思があるように。
痺れをきらしたのか、土を十分に除ききれていないうちに、薄い紙をあてがった。急いで上からチョークで擦ったものの、溝の部分は白残りせず、その縁が僅かに濃いだけ。
ノアラはチョークの色でうっすらと塗り尽くされた紙をぐしゃと握り潰した。珍しく焦りと苛立ちを露わにした仕草に、シルエとディネウは思わず顔を見合わせる。
「貸せ。俺が払ってやるから、紙、用意して構えてろ」
ディネウが刷毛を拾い上げると、ノアラはこくりと頷いた。
ノアラに比べたら力任せで大雑把、だが早く土が除けられる。すかさず紙を被せ、ぶれないようにしっかり押さえて素早くチョークを動かす。それでも写し取れたのは、ギリギリ読めるか読めないか。
裏から陽に透かし見るノアラの目はぎゅうと細められ、いつも以上に気難しい顔になっている。
床も壁同様に非常に頑丈な石材だが、経年には勝てず風雨に削られている。細かな記号や文字で一つの紋を構成しているために潰れてしまっている箇所も多い。
大まかな術式を見るだけでも、この規模では何枚の紙が必要になるか。
床面自体が大きな魔術陣で、その全貌を把握するのは困難だろう。息を吐くように小さく嘆息したノアラは「空から見たい」とぽそっと呟いた。
ディネウは「刷毛じゃあ、埒が明かないな」と言い、ノアラの手に返す。その流れで肩をポンと叩こうとするがサッと避けられ、手は空を掴む。いつものことなので、行き場を失った手は「やれやれ」と後ろ頭を掻いた。
ディネウは壁の外側に生えた穂状の枯れ草をブチブチと刈り、一束に括った。出来上がった即席の箒で箱の周囲を掃き出す。石材の損傷を心配したノアラが「あ」と小さな声を漏らした。
「大丈夫だよ。どうせ、細かな部分は失われているし」
「大丈夫、とは?」とでも言いたげに眉根を寄せてノアラは首を傾げる。ノロノロと立ち上がったシルエも箱を挟んでノアラの向かいに立った。
もあっと土埃が舞う中で、ディネウが時折「ゲホッ」と咽ている。残っていた綿毛が鼻に入ったのかくしゃみも連発していた。
「ま、どかせられるなら、あっちの方が残っているかも、だけどねー」
シルエが顎で指す方へ顔を向けたノアラはゴクリと唾を飲んだ。確かに、崩壊した壁の下敷きになった部分であれば、磨耗は免れているかもしれない。
「ディネウが、なんか? 頑張ってくれてるから見よ。あっちは、こっちの結果次第で要検討、ね?」
シルエが杖の先でちょんとノアラを突く。折り重なった岩を見つめ、魔術が封じられているここで如何なる方法を用いるか頭を働かせていたノアラはハッとして、ディネウが掃いている場所に目を凝らした。
現れてきたのは箱の設置場所を指定しているかのような紋様。
「わー…。これは、」
シルエは文様や記号、文字を記憶すべく、空中で指をちょこまかと動かす。ノアラの眼球も上下左右に忙しく揺れている。
「どうだ?」
ディネウが鼻の頭や頬骨を汚した顔を上げた。
「あっ、手、止めないで。もうちょい横!」
「くっそ。こっちか?」
「そこ! ガンバッテー」
棒読みの声援にディネウは舌打ちをして、勢い良く箒を振る。そうして、土塗れになりながら、土を払い続けた。
「なんかわかったか?」
ノアラはこくりと頷き、棺型の図と記憶した限りの記述を急ぎ書き留める。
「あー…、ゴクロウサマ。アリガト」
頭痛でも起こしているのか、シルエは目蓋を閉じて眉間をグリグリと揉む。
「あ? なんだ、何か見えちゃいけねぇモンでもあったか」
「んー…。僕が読み取った範囲で気になったのは、頭の位置にある『罪深き者よ 全てを以て贖うべし』って一文。もちろん、ただの定型句じゃないと思う。この『全て』んところの書体が意味深でさ」
「こーんな細かくて、元は鋭利だったと思われる線、どうやって彫ったんだろうねぇ」と感服しながら、シルエもペンを走らせる。
「こちら側の外周、要約すると『異常が認められた際は速やかに〝死〟を与える』というもの。敢えて明示しているのか、それともやはり別の術の隠れ蓑か」
「あー、非常時の安全措置くらいの感覚じゃない?」
シルエが「そこ」と指した部分は条件を判断する記号が連なり、外部からの破壊や地割れ等の災害、故障が定義されている。指摘を受けてノアラは但し書きを加えた。
「ここに収められた囚人は終身刑。生きて出す気なんてさらさらない。似ているんじゃなくて、やっぱり棺なんだよ、コレ。趣味悪ぅ」
シルエとノアラは情報共有に入ったので、暫くは時間がかかるだろうと踏んだディネウは二、三歩離れた。丸めた手の平に水筒から水を出して顔を洗う。
ポタポタと垂れた水を土が吸い、色を変えた。その水玉模様がススス…と中央の石柱に向かっていく。
「おーい、なんか、面白いことが起きてるぞ?」
「んー?」
石柱まで到達した水分はジワと縁に沿って伸び、消えた。
「んんー? ちょっともう一回、水を垂らしてみて」
「おう?」
ディネウが水筒を傾ける。先程の水滴よりも多めだが、流れを作るほどの量ではない。だが、石柱を目指して土の濃く色づいた部分がうねうねと這って移動して見える。
「ここ、そんな傾斜あるか?」
ディネウが傾きを確認するように足裏で床を擦るが、体感的には平らで、乾いた土が舞うだけ。
既に水が落ちた跡は綺麗さっぱりない。
「もう乾いたのか?」
「いや、そんなワケないじゃん。その水筒の中身って彼女の湧き水でしょ?」
「ああ、だからどうした?」
「普通の水よりも力があるの。つまり、魔力を帯びた水ってこと。石柱はそれを吸い寄せた」
説明を受けてもディネウの顔には疑問符が浮かんでいる。
ノアラは顎に手をあてて暫く考え込んだ後、額づくように伏せて地に耳をあて、コツコツと床を叩いた。
次いで、蓋を開けだしたので、ディネウが黙って手を貸す。ずらした隙間からノアラは頭を突っ込んで、箱と管の接合部分を観察した。
「なんかわかったのか?」
「地下空間はないが、基礎が地中深くに続いている。先細りしていく形で石組みがあると…推定する」
ノアラが両手で鋭角な逆三角形を描いてみせる。
「へぇ。変わってるな」
「ふぅ~ん。そういや、堀の中でも建物の構造を調べるって言ってたね。それと合わせての結果?」
ノアラがこくりと頷く。
「石柱も地上より土中の部分がずっと長く、基礎からも針のように出ている…と思う」
計測値が細々と書かれた紙を手にノアラは自信なさ気に言う。
「その先端と、都の牆壁を繋ぐ、何かがあると仮定して…」
確証を得られていないことを口にするのを躊躇うノアラの口調は、歯切れが悪い。
「へぇ。都の内部から監視や調整とかかな?」
「それもあると…思う。この鉱物でできた石柱は動力源だと思っていたが、単純にそれだけではなく、収監された囚人から魔力を吸い上げて溜め、その力でもって設備を維持する仕組みになっていると」
複数ある管の双方向を指し示し、「見えにくいが、あの文様がある」とノアラが淡々と述べる。
「は? じゃあ、なに? ギリギリまで魔力を縛り取られ、抵抗のしようがない仮死状態にさせて、その上、自分の魔力で稼働する装置で命だけは繋がれているの? うわぁ、思った以上に鬼畜…」
シルエもさすがに引き気味だ。ディネウも苦虫を噛み潰したように顔を顰めている。
「そして、囚人たちの魔力は牆壁にも注がれているのだと」
「強い魔力持ちなら、かなり有用になるのか。生命さえ繋いでおけば、魔力は回復するからね。…政敵の魔術師を適当な罪で捕まえて、魔力源にする…なんてこともあったりして?」
シルエは「ははっ」と乾いた笑い声を上げるが、ノアラの顔色は若干悪い。
「建物自体が、まるで巨大な杭だな」
どれほどの高さがあったかは不明だが、その頂上を見るようにして、ディネウが天を仰ぐ。
「杭かぁ。人柱ってワケね。ん? あれ?」
シルエの表情が硬くなり、トントンと額を叩く指は速い。
「杭…? 円錐形…、鉢状…。偶然、かな?」
ノアラは肯定も否定もせず、そっと目を逸らした。
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