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25 行方知れず

「おっきい…」


 宿場町でも同じ言葉を呟いていたセアラは天を目指す尖塔が幾つもある神殿を陶然と見上げている。

聖都全体を囲む牆壁から少し進むと広場、その左右に宿屋や商店が並び、奥に向かって貴族や豪商が泊まる立派な迎賓館があった。

大きな町にはこの壁はどこまで続くのだろうと思うような屋敷があるものだが、確かに普通の町と聖都では様相が違う。広場の先にはぐるりと囲む壁がある。その内側は一般用の礼拝堂、施療院、養護院や神官たちの宿舎があり、薬草園などもあるという。そして更にぐるりと囲む壁の内側に神殿が鎮座する。

三重の壁に守られた神殿には神殿長をはじめ高位の神官数名が住み、その扉が開放されるのは年に一度、〝夜明けの日〟を祈る式典の時のみ。その際の混雑ぶりは尋常ではなく怪我人も出るほどらしい。

普段はその壁を越えることが許される者は僅かで、巡礼者も観光客も壁越しでしか神殿を拝めない。賓客や高位貴族が訪れた際に居合わせ、扉の内側をちらりとでも見ることができれば非常に幸運といえる。


 広場には夕べの祈りに参加を希望する者の列があり、ここでも厳しく検めているようで遅々として進んでいない。

門兵とのやり取りを盗み見ていると寄付とは名ばかりの入場料を支払っているようだ。

宿を確保して広場に戻る頃、ちょうど鐘の音が響き渡った。夕べの祈りにセアラも壁の外で参加した。この唱和する声が宿場町まで届くのだと思うと感慨深い。さして信心深くもないショノアもさすがにやや頭を垂れ、胸に手を当ててその声に聞き入った。

祈りを終え、街門付近でずっと人の出入りを観察していたニナと合流すると、彼女は黙って首を横に振った。ニナもサラドがはぐれたことに責任を感じている。

薄暗くなり街門が閉ざされてもサラドが来る様子はなく、諦めて三人は宿へと向かった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ポタッ、ポタッと頬を伝わって垂れた血を惜しそうに眺め、流れ出た血と傷をザリリと舐めあげる。ペロリと唇を舐めた口角がキュッと上がった。


「オイシイ エモノ ニゲラレタ ケド コレ オイシイ」


聞きづらい耳障りな声は少し前まで人の言葉にもなっていなかった。満足そうにニイッと笑う目も全体が漆黒だったものから白目と黒目に分かれ、樹皮のような肌もだんだんとツルリとして、人っぽさが出てきている。

 舐め取られる度に毒が回り、意識が遠のく。体を縛めている背後の大木はすっかり枯れて黒ずんだ葉がヒラリヒラリと落ちて来ている。

熱心に血を舐め続けている魔物はこの木から生気を奪っていたため自身の姿も木偶だったが、どんどん人へと変貌を遂げている。今はまだ土中に足が埋まり移動能力は小さいが自由に動き回り出すのも時間の問題だろう。

ハラリ、とまた一枚、目の前に葉が散るのを見てサラドは己の無力さを呪った。体の傷より胸が痛む。


(ごめん。助けられなかった…ごめん…)


助けを呼ぶ精霊の声は途切れていた。この大木の精霊。操られてその枝や根をしならせサラドを締め上げた際に悲痛な声をあげたのが最後だった。


(なんとかして魔物への力の流出を妨げて成長を止めないと…)


裂け目から出かけた時を狙ったように鞭打つ速さで右目から右腕にかけて枝が襲い、蔦が首を絞めた。一撃も反撃できずこの様とは情けない。やはりひとりでは自分の能力など高が知れる。

弱気になるのはこの状況のせいか、毒のせいか、魔物の精神攻撃のせいか。

なんとか、なんとしてでも脱してこの魔物を倒さないと被害はすぐに拡がる。

勝機を探そうにも、混濁しそうな意識を留めるのが精一杯だった。


「美味シイ 精霊ヲ喰ラッタ 時ト 同ジ 力ガ湧ク」


まだたどたどしいも、もうすぐ遜色ない言葉を喋り次の獲物となる人を誘惑するだろう。


(だめだ。させない―――)


抵抗虚しくサラドは意識を手放した。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ニナ、サラと別れたのはどんな状況だった?」

「それは…、もう少し調査をしたいとわたしがその場に居残っただけだ」

「サラが自ら戻らずにいるという可能性も考えられる。臨時であると強調もしていたし」

「それでも、断りもなしに勝手にいなくなるような人ではないと思います!」


 翌日、セアラの強い要望で噂の調査は後回しにして街道へ出てサラドを探すことにした。

宿泊中の証明書を出してもらい、一時的に町の外に出る手続きを取る。それでも再び町へ入るには通行料を払うのだが。


「宿場町まで行ってそちらで泊まっていないか確認してくる」


ニナが言うなり走り出した。あっという間に見えなくなる背を見つめ、ショノアとセアラは宿場町の情報収集に関してはニナに一任することにした。

宿場町から訪れた街門に並ぶ人々の脇を通ると不穏な会話が耳に入ってきた。


「魔物? もうずっと出ていなかったのに?」

「山林の町と聖都の間の林でだって? まさか」

「なんでも頭がふたつあるでっかい蛇だそうだ」

「怖い。もうすぐ十年だってのに」

「剣士が現れて一刀両断したってよ。まるで詩のようだ」

「大魔術師の姿を見たって人も」

「村への被害はないが怪我人がいたって」

「すごい薬で治したらしいよ。神官様が到着した時にはもう傷なんてなかったって」


 昨日、迷子を保護していた時もサラドの戻りを待っていた時も大きな騒ぎは耳にしなかったが、そういえば、サラドが剣呑な様子であの場を離れた後、何かが爆ぜる音と煙を見たことをショノアは思い出した。

ヒソヒソと交わされる話の、魔物出現の場へ彼は向かったのだろうか。後処理で戻って来られなかった?

ニナは言葉を濁していたが、あの時に魔物は出てきていないようなことを言っていた。

それにここで話されている人物は剣士と魔術師だ。

その会話については山林の町から来る乗合い馬車の乗客からの方が詳しく聞けそうだが、まだ馬車の到着には時間がある。


「昨日の方はお仲間に会えたのでしょうか?」

「自警団は山林の町とその周辺の村の有志と言っていたな。当人を探すのは難しい、か」


警ら中の自警団と遭遇すれば何か情報を共有していて話を聞けるかもしれないと街道を山林の町に向けて歩いてみる。

 街道は色の違う石畳で模様が描かれ、とても美しい。両脇の林も陽の光が程よく射し込むように枝は剪定され、下生えの草も刈られていて手入れが成されている。人が隠れ潜むような鬱蒼とした場所はない。

所々には花も植えられ、馬車の窓からも目を楽しませているだろう。

その林の中に柴刈りをする人影を見つけ、呼び止めた。


「すまない。この近くの方だろうか。ちょっと話を聞かせてくれ」

「何でしょう?」

「昨日、人とはぐれてしまってな。こう…黒髪で、背が高くて…」


ショノアは首を傾げた。サラドの顔を具体的に思い出そうとしても何か靄がかかったようで判然としない。


「セアラ、サラの顔を思い浮かべてくれ」

「え? はい。えっと穏やかそうで、えーと…」


セアラも首を傾げた。彼女も違和感を覚えたようだ。口元に軽く握った手をあてて考え込んでいる。


「背の高い黒髪の男性でしたら、傭兵の剣士様がいらっしゃいましたけど」

「いや、違うんだ。剣士ではないんだが…、傭兵が来ていたと?」

「はい。魔物が出たところに駆けつけてくださいまして!」


急に興奮気味に話し出した内容によると、確かに警ら中の自警団と魔物が出くわしたそうだ。


 巨大な二匹の蛇が絡み合ったような、それは恐ろしい姿。

被害を抑えるためにも街道に移動しないように自警団の者たちでどうにかこうにか芝地に誘導した。そこで応戦しているところに、救援に駆けつけた魔術師が雷を打ち込み『最強の傭兵』が大剣を一閃させて瞬く間に退治した、と。

誘導中に魔物の毒に冒された者がいたが、それも魔術師が提供した解毒薬で事なきを得た。

魔術師は後を剣士に任せ、すぐに姿を消し、噂に違わぬ神出鬼没ぶりだったという。


 彼も自警団に所属する元傭兵だそうで、約十年ぶりに見る剣士の動きは全く衰えを知らず、惚れ惚れしたと語る。

この林の管理や街道の清掃、整備も剣士が仕事として成り立つように山林の町の有力者に働きかけてくれたのだという。そうすると犯罪も減るから、と。実際にこの街道での盗賊などの被害はほぼない。

だが町の中の力関係となるとまた話は複雑らしい。それゆえ警らも自主的な活動だという。


「その場にもう一人、先程言った、長身で黒髪の三十代半ばの男性は来なかっただろうか」

「いいえ、あとは自警団の仲間だけです」

「そうか。貴重な話をありがとう」


セアラはそれを聞いてしょんぼりと俯いた。


「我々が遭遇しただけではなく魔物は出ているんだな」


ショノアの胸にじわじわと焦燥が募る。王都から派遣される隊はどの範囲までだろうか。魔物の出現は予測できないものなのか。


 更に街道を進むと、昨日の自警団の若者に再会した。彼は昨日、迷子の保護中に自警団の招集の合図を聞き、早くそこへ向かいたいとそわそわしていたのだという。だが到着した時には魔物は倒された後で剣士の技を目にすることが出来ず悔しい思いをした。その時一緒に警らをしていて先に街道へ知らせに行ったはずの仲間もそちらに向かったのかと思ったがおらず、村に戻っても帰ってはなく…、今こうして探しに来ている。


「一晩、戻っていないのか」

「道に迷うことはあり得ないです。何かあったとしか…」


一気に不安が支配する。

セアラはサラドに教わった邪な気配の探知を思い出し、その場に膝をついて胸の前で手を組んだ。


「セアラ? どうした?」


ショノアが訝しんでいるが、口の中で祈りの言葉を繰り返し集中する。サラドに手を取ってもらい、声を重ねたあの時の感覚を思い出して――。

広がる波紋にピリリと何かの影が引っかかった。


「みつけた!」



ブックマークありがとうございます。

とても嬉しいです!


あと、こちらに書くのはおかしいのですが

前作の『エドの守り神』も初評価をいただけて

とても嬉しく、ソワソワした気持ちになっております。


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