249 魔人の罪
ノアラの片眉が僅かに引き上がった。無表情な彼の心情を代弁すれば「え?」といった意表か。
「あ? そっちみたくズラズラ…と書かれているんじゃねぇのか?」
「そりゃ、僕だって、そう思ったよ?」
にやりと口角を上げるシルエは、いかにも二人の反応を楽しんでいる。
「この、名前だと推測される単語、そのコの方で実行役として繰り返し出てきている」
二名分の罪状を並べて、ノアラもこくりと頷いた。余りに何度も出てくるので、途中から頭文字で省略したくらいだ。
「生まれの地は同じ。これが『堕ちた都』の本来の名称、かな。
そのコの所属は変わらず。此方は十に満たない年齢で村へ『移住』――理由は魔力量の問題で都を追われた…のかなって。
おそらくそのくらいの年齢で魔力の器が安定し、将来的な大凡の総量が測れたんだろうね。
そのコの共犯者、いや倣って…被害者というべきか。
この名は最初の方から登場している。
力で捻じ伏せた精霊に、契約を強制的に結ばせたとあるが、対象は自身じゃなく、彼。
それから悪魔属、んー…サラドが悪魔から聞いた話からすると、下級の使い魔? なのかな? その召喚、契約で死霊術を得ているんだけど、それも身につけさせられているのは彼。
…魔人はそのコの、体の良い実験台で、手足となって動く丁度良い駒。
実行役として数え切れない罪を犯しているのに詳細が記載されていないのは、この都の統治者からしてみれば取るに足らない人物だからか。彼自身に主体性はないと判断され、ここにあるように『哀れ』だと恩情を与えてのことか。
…僕の考察はこう、だけど、どう思う?」
ノアラはゆっくりと頷いて、熟考に入る。
「もし、うっかり目覚めたのが、そっちに入っていたガキだったら…。考えただけで、空恐ろしいな」
急に背筋がヒヤリとして、ディネウは嫌な汗が出るのを感じた。
「ってか、本当にこの中にいたガキが生き返ってるってことはないのか?」
「あの状態から体組織の蘇生は無理でしょ。死後何年…何百年…もっと? それこそ理を捻じ曲げて、時間を戻すしかないんじゃない? …ん? 時間を…」
「無理無理」と笑っていたシルエの顔が、不意に神妙となる。
罪状の中に、時間操作の実験で対象を監禁というのがある。被験者は十代半ばから後半で、総じて魔力が少ない者。精霊や悪魔属との契約なしに、加齢速度を抑えられるか観察していたとある。
「この箱…仮死状態にするだけじゃなく、時間を停滞させる術なんかもかかってたり…するんじゃない?」
シルエの懐疑はいよいよ色濃くなっていく。
「ある、かもしれない」
ノアラは名言を避けつつも肯定した。
どれほど長命種だろうと、仮死状態だろうと、栄養の摂取なしでは限度がある。永い時を超える技術がそこにはあるはずだ。
管は複数ある。ノアラは一旦考えを止めて、役目を特定できる手懸りがないかと目を凝らす。
「生命維持もびっくりだけど。品質保持に腐敗の抑制。ノアラが薬瓶に付与しようとしていた効果…といえるかもね。ははっ、流石は古代の叡智。便利そうなものは大抵あるんだな」
シルエがどこか自嘲気味に乾いた笑い声を上げた。ノアラがピタと動きを止める。
「僕らが足掻いたところで、所詮は子供の遊び程度なのかも」
足を投げ出し、両手とも地につけて背を反らすように天を仰いだシルエは「はぁ~あ」と大仰に溜め息を吐く。
「なに突然やる気を失くしてんだ」
陽の光を遮って立つディネウの顔をシルエは見るともなしに見上げた。
「だって、さ」
シルエの仮説が正しければ。
まだ幼いながら、罪人となった理由。
子供ゆえの凶暴性と残虐さでは片付けられない。生死に対する畏怖も畏敬もない凶行になぜこうも駆り立てられたのか。
この罪状からは為人はわからないが、とんでもない天才児だったことは窺える。
長命な古代の魔術師であっても、術の開発研究には時間がかかる。偶然、発動できただけでは駄目なのだ。安定して毎回同じ効果を出せること。そこに行き着くのには時間を要する。
それをまだ子供が、しかも幾つもの案件を成功させている。
自然に起こる『歪み』は大きな力のうねりだ。魔術師であれば「そこから力を得られたら」と考えるだろうが、如何せんいつどこに開くか予想がつかないし、人の身では呑まれる危険性も大きい。罪状から『堕ちた都』では別の世界とは不干渉であるべきと定めて、防衛はしても良いが、手を出すことは禁止していたと見える。
彼が生きていた時代が神と悪魔が小競り合いをしていた時期と重なるのか、小さな『歪み』は比較的頻繁に起きていたようだ。彼は『歪み』についても調べ上げ、神界もしくは悪魔界から漏れ出る力を選別し抽出することに成功している。
そして得た神力の片鱗は『死者の蘇生に挑み、神の怒りに触れた』に繋がり、力を求めて『歪み』に穢れという力を加えて操ることも覚えた結果は『世界間の秩序を乱し、混乱を招いた』となる。
事件の結びつきを誤魔化したいのか、罪状は時系列に並んでいない。それぞれ、まるで別の案件のように書かれているが、綿密に編み込まれたひとつの大きな魔術陣を描いているかのような印象をシルエは受けた。
そうして浮び上がるのは、生まれながらの保有魔力を補う方法だ。
(サラドなら、救いたい誰かがいたと考えるだろうけど。生憎、僕ならただ単に興味じゃないかって思っちゃうな)
どれだけの魔力を持って生まれるかは個人差が大きく、遺伝性ではないというのが定説。
だが、高魔力保持者同士で子供が授かれば、きっと期待はする。その子が魔力なしだとしたら?
迷わず捨てる親もいただろう。
しかし、多くは自分を追い越し老齢となる子を見るに堪えず、何らかの犠牲を払ってでも、どうにかしてやりたいと思う親心を持ち合わせたのではないか。
もしくは、隠れ里のように土地を変えて幸せに生きてほしいと願うか。
(置いていかれるのと、置いて行くの、どっちがツライのかな)
そも、魔力量が同じ位の人種で、時折、突出した魔力と寿命を持つ者が生まれ、その者たちが独り離れて暮らすことになったのか。長い時間をかけて次第にその数を増やしたのか。
逆に長命ゆえに子供が生まれにくく、その数が先細り、格差が顕著になったのか。
それはこれからの研究で突き止めていくしかない。
魔力保有量が物を言う古代。ずば抜けて強い魔術師が少ないうちは、彼らも好き勝手に生きられた。
同等の魔術師が大勢いる状態になれば、自然から魔力を得られやすい土地や研究材料を巡り、縄張り争いが多発することは想像に難くない。
ノアラの屋敷の元主人が器となるに相応しい身体を奪って生き永らえていたことからも、己の利のために他者の魂を死に追いやるなど躊躇もないと窺える。
そう、この子供がしたように実験台として、魔力を奪う獲物として、捕まることがままあったと推測される。
絶対的な力に抗うには一対一では分が悪い。中途半端な力を持つ魔術師たちは協力する道を模索しだした。寄らば大樹の陰とばかりに、庇護を求めて更に集まって来る。ついたり離れたりを繰り返して、この都にまで膨れ上がった。
社会が形成されれば、秩序と規則が必要になる。
同胞への危害がご法度になるのは当然のこと。
有事に意志決定のできる統率者もだ。適任者を選出するか、その中でも最も力ある者を戴くか。
そちら側にしてみれば、大多数の住民らがあまり力を持たず、知恵をつけずにいる方が好都合。だから、魔力を補う方法があっても禁じた。その理由付け、施行のきっかけにこの罪人はもってこいだった。
この子供の発想と結果を導き出す手腕は有用でも、その思想と存在は不都合だった。
この子供が行った実験は、敢えて避けられてきたのかもしれない。既に構築されていたとしても、無きものとして扱われたのかもしれない。
魔力なしと断じられた者が、自分たちと同じだけ、もしくはそれよりも強い力を持つことになれば、ヒエラルキーは崩壊する。
だがしかし、この子供が導き出した魔術や技術は、強者への対抗策としても有効なもの。
だから、実を結ぶギリギリまで放置した。裏では動向を監視し、研究経過を逐一入手していたに違いない。
最大級の『歪み』を予見し、世界を渡ることができたのも、この子供の研究があってこそではないのか。いや、移住に相応しい環境の世界を見つけ、確実に渡れるだけの力を必要として、人為的に起こした可能性も否定できない。
どこまでも推測の域を出ないし、動機は多岐に渡るが…。
(そんな構図が安易に浮かぶ自分に嫌気がさす)
シルエの基本的な考え方はそっち側だということ。
「どうした? 疲れたのか?」
返事を待つディネウの視線から逃れるようにシルエは俯いた。
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