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240 過去と現在の道

 サラドがいなくなったことで検証も中断となった。

シルエは残った岩の調査を最速で終わらせるために、再び目と手を動かした。残す岩は紋のないもの、又は、あっても複雑な内容ではない細々したものばかりで、全ての岩に調査済の印を兼ねた番号が付されるまで、大した時間を要さなかった。

その間にテオも丁寧な模写を書き上げ、ノアラは一列に並べた岩の詳細記録とシルエの調書の確認を終えた。


 ディネウが帰ってきたのは、ノアラによる照合作業を残すのみとなった頃だった。


「おっ、もう終わりか。流石だな」


岩の調査が終了だと知り、ディネウはあからさまにほっとしている。ノアラはこくりと頷き返したが、シルエは膝に肘をついて腰掛けたまま、じとりとした目を向けただけで返事をしない。シルエの隣でテオはプラプラと足を揺らして膝にのせた軽食の包みを開いている。


「な、なんだよ。調査を放っぽったのは悪かった。だからって、そんなに睨むな」

「ディネウがサラドを呼びつけたんでしょ」

「あ? 知らねぇよ。アイツ、また、どっか行ったのか?」

「ホントにぃ?」

「お前に嘘つく意味がねぇ。それに、俺が呼んだって届かねぇだろうが」

「えー、どうだか…」

「いっ、痛ぇな! 放せ」


ディネウの耳介をぎゅむっと引っ張るシルエの手は容赦がない。その耳を飾る、小さな装身具型の魔道具はノアラとディネウの間を繋ぐ転移陣に特化したもの。しげしげと眺めなくとも、サラドとの連絡まではできない事はシルエも重々承知している。


「ちっ。じゃあ、どこに…。もしかして、またあのコたちのトコとか…」

「あー…、有り得るが」

「が? 何か知ってるの?」

「…ノアラにも、後で一遍に話す」


ガシガシと頭を掻き、ディネウは話題を変えるように、眉の高さに手で庇を作り、周囲を一望した。


「それにしたって、この量を一日足らずで調べちまうたあ、たいしたもんだ」

「どうぞ見てくださいってお膳立てがされていたからね。ここが遺跡だったら、ノアラもこんな簡単には終わらせてくれないんだろうけど」

「あー、ある程度は仕方ないって諦めてくれたか。俺には岩だが腐った木だか割れた陶器の欠片だか、見たって何だかさっぱりわかんねぇけど。水道工事中にその形跡を見つけたと言い出した時なんてなぁ…」


ディネウが遠い目をして思い出を語りだすのをシルエはまるっと無視して、これらの岩に秘されたものについてかいつまんで話した。魔術に明るくないディネウは「そうか」と相槌を打ったものの、よくわかっていない表情をしている。


「魔力が水で、見えない川があるっていえば伝わる?」

「おうっ、なるほどな。古代はその川筋を『道』にしたってことだな。川は地形に合わせて流れを決める。街道がうねっていたのもそのせいか」

「ん? うねってた?」


くねくねと蛇行を表すディネウの手に、ノアラが差し出した紙が当たってパサッと音をたてた。


「これを頼む」


書類に目を落としたディネウは「お、おう…」と戸惑い気味にズラリと並べられた岩との間で視線を往復させる。ポリポリと頭を掻いた後、数名の傭兵を呼びつけて指示を出し始めた。現場監督となる元傭兵の方がノアラの指示書に慣れているようで、頭を突き合わせたディネウは主にノアラに質問や確認を取る仲介役だった。


「じゃあ、もう帰ろう。さっきの話、もうちょっと詰めたい」


シルエが立ち上がり、さっさと片付けを始める。ノアラは岩の調査にやや未練があるのか、目を揺らしながらも、こくりと頷く。大事に残していたおやつを口にしていたテオは慌てて飲み下し、残りを包み直した。


「ディネウも早く。置いてくよー」


シルエがテオと手を繋ぎ、杖をディネウに向けてブンブンと振る。その背後では早くも保留されることになった岩が傭兵たちによって運ばれ出していた。


「あ? ちょっ、待…。あとは頼む!」


ディネウは指示書を監督に押し付けると、身を隠すように木陰へずんずん進む三人を追いかけた。



「はー、くたびれた」


 ノアラの屋敷に帰り着くと、シルエはテーブルの上に荷物をトサッと置いた。そのひとつは手のつけられていない四名分の軽食包みだ。


「これ、晩ご飯でいいよね?」

「お前ら…。何のために持って行ったんだよ。またテオを休ませなかったな」

「まぁ、その…。忘れてたというか? 時間が惜しくなったっていうか? テオにはちゃんとおやつも渡して、自分の頃合いで休憩して、って言ってあったよ? それに、テオも興が乗ったら止めたくない質? だよね?」


同意を求めるような目を向けられ、テオは「きょう…のる…?」と遠慮がちに小声で呟き、首を傾げた。「おい、強制するな」とディネウに窘められ、シルエが「えー、してないし」と口を尖らせる。テオはちょっとぼんやりした様子で首を横に振った。

やはり疲れたのか、転移の際にテオは目を擦って眠そうにしていた。促せば、「おやすみなさい」ときちんと挨拶をして自室に下った。


「僕もひと休みー、といきたいところだけど」


 シルエは目でディネウとノアラに『そこに座れ』と指示する。


「で、さっきの続き。魔人と『道』の関係だけど」


 片手でも食べられるように用意されていた軽食をもぎゅもぎゅと掻き込みつつ、シルエは調査書に手を伸した。汁や脂で汚れると危惧したのか、ノアラがそっと遠ざける。ムッと顔を歪めつつ、シルエは自身の荷物から真新しい紙を出した。


「魔人がその魔力の川? 帯だっけか? それを使って力を集めているって話だったよな? 各精霊を祀る神殿付近の土塊での侵食、穢れは阻止できた…んだよな? 最も強いと予想されるその魔力帯に、魔人が望むような力は流れていない…と考えていいか?」

「…おそらくは」

「でも、自然魔力は奪われている可能性があるよ。それを防ぐには、発生源を破壊するのが手っ取り早い」


さらりと言ったシルエの言葉にディネウもノアラも顔を顰める。


「けど、それはさすがにできない。対策を講じたいが、これといっていい手はない――ってところまで話したんだよね?」


確認をとるために、シルエが書き物から目を上げた。ノアラは何度も頷き、やたらと早口で「自然魔力はあまねくあるものだ。風の神殿跡を源とする魔力帯は聖域化により力も増しているだろう。魔人は穢した上で力の増幅を企んでいたことからも、今、山から吹く風から溢れている気は魔人にとって扱いにくい力と予想する」と答える。その慌てふためく様子にシルエが「変なの」と呟いた。


「…湖だって、十年かけてやっと澱みがなくなったってのに」


前髪を掻き上げた手で顔の片側を覆い、ディネウが重く息を吐く。


「初めて来た時は魔物がいっぱい、汚染物でデロンデロンだったもんね。それを思うと、あの頃は四つの神殿からの魔力帯も途切れていたか、乱れていたのかも。回復したところを狙うなんて、憎たらしいねー」


 参拝する者もなく廃れ、魔物に占拠されてもなお、水の最高位精霊の影響が失われていなかった北の湖は、今や清浄なる気を生む地に生まれ変わっている。ここまで澄みきった水質に戻れたのは、ディネウが護り掃き清めていたことも無関係ではないはずだ。


「今まで以上に不埒な者が立ち入らないって利点もあるし、最高位精霊に聖域化の助力を得られるといいんだけど」


「ああ」とディネウも同意を示し、ノアラは期待を込めて、ゆっくり強く頷いた。


「お前らも、その自然魔力ってヤツ、取り込めるもんなのか」

「意識して…はできないね。多分、息するみたいに、それこそ自然に流れ込んでくるのを摂取していると思う。調節不可だからこそ、濃すぎると魔力酔いを起こしちゃうんだろうし。

魔力のあるなしに関係なく、思わず深呼吸したくなるとか、日向ぼっこに適した場所とか、なんだか美味しく感じる沢の水とかあるじゃん。あの湯源もその部類だよね」


煩慮の表情を浮かべるディネウとノアラを余所に、シルエはカリカリと忙しない音をたててペンを動かし続けている。


「それを昔々の魔術師はやってたのか。…魔人は自分に向く力に変える(すべ)を持っていて、それを効率的に集めるための手段を得るために、都市よりも街道沿いに狙いをつけたってことだよな」

「おそらく」

「道も町村の位置も昔とはだいぶ違っているだろ?」


ノアラがこくりと頷く。


「王都を主軸に港町、聖都を結ぶ今の街道は、馬車用に道幅を拡張し、真っ直ぐに引き直す大事業を成したって王国史に記録があるだろ。それで移住させられた村もあるって。

ほら、昔、聖都と山林の町の間くらいで魔物が暴れてさ、石畳がグチャグチャになったろ。確か、復興工事ン時も、ついでにって、更に道幅や経路が改善された。土地の権利で揉めてたヤツがいたよな」


ノアラが魔力帯を表すために書いた地図を手元に引き寄せた。堕ちた都の付近から、かつての道だと思われる筋を示す。


「古代は堕ちた都の方が栄華を誇っていただろうから、そこを中心にして道が延びていたはずだ」

「あー、それで『うねってた』?」


ディネウがしていた手をくねらす動きを真似て、シルエが納得する。


「今の街道はその魔力帯の影響がある箇所とそうでない箇所があるってことだろ? それでも魔人の元に力は集まるのか?」


「水だったら、濡れるところとそうでないところではえらい違いだよな?」とディネウが首を捻る。


「魔人は古代との違いを正確に把握できていないのではないかと。当時の幹線道路が魔力帯であったことで、現代の街道を主要な魔力帯と勘違いしていれば、目論見は外れていることになる」


「あくまで希望的観測であるが」とノアラはふうと小さく息を吐いた。


「もし、道が昔のままで、その魔力帯とやらを最大限活かせていたら、もっと惨事になっていた可能性もあるのか。やべぇな」


ディネウが足を投げ出して、天を仰いだ。


「その『道』ってぇのは、現在どれくらいあるんだ?」

「定かではない。古代人が配した道標は散り散りになっている。実際に通って地道な調査をする他は…」

「何の変哲もない場所でさ、体ひとつ分くらいの距離なのに、こっちはなんか爽やか? 良い風が吹いている感じ? がする所があるんだよね。あれって、そういうことだったのかって合点がいったよ。ま、その感覚を頼りに探るしかないってことだね」


焦点の合わない目で天井を眺めつつ、「あー、それじゃ、俺には手伝えねぇな」と歯切れ悪く呟くディネウは、どこかほっとしているようにも見えた。



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