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228 思い出し怒り

シルエはふんっと鼻を鳴らした。声音にも表情にも、徐々に怒りが滲んでいく。


「サラドもノアラも人が好いから…。味を占めたのか、その後もいっぱい筒を用意してさ。ホント、図々しいよね。で、あれ、結局やってあげたの?」


ノアラがふるっと首を横に振る。「サラドが…、王宮と関係が途切れたので」と、気遣うように言葉を濁した。サラドはただ困ったように微笑む。


「あはっ、そうだよねぇ。まさか、聞いてあげる義理なんかないもんね!」


地声よりも高い声を上げたシルエにディネウはやれやれと肩を竦めた。

王宮側は自ら最悪の形でサラドとの繋がりを断っておきながら、皮算用が外れて見苦しくも慌てたであろう。シルエはその様を想像して溜飲を下げようとするが、サラドもノアラも仕返しのひとつもしていないことも想像できるため、不満は募った。


「大体さぁ、王国民なら王宮に従って働くのは当たり前とか、陛下に仕えるのは誉れだとかって、押し付けも甚だしいでしょ。僕らが田舎の出身で孤児だと知るや、高圧的になってさ。『平民のお前らを使ってやってる。有り難く思え』って、何ソレ、笑っちゃう。言いくるめるのなんか簡単で、このまま搾取できると踏んだんだろうね。お生憎様! ノアラの付与術がどれだけ価値あるか、わかってもいない癖に。『片手間でも作れるだろう』なんて、頭おっかしいよね? じゃあ、御自分でどうぞって感じでしょ。こちとら日々魔物と闘っててそんな暇あるかっての。『じゃあ、いつでも構わないから』って何さ?『じゃあ』って。こっちは構うっつうの。しかも、術を刻む石はこっちもち! どこまで馬鹿にしているんだか。あの頃は、適した石を手に入れるのも大変だったのに。そのくせ石が安っぽいだの、透明度がなんたら、質がどうたら、色の組み合わせや配置に『感性を疑う』『これだから下賤の者は』だとか、好き勝手言っちゃってさ。うるさいっつの。気に入らないなら、お前が身につけてる宝石寄越せ。単なる飾りの宝石なんか、魔道具の役には立たないけどね! 本来なら、対価の足しにもなんないけど。ノアラはちょーっと眉間に皺を寄せるくらいで、ちっとも文句言わないし!」


自身の眉間を人差し指でビシビシと示す。ノアラはその剣幕に僅かに身を引いた。

神殿にいた九年余りの月日は無かったことにしたのか、十年以上前の出来事をつい先日かのように話す。苛立ちに愚痴が止まらなくなり、より燃え上がっていくシルエの額にサラドがそっと触れ、指が退けられた。


「シルエ? 大丈夫?」


シルエの顔を覗き込むサラドの橙色の目が少しの異変も見逃すまいと小刻みに揺れる。感情の暴走にやっと気付いたシルエはぞっとして足元に目を落とした。そこには室内を照らす灯りが落とす影があるだけで、気味の悪いシミは見当たらない。


(穢れは…うん、大丈夫…)


サラドに触れてもらった額に手を置く。トク、トクと鳴る心音と体内に巡る魔力を意識する。サラドが流してくれた魔力が体を一周する頃には、心は平静を取り戻した。王宮でふんぞり返っているような相手に感情を乱すのも馬鹿らしい、そう思えてきて、逆に気恥ずかしさを覚える。醜態を払拭しようと、努めて明るい声を出す。


「あはっ、ごめん、ごめん。手紙の転送具、回数で使い切りの簡易版にするのなんてどう? 需要あるでしょ。恋文とか、さ。転送も相互間だけだから、普及させてもそんなに問題ないよね? 売れると思うけど、使用する素材に対して割に合わないかな? あ、もちろん販路は王国外で」


 シルエの怒涛の愚痴に面食らっていたノアラはハッと我に返り、考えを巡らすようにゆっくりと首を傾げた。

脱線した話も漸く一段落かとディネウは息を吐き、シルエの手から筒を奪ってテーブルに置く。ついでにほわほわの髪をぐしゃっと潰して乱暴に撫で回すことも忘れない。シルエは抗議の声を上げたが、場は一気に和んだ。

まだ筒に反応は見られず、アオからの連絡はない。


「救援の狼煙はどこまで届く?」

「僕が座標を追える範囲であれば」

「なら、他国でも問題ねぇな」


ディネウは壁に掲示してあるノアラが描いた広域の地図に目を馳せた。ノアラはしっかりと首肯する。


「数日後には薬の件で王都にも動きがあるだろうし、今日はこれまでにするか」

「もう、一点いいだろうか」

「ん?」


 ディネウがお開きにしようとしたところに、ノアラはまろやかな線を描くガラス製の小瓶を二つテーブル出した。ともに美しい蒼だが色の深みが違う。


「何だ、これ? 香水瓶か?」


より淡く、灯りに透かせば空の色にも似ている方をディネウが手に取った。瓶は下方が膨らんだ雫形をしている。色も相まって、華奢で儚げな印象だ。


「輿入れしてきた姫君の出身国はガラスの生産が盛んらしい。その技術は王国よりも進んでいる。これは香油入れらしいが、薬瓶として採用できるのでは、と」

「へぇ、いいじゃねぇか。なぁ?」


その色味を気に入ったディネウの情緒も、その理由もわかりやすい。


「ふぅーん、綺麗な色だねぇ…」

「金属をまぜることで出せるらしい。茶や黒の濃い色も着けられるというから、中身の保全に向く」


シルエはもう一方、コロンと丸く安定感があり、やや緑色が濃い方を手に取った。表面に花の図柄まで入っている。貴族や富裕層向けの高級品だろう。手の内にすっぽり収まる小ささで、無骨な男なら蓋を開けようとしただけで握り潰して割ってしまいそうだ。

その懸念を察したのかノアラが説明を追加した。


「形も厚みも調節ができて丈夫に仕上げるのも可能だと。近く交易品で入ってくるだろうが、現段階では偽物は作りにくいだろう。ガラスはまだ王国では贅沢品だ」

「あちらの国は庶民の日用品にも使われ出しているの?」

「そこまでじゃないみたいだけど。あの国は貝を嵌め込んだ工芸品を作っていたでしょ。姫の母国では金属にガラスの粉で作った釉薬で絵を描いて焼き付ける工芸品があって。ちょっと見せてもらったけど、今までにないくらいに繊細だったよ。貝や宝石以外に、このガラスで思う形の飾りを作り、より色鮮やかで芸術性の高いものを目指してる。外貨を得る目的で」

「へぇ…」

「瓶を試験的にも導入してみるなら、交渉してくれると」

「そっか。アオさんを逃がすだけじゃなくて、そこまでしてきてくれたんだね」


小瓶をテーブルにコトンと戻して、シルエは気怠げに頬杖を突いた。


「…でも、僕、あの薬を作るのはもう止めとこうかと思ってて」

「わかった」


ノアラは了承の言葉を返してシルエの意思を尊重する姿勢を示す。徒労に終わりそうだというのに嫌な顔一つしない。


「すぐに結論を出さずとも、王都の反応を見てからでも遅くねぇだろ。瓶は違う薬に使えるかもしれねぇし」


ディネウも考え直すように諭したりしない。


「シルエのあれ…久々に聞いたがやっぱ強烈だわ。あんだけピーピー喚くってことは、お前、まだ寝が足りねぇんだろ。早く寝ろ、もう寝ろ」

「…子供みたいに言わないでよ」

「あ? シルエの精神は三歳児並だろ?」


ニヤッと笑うディネウの脇腹に拳を当てようとして躱されたシルエは「ぐぬぬ」と悔しそうに歯噛みした。


いつもならそんな二人を朗らかに見ているサラドは目を伏せて苦悶を誤魔化そうとしている。その肩をポンと叩いて、ディネウは湖畔の小屋に通じる転移装置の扉につま先を向けた。


「サラドも考え過ぎるな。なるようになるだろ」

「うん…」


サラドに掛ける言葉を見つけられないノアラは気遣わしげに一瞥して、筒とガラス瓶を手に、研究室を兼ねた自室に引き上げていった。


「ディネウにあそこまで言われちゃったし? 僕も休もうっかな」


なるべく普段通りの軽い調子でシルエも席を立った。

「うん、そうして」とサラドは微笑み、「オレも、台所の掃除だけして寝るよ」と力なく応えた。


 その夜、シルエは微睡みの中で、単調で規則的な律動を耳にした気がした。王宮に設置された仕掛け時計の旋律が、魔道具のあれこれを思い出したことで記憶の片隅から呼び起こされたのか、それとも自身の鼓動だろうか。


(あの時も、時計を甦らせた功労者は(ノアラ)だっていうのも耳に入っていない様子で、王女はサラドに熱い眼差しを送っていたよな…。ま、僕もノアラも良いように使われたくないから主張する気なんてないし? そう仕向けていたけど、さ。…重用する気があるなら、きちんと守る姿勢を見せれば良いものを。生まれながらの立場に、環境も、配慮されるのが当然で感覚が違うんだろうけどさ…。せめて、側仕えの者がどういう態度でいるかくらい把握しようよ。ま、できていたところでサラドは譲らないけどね? 王女に仕えるなんて僕が認めないけどね? だいたい…)


底なしの不満が渦巻くのを自認し、シルエは「あー、ダメ、ダメ」と声に出して、気分を変えるために枕の位置を直した。


(…あの仕掛けは大型だけど、もっとこう、持ち運べるくらいに、うんと小さくして…。あー、でも旋律だけじゃ意味がない。サラドの()でないと。歌声をそのまま記憶するには…)


耳馴染んだ子守歌を頭に思い浮かべる。深く記憶にあるのは変声期前のサラドが歌ってくれたものだが、今の少し嗄れた声も味があって良い。

いざ歌ってみようとしても、いつも出だしだけを繰り返してしまい、続けられない。


(なんでだろ。何回も聴いているはずなのにな…)


思い出せるのが短い楽句だけでも、優しく「大丈夫、大丈夫」と宥められるようで、ささくれだっていた心が凪ぐ。魔力不足で昏倒状態に陥る以外では、浅く短い眠りを繰り返すのが常のシルエも、やがて深く沈んでいった。




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