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223 選択の自由

 その後もディネウは声を掛けて廻った。今まで殆ど会話をしたことがなかったような者は最強の傭兵から激励されて沸きたつ。

厄介払いではないと確認できただけでも、傭兵たちは晴れやかな顔で乗船していった。

甲板から手を振る傭兵に、ディネウも手を挙げて応えている。


「…引き留めてはいただけないのでしょうか」


 ディネウが一人になる隙を狙って話し掛けてきたのは、この町で商会を営む、有力者の一人だった。沖へ遠ざかって行く船を目にして、複雑そうな顔をする。


港町は王国の玄関口であり、要衝である。それでいて常駐している王国兵は少ない。王都のような結界がなくても港を、町を、自衛できていることに自尊心を抱いている。それが、揺らぐ。

このところ、町中では窃盗被害が、外に出たすぐの街道では荷を狙った盗賊が増えている。このまま治安が悪化し、町の評判が落ちては商売にも響く。


商会長の邸内では使用人と同様に警備の私兵を雇っているが、必要に応じて傭兵に依頼も出していた。次の荷を運ぶ際、現状では警護に十分な人数が揃いそうにない。


「どこで働き、どう生きるか、あいつらには選択の自由がある」


キッパリと撥ね付けられ、商会長は頬を引き攣らせた。ディネウの深い青の目は傭兵たちを見送っていた先程までとは違い、冷たく圧が強い。

この港町で発言権のある商会長相手でも一切媚びへつらうことはない。


「しかし、これ以上傭兵が減っては…」

「拠点にしていた地から離れ、それにより町の守りが手薄になろうとも、誰に文句を言われる筋合いはない。『都合良く利用しているのはお互い様』だろ?」


食い込み気味で発せられたディネウの声は、常のドスが利いたものに比べれば冷静で丁寧なくらいだった。話を遮って喋るのは礼儀に欠くが、それでもこちらを敬う気持ちが多少なりともあるのだろうと商会長は勘違いをした。


「『利がなければ、手は出さない』商人なら当然の判断だ」とディネウは一人納得するように頷く。


全てを把握しているという口振りで突き付けられた言葉は、以前に寄合で議題に挙がった『街道の警ら隊の結成、また護衛の人材を紹介、育成をする機関の設立』に出した商会長の答えだった。その場に同席していないディネウが何故それを、という焦りにヒヤッと背筋に寒気が走る。しかし、まだ商会長が反対派だと知られているとは言い切れないので、愛想笑いを返した。


王国(ここ)で利にならない仕事を続けるなら、他国(よそ)に探しに行く。何の問題もないよな?」

「それは、そうかもしれませんが、この町と傭兵の方々で長年培ってきました関係を鑑みるに、何の相談もなくこのようなことをされては、裏切り行為とも取れてしまいます」


 傭兵に明確な資格を与えて、仕事先に派遣する案は数度に渡り討議された。確かに武器の所持を許す以上、実力のある傭兵とゴロツキ紛いの見分けがつきにくい問題は解決したい。都度、個々と交渉をする手間も省けて、損害が出た場合には機関が補償の手続きを代行するというのは魅力的だ。まちまちな報酬も明瞭になる。第三者の視点で得手不得手が評価され、達成率も明示されていれば、雇う側としても揉め事を回避できる。


だが、その案は詳細や問題点が詰められておらず、理想を語っているに過ぎない。導入の検討段階にすら達していないと商会長は断じた。

また、警ら隊に関しては港町だけの問題ではない。王宮や街道沿いの町とも協議すべき案件で、利権、守備範囲、資金の分担割合などをそれぞれが主張し合えば暗礁に乗り上げるのが目に見えている。熟考するまでもなく、失敗や損益が嵩む恐れが高い。


「まずは港の範囲で試して」という提案にも、実現に向けて計画委員を置くことにも、無駄な金は鐚一文出せないと反対した。

結局、反対派を納得させるだけの解決案どころか折衷案も出ず、話は流れた。

その後も大きな問題は生じていない。互いの関係は良好で、多くの傭兵がこの町に居着くのも、港が生む豊富な仕事にやり甲斐と誇りを持っているためだと信じていた。


「なんだっけか…。『傭兵がこの町で大きな顔をできるのは、自分たちが仕事を与えてやっているから』だっけか?『役に立つなら住まわせてやってもいいが、ゴロツキと大して変わらないなら追い出す策も必要。この町でどちらの立場が上か、はっきりさせた方が良い』だったっけか?」


そんなことを会合後に、同じく反対票を投じた者と笑い合った記憶がある商会長は内心の焦りを表に出さないように笑みを深めた。聞かれていたのか、誰かが告げ口したのか、ゴキュッと息を呑む。


仕事を求めてこの町に辿り着いた末、食えずにゴロツキに成り下がる問題は切っても切り離せない。また、港から入国するのは品の良い者ばかりではなく、身元を偽った者が下町に流れ潜むのも長らく問題視されている。


「誤解だ」と釈明したくても、「町の兵として雇うには傭兵は下品過ぎる」と嘲笑し、「使い捨てにする方が町のためだ。いっそ傭兵同士で争って実力の伴わない者が淘汰されてくれれば」と言った事実も思い出し、下手なことは言うべきではないと、口を噤む。


ディネウが「だろ?」と同意を求めてニッと笑う。

商会長は、はたと気付いた。港町に限らず、別の商会や領主が不自然に複数人の傭兵を雇い入れているという情報があった。新たな魔物被害の報告を聞かなくなった今、何かしらの兆候を捉えているのか、更に情報を探っても、真意は掴めずにいた。その理由。


「どう思おうと構わないぜ。自分の命と荷を預けるんだ。信用できるか見極めるのは大事だもんな?」

己の目と耳で、というようにディネウがこめかみをコツコツと指先で叩く。

「『信用ならない傭兵しか雇えないような者も、その程度という事。この町では淘汰されて当然』なんだろ?」


事前に知らされない時点で、彼の商会は頼るべき相手ではない、共生など望めないと見做されていたのだ。


「う…」


商会長はみっともなく動揺した。商売人としてあるまじき失態。

「他に何かあるか? もう、終いでいいか」と言い切って歩き出すディネウをただ茫然と見ることしかできなかった。



 波打ち際に佇むシルエの姿はそのまま光に霞んで消えそうに見えた。海風を受けてはためく淡い灰色のマントが銀色に光って見えるのは術の影響か、波の乱反射か。


「どうだった?」


じっと気を読んでいるシルエに、ドカドカとした足運びで無遠慮にディネウが近寄って行く。集中を途切れさせたシルエは杖に置いた手を返した。


「うーん…。多分、癇癪を起こした人から…こう…水滴が垂れたみたいに、シミというか、穢れの残滓が残ってる。人がたくさん通る分、目抜き通りにも多いだろうから、一応そこも遡っておこうかな、と思う」

「それは放っておくとヤバイものなのか? 魔物を生んだりとか」

「塵も積もればって感じ?」


人は多い。そして、人の感情は周りに左右されやすい。馬鹿にはできないだろう。ディネウはぎゅっと眉間の皺を深くした。


「そのまま船に乗って行った者も多いだろ? 大丈夫なのか?」

「なんとも言えないなぁ。本当に巧妙で、わっかんないんだよ。自然に解消されるような穢れなのか。それともずっと体内で燻り続けるのか」


シルエは悔しそうに顔を歪め、イラッとした声を出す。杖でゴツゴツと突かれて、踏み固められた岸が一寸抉れた。


「魔人はゴーストをけしかけるだけじゃなくて、人に何かをしたのは確かなんだと思う。聖都にいた時は引っかかる()もなかったのに」

「防止は無理か?」

「んー…。精神力向上もずっと続くってわけではないから、一時凌ぎだしな…」


効き具合も持続時間も人による。その辺を歩いている人に掛けたところで、大した効果はないだろう。それに、きりもない。

ディネウは天を仰ぎ、フッと息を吐いた。


「起きちまったもんは考えても仕方ねぇか。じゃあ、この道を通って、帰るとしよう。そろそろサラドとノアラも帰ってるだろ」

「りょーかい」


シルエはクルリと杖を回転させて、トンと突く。打ち寄せる波のように淡い光が港と桟橋を覆っていく。夕陽の眩しさに打ち消されて、その光に注目する者はいない。


 雑踏でもディネウを避けて自然と道の中央が空く。偶に声を掛けられることもあるが、短い返答で済ませば足留めをしてまで話を続けられる者はいない。

シルエはその背後にピタリとついて、コツコツと杖で足元を軽く突きながら、広い通りの真ん中を歩く。光を抑えて目立たぬように、穢れを払い、護りを施す。


 人と荷と情報が集まる港町には人足募集の仲介をする業者もある。農閑期は増える傾向にあって、今がまさに書き入れ時。自領では賄いきれない道路整備にかかる人員をどう調達するか、出稼ぎ先を求めている町村はないか、調整に四苦八苦しているようだ。傭兵をあてにしていたのが、思惑が外れたらしい。

「前もって依頼していたのにどうして用意されていないのか」と問い合わせる声は苦情といった方がしっくりくる荒々しさ。それを耳に挟んで目を向ければ、ポタッと穢れが落ちるところだった。クルッと人差し指を回して払う。穢れは薄い靄となってすぐに散る。


 それは人の悪感情を可視化したに過ぎない、さして力のない穢れに見えた。しかし、不平不満などそこら中にある。それこそ、小さくて次の瞬間には忘れるくらいのものを含めたら、あっという間に満ち満ちるだろう。

シルエも苛々や不満を抱きやすい方だと自覚がある。(もしや、僕からも?)と不安になって足下をじっと眺めてしまう。つい、ディネウと自身に状態異常を防ぐ精神力向上を掛けた。

ディネウが「ん?」とほんの少し首を後ろに回したので、シルエは「何でもない」と首を横に振っておいた。



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