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216 指名

 呼び出された理由が、薬の寄付を申し出た者からの指名だと聞いたショノアは更に首を捻った。


「寄付? 俺には心当たりがないが…、あ、そういえば、」


 移住地に支援に来た商人とは幾らか顔つなぎができたかもしれない。彼が主に扱うのは織物であって、薬ではなかった。その後に続く人々とは馬車のすれ違いで挨拶を交わした程度。だが、あの商人がショノアたちの名を伝えていたとしたら、もしかしたら薬を扱う者も――。


「考えた所で答えが出ないのであれば、行って確かめるとしましょう。お待たせしているようですし」

「あ、ああ。そうだな」


促されて、我に返ったショノアは急ぎ足で進む。マルスェイも成り行きで着いて来た。


 王宮から門の審査場へ向かう馬車の中は緊張感が漂っている。

まだ年若い官吏は隣に座る上司の顔色をチラッと窺った。


 『魔物と戦って負傷した兵士に薬を寄付したい』という訪問者がいると連絡を受け、官吏が「何故、自分が…」と嫌々ながらに門に出向いたのは朝のうち、納入が一段落した頃のこと。

牆壁付近は魔物の臭いがするというし、いつ何が起きるかわからない状況なので最近はなるべく近寄らずにいた。


現在、不足している薬の寄付とは有り難い話だが、信用のおける業者のものでなければ品質に不安もある。王宮に良からぬ思いを抱いている刺客だって可能性も。納入に訪れたのは普段から取引のある者ではなく、初めて見る顔だというから、尚のこと警戒しなければならない。


 代理人だという壮年の男性は金髪に青空のような目をしている。貴族のそれよりは一段劣るが、美しい立ち居振る舞いで、使用人ともまた違う優雅さがあった。荷の番をする若者は体格が良いが、武器などは所持しておらず、ただの人足に見える。その二名と小型の荷車のみ。


 門兵を挟んで対応した官吏に、代理人は薬の受け取りと使用の担当者として三名を指名したいと申し出た。横柄な態度ではないが、官吏は自分では不足だと言われた気がしてムッとした。確かに代理人よりもずっと年若く、まだ下っ端ではあるが、侮られる謂われはない。ジロジロと疑う目を向けても、代理人は悠然と構えている。


 要望を呑もうとしない官吏に代理人は少し困った素振りをして、「お疑いなら」と門兵に槍先を下げるように頼んだ。自身の腕を槍に当てて、何の躊躇いもなく引く。痛みで少しだけ顰められた秀眉が妙に色っぽい。じわっと滲み出る血に門兵と官吏はギョッとした。

封を切った薬を腕にかけて、布で拭うと――傷はきれいさっぱり、痕もない。

血の匂いに塞いだ口がポカンと開く。トリックだとしても鮮やかすぎる。効き目が本物ならば、とんでもない薬だ。

まるで、傭兵が持つと噂になっている万能薬のような…。


唖然とする官吏に、代理人は「この様に、とても良く効く薬のため、反作用についても正しく理解をしてくれる者を指名したいのです」と再度言伝をした。「寄付者の願いですので、取り計らいをお願いいたします」と頭を下げてくる。

その声を膜一枚隔てたようにぼんやりと聞いていた官吏は、門兵の遠慮がちな「あの…」という掛け声で我に返った。

官吏はここで待つように言い残すと、慌ててとってかえした。


 馬車には、名指しされた内の二名、物品管理の担当者と衛生兵が乗っている。互いの面識は特にないらしい。両名とも定年まであと数年という年の頃で、熟練者。だが、特に顔が利くようなことはなく、当人も戸惑っている様子。

もう一名は休日ということで騎士棟に居らず、探しに行かせている。

報告を受けた上司は「一人で対応できないとは半人前め」とお小言付きで補完しに来た。万が一に備えて、官警にも同席してもらうことにした。


 街門に到着して、馬車を降りると、出迎えのように代理人が頭を下げた。

 言われた通りに彼らはずっとそこ(ヽヽ)、門の()で待っていた。常人ならば、早く牆壁の中、つまり結界内に通してくれと言っているだろう。そわそわとする門兵の方が余程待ちくたびれて見える。


 許しを得て、代理人は門を潜った。官吏と上司に会釈をし、指名したニ名に向き直る。


「ご無沙汰しております。ご活躍のこと、嬉しく存じます。その節はご贔屓にしてくださり、ありがとうございました」


ふんわりと微笑む代理人を見て、物品管理の担当者と衛生兵が驚きに目を瞠る。俯き加減に互いの様子をチラッと見る顔は、何故か少し赤い。


「…君も。突然辞めたから、心配していた。元気そうで本当に良かった」


代理人は「お陰さまで」とたおやかに笑んだ。


 挨拶が交わされている一見和やかな場で、官吏は額に浮く汗を拭いていた。不手際を指摘され、臍を曲げられたらどうしようと思うと更に汗が出てくる。横にいる上司は常時の難しそうな顔つきだ。指名された二名それぞれと代理人は再会を喜び、懐かしんでいるだけで、特に疚しいことなどなさそうに見える。


 その挨拶の途中でちょうど『もう一名』が駆けて来た。


「お待たせして申し訳ありません。騎士のショノア・リードです」

「初めましてになりますね、リード卿、お噂はかねがね」


 ショノアが会釈をする。案内をした従騎士は深々と礼をして、持ち場に戻って行った。

全員が揃うまでに少なくない時間、待たされたはずだが、代理人はゆったりと微笑み、きれいな所作で頭を垂れる。荷の番をする若者の方は少し仏頂面だ。


 代理人が官吏と上司の方を向いて「お話を進めても?」と確認するように微笑む。上司がひとつ首肯を返した。


「お三方にお願いがあるのです。ご協力をいただけませんか」

「私に、できることなのだろうか」


 老いても引き締まった身体の衛生兵が、その生真面目そうな顔を更に顰め、不安を漏らす。騎士を退役した後も指導役や宿舎の管理人として残り、現在は衛生兵の監督を務めるが、これといった権威もないことを自覚している。

物品管理の担当者も、近年丸まってきている背を正した。元の身分が低いため、長く勤めているというだけの役があるだけで、平のようなもの。便宜を図れるような立場にはない。


「ええ、もちろん。不正を許せない正義感に悩むお姿、良く覚えております。それから、職務に真摯に励むお人柄も。頼りになる方として、お二方を紹介したいと…。お名前を上げたこと、申し訳なく思うのですが…」

「い、いいや。こうして、思い出してもらえただけでも光栄だよ」


 代理人が振り返り、荷物番の若者に目配せをする。ニコリともしない無愛想さで、やや乱暴に荷車から木箱が下ろされた。重ねられた際にガチャと音が立ち「気をつけて」と窘められた若者は「ウス」と小声で謝っていた。荷車から荷を下ろし終わるとまた門外へ下がって行く。


 木箱には小さな瓶がズラリと並んでいる。それが、何段も。

焼き物の瓶に入った液薬。蓋は防腐効果のある常緑の葉が巻かれ、茎で縛られている。先程、効果を実証するために開けた葉は、この少しの間に茶色く変化していた。空き瓶の方も何やら臭う。


 代理人は薬の用法を読み上げ、使用上の注意に入る前に一旦顔を上げて「良く聞いてください」と念を押した。


薬の使用後も必ず療養し、経過に留意すること。

薬は日持ちがしないので、速やかに、必要としている者に使うこと。

期限の目安は封の葉で判別可能。葉が枯れたものは内容物も腐っているため、廃棄すること。

空き瓶の再利用は不可。脆く、割れやすいので注意。

傷んだ薬を使用した場合、患者の体力によっては命に危険が及ぶ下痢症状が出る恐れがある。

などなど。


「こんな…、たくさんの薬を無償で? 本当にいいのか?」

「物品管理人と衛生兵の監督のお二人にご協力いただければ、無駄なく使っていただけると存じます。正しく使わねば、薬は毒にもなります。必ず伝えるようにと申しつけられました」


注意書きを丁寧に折り畳んで手渡す。


「ボクも死を待つばかりの身から救われた者です。どうぞ、有効に活用ください」


遠い昔に思いを馳せるように、胸に手をあてて、代理人は物品管理者と衛生兵に目礼した。


「それから、心苦しいのですが…、薬を提供するにあたって、ひとつお願いしたいことがございます」


官吏もその上司も内心で「きた」と思い、どんな要求をしてくるのかと身構える。貴重な薬の寄付など、下心や裏がない方がおかしい。


「こちらを」

「何だ、これは…」


 控えていただけの官警に迷わず渡された書類には、貴族や豪商、有力者の名前が羅列されている。それだけなら、ここに記された者との繋がりを求めていると捉えるだろう。だが、その名に付随する内容が、薬の強奪や詐欺の手口。ついでとばかりに、その件以外の罪も暴露されている。


「こちらに記された方々の行いを審らかにし、裁くことができるのは然るべきお立場の方ですから…」


悲しげに、長い睫毛を有する瞼をゆっくりと伏せる代理人からは、義憤や私怨などは一切感じない。

この書面を鵜呑みにするわけにはいかないが、その内の何件かと一致する訴えがあがっている。違うのは捕えた破落戸の背後に大物がいること。

出頭すら簡単には要請できない者の名、確実な証拠を掴めずにいた集団、これらが全て事実ならば、その調査能力は驚くべきものだ。


『犯罪を許すな、身分や金銭で揉み消すな』という強い通告。『仕返しも可能だが、私刑は行わない』という意思の明示にもとれる。

捕物の場にいるような緊迫感や圧迫感を感じ、背に汗が伝った。


「…、あいわかった」


代理人はあくまで低姿勢で「よろしくお願いいたします」と頭を下げる。


「殺人を犯してでも我欲を通す、それが罷り通るとは、と嘆いておられます。高額な取引や偽物の流通も由々しき事態です。

傭兵団に薬を提供したのは確かです。薬の製作に着手した時点で魔物と戦っていたのは彼らでしたから。

人死を避けるための薬が、人を脅かしていることに、大変お心を痛めているのです。争いの火種となるならば、もう薬を作るわけにはいかないとお悩みに…。

それでも、兵士の皆様のことを思えばと、揃えるだけでも一苦労の材料をなんとか掻き集め、ご用意くださいました」

「材料…、そうでしょう。薬草だって高騰している」


衛生兵が慎重に肯定する。たちどころに傷を治す薬に必要な材料など、それ自体も貴重であることは想像に難くない。


「しかし、不足したものがあるとのことで、申し訳ないのですが、今回の分はより足が早いようです。その点はご了承ください」




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(*´꒳`*)

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