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215 質疑応答

 ショノアは『魔王』探索の任務時に渡された通信用魔道具を思い出していた。宝石が嵌め込まれた豪奢な筒はふたつで一揃い。離れていても双方間で文書による連絡を可能にする。

もし、あれが王国中の要所に配されていれば、今回のような事態は避けられただろう。


 ショノアは詳しくないが、魔道具とは古代技術の遺産で、現在も作動する物は貴重だと聞く。しかし、ショノアに預けるくらいだから、王国で所有しているのが一組だけとは思えない。


(そういえば、あの筒はどうやって魔力の補充をしているのだろう? マルスェイに聞いてみても大丈夫か? 魔道具の存在は秘密ではないとして…、いや、でも俺が使い道を知っていることで想像はついてしまうから駄目か。別の切り口から聞くには…。今の彼に魔術の話は酷だろうか。いや、そんな気遣いをしたところで…)


ごちゃごちゃと考え、横目でマルスェイを見遣る。結果、口から出た質問は直球だった。


「マルスェイは魔道具について、どう考える?」

「藪から棒に、何だい?」

「何か…、そう…、今回のように王都の門戸が危機的状況でも外から、えっと、物資…は無理でも、あー、緊急の手紙が届けられれば、なんて考えて」

「夢のような話だな。宮廷魔術師団でも魔道具の研究はしているぞ。ただし、王城の宝物庫から出す許可が下りる物は限られているし、大概は壊れていて、うんともすんとも言わない謎の物体だ」

「分析は難しいのか」

「難解なんてものではない。ひとつとっても複雑な術式が何重にも絡んでいる。共通する式が見つかれば、起動のための術式だとか、ひとつくらいは判明するのではないかと踏んでいるのだがな…」

「そうか…。では複製品を作るなんて事は」

「現時点では、夢のまた夢だな」


「そうか…」と肩を落としたショノアは(それもそうか、俺が思いつくならばとっくに試されているよな)と小さく嘆息した。


「具体的に思い当たる節があるような口振りだな」


指摘されてドキリと肩を震わせたショノアに「隠し事が下手だな」とマルスェイが笑った。「んんっ」と喉を詰まらせ、咳払いをしたショノアは素知らぬ振りを通す。ニヤニヤとしたマルスェイの視線から逃げるように、目線を遠くに定めた。


「…魔道具とは魔力によって動くのだろう? その動力源はどうやって補充するのかと…素朴な疑問だ」

「町自体に組み込まれた物など、もの凄く優れた物は半永久的に力が巡るように構築しているらしいぞ。本当に、素晴らしい技術だよな」


陶然とした顔から一転、マルスェイの表情が抜け落ちる。


「私にはもう務まらないが…。王城の離れの塔に、大きく砕けた岩が埋め込まれた台座がある。それに触れることも我々魔術師団員の仕事だよ」


じっと己の手を見つめ「ははは」と渇いた笑い声を上げる。相変わらずマルスェイの感情の起伏は忙しそうだが、前のような興奮状態は見られず、すぐに落ち込んでしまう。


「触れる? それだけの仕事?」

「岩は魔力を溜める性質があり、触れると、何というか…、おそらく強制的に魔力が抜かれるのだろうな」

「抜かれる? 体に負担はないのか?」

「はははっ。ショノアは本当に誠実だな。立ち合った官吏は『効率的だ』と喜ぶだけで、こちらの体調など微塵も心配しなかったぞ」


 岩の利用方法は、脈々と伝え継がれてきたもの。偶然の産物なのか、はたまた岩の破壊によって致し方なくこの形になったのか、詳細は不明。

そんな奇岩に興味を示さない筈はなく、マルスェイはすぐさま許可を取って王城の古書を漁った。しかし、岩についての資料や記述を探し当てることはできず、本来の仕様は分からず終い。

それが明らかになれば、もっと使いようがあるのではと、期待を寄せていた物品管理の担当者も、残念がっていた。


「質問に答えるなら、そうだな、体が怠くなる、急激な眠気が襲う…といったところか。師匠方は疲労感が残って、きついかもしれないな。そこのところは、ちょっとしか触れない、など対策をしているだろうが」

「まるで、魔力の枯渇? とやらになった時のようだな」

「ああ、そうか。あの感覚も…。命を脅かさない程度で、そうされているのだろうな」


マルスェイが「そうか」「そう…」と神妙な顔つきになるが、軽く首を振って、続きを話し出した。


「それで、その岩から別の魔道具に魔力を供給することができるらしい」

「いいのか。俺に話しても…、その、守秘義務とか」

「台座の存在は秘密でもなんでもないだろう? 我々が担当するまでは、僅かずつでも溜めるために、広く使用人に触れさせていたというから」

「へぇ…。ということは魔術を使えるかどうかは別にして、魔力を持つ人はいるということか」

「そうなるな。もしかしたら貴殿に物凄い才があるかもしれないぞ?」

「冗談はやめてくれ」


ショノアは真面目くさった顔で、手をパタパタ振って否定する。仮に豊富な魔力があると判明したところで、ここにきて人生設計を変えるほど柔軟な考え方はできない。


「ちょうど話に出た塔が、あれだ」


マルスェイが指したのは、牢屋よりも奥まった所にある塔――だったもの、といった方がしっくりくる低い建物だった。


「ずいぶんと不便な場所にあるのだな。それに何というか…」

「ああ、外壁は修繕してあるが、大部分が失われていて、廃墟のようだからな。あの高さで、何故、塔と呼ぶのかは私も知らない。台座ごと動かせられればいいのだろうが、肝心の岩がかなり地中深くに達しているらしく、掘る途中で諦めたことがあるらしい」


扉の前には見張りの兵士が立っているので、遠目で眺めるだけにしておく。

官吏も魔力を与えに来る者も、ここまで来るのを嫌がるというが、納得の立地だ。牢屋の近くも通らなければならず、どことなく薄気味悪い。


王城は古代遺跡を活用しているので基礎の部分は同じ。半地下の牢屋も古代からそこにある。ならば、件の岩はポツンと離れた場所にあることからしても、中心的な役目とは想像しにくい。


「かなり頑丈そうだが、何の建物だったのだろう? 物見にしてはおかしな場所だし、弾薬庫というわけでもなさそうだし」

「内部は中央に台座、あとは外周に仕切り壁があって小部屋に…、というか鉄格子があるので檻だな。凶暴な獣でも飼っていたのか、他に考え得るのは、」

「檻?」

「これは、私の推論。岩は砕けていても魔力を溜められる。が、そのままでは徐々に抜けてしまうらしい。完璧な形であれば、魔力操作により魔物ですらもおとなしくさせられたのでは、と。確証は得ようがないので残念だが。台座の系から元の岩の高さを算出すると――」


マルスェイはいつまででも語っていられそうだ。外壁の石材や組み方に鉄格子の太さや幅に至る考証に、ショノアは取り敢えず相槌を打っておいた。


「魔道具はそれ自体、更に動くこと、その上で有用となれば至宝だからな。我々が興味本位であれこれいじって壊しては堪らんと、いつも監視が厳しいよ。急を要していたのか一度だけ、同時に魔道具が台座の上に置かれたことがあって。こう…装飾の美しい、筒型の」


ショノアがうわの空で考え事をしている内にマルスェイの話は塔の構造から魔道具に戻ってきていた。しかも、聞き捨てならない情報に。


「…へ、へぇ、そうか…」


あからさまに裏返ったショノアの相槌に、マルスェイが「ふむ」と考える素振りをする。


「ショノア、私からも魔道具について、少しばかり質問させてくれないか」

「質問? いや、俺に答えられるようなことなど…」

「大丈夫だ。ショノアは全てに対して『知らない』と答えてくれればいい。それを私が勝手に解釈するだけだ。心配せずとも、ショノアは何も秘密(ヽヽ)を明かしてなどいない。いいね?」

「待ってくれ。俺は、答えられないぞ」

「まあまあ、そう構えずとも。間諜と疑われた際の尋問の練習だとでも思え。『知らない』と返すだけだ。簡単だろう?」

「いや、でも…」


ショノアの了承を得ないまま、マルスェイは問いかける。


「先ず、ショノアは魔道具を目にした事があるか?」

「う…、知らない」

「なるほど。では次に、魔道具を使った事があるか?」

「し、知らない」

「ふむふむ。では、その魔道具は筒型で、二つ一組か?」

「…知らない」

「ほう…。その用途は通信か?」

「知ら、ない。…マルスェイ、もう許してくれ」

「協力に感謝するよ!」


マルスェイは良い笑顔で満足気だが、ショノアは胃がキリキリしだしている。


「実はな、台座で見た魔道具と似た筒を倉庫で発見したことがあるんだ。銀製だが、すっかり黒ずんでいた。対の物が複数組。少しずつ装飾が違う。良く見ればその装飾が領主家の紋であったり、地域の特色であったり。

その時は、使う相手を特定する道具なんて、さすが王宮ともなると違うな…と思っていたんだが。

だとしたら、なんで倉庫の奥に押し込まれているんだろうな…と。窪みはあるが宝石は嵌められていないから、作りかけに違いない。何か手違いがあったのなら銀を溶かしてしまうだろうに」


マルスェイの話から察するに、通信具を数用意する準備がされていた。ということは、魔道具の複製は可能だったのか。なぜ、中断されたのか。


「…魔道具として機能するように術式を刻める者など…、一人しか思い浮かばない」

「古い時代のものという可能性は? その技術が失われる前の」

「そんな歴史的価値がある物を、一介の魔術師が荷を取りに行くような倉庫に置きっ放しになどしないだろう。因みに、二代前の王の時代に戦の褒賞による叙爵で新設された家紋があったから、比較的新しいのは疑いようがない」

「そ、そうか…」


 作られるはずだった魔道具。それがお抱えの魔術師で可能ならば、研究の場を与えた甲斐もあるというもの。

宮廷魔術師団が結成された当初は、王城の書架も宝物庫の魔道具も、もっと貸出しが許可されていたことをマルスェイは思い出した。成果が出ないと知るや、あたりが強くなったのは気の所為ではない。


女王によって発案された宮廷魔術師団設立だが、賛同した臣下もいたということ。それは魔物の脅威が去った世で、攻撃の魔術などより余程、魔道具への期待と需要があったからではないか。


「モンアントから駿馬をリレー方式で飛ばしたとしても、王都までは日数が要る。国境で怪しい動向があった際に、それが使えれば…。確かにショノアの言う通り、とてつもなく有用な道具だ」


確信を持って話すマルスェイにショノアは返事ができない。二人の間に微妙な空気が漂う。



「――卿、リード卿!」


 遠くから呼ばれる声に顔を上げると、牢屋からは大分離れたが、依然としてあまり人の寄り付かない方面に駆けてくる従騎士が目に入る。


「こちらにいらっしゃいましたか。リード卿、お休みのところ申し訳ありませんが、至急いらしてほしい、と」


ショノアとマルスェイが目を合わせ「何だろう?」と首を傾げた。



お読みいただきありがとうございます (*^^)

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