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211 一緒にいよう

 火の最高位精霊は憤っていた。

争いを有利に運ぶ力として、挙って望まれた時期がある。

国が違うとか、思想が違うとか、暮らす土地が欲しいとか、報復だとか、そこにどんな理由や正義があろうとも、人同士の争いは精霊から見れば、等しく同士討ち。愚かな行為だ。契約した人を守る為ならいざ知らず、相手方の精霊もろとも消滅させる力を求められ、力を貸すのを止めた。争いの途中で急に精霊の助力がなくなれば、どうなるかは推して知るべし。精霊だって、一度は協力関係にあった相手の行く末に傷付く。

それから人とは距離を取った。下位の精霊にも求めに応じないよう、徒に力を貸さないよう、注意を促していた。


 それは遠の昔の話で、今生きている人が直接精霊に力を請うことも、契約を望むこともない。その(すべ)は失われてしまっている。

そうだとしても、精霊側から見れば関係がなく、同じく『人』でしかない。もしかしたら、ちょっと前のこと、くらいの感覚なのかもしれない。


人の暮らしの近くにいる火の精霊は、水や土の精霊に比べると格段に少ない。

誠実に火を崇めている鍛冶屋、火入れをしたら離れない実直な炭焼きの窯、大事に扱われていた竈など、見かけたら嬉しくなってしまうくらいだ。

今回のことで、火の最高位精霊が抱く心証はより悪くなったことだろう。共生など、望めないと。


「少し前に噴火があっただろう? あれは、狂わされた火の精霊が起こしたもの」


 土塊が撒かれたのは港から遠くない場所やせいぜい麓だったが、呪詛に触れた火の精霊は奪われる力を補おうと、あるいは上位の精霊に救いを求めて火口へ向かった。予めそういう行動を取るように狂わされたのかもしれない。


「間に合わなくて、助けられなかった」とサラドが下唇を噛む。

 

サラドは穢れに苦しんでいる精霊の保護を申し出て、島を沈めるのはもう少し待ってほしいと願った。如何に精霊のためとはいえども、大噴火が起きた際の被害を思えば見過ごすことはできない。


「それで、そいつの中にいたのか」

「あの時、湖から一緒に来てくれた水の精霊と、他にもたくさんの精霊が助けてくれて。それでも火の神殿を通じてここに出てくる時は息が止まるかとおもった」

「笑い事じゃねぇよ」


 桟橋に停めていた小さな舟は相変わらず、波に揺られてガタゴトと鳴っていた。日が落ちれば風向きが変わるだろう。


「暗くなる前に船まで着きそうか? もし、もう港に戻っているようでも、海の真ん中まで出れば、ノアラの転移で帰れるよな?」


船尾に就いたノアラがこくりと頷く。ディネウにシルエを降ろしてもらっても、目を覚ます様子はない。寒いのか、くの字に身を縮める。体の機能が働いている証拠で、安堵した。


 サラドはもう一度火山を振り返った。暫くの間、噴煙は細く長く続くだろう。人が上陸しないように。


火山島(ここ)に残らなくていいの? それに、本当はもう…」


 ランタンの中で寛いでいる火に、サラドが指先を近付けて問いかける。小鳥を象った火は頭部を傾けてグイグイと擦り付けて来た。


人に捕らわれ、精霊界に帰ることもできないくらいに弱っていた小さな火。

火の精霊にとって火山島は力の補充ができて、居心地の良い場所のはず。

しかも、最高位精霊の力を直接その身に受けたことで、かなり回復したに違いない。もうサラドの魔力を受ける必要も、窮屈なランタンの中にいる必要もないほどには。


会話だって可能なはずだが、照れ屋なのか、これまでのスキンシップが気に入ったのか、喋ろうとしてくれない。右に左に傾げた頭でじっとサラドを見ている。


小さく、本当に小さく


――一緒がいい


と聞こえたので、サラドも「オレの相棒でいてくれる?」と笑いかけた。ランタンの中で器用にクルッと回った火は、暖かい橙色に輝いて、忙しなく小鳥と蜥蜴の姿に変じ続けた。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「なぜ、私たちが窮屈な思いをしなければならないんだ」


 マルスェイが不平不満を口にした。


「移動時間を利用して尋問を行えばよいものを」

「言うな。余計に空気が重くなる」


ショノアだって、嘆息も愚痴も吐きたいのはやまやまだ。


 現在、ニナが御者をして繰る幌馬車に乗っているのは計九名。ショノアとセアラとマルスェイの他に、聖女を騙った三人組、それと先程、三名が加わった。


反撃や逃亡など、妙な気を起こさないように、ショノアは足の間に鞘ごとの剣を立て、右手は柄に置き、睨みを利かせている。


 六名の罪人は座面ではなく、床に座らされている。石畳で舗装された街道は、轍が残る田舎道に比べたら格段に快適である。しかし、床では車輪の振動が直接響く。

偽聖女三人組はぎゅむっと口を結んで、一言も喋らない。

後から加わった三名は、文句のひとつも言えない状態。


 確かに物資の運搬や、不測の事態にも対応可能にと馬車は余裕がある型にした。しかし、荷の箱が積み上がっているのと、捕縛された罪人の同乗とでは全く異なる。

気が抜けず、圧迫感もあり、息苦しい。

王都まではまだ距離があるのに、長い移動中ずっと居心地が悪いとは、最悪の気分だった。


「セアラは再開拓の地で祝福の祈祷という大役を立派に果たしたというのに、これでは体を休めることもできない。こんな仕打ち、あんまりではないか」


 セアラは背筋を伸ばして座り、薄く目を閉じて静かに祈っていた。急に話の矛先を向けられて、少しだけ目を上げる。眉が八の字に下がっているが、その表情はいつもの当惑ではない。「私を出しに使わないで」とでも言いたげで、マルスェイの言葉に肯定も否定も返さない。再び目を伏せて、黙々と祈り続ける。

その顔に浮かぶのは苦悶。ゴーストや骸骨の件も、神域の不浄も、セアラの心に重くのし掛かっているようだ。


「しかし、王都まで送り届けるよう、任されたのだから、責任がある…」

「貴殿は本当に真面目だよ」


 マルスェイは書類束を抱くように組んだ腕に頭を預けて、眠る姿勢を取った。しかし、寝付けないのか、しばらくすると小声で暗唱をはじめた。ショノアには繰り返される語のどこが始まりでどこが終わりなのかわからないが、時折、重いため息が挟まれるので、そこまでが一文なのだろう。


 衝撃的な事柄の連続に、理解の限界を超えていまい、ショノアの考える力は低下していた。報告書の草案をさらいたい欲求が湧くが、罪人らから目を離すことはできない。ショノアは直近のことから順に遡って思い出すことにした。

 


 今夜の宿へ道を急いでいた先頃、安全確認のために先行していた騎馬兵が引き返して来た際は、緊張が走った。

もたらされたのは、この先に、手足を縛られた上に、目隠しと猿轡までされた物々しい姿の人が放置されているということ。


王子には護衛も、兵士も随行しているというのに、何故か確認に向かうよう、ショノアに命令が下された。断れるはずもなく、ショノアとニナの二人が、徒歩でその場に向かった。


 侍従や文官、使用人を伴った王子一行の列は長い。黒塗りの立派な馬車の横を通り過ぎようとした際、小窓に敷かれたカーテンの隙間から鋭い視線を受けた。畏縮して、動きが鈍りそうなほどの威圧感。ニナは普段から気を張っているが、その比ではない様子だった。

不敬にならないように、ショノアがこっそりとその視線の主を確認しようとした時に「父上?」という声が微かに聞こえて、カーテンの隙間が閉じた。あの視線が王配のものであれば、ニナの異常なほどの緊張も頷ける。


王配と謁見する機会などショノアにはそうそうない。王宮の警護をしていて遠目に見るのが殆ど。

女王を支える王配は何をするにも手抜かりのない人物という印象。人の上に立つのだから、それだけではないのだろうが、温厚な人柄に見えていた。仲睦まじい女王と王配は王宮の自慢でもあった。

だからこそ、聖都でも、移住地でも、威厳とは違う様相にショノアは些細な違和感を覚えていた。



 確かに道のど真ん中を塞ぐようにして腰掛けている者がいる。

中年の男、同じく女、そして西の隣国の兵士らしき男という組み合わせだった。


すぐ目に付く場所に書き付けがあり、その内容は『偽聖女らと同じ、善く善く取調べを行い、厳しい裁き』を、とのことだった。当然のように、その者達の護送もすることになり、道脇まで下がらせて、王子の馬車列を見送ってから、幌馬車に乗せたところだ。我が身に何が起きているのか、どこへ連行されるのか、戦々恐々としているのが見て取れた。


 正に、馬車に載せられた(ヽヽヽヽヽ)という態の、三人の見た目が強烈だったのか、「まだ罪も確定していないのに、この扱いはどうなのか」とセアラが気にした。

手足の縛めは解けないが、目隠しと猿轡は外したところ、中年の女と男は「不当だ」「説明しろ」と喚き散らし、隣国の兵士らしき男は取り乱して、大変だった。これでは舌を噛む危険があると、仕方なく猿轡も目隠しも元に戻した。


 馬車に乗り込んですぐの頃、セアラの清廉さと慈悲深さにつけ込むように、偽聖女が「懺悔を聞いてほしい」と訴え出した。自らの罪を少しでも軽くしようと考えたのかもしれない。

それを遮ったのはマルスェイだ。

「然るべき所へ移送されれば、正式に神官が派遣され、そこで懺悔を聞いてくださいます。それまでは黙しているように」と。


「迂闊な発言はその身に不利に働く場合もありますよ? よぅく、考えた方が良いです」


鋭利な印象を与えるマルスェイが口元だけで微笑めば迫力がある。それ以降、偽聖女はおとなしくしている。



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