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21 山林の町と吟遊詩人

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 ショノアは広場を警ら中の衛兵を捕まえ吟遊詩人と詩の事情を問い質した。衛兵はお互いに顔を見合わせている。


「いや、なに、ちょっと興味を惹かれただけだ。個人的な研鑽の旅ゆえそちらには一切迷惑はかけない」


ショノアは剣の紋章を示しつつ気安く見えるように笑みを浮かべる。


「…。あの詩は魔物との戦いの勇猛さが主な内容ですが、聖都との遺恨もありますから町の者は無用な諍いの種となるので避けたいんですよ」

「聖都との遺恨?」


 衛兵の話によると、十数年前に街道沿いに突如多くの魔物が現れた時のこと。

颯爽と現れた剣士と魔術師の圧倒的な攻撃力と鮮やかな手腕で魔物は一掃され、怪我を負った者も治癒士によって助けられたというのが詩の内容だという。

 実際に魔物は傭兵団とやたら強い大剣使いと魔術師によって倒された。怪我人も治癒された。美しかった街道が大幅な修繕が必要な程に崩れ、血生臭い惨状となった。その裏で起こったのが聖都による裏切りともいえる行為だ。

聖都の神殿は古代遺跡で結界と防御術によって守られている。当時、町の者はせめて子供だけでも神殿に匿ってもらおうと傭兵に護衛してもらい聖都に向かった。だが、神殿はおろか、聖都の街門は堅く閉ざされ助けてはもらえなかったのだという。

その時ばかりでなく、王国中に疫病が蔓延しかけた時も同じく門を閉じ一切の出入りが禁じられた。神殿としては特別な祈りを捧げるため必要な措置だったというのだが人々の不信、不満は広がった。

 それでも聖都の機嫌を損ねるのは正直怖い。この町は聖都に向かう観光客による収入も多いため、あからさまな対立は避けたいのが本音だという。林業が主な産業の町として、復興で増えた木材の特需が落ち着きつつある今その傾向は顕著だそうだ。

また十年を迎えるにあたって観光客が増えているのも一因で、吟遊詩人はあの詩を歌えば町の者が金を出すのを知っていてわざと観光客の前で地元だからと歌い出すのだという。


 怒濤の勢いで大剣を捌く剣士、雷を呼ぶ神出鬼没の魔術師、瀕死の怪我をも癒やす奇蹟の治癒士。

この三名は同時だったり、個別にだったり、吟遊詩人の〝夜明けの日〟にいたる一連の詩に何度となく登場する。

そのうちの剣士が『最強の傭兵』と呼ばれる男なのは公然の秘密のようなものだ。

ショノアは粗野な振る舞いの男を思い出して眉を顰めた。


「そんなことが…。それにしたって取り締まったりしないのか」

「何か大きな違反をしているわけでもありませんので…」


 ショノアが昨日二件の捕り物に関わったことを告げると衛兵は苦い顔をした。この町の現状も報告書に記載しておくべきか、と思案する。


「観光客が増える分、カモにする小悪党が増えているのも否めません。出入りが激しくちょっと何かしてはすぐ姿を暗ますのも厄介で」


衛兵はショノアに頭を下げ、警らに戻って行った。


 歌い終え、前奏曲を掻き鳴らし続ける吟遊詩人に近寄りショノアは硬貨を差し出した。営業用とわかる笑みの張り付いた顔が上げられ、値踏みをするような目が細められた。


「そうだな…。英雄たちを表した詩などはないだろうか」


硬化を受け取りかけた吟遊詩人は手を引っ込め首をゆるゆると振った。


「申し訳ありませんが、そのような詩は消え去りました。その名や容姿を詳しく表現することは禁じられたのです」

「何故だ?」

「当時それで英雄たちの活動が妨げられたためだとか。悪いのは周知の詩を利用して悪用した者なのに。抹殺された素晴らしい詩の数々、嘆かわしいことです」

「禁止の通達をした陛下の采配は間違っていると?」

「とんでもありません。ただ同じ吟遊詩人として詩やその歌い手が悪者にされ、その表現を封殺された悲しみに胸が詰まされるだけです。あなたもその詩を聴きたかったと思うのでしょう?」

「まあ、それはそうだが…」


会話をしながらも曲を奏で続けていた指が止まった。ここで漸くショノアが腰に差した剣の紋章に気付いた吟遊詩人はサッと腰を上げると役者のような礼をして広場を去った。その逃げの早さには脱帽する。



 神殿に着いたショノアは迎えに来るまでゆっくりするといいとセアラに告げ、情報収集に町中へ戻って行った。その背中は後ろ暗さと重荷を置いたような安堵感が綯い交ぜになっている。


「聖都は…全ての神官の憧れではないのでしょうか…」


セアラの呟きはショノアには届かず町の喧騒にかき消された。

神殿内に入ると礼拝所には巡礼中の神官、見習いの他にもたくさんの観光客と思われる人も祈りを捧げていた。

端の方を陣取って手を組むまではしたが、人目が気になりセアラは全く集中できなかった。

自意識過剰なのはわかっている、昨夜のせいで過敏になっているだけなのも。それでも怖いという感情が体全体を覆い尽くしてしまう。目の端に溜まる涙に耐え、引きつく喉から祈りの言葉を絞り出そうとするが無理だった。カタカタと震える手をぎゅっと組み、祈りの姿勢を取りながらもずっと自問自答を繰り返した。


 その夜は宿を変え、四人ひと部屋を選択した。ニナは不満そうだが、わざわざ文句は口にしない。


「ごめんなさい。私、迷惑をかけてばかりで…」

「あれは君のせいではない。改善点はあるが気にする必要はない」


ショノアは宥めたが、セアラはずっと人目に脅えている。このままでは先が思い遣られる。


「強くなってもらわないと…」


ぽつりと零れた呟きにセアラの肩が震えた。

食堂を避けるため許可をもらって料理を持ち出したサラドが部屋に運び入れた。セアラの様子に顔を陰らす。


「聞き込みをした限り『魔』を思わせるものはなかったな。犯罪が増えているのは憂慮することだが」

「同じく」

「こちらも同じですね。自警団にも話を聞いてきましたが特にそういったものはなく、近隣の村でも…」

「自警団? そんなものがあるのか? いや、それよりも村まで行っただと?」

「いえ、村はすぐ近い所だけ。自警団はこの町と周辺の村の有志です。街道の様子を聞きたくて」


セアラは殆ど食事に口をつけていなかった。


「…聖都へはどうしますか?」

「相当厳しい道と聞くと、馬車に変えた方がいいだろうな」

「…セアラはどうしたい?」

「わ、私は…」


一時的かもしれないがセアラは人の視線に酷く怯えている。この状態で乗合い馬車は精神的に苦しいのではないだろうか。このまま聖都に入るのも。

少なくともこの先の巡礼路は進む人が少ないためたくさんの人目に晒されることはない。険しい道を進むことで心を無にせざるを得ないこともあり、今は返って都合が良いのではないだろうか。


「セアラも意見を言っていいんだよ。ねえ、そうですよね? ショノアさま」

「もちろんだ」

「私、この道なりで祈りを捧げて、とても充足感があって、それで…、道は険しいと聞きましたが、その、できれば行ってみたいです…」

「じゃあ、行きましょう」


間髪入れずにサラドが力強く言った。


「ニナは身軽だし身体能力的には問題なさそうです。ショノアさまは装備がやや重くきついと感じるかもしれませんが、良い鍛錬になります。セアラのことは補助します。皆にとって良い経験になりますよ。景色も美しいです。噂の調査は進展できないかもしれませんが、霊峰といわれる山で何かしらの異変を感じれば、立派な調査になるでしょうし、何もなければ安心できます」

「…わかった。では山道に進もう」


 明日からの予定が決まり就寝する前にサラドはセアラを少しだけ散歩に誘った。


「昼間は一緒にいられなくてごめんな。この町の滞在期間を少なくするためにも、なるべく早く情報を集めたくて」


サラドは遠慮がちにセアラの手を取ると小さな包みを握らせた。ふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。


「セアラは甘い物が好きみたいだし。甘い樹液を使ったお菓子なんだ。この町で売っているのよりも村で作られる方のが美味しくて…」

「…私のために…?」

「いや、そんな大層なことじゃなくて…うん…ゆっくりでいいから。元気になるように」


数種の木の実を甘い樹液で固めた菓子は山で作業する者が非常食として持参したり、冬の保存食として作り置くもので非常に歯応えがある。町では菓子として土産物としても売られているが、使う木の実は安定して採れるもので種類は少ない。村で作るものは菓子というような位置づけではないが、その時々に採れるもので種類も数も変わり味も深みがある。それを分けてもらってきたのだが、セアラにだけでは贔屓しているようにもなるため、サラドはニナにも彼女に合いそうな、口に含むと溶けるような菓子を渡して嫌そうな顔を向けられていた。そんなことなど露知らず、セアラは今日はじめての笑顔を見せた。


 翌朝、町を出発する前にショノアは山越え用に雨にも強い素材のマントをショノアとセアラとニナの三名分購入した。質の良いものは値が張るが、それが体を守るものなら必要な出費である。

マントについたフードで顔も見えにくくなるとセアラは少し落ち着いたようなほっとした顔をしていた。苔色のマントは首のところをリボンで結んで閉めるようになっていて裾にいくにつれ広がりがありシンプルでありながら可愛らしくもある。

ニナは濃い茶色の地味なもの、ショノアは紺色で直線的かつ釦で趣向を凝らしたものを選んだ。


 町から巡礼路の山道に戻るのはゆるやかながらも登りで少々の距離がある。

昼前には岐路の家屋に着いた。台の枯れた供花を片付け一休みし、セアラが祈りを捧げるのを待って山道へと歩を進めた。


 整地された道ではなく自然と踏み固められたことで草が生えにくくなっている。途中崖を登るような箇所や、先人がどうにかしてくりぬいた穴をくぐり抜けて道は続く。

どうしても越えられない所はサラドがセアラと互いを縛って背負い、彼女を下ろしてから再び戻って荷を担ぐことで乗り越えた。

セアラは「これは狡では」と気にしたがサラドは「いいの、いいの」と笑った。

険しい道を越えるのは確かに修行ではあるが、本人が得るものがあれば方法はどうであれ良いのでは、と語るサラドにセアラは感謝して、せめて負担が軽くなるように首にしっかりと腕を回してしがみついた。

 小屋は本当に雨風を凌ぐだけのものでしかなかった。

所々にある祈りの台ともいえないような石の前でもセアラはきっちり両膝をつく。

山の峰を通る時は体の両側に何もなく、風でふらつけばたちまち谷底へ落ちる恐怖を味わう。

だがそこから見下ろす世界は何処までも青く、夕暮れには刻々と移り変わる色彩が筆舌に尽くし難い美しさだった。宵には星に手が届きそうだと思えた。

急な雷雨で動けなくなることもあったが、そういうときは体温が下がらないように気を付けながら休憩だと思うことにして焦燥感を拭い去る。雨雲はあっという間に去り嘘のように晴れることも多い。

難所を越える度にセアラにもだんだん笑顔が戻ってきた。

 

野宿も交え、あと最後から二番目の宿場へ少しというところでサラドがピリピリとした緊張感を滾らせ警戒を促した。


(――来る!)



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