表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/280

208 火山島へ

 ザブン、と舟が一際大きく揺れて、ディネウが頭から水を被った。もし、転覆でもして冬の海に投げ出されたら、瞬く間に心臓が縮み上がるだろう。


「いい加減にしろよ、シルエ」


気の弱い者なら卒倒しそうなドスの効いた声にもシルエはケラケラと笑い返す。さぞ険しい顔をしているかと思いきや、ディネウの顔周りで光が乱反射しているため、ぼやけて凄みが足りない。


「なんか、思い出すなぁ。ボロだったけど、帆もあったし、あの時の船の方がまだマシだったね。もっとも海は大荒れだったけど」


 ひとしきり笑ったシルエは、急に真顔になり、天に真っ直ぐ腕を突き出した。小舟ごと包み込む球形の防御が展開し、微かに、パチパチと砂が弾かれる音がする。ディネウは無言で仮面を外すと、シルエにそれを投げ渡した。ブルブルと頭を振って髪を乱暴に掻き上げる。


「あー、もっと丁寧に扱ってよ。もう…」


ディネウは不満そうな声を上げるシルエをひと睨みすると、流れるように視線を後方に投げた。問うような眼差しを受け、ノアラはふるふると小さく首を横に振り、最後に傾げる。


「…で、そっちの首尾はどうだったんだ? あっ、と待て。シルエは喋るな。お前だと主観がズレそうだ。ノアラ、頼む」

「えっ、ヒドい」


言葉とは裏腹に、これっぽっちも気にした様子もなく、シルエは懐に魔道具の仮面をしまうと、舟の中央付近にストンと座った。


「土の神殿付近は、」

「あー、待って。その前に。ノアラ、やっちゃって」


 ノアラの報告を遮り、シルエが前方に向けて手を一振りする。船尾に座ったノアラはこくりと頷き、軽く身を乗り出して水面スレスレに手の平を翳した。放たれた水撃術の反動で舟がギュンと前進する。


「ぬ、おっ」


水流の抵抗力で急激に重くなった櫂を引き上げ、船底に寝かせると、ディネウは船首に移動した。勢いのあまり持ち上がっていた船首が一度跳ねるように水面を打つ。

目指す火山島を見据え、舵取りを示すディネウの手元に注視し、ノアラは術を連打した。海上を滑るように舟はグングンと推進する。


 ノアラは簡潔に事の経緯を述べた。


「じゃあ、その駒にされた憐れなヤツらは道端に置き去りにして来たのか」


ノアラがこくりと頷く。


「隣国の兵士も?」


一拍の間を置いて、ノアラは弱々しく頷いた。


「大丈夫だよ。(じき)に、あのサラドを下男扱いした(ショノア)の馬車が通るから。王子の大所帯も一緒だから、ノアラの目測よりもやや進みが遅かったみたいでね。走り書きだけど、概要を書付けたし。それこそ王子がいるんだから、外交は専門でしょ。お任せした方がいいかなって。これで、国の内外に注意喚起をする…ん? するよね? …しなきゃ、危機管理能力なさ過ぎだよね?」


報告中は口を挟まずにいたシルエが、悄気げた様子のノアラに代わって弁明した。その途中で国の対応に一抹の不安を覚える。


「西の隣国は、なんだかんだとちょっかいを出してくるからな。穏便に収まるといいが」

「すまない。土塊と金貨を取り上げたら、国境まで追い返すべきだった」

「いや、取調べは受けさせた方がいい」

「そうそう。問題が王国内に留まらないってことでもあるし。森の不思議(ヽヽヽ)に会っておしまい、なんて生易しいことじゃダメでしょ。解放なんかしたら、この先も行方不明になる人が後を絶たなくなる」


国境付近での不審行為。王都を襲う魔物問題も無関係ではないことは自明の理、調査と対策に乗り出すだろう。この先、怪しい依頼を安易に引き受ける者が減るだけでも御の字だ。


「噴火のお陰って言っていいのか。土塊を持った人間がこれ以上、渡島することはないが…。港に戻ったら、採掘員をまとめているヤツに話をつけておかねぇとな」


火砕流の赤い色が映える不気味な黒い島影にディネウはじっと目を凝らした。サラドがいる証が何か見えないか、と。


「ねぇ、まさか、港町からこの舟で来たの?」

「んなわけねぇだろ」


「そりゃ、そうだよね~。誰にも相手にされなくて、自棄になったのかと思った」と笑うシルエに、ディネウはちっと舌打ちする。


「じゃあ、あの船で? 錨を下ろして待っていてくれてるなんて律儀だねぇ」

「あ? 碇泊しているのか? 港に戻れって言ったんだがな…。噴火したんで、これ以上は巻き込めないし、俺だけ降ろしてもらったんだ」


シルエとノアラが転移して来た時には存在感のあった船も今はその影が遠く霞む。その逆に火山島は裾野の緑もクッキリとしてきた。


「へぇ、なら早く帰ってあげないとね。ノアラ、速度上げて」


さらにグンと加速した舟に、ディネウは思わず仰け反るが、直ぐに体勢を整えた。小さな舟は速度が付きすぎて時折浮いている。


「シルエ…ありがとう」

「んー、何? 突然」

「村を去る時の…、目眩ましの光ではなく、浄化」

「べっつに。あのまま放っとくのは魔力の特質上、僕自身が気持ち悪くて仕方ないだけ。あとは…まぁ、ちょっとは、うん…、ほーんのちょっとは僕も悪かったかな、っていうのもあるし。でも、さ、本当に撒くとは思わないじゃん?」

「んなこと言って。浄化は最初からするつもりだったんだろ。それなら、ぐだぐだ言ってねぇでパパッとやりゃいいものを…。うんと恩を売れるだろ」

「え? ヤだよ。有益だと知ったら、何を強請ってくるかわからないじゃん」


シルエは心底嫌そうに顔を顰めた。出身地の村に奉仕するのは当然という顔をされるのが目に見える。シルエはジルやマーサのようにはなれない。


「サラドが村と無関係なら、僕も無関係。縁なんてない。そこのところを勘違いされたら困るからね。それに、村長らと会ったのは完全に予定外」

「シルエは〝夜明けの日〟以降、村に帰ってなかったからな。まさか浄化や祝福ができる奇蹟の使い手に成長したとは思ってもいない、か。『神から見限られた』なんて宣言されたら、ビビっているだろうな」

「村を結界から除外したのは、本当に風の最高位精霊の意思?」


ノアラが窺うように聞く。


「んー? わからない。『人のことは人に任す』って言っていたのは本当だよ」


 シルエには精霊と人の仲立ちなどできない。次、山頂に赴いたところで、風の精霊の姿はおろか声も聞かせてはもらえないだろう。村人が不安に苛まれるような言い回しを選んだのは、意趣返しであって、実情を話す必要はない。


 北の霊峰と湖が神域と崇められるのは水気を生む故であるのと同様に、風の祭壇への入口が設けられた山は、良き風の通り道。もともと強い風気は最高位精霊が姿を見せたことで、より濃密になった。しかし、湖心からおおよそ一定の距離分が神域である湖畔と違って、その範囲は曖昧だ。麓でも強い場所と弱い場所があるように感じられる。


「僕の力じゃ結界は山まで。あと森の一部も、とは思ったけど、それは山を下りてから改めて張るつもりだった。風の最高位精霊が助力してくれたこともだけど、山頂の祭壇跡地が聖域化するなんて思いもしなかったよ。

だから、僕の力が及ばないところ…、正直、風の庇護範囲がどこまでか、実際に歩き回ってみないとわからないんだよね。ただ、広がっていく様は、こう、きれいな円形ではなかったな。

村が範囲外なのは、うん、力を届ける風の精霊が意図して避けたのか、一気に穢れが浸透したせいか、ノアラの反発の術の影響もあるのか…」

「相殺したってことか」


ノアラは僅かに顔色を悪くしたが、ディネウが「ノアラの対処は最善だ」と言い切る。


「そうだよ。ノアラの術で弾かれて、浄化が(さまた)げられたのなら、僕の防御を破れるし無効化するってことだよ? あれ? もしかして、僕、また負けた?」


その可能性に思い至ったシルエは、じわじわと衝撃を受けているらしく、「はー…、悔しい」と項垂れる。ノアラは空いている方の手を激しく振って否定した。


「…。ノアラも土の最高位精霊に会えたのか?」


 落ち込むシルエは放っておいて、ディネウが問う。水の最高位精霊に次いで風の最高位精霊がこの世界に姿を送ったということは、大きな力が動き、均衡が乱れる恐れもある。


「否。声だけ賜った。シルエが家の周辺に防御をかけてくれたし、サラドの幻術も加わって、迷いの術も強化されている。不可侵の森に進入する者はいなかった。

森の外周であの兵士を捕まえた他は、罠の術に触れて朽ちかけたアンデッドが一体、穢れの影響が出て煤けた箇所が一つ、それだけ。…祠の先に進むまでもなかった」


ノアラは少し残念そうに眉間に皺を寄せ、首を振る。風の最高位精霊に(まみ)え、且つその力に触れたというシルエを羨ましそうに見た。


「…土の神殿入口も、聖域化できるだろうか」

「僕が結界を張るまでもなく、あの森は完全防備の状態じゃん。でも、まぁ…、土の最高位精霊がそれを望んで、力を貸してくれれば、可能?」


不可侵の森にある地下遺跡は、土の神殿。祭壇は元々あったと思われる場所から更に地中深くに沈んでいる。土の精霊が移動させ、入口も塞いだという。思い入れのある場所を守るために。


「サラドは口添えしてくれるだろうか」

「アイツはなぁ…。俺たちと違って、最高位精霊に呼びかけ、力を求めるなんてって遠慮しそうだよな」

「それだけ、次元の違う存在」

「大丈夫じゃない? 精霊にとっても悪い話じゃないんだし」

「その昔、人は、土の祭壇がある地を戦の血で穢し、打ち捨てたっていうからな。それが史実にも残っていない遥か前のことで、俺たちはその『人』とは違うと主張しようが、精霊にしてみれば同じだろうからな。不干渉を決めた地を再び、特別な場所としたい、なんて都合…、精霊に利があるのか、どうか」


 地の最高位精霊に邂逅した過去を思い出し、ディネウが身震いする。その蟠りを、決して激昂することなく淡々と語った最高位精霊。一朝一夕では信頼を得られなかった。不動の圧は骨身に染みている。


「んー…。そんなに難しく考えなくても良くない? 祭壇まで行かずとも声を届けてもらえるなんて、ノアラこそ、信頼されているんじゃない? 案外、願えば応じてくれるかもよ」

「そんなに軽く…」

「まぁ、帰ってからまた話そう、サラドも交えて。ほら、もう、島に着くよ」


 火山島唯一の港と居住区が目前に迫っている。ノアラは術の出力を調整し、舟の速度を緩めていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ