表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
207/280

207 早く言ってよ!

 旅立ちの直前まで奇蹟の力を隠していたシルエに対し、ノアラが魔術を使えることは村の殆どの者に知られていた。だが、彼の実力が如何ほどかは把握されていない。それどころか「対魔物観点では、さして役に立たない」という評価だった。


『魔術』という不可思議な力に、やたら壮大な要望を出す、理論を無視した内容にジルが「できるわけなかろう」と一笑に付す、というやり取りは何度となく繰り返された。結果、魔術はちょっとした『脅し』程度の威力しかないという認識に至った。

魔物に接近することなく追い払えるのは便利で、年老いてなお戦力になるのは凄い。だが「時間と労力に対し、効果の範囲は狭く、つまらない」と。

事実としては、ただ追い返していたわけではない。村に近い場所で戦闘に入れば他の魔物を引き寄せる恐れがあるため、影響が少なくなる場所まで誘導するのが第一目標、できればその間に体力を削ぐ、その先で有志の者たちと倒す。経験に裏打ちされた戦闘技術であることを知ろうとしない者も多い。


ジルが『何でもないこと』のように魔術を使い、その反面で『大それたこと』はキッパリと否定する。その過程もあり、ノアラがその才を開花させても、過剰に警戒されることはなかった。


 人や物を傷付けることを厭うノアラは攻撃が主の魔術を人前で使いたがらず、そもそも人見知りですぐに隠れてしまう。同年代の子供に「火を出してみろ」と絡まれた時は首を横に振り、とりあえず逃げた。

ノアラの評価を決定付けたのは、楽をしようと目論んだ者に「池を掘れたなら、耕すこともできるだろう」と無理強いされ、畑に大穴を空けた時。見ていた者に「盛大な失敗だ」と大笑いされた。

畝を作るように土を盛り上げられなかったのは、まだ魔力制御が不安定なうえ、見られていることで緊張したのが大きい。本来であれば術としてはほぼ成功なのだ。攻撃術の威力を小さく、繊細に発動するのは難しい。

もちろん、そんなことは理解されないし、何を言われようとノアラも反論しなかった。文句を垂れ詰る相手の気が済むまで、ただ黙って待つだけ。

その失敗(ヽヽ)に加え、ジルが使う風の術は扱えないことで、ノアラの能力は「魔物も追い払えない程度」と決めつけられた。


 村人のノアラに対する印象はその頃のまま止まっている。しかし、シルエの口ぶりでは、火事の被害をいち早く止めたのはノアラの魔術によるもの。しかし、その姿を目にした者はなく――


「…ノアラは大したもんだよ。全く。火消しだけじゃなくて、土塊(アレ)が置かれたと思しき場所を、攻撃を吸収する術を使って囲い、魔力を反転させて穢れが染みないようにもしてあるなんてさ。短時間で、よくもまあ、そこまで…」


 感服というよりも呆れに近い表情と声音。それでも最大限に褒められているのがわかるので、ノアラの口角がほんのりと上がる。への字がまっすぐに、という程度だが。


「でも、それだけの対処をしても、土地に穢れが触れたことは覆せない。呪詛の種が芽吹くのも時間の問題だろうね」

「だから、シルエに浄化を…」

「浄化…ねぇ。先程、極大に放った光もこの村には影を落とした。…わかるだろう? もう見限られたんだ。ツケを払う気もないのだから、後は皆さんで頑張って、としか言えないな」


 村人たちの態度、過去のあれこれは、不安因子や懸念事項が余りにも多くて心に余裕がなかったため。世が平定すれば少しずつ閉鎖的だった村にも変化がある、なんて甘い期待…したところで無駄。それを再確認したに過ぎない。

シルエは(そもそも僕は期待なんかしてないけど)と心中で考えを打ち払った。


「…が、残念がる…」


消え入るくらいの小声でノアラが呟く。シルエは敢えて答えない。


「浄化? これをなんとかできるのか?」

「見限るって…、一体、何のことだ? この村はどうなる?」


村長らが漏らした不安の声は、村の中心部から駆けてくる「大変だ!」という叫び声に遮られた。


「一部の水路が突然消えた! 川との中継点の池もだ! 水がどんどん濁って…、酷い臭いが村中に」


 村長がひたとノアラの方を見た。その口が何事か言葉を出しかけた時、ズズン、とまた地響きがあり大地が揺れた。舌を噛みそうになって村長が「うっ」と呻く。

それほど大きな揺れでもないが、ジビジビとした余震は長い。

村はたちまち、ちょっとした恐慌状態になった。神のおわす山に彩雲という吉凶が出たのに、立て続けに起こる禍事に。


「ねぇ、ノアラ、また何かしたの?」


シルエがコソッと耳打ちする。


「いや、これは自然の地震だ。おそらく、噴火の影響によるもの。地の最高位精霊が、火は噴火を起こして、穢れを取り除く気ではないかと。地を伝う震動にその兆候が現れている、と」

「ばっ、そんな大事なこと、どうして黙ってるかな?! こんな所で油売ってる場合じゃない、早く行かなきゃ!」


 威厳も慈愛もかなぐり捨てて、シルエは素で叫ぶなり、捕縛対象とした夫婦の襟首をむんずと掴む。


目配せから正しく次の行動を汲んだノアラの転移術が展開するのと、シルエが杖の石突を地に立てるのはほぼ同時。網膜を焼くほどの眩い光に薄紫色の光が混じるのを感じ取れた者はいない。

「イヤァ」という妻の悲鳴が残響となった。



 光が収まって漸く村人たちは二人と夫婦の姿が忽然と消えていることに気付いた。


「今の光は…、今度は何だ」

「温かい。それに臭くないぞ?」

「ポカポカして、お日さまが近付いてきたみたいだった」


年配者の緊迫した声と若者の疑問の声と子供のはしゃぐ声が入り交じる。


「すごい! まるで吟遊詩人の歌みたいだ。一瞬でいなくなるなんて」

「それに、ホラ、見て。光がキラキラ降ってくるみたいだ」


〝夜明けの日〟後生まれの子供が感嘆の声を上げた。

腐臭を放っていた畑の上で、閃く光が滞留している様は、舞い降るかのよう。人々が注目する中、光は空に溶けていく。

その光景を目にした子供が大人たちの気まずい雰囲気などどこ吹く風と、歌の一節を口ずさむ。それに他の子供も声を合わせた。


 山のような身の丈の魔物ですら大剣の一閃で斬り捨て、傭兵軍の陣頭指揮に立てば、どんなに不利な状況も覆し勝利に導く、剣士。


 様々な自然の力を意のままに操り、数多の魔物をも一瞬で屠り去る雷を呼ぶ、しかしその姿は神出鬼没で謎に包まれている、魔術師。


 怪我であろうと病であろうとたちどころに癒す光、魔物から町を守る強固な防御陣、人が住める環境を取り戻す浄化、真の奇蹟を起こす、治癒士。


 きゃっきゃと騒ぐ歌声は無邪気で楽しそうだ。世界を救った英雄の活躍は幼い子供の憧れ、そのもの。

辺鄙な田舎の村には吟遊詩人など滅多に訪れない。せいぜい近隣の村合同で行う祭りの時くらいだ。


 サラドたちが旅立って以後、村でも魔物や災害が徐々に増え、村に至る道の危険度も増した。その頃には薬師マーサを訪問していた行商人の足も遠退いており、他村よりも豊富だった物資も手に入らなくなった。それは情報も同じ事。

もっともっと悲惨な目に遭っている場所があり、終末が迫っていると囁かれる。日増しに世が暗く沈む中で、一筋の光明となった英雄の歌も、この村まで届くことは滅多になかった。


 やっと日常が戻りかけた頃になって耳にした〝夜明け〟をもたらす英雄譚。吟遊詩人の詩は誇張も大きいだろうがまるきり嘘ということでもない。


「ま…さか…」


 英雄の組み合わせの妙に今更気付いた年配者がポツリと零す。そして、愉快な余興と聞き流していた詩にはもう一人、英雄が存在しなかったか、と思い至る。村長も「信じたくない」とゆるゆると首を振った。


 村を『見限った』のは誰のことを指すのか…




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 大海原に浮かぶ一艘の舟は、木の葉のようで頼りない。

船首は火山島を指し、底の見えぬ重い色をした水に櫂が沈む。上半身を後傾させ、腕を胸に引き付ける、また手を伸して前傾…繰り返す動き。ギィ、バシャ、と木と水とが規則的な律動を刻む。


 火山島の頂上からは濃い灰色の噴煙がモクモクと昇っている。

噴煙はディネウが港町に着いた時点で観測されていた。採掘員は全員引き揚げ、避難は終了しているとのことだった。しかし、話を聞けば、島へ向かった人数と帰ってきた人数が合わないらしい。以前の交代の時にも一人行方不明になっているとのことだった。島で捜索はしたが、危険な地域までは範囲を広げられないし、海に投げ出されたとなれば、もう見つけるのは不可能。


 噴火の兆候があるのに出航してくれる奇特な船はない。半ば脅しに近い説得を経て、ディネウは船上の人となり、沖に出た。火山島の黒い影はみるみる大きくなる。順調に見えたが、そこで中規模の噴火が起きた。


「助かった。無理言って悪かったな。この先は一人で行く。俺に構わず、港に戻ってくれ。帰ったら相応の礼はする」


 ディネウは自信満々で、帰って来られないとは微塵も感じさせない。船の持ち主も船員も最後まで引き留めようとしたが、救難用の小舟を海面に降ろしてくれた。


 それから、どれほど波と櫂と格闘したか。

漕げども漕げども舟は進んでいるのか流されているのかもわからない。目指す火山島に近付いているようには見えなかった。


「くっそ、これ、進んでいるのか?」


 思わず弱音が漏れた時、耳介に付けた魔道具がリンリンと来訪を告げ、櫂を操る動きが乱れる。


「待て! 今は――」


制止する声にも関わらず、背後で薄紫色の光が掠める。


「待ったなーい」


 緊張感の欠片もない声が次第に大きくなり、ドンとした重みが舟底に一気にかかり、大きく揺れる。ディネウは揺れに合わせて体の重心をずらし、転覆しないようにした。


「だっさ。まだ島にも着いていないとか、笑える」

「シルエ、てめぇ…」


仁王立ちで、あはは、と笑うシルエは、片足ずつに体重を傾け、態と船を揺らした。ジャブン、ジャブンと水音が海上を賑やかす。ノアラはスッと船尾近くに座った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ