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194 シルエの思い出 旅のはじまり ②シルエの行方

 小石や砂がパラリパラリと落ちて、カツッ、コロコロと転がる。その小さな音までもが良く響いた。


「い、痛てて…。これは骨が折れたな」


 頭上に空いた穴から落ちた。これは間違いようのない事実。なぜあの小さな穴から落ちるようなことになったのかは、いじめっ子を見据えていたため曖昧だった。

全身を強かに打ち、咄嗟に頭を庇おうと手を出したのか右手と、片足を骨折したらしく動かせない。


治癒は術者自身には効きにくい。それがわかっているので傷に集中し、じっくりゆっくり根気よく治癒をかけるが、一向に痛みは治まらない。それどころか魔力が体から抜ける感覚がある。

たとえ、立ち上がれた所で、全く手の届かない位置にある光。泣いたってどうしようもないのに涙が出てくる。


「サラド…助けて…サラド」


 いつだって近くにいて、困った時、悲しい時、すぐさま手を差し伸べてくれたサラドはシルエを置いて旅立ってしまった。助けを呼んでも声は届かない。それをこんな場所で知らしめされることになるなんて。


 痛みと脱力感に意識が朦朧としてきて、シルエは目を伏せた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 サラドが村を出立したことを知るやいなや取り乱して飛び出したシルエを、ノアラはすぐに追いかけた。だが、シルエが村の中心を通ったこともあり、滅多に人前に出ようとしないノアラはすぐに村人に絡まれてしまった。灌漑設備を手掛けたノアラはちょっとした有名人で、相談する機会を狙っている者がまあまあいるのだ。対人関係を苦手とするノアラが、あわあわとしながらもなんとかして人の輪から逃げ出した時には、すっかりシルエを見失っていた。

引き返してディネウに事態を伝え、見張り台をはじめ、思いつく限りの場所を手分けして探し廻った。ジルとマーサにも相談したが、森の中にも、川にも、表の道にもシルエの姿はなく、目撃者もいない。


 そこにいじめっ子三人がほうほうの体で帰り着いた。ガタガタと震えるほどに怯え、わあわあと大泣きして話すこともままならない。正気を失った様はちょっとした騒ぎになり、村長をはじめ、大人たちも集まって来た。

漸く事情が聞ける段階になっても、三人は『どこで、何を見たのか』を話そうとしなかった。不用意に山へ踏み込んだなどと言えるはずがない。叱られるのは当然、罰も有り得ることは子供でもわかる。


「なぁ、シルエを知らないか?」


 ディネウが訊ねるといじめっ子は明らかに挙動不審になり、大きく頭を横に振った。否定の動作とは裏腹に、強張った顔やキョロキョロと泳ぐ視線は「知っている」と如実に語っている。


「行方がわからないんだ。どこかで見なかったか?」


ディネウを前にいじめっ子は竦み上がった。年上でも忌み子と蔑むサラドや、その背に隠れているシルエ――実際には相手にする気も起きず無視を決め込んでいただけなのだが――のことは馬鹿にしている彼らだが、体格が良く大人顔負けの膂力もあり、孤児だからと卑下することもなく堂々とした態度でいるディネウのことは怖がっていた。しかも、今は大きな剣まで携えている。

ディネウはポリポリと後ろ頭を掻き、「はぁ」と息を吐いた。それにまた「ヒッ」と小さな悲鳴が上がる。


 ディネウは基本的に思ったことがそのまま口に出る性格。不当なことがあれば抗議もする。だが、気に食わない相手だろうと、何もない時まで目の敵にはしていないつもりだった。それでも一部の大人たちからは、「村の世話になっている分際で、年下の子を威嚇するな」と苦情がくることもあった。彼らの言い分ではディネウの喋り方は恫喝になるのだという。

今も泣く子を宥める親に睨まれている。


(くそっ、面倒くせぇ)


いじめっ子らは村長の親類で、その親は村の中でも声の大きな者たちだ。威張り散らそうとも乱暴を働こうとも、子供の間のことと見逃されがちだった。

村長は纏め役として平等な立場を貫き、親戚の肩を持つこともないが、ジルと彼の養子を庇うこともない。でも、それは表向きのこと。


「ま、いいや。この跡を辿って行けば、どこに行ったかはわかるし。シルエがその先にいないか探させてもらう。方角的にも、森では見かけなかったことからしても、山、だよな」


ディネウが指差したのは乾いた土にポツポツと残る水滴の跡。いじめっ子のボスが顔を赤くして股間を押さえた。


「ま、待て! シルエは…その…、そうだ! おれたちはシルエに脅されて無理矢理山に連れて行かれたんだ。な、そうだよな」


あとの二人も同意を求められて頭を上下に大きく振る。


「ああ? シルエが脅した、だって?」

「そっ、そうだっ。嫌がるおれたちを引っ張って…」

「一人対三人で、無理に、だと?」

「そっ、それはっ」


もごもごと口籠る二人をボス格の子が睨む。


「ちっ。シルエは何のために山へ? 何で一人そこに残ったんだ?」

「知らないっ。穴に落ちたのはおれたちのせいじゃない。シルエが勝手に」

「はぁ? 穴に落ちただって? それを早く言え! どの辺りだ?」

「あっ!」


しまったと口を塞いだいじめっ子だが、無言で見つめてくる大人たちの顔色を窺い、ぼそっと白状した。


「…風穴」


大人たちが顔を見合わせ、ざわつく。


 その昔、山とそこから吹く風は信仰の対象だった。風の質が変わり緑を奪うようになったのも、度重なる地崩れも怒りの表れだとして、熱心に祈りを捧げたが山枯れは進む一方。地母神信仰を伝えていた年配者が亡くなっていく頃合に、唯一の神を崇める神殿の布教が片田舎のこの地域まで浸透したのもあり、人々の心はますます離れていった。

山と風に見捨てられたのだと、だがそんな地も神殿が尊ぶ神は掬い取ってくれるのだという教えに縋ったのは致し方がない。それほど、大地の渇きは目に見えるような進行具合で、そこで生活する者には恐怖だった。


 突出してそびえていた嶺が地震で大きく崩れ、稜線が他より少し高いくらいに変化した時からピーピーと悲鳴のような風の音が漏れるようになった。大人たちは子供が滑落事故などの危険に巻き込まれないように、こういう時だけ古い信仰を持ち出して『山の怒りに触れる』と教え諭し、利用した。禁じれば、逆に興味を誘うのも然りで、特に血気盛んな子供たちの間で勇気を示す場として密かに伝わるようになったのも自然な流れだ。これまでも数年に一度くらいの頻度で風穴に度胸試しに行く子供が現われている。行方不明になった子供はいないが、軽い怪我や、泣き喚きながら帰ってくることはままあった。


「続きの話はわしが聞こうかの。ディネウはシルエを探しに行ってくれんか。足元には十分に気を付けてな」


 周囲の大人の視線を引き付けるように飄々とジルが前に出る。のんびりと顎髭を扱き、まるで大した問題ではないという軽い口調と雰囲気だが、チラと村長に遣った目の鋭さにディネウはゾクッと背筋が寒くなるのを感じた。


「わかった。追いつけるかわからんが、ノアラはサラドに知らせてくれ。町に向かったはずだ」


こくりと頷き、ノアラは走り出した。




 その頃、サラドは隣村に続く道の端で馬を宥めていた。大分落ち着いてきてはいるが、虻に噛まれて、牽いている荷台をひっくり返しそうなほどに大暴れして、道を塞いでいたところに出会したのだ。手持ちの薬をつけ、虫が嫌がる香りをつけた油でブラッシングをしてやり、首筋を撫でている。


「災難でしたね。季節外れの虻に噛まれるなんて」


 道の端にはこちらを窺う土の精霊の姿があった。冬越しに入っていたはずの虻を起こして土中から追い出した張本人だと思われるが、寡黙な土の精霊はその意図を話そうとしない。尾や鬣を引っ張って馬の気を散らせていた風の精霊はサラドが駆け付けた時点でどこかへ飛んで行った。


(なんだろう…。オレの足留め? 精霊たちには旅立つことを話してあるのに)


「まったくだ。君が通りかかってくれて本当に助かったよ」


道に転げ落ちた物を集めて、荷台を整理する行商人はやれやれといった様子で笑った。行商人はマーサの薬を買い付けに来ることもあり、サラドとも面識がある。


「ところで、そんな大荷物を背負って何処へ行くんだい? もしかして商売敵になるのかな?」

「いいえ。オレ、去年に成人もしたし…村を出ることにしたんです。全くの無計画なんですけど。まずは仕事を探しに町に行ってみようかなって」

「そうかい…。うん、それはいいよ。なんたって世界は広い。君なら何処でもやっていけそうだし、可能性は無限だよ」

「ありがとうございます」

「ちょっと待ってくれりゃあ、町に戻るから、荷台でよけりゃ乗せて行くよ?」

「…ありがとうございます。でも、村には戻れないし…、歩いて行きます」


 照れ笑いを浮かべるサラドを行商人は明るい声で応援した。余所者故に口出しはできなかったが、村でのサラドの扱いに疑問を持ち、差別無く接してくれていた人でもある。

行商人から見た町の様子や情報を惜しまず話し、何かあれば頼ると良いとまで申し出てくれた。薬の知識はマーサに次いであると評価したサラドと懇意にしておくのは、行商人としても有益だ。


「――ラド、サラド!」


 穏やかな雰囲気を切り裂いたのはとても珍しいノアラの大声だった。髪を振り乱して走って来る。


「ノアラ? どうしたの?」

「はぁ、はぁ…し…シルエがっ」


肩で息をするノアラに水筒を渡すと、彼はそれを喉に流し込んで、伝えるべきことをひと息で喋った。


「シルエが風穴に落ちたってディネウはそこに向かってる僕はサラドを探して来いって」


それを聞いたサラドは無言で肩から旅用の荷を降ろした。


「ごめん、ノアラ。先に行く」

「ま、待って、サラド…」


まだゼイゼイと息を切らしていたノアラはよろりと立ち上がり、サラドの荷を代わりに背負おうとする。


「待ちな。今少しで馬車を整えるから乗っていけ」


行商人は有無を言わせず、サラドの荷物を奪うと荷台に置いた。ノアラは猛然と走り去るサラドとまだ少し不機嫌な馬の間でそわそわと視線を移した。



「風よ! 力を貸して!」


 サラドの声に応えて追い風がびゅうっと背を押す。元々駆け足の速いサラドは風に乗って更に速度を上げ、真っ直ぐに風穴を目指した。


(シルエ、無事でいて――)



お読みいただきありがとうございます ヽ(^0^)ノ


しばらく、過去の話が続きます。

旅立ち時、サラド16歳 ディネウ15歳 シルエ10歳 ノアラ13歳(正確な年齢不詳)です。


今更ですが、現実の今とは寿命、年齢感覚が違い、

サラド(35、6歳)はそろそろ体力の衰えや代謝の低下、老眼などを感じ始めるお年頃という設定です。

でも、ごちゃごちゃ考えずに40代に設定しても良かったかなぁ…などと思っております。

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