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185 神域に土足で

 偽聖女の指先でもてあそばれた金貨がチラチラ光を揺らして目を刺激する。伸ばされた偽騎士の手に金貨を掴ませまいと、ぎゅっと握り込んで胸に引き付け、偽聖女はニカッと笑った。


「何かね。ボロを着たお爺さん? 顔とかは見えなかったんだけど~。まぁ、いいや。その人がね、この袋の中身を神域の湖の周囲に撒いてきてほしいんだってさ。終わったら、なんと! ジャーン、金貨十枚! くれるって」


巾着袋をガサガサと揺らし、依頼内容を自慢気に話す。


「は? なんだよ、ソレ。大丈夫なのか。危ないだろ。絶対」

金貨(それ)も本物か?」

「なによ~。せっかく、良い仕事もらってきたのに、文句言うの?」


偽騎士と偽魔術師は顔を見合わせた。

楽な仕事に高い報酬。危険な香りしかしない。彼らはこれまで小さな悪事しかしてこなかった。所詮、田舎から出て来た若者の浅知恵で、小金や物をくすねる程度がせいぜいだった。今回はかなり大胆なことをした方。それでも「勝手に勘違いした人から振る舞われる食事を有り難く頂いただけ」と言い逃れができる範疇に抑えていたし、裏社会を仕切っている者の目には各地で気を配っていた。


「なによぅ。いいわよ。じゃあ、アタイ一人で行くもん。もう受けちゃったし。成功報酬もらっても分けてあげないんだからねっ」


男二人が尻込みしているのを感じ、偽聖女はまた頬を膨らませた。


「その依頼主、ホントにヤバイ奴じゃないのか?」

「いつ、そんな話を受けたんだ?」

「それは…、お花を摘みに行って、一人になった時よ。向こうから声を掛けて来たの。何でも傷が膿んでしまって、自分で行けなくなっちゃったんだって。確かに何か臭ってたなぁ。怪我人相手だし、いざとなっても逃げ切れるって。楽勝、楽勝」

「神域の湖か…。あの村興ししてる所の奥だろ。道は閉ざされているし、兵士もいっぱいいたぞ」

「もうっ。意気地なしね」


彼女はトラブルも持ち込むが、それ以上に運が良く、オイシイ話を嗅ぎつけてくる。勘が良いのか危険を未然に防いだ実績も多々あった。それでいい思いをしてきた二人は「彼女の話に乗ってみるのもいいか…」と流されつつあった。



 翌朝、一晩考えても、この件に首を突っ込むことへの不安を拭えず、偽騎士はもう一度考え直すよう説得を試みた。しかし偽聖女は意気揚々と出発してしまい、結局は後を追いかけることになった。腐れ縁の幼馴染はなんだかんだと友達を見放すことはなく、行動に移してしまえば折れることを彼女も良く知っている。


 兵士の目を盗み、かつて道があったのかもしれない場所に草を分け入って北に進む。悪路にも偽聖女は陽気でとても機嫌が良い。


「さっさと終わらせましょー。金貨があれば豪遊できるよね? こんな地味でペラペラの布地の服とはオサラバして、まずはカワイイ服を買うでしょ。それから…、んーと。ねぇ、二人は何をする?」


露ほども危険を感じていない、緊張の欠片もない様子に偽騎士も偽魔術師も気を揉むのがだんだん馬鹿らしくなってくる。


「ねぇ、お金入るんだし、ソレ、捨てちゃえば?」


鎧を指さされ、偽騎士は軽く肩を窄めた。


「バカ言え。古道具屋でも結構な値がしたんだぜ。『聖女様一行』になるために払った一番の投資だぞ。元も取れてねぇ気がするし…。売れば多少は戻るだろ」

「だって、ガチャガチャ耳障りなんだもの」

「サイズもあってないし、コレ、そもそも実用品っぽくねぇから仕方ないだろ。でも持って歩くくらいなら着けてる方がマシ」

「ふーん…。騎士って体格じゃないもんねぇ。まぁ、仕方ないか」


寒空の下、替えの衣類もないまま鎧の内着のみになるのは心許ない。偽聖女はわざとらしく耳を塞いで目を細めたが、つまらなそうに「はーぁ」と 欠伸をした。かと思えば今度は両手を使って、一、二、三、一、二、三と何度も指折り数えている。


「ねぇ、一枚はもうもらってあって、後から十枚もらえるってことは、三枚ずつ分けると二枚余る、で、あってるよね? あと金貨一枚おまけしてくれないかな~」


自分、偽騎士、偽魔術師を順番に指で指し、また一、二、三と数える。呑気に皮算用をして、もう一枚欲しいと口にした偽聖女は何の疑問もなく平等に分配する気でいる。仕事を請け負ったのは自分だからと主張し、取り分を多くしようとしない性分が仲間割れをせずにこれた秘訣でもあった。


「まぁ、ダメ元で遂行者が三人だって交渉してみるのもアリかもな。予定よりうんと早く終わらすとか、何か神域から土産を拾って行くとかして高評価を受けるようにして…」

「…そういえば、このことは誰にも言うなって言われたけど、一人でやれとは言われてないから大丈夫よね?」

「は? おい、やっぱ怪しいじゃねぇか」

「だ、大丈夫よぅ。だって、何だっけ…? んーと、神域のケガレとかナンとか…を清めるためだとかで、悪いものじゃないって言ってたもん。ホラ、アタイ聖女っぽくしてたから、それで頼まれたんだと思うし」

「…イヤな予感しかしない」


ザッと吹いた風が急に冷たさを帯びて偽騎士は寒気にブルッと体を震わせた。

見れば、木々の隙間から湖面を揺らす光が覗く。目的地も目前となり、雲行きの怪しくなった雰囲気を掻き消すように偽聖女が「わー、湖だよ」と明るい声で駆け出した。



 そこは神域というだけあって空気が清浄としていた。穏やかな湖面を渡る風は身を切るように冷たい。そんな季節だというのに湖の縁には青い小さな花がまだ咲いている。全盛期には一面咲き誇ってさぞ美しいことだろう。


「わー、広ーい。水、キレイだねー」


腕を広げてはしゃぐ偽聖女は、ふと我に返り「え? この外周にコレを撒くの…」と湖の大きさに急にげんなりとした顔になった。


「なぁ、こんなところに小屋がある。…留守っぽいな」


人の気配がないのを良いことに、取手を握って無遠慮に引くが、当然鍵は掛かっている。裏には倉庫と薪棚があり、積み上げられた薪を見るに棄てられた小屋ではなさそうだ。倉庫の戸に手を掛けてガタガタと揺らす。


「あー、こっちも開かない。ちぇっ、食糧がありそうなのに。ねぇ、コレ、壊せない?」


偽騎士は腰の剣を抜き、力任せに倉庫の戸引手に突き立てた。ガキッと音がたち、金属に当たった感触が痺れとして伝わる。剣は見た目重視のなまくらだが、鍵がある部分を破壊するくらいはできた。しかし、戸を引こうとした手にピリッと痛みが走り、指先にぷくりと血の玉が浮かぶ。


「痛っつ。切ったみたいだ」

「ちっちゃい傷じゃない。大袈裟ね。あ! 見て。けっこう良さ気な干し肉とかあるよー。やったぁ」

「ちぇっ、何だよ…」


倉庫の物色に夢中な偽聖女を置いて、偽騎士は小屋の表に回り、近くにあった湧き水に向かった。水面を覗き込むと空の色をくっきり映している。驚くほどに透き通った水だ。水深はさしてなさそうなのに、滾々と湧き出ている。


岩で囲われたすり鉢状の中央円には美しく磨かれた玉砂利が敷かれ、外円と湖までの小さな水路も岩と石で整備されている。儀礼用なのか、どこか神聖な趣があった。


水路で血を洗う。水は冷たいが心地よい。血と手の汚れで濁る水を見ると、湧き水の清さがより際立つ。うずうずとした欲求に抗えず、中央円に直接口をつけてゴクゴクと飲んだ。


「うっま」


思わずそのまま顔を洗う。背後では水袋を手にした偽魔術師が「おいっ」と声を荒らげた。


「水汲もうと思ってたのに汚すなよ」

「悪い、悪い。つい、な。でもしばらく待てば大丈夫だろ。だって、こんなに豊富に水が湧いて…あれ?」


中央から静かに波紋を広げ続けていた水面がその動きを止めている。水路にも流れ出ていない。必然、汚れはそのままだ。


「おっかしいな。さっきまでは確かに…」

「チッ」

「ごめんって」


偽魔術師は不満そうに水袋をしまう。


「ねぇ、見て。大収穫だよ」


膨らんだ荷物を抱えて偽聖女が走り寄る。足元には全く注意を払っていなかったので、水路に片足を突っ込んで、体が傾ぐ。よろけた勢いで岩を崩した。


「キャッ、冷たーい。ヤダ、最悪ぅ」


濡れた足をプルプルと振る。蹴った小石や土が湧き水の中にバラバラと落ち、薄茶色に水が濁る。


「おい、大丈夫か」

「うん、平気。荷物落とさなくて良かった。せっかくの肉だもん」

「じゃあ、家主が戻る前に行こうぜ。その、ソレ、撒き散らせば良いんだっけ?」

「そうそう、湖周りにね。まずは一個目」


 偽聖女は巾着袋から丸くて平たい物をひとつ摘んだ。見た感じは土を固めた物だが、それ以外にも色々混ぜられているのか、やや白っぽい赤茶色。キラキラとした砂粒も入っている。その表面には神殿のシンボルにも似た星の文様が、逆の面には大きい六角形の中に小さな六角形がありそれぞれの角を線で結んだ図形が型押しされていた。


「ホラ、神殿のマークでしょ。コレ。やっぱり心配しすぎだったんだよ」

「なんの意味があるんだろうな、ソレ?」

「そんなこと、どうでもいいよ。でもキラキラしていて良い感じじゃない?」

「うーん…」


この期に及んでも乗り気ではなさそうな偽騎士の眉間を偽聖女がペシリと打った。


「ホラ、ホラ、どんどん落としていこう! あ、さっき汚しちゃったみたいだからココにも。コレ、清めるらしいしね」


湧き水の中央に土塊をポトリと落とす。ポチャンと水音が返った。ユラ、ユラと不規則に波紋が揺れるに従い、溶けて広がった砂粒が浮遊しキラキラとしている。水はどんどん濁り、底が見通せなくなっていく。


 食べ物を手に入れて心に余裕が生まれ、うきうきと偽聖女は男二人の背を押した。その後方で、濁った水から闇色の靄が湧き、静かに地を這っていることなど、三人組は知る由もない。



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