184 偽聖女騒動
山間の地域には先行した使者が王子の来訪を告げていたのに、「こんな辺鄙な村に殿下が来るわけがない。騙されんぞ」と疑ってかかったらしい。側近は「何と無礼な」と不敬を咎めようとしたが、王子に制され苦い顔をしている。
「何があってこの者たちを責める?」
己の手駒となるかもしれないショノアたちが今後活動しにくくなることを王子も望んでいない。
「…図々しくも一宿一飯を求め、村に入ろうとした輩がいただけです」
村人の話によれば「祈りながら各地を巡っている」と言う三人組が、「昨今は夜がふければ街道も魔物の危険があるから、一晩軒下を借してくれないか」と請うてきたという。だが、村に一歩も入らせなかったそうだ。余所者は警戒して然るべきだという言い分で。
「ふむ。どんな身形であった?」
外套から生成りのスカートの裾を覗かせ、先端を布で覆って隠した杖を手にした女。
鋼製の鎧に濃い青のマントを纏った男。
何色とは形容し難い深い色の丈が足首くらいまである長衣に、節くれ立った杖を持った男。
いずれも外見は十代半ばから後半の若者。
その容姿を聞いて、ハッと息を呑む。
単に偶然が重なっただけという可能性も捨てきれないと思ったが、故意によるものだと疑わない方がおかしい。
ショノアの鎧は体への負担軽減を優先した革製。普段は騎士のマントは羽織らず、雨対策も兼ねた紺色の直線的で釦が特徴的なマントを着用している。
マルスェイは宮廷魔術師のローブではなく動きやすい旅装を選び、大きな玉のついた杖を所持している。
二人とも身分を隠している訳ではなく、実を取った結果だ。
相違点はある、かといって全く趣向が違うわけでもない。それなりに調べあげ、一目で騎士、魔術師の印象を受ける服装を選んだに違いない。
存在を無視されたニナは何とも思っていない顔をしている。寧ろそれが当然とばかりに。
セアラは杖を握る手にキュッと力を込めた。丸い籠が揺れて金属が擦れた音が鳴る。今は隠すことなく星の意匠を晒しているが、酒と芸術の町を訪れた際、あまりに聖女を称える歌を披露する吟遊詩人が多く、目立たぬようにと袋を被せていた。それが偽物には都合が良かったのだろう。
仮に「杖の飾りを見せて」と求めても、困ったように微笑まれれば無理強いはできない。神官見習いだなどと一言だって言っていないのだから。その辺りの駆け引きも心得ているのだろう。
神官職を詐称することはもちろん、修行服や杖、その位と所属を示すペンダントは偽造すれば罪になる。悪用される恐れがあるため紛失すれば処罰もあるくらいだ。
セアラの杖の柄にも彼女の名が彫られている。ささくれだっていたその部分も旅の間に手に馴染み、ツルリとした触感となった。少しは艶も出てきている。
ショノアたちの身元は、王都神殿所属の神官見習い、騎士、宮廷魔術師、王宮の兵士であり「大事な臣下だ」と王子自ら口添えした。それで安心したわけではないようで厳しい目は変わらない。セアラを、星の杖を憎々しげに睨む。
場所がどこであれ、周囲の目がどうであれ、セアラがすることは変わらない。村に入ることは遠慮して外で静かに祈りを行う。村人の視線から庇うようにショノアが間に立った。真摯に祈る姿に、心なしか頑なだった村人の態度も若干和らいだように見えた。
それでも「祈っている時はまぁまぁだが…。おどおどしていて、よっぽど偽物っぽい」と憎まれ口を叩くのは自分たちの対応に非があると認めたくないからか。
「儂ら山の民はそれぞれの山の神様と共にある。信じるのも祈るのも、お山様に対してだけじゃ。金ばかりせびりに来る神殿の者など来られても迷惑だ」
王子の御前であってもふてぶてしい口調を改めることもない。一貫した態度はいっそ潔い。
「己が住まう土地を守る心意気は褒めるに値する」
険しい表情を崩さない侍従に反して、王子の容認する言葉には村人も驚いた。この地域が排他的で頑固者だと言われていることも承知の上だったからだ。彼らの気質は批難されども評価されたことなどない。
何故これ程までに余所者を受け付けず、また〝呪い〟を気にするのか、訊いてみても村人たちは顔を見合わせるばかりで答えようとはしない。
結局、口を割ることはなく時間が過ぎていった。
「ふむ、覚悟はしていたが、やはり一度くらいの訪問では無理だったか。まだ移住地の発展には時間もかかる。その間に足繁く通うしかないか。誠実で、交渉事に長けた適任者がいると良いのだが」
王子はちらとショノアを見遣った。当のショノアはサラドであれば彼らにどう話しただろうかと考えていた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なーにが『その腰の剣は飾りで、背の荷物には夜を明かす準備もないのか』よ。こんな可愛い女性を山道に放り出すなんて、失礼しちゃうわ」
山間の村でにべもなく断られた三人組はその前に鴨にした町で貢がれた食べ物に齧り付きながら野営をしていた。
「こんな山中にまで来たが無駄足だったな」
「ホント。まさか入れてもくれないなんて思わなかった。偏屈っていう噂は伊達じゃないのね。信心深いとも聞いていたからイケるって思ったのになぁ」
「あーあ」と悪態をつき、偽聖女は噛み切れなかった肉を焚火の中に投げ捨てた。
「お前の演技が嘘っぽ過ぎたんじゃねぇの? 中身は清純とは程遠いもんな」
「何よ! アタイがいてこそ成り立つ話でしょ。あんただって爽やかさの欠片もないじゃない。到底、騎士になんか見えやしないわよ」
「うるせ。これでも頬を染めてあつーい視線をくれた娘はいたし」
今食べている物だって、町で少女が人目を盗んで越冬用の保存食を手渡してくれたものだ。給仕をしていた少女の手をこっそり取って「とても美味しいよ。ありがとう。旅の途中では味気ない携行食ばかりだから」と微笑みかけた成果だ。
同郷で幼馴染の彼らは、代わり映えのない田舎の日常に嫌気がさして出稼ぎに出た仲間だった。もともと堪え性がなく、町に出てからも楽しいことや賑やかな催しにばかり目を奪われた三人がつるむようなるのはすぐのこと。そのうち狡い手口や少しばかりの悪事にも手を染め、日銭を稼ぎながら各地を転々とするようになった。
聖女の振りを思いついたのも、洗濯物から失敬した服を着た彼女を「巷で話題の聖女様のようだね」と煽てた店主がいたことが始まりだった。彼女としては簡素で染色もしてない衣服に「どうせならもっとかわいい服が干してあれば良かったのに」と不満気だったところに、良い案が閃き上機嫌になった。そこから二人を誘い、吟遊詩人の歌に耳を傾け、古道具へと足を運び、周到に準備をした。
「…思ったより稼げねぇな。いつもなら冴えてるってのに、お前の勘も今回ばかりはハズレだな」
「シケた奴らばっかりだったのよ。大きな町だと足がつきやすいし」
はじめは順調だった。実際に『聖女』が通ったらしい町や村は避け、噂話が届いていそうな所、でも過多ではない中途半端な所を狙う。収穫祭の後で、行商人が撒いた話題はほどよく沸いていたことも味方した。
面白いくらいに、食事を奢ってくれたり、商品を差し出されたり、「うちに泊まっていくといい」と誘われたり、良い思いができた。
正しい祈りの言葉なんて知らないため、人目につきやすい夕べの祈りには注意を払う。他はそれっぽく胸の前で手を組み、目を伏せてしばらく黙っているだけで有り難がられた。
「でも、寄付はくれないのよねー。『聖女』は寄付も心付も受け取ろうとしないっていうのが美談で噂と一緒に広まっちゃってるから。…くれるっていうものは受け取りゃいいのに。迷惑だわ。全く、もうっ」
「当てが外れたよなぁ」
偽騎士が背伸びをすると鋼製の鎧がガチャと音を立てる。
「景気が良いかと期待した、村興ししているっていう所も兵士が見廻っていて近付けないし」
「あそこは近くにいたってだけで捕まったヤツもいるらしいぜ。マヌケだよなぁ。住んでんのは避難民だっていうし。行かなくて正解だろ」
「ここらが潮時か」
気難しそうな表情が板についてきた偽魔術師がそう呟くと偽聖女は「ちぇっ」と頬を膨らませた。
「それなら、これももう要らないわね」
偽聖女が杖として持っているのは箒だ。布で覆って隠し、象徴である星があると思わせていた部分にあるのは小さめの穂先。薄汚れた葉脈は大分抜け落ちている。これも勝手口の脇にあったものを勝手に頂いてきた。彼女としては拾ったという認識でしかないが。
「こんなので信じるんだもの。チョロいわよね〜」
「じゃあ、一旦解散するか。三人でいると目をつけられるかもしれん」
これまた拾ってきた節くれ立った枝でお手製の杖を仕立てていた偽魔術師は、躊躇いなく先端に取り付けていた派手な飾りを外す。
「売れるかな? 遺跡で拾ったとかハッタリをかませば少しは値がつくか。こう、泥をつければ…」
この飾りも古道具屋でなるべく怪しい雰囲気のあるものを選んだ。
「じゃあ、騎士は廃業ってことで」
「まぁ、待ってよ。フフン。見て、コレ」
偽聖女が指で弾き飛ばしたのは金貨だ。クルクルと回転しながら落ちてきたところをパシリと掴む。見せびらかすように親指と人差し指で摘み揺らせば焚火を受けてキラキラと輝く。
「えっ。どうしたんだよ。ソレ」
彼女は得意満面で「いい仕事、請けちゃった」と笑った。