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182 失敗できない

「是非、皆からも忌憚ない意見を聞かせてくれ」


 住民たちに向けてそう発した王子を側近は止めようとしたが、ぴしゃりとはねつけられ、黙って付き従うことにした。侍従と護衛を引き連れてではあるが、移住地内を自由に見て廻り、気の向くまま声を掛ける。

住民は王子という存在に緊張して言葉少なくも「これまでのこと、これからのこと」について語る。その声に王子は耳を傾け、寄り添い、愚痴や要望を口にされても怒ることもない。支援者に対してはその全てに謝辞を述べ、労った。

側近も、王配も、そんな態度を民に媚を売っていると眉を顰めている。それを感じない訳ではないが、王子は声がけすることを止めない。


王子には失敗できない理由がある。王家の正当性を示す火の指輪と守護の要を失った秘密を有する者として、これからの王の在り方を自分なりに模索していた。


 王配の視察同行は正式なものではないため、陰ながら王子に助言を与えるに留め、馬車から降りても来ない。王子の動向が気に掛かってはいるようで、馬車の窓から覗く顔がちらりと見える。偶々目があったショノアは桁違いの『上に立つ者の威厳』にあてられそうになった。

ニナは服従を誓わされていた王配に感じている恐れを上手く隠し、なるべく気配を消している。幸いにも王配は下っ端であるニナのことは覚えておらず、気にする素振りはなかった。


 王子が挨拶を終えて住民と接しだした頃合いで、マルスェイは井戸に駆け寄り、額づくように手の平を地面につけた。土に汚れるのも厭わず、倒した杖の玉を片手で包むように触れている。その姿は水脈を探していた時以上に真剣そのものだった。ぎゅっと唇を引き結んだ険しい形相から、彼が望む反応は得られていないのは自明の理。

今現在は殿下の随行者という立場でありながら勝手な行動に出たマルスェイに、ショノアは小さく嘆息しただけで窘めなかった。


 井戸を使いたい女性が、脇で蹲るマルスェイに「どいて」と言うわけにもいかず困惑しているのに気付いたセアラがそっと肩に手を触れた。振り仰いだマルスェイが喉を震わせる。


「セアラは…、今もあの時の感覚を得られるか?」


そのあまりに必死な表情に、セアラも地に手の平をピタリとつけた。深く、深くと念じれば、ほわっと温かさが返ってきた気がする。自信を持って断言はできないが、これは『応え』なのだろう。セアラはこくんと頷いてみせた。


「そうか…。それも、当然、か」


爪先がザリッと土に削った痕をつくり拳が握られる。見かねたショノアに促されて、よろよろと立ち上がったマルスェイは杖の玉をぎゅっと胸に掻き抱いた。その悄然とした様に水桶を持ったまま場所が明け渡されるのを待ってくれていた女性はおろおろしている。


「あの…この井戸にもお祈りをっ、その、させてくださいっ」


いたたまれなくてセアラは井戸枠に寄り、水面を覗き込む。これ以上仕事の邪魔を長引かせないように短い祈りの言葉を呟いた。


「清き水が永久(とこしえ)に人々と共にあるように」


井戸は静かに祈りの声を反響させる。ゆらゆらと揺れる細波に変化が起こるわけでもなく、キラキラと光が返ることもない。

(期待していたわけではないけど…)と心中で言い訳しつつ、その実、残念に感じている事を自戒する。


(多くを望んで勝手に落ち込むなんていけないわ。今の私にできることを最大限していくことが大事よね)


あれはまだ旅のはじめの頃、濁ったという井戸に祈りを捧げた経験の記憶。


「大事にして、感謝を忘れなければ水の恵みをずっと与えてくれる…」


思い出す言葉、朗らかな笑顔にセアラはふわりと微笑んだ。井戸の水面に映り込むセアラの影はぼんやりと揺れて目が合うことはなかった。


「井戸に…感謝を、ですか?」

「はいっ。そうです。涸れることなく、生活を、命を支える水に」


首を傾げた女性にセアラは力説した。

その流れで、移住地内を巡る王子と共に移動し、各箇所の井戸にも祈りを捧げることになった。

マルスェイも今際の念仏の如く水に感謝を伝えている。


その祈りを見ていた住人の一人がセアラにこそっと囁いてきた。


「祝福をくれたお嬢さん。ここはもう大丈夫なんですよね? 住んでいてもその…呪われたりなどは…」

「呪い…ですか? ごめんなさい。私、まだ修行中の身で。解呪には遠く及ばず、呪いの本質を掴む実力もありません。ですが…悪い気は感じていません」


セアラがきょろきょろと周囲を見回し、申し訳なさそうに頭を下げると、住民は「いやいや」と慌てて手をパタパタと振った。小声で聞いてきた意図が汲めず、聞き返した言葉はしっかりと王子の耳に届いてしまっている。


「呪いか…」


 堕ちた都とそれを取り巻く森について回る言葉。

存在も疑問視される幻の遺跡。建国以来、何度となく挑んでいるらしいが、無理に押し進もうとしても遭難や事故に遭い、踏み入ることさえ叶っていない。度重なるそれらの事象にいつしか〝呪い〟のせいだという噂が広まり、忌避されるようになった。昨今では近寄ろうとするのは物好きな研究家ぐらいなもの。


 王都が失った守護の秘密を知った王子は堕ちた都にも要があるに違いないと類推した。入れないのは守りが堅いから。王都や聖都の比ではない力が働いているのだろう。主のない都を閉ざし、今も尚守り続ける力が。


欲しい。


顔には微笑みを湛えつつ、如何にしてそれを手に入れるかの算段を頭の中で立てる。

王都の最大の強みであった火の守護。もし、別の形でも結界を復活させる手がかりがあるとすれば、もう堕ちた都くらいなもの。


それが無理でも遺跡に到達できれば、発掘により経済が潤うことは間違いない。有益な技術が発見されれば王国の強化になり、遺構の保存状態によっては遷都だって視野に入ってくる。


なんとしてでも移住地を発展させ、徐々に堕ちた都に向けて開墾を進める。何年かかるかはわからないが、この施策はその大成への足掛かり。

だから、王子は失敗できないのだ。ここに移住した者には頑張ってもらわなければならない。


「この土地は将来有望な神官見習いによって祝福が与えられた。その事実はここに住む者の方が詳しいであろう? 〝呪い〟は案ずるに及ばない。過去、豊かな収穫をもって堕ちた都を支えたのがこの土地だ。祝福により豊穣の恵みを約束されたのも同然。しかしそれを成せるのは、皆の者の手があってこそだ。信頼の置ける代官を派遣し、小作地の分配も進めていく。工房の建設も行う。今は安心して生活基盤を整えることに専念してくれ」


堂々とした王子の演説に押され「それもそうだな」「祝福されたのだし」とざわざわと呪いに怯える雰囲気が薄れていく。王子は満足げに頷いた。


 セアラに不安を囁いた者の他にも〝呪い〟を心配する声はちらほらあった。森の開墾を命じられ、逃げ帰ったという者からも何を見たのか証言を求めたが、曖昧で信憑性に欠く情報しか得られていない。風通しが良くなったとはいえ、王子に問われて畏縮しない者はなく、与えられた仕事を放棄したことを叱責されるのかとビクビクしていた。


彼らが〝呪い〟をこれほど気にするようになったのは、山間(やまあい)の民の影響も大きいだろう。捕縛された際『〝呪いの地〟で何が起こっているのか見に来ただけ』と声高に訴えていたという。

報告書にある供述内容や行動は、わざわざ山を越えて来てまで犯すことなのか不可解極まりない。

代々山間に暮らしてきた民と、この地を打ち捨てた廃村の民の間に隔意があったのか、それとも一方的な恨みなのか。

堕ちた都と霊峰の神域に挟まれたこの場所を〝呪いの地〟と言って憚らないのも、その所以がどう伝えられてのことなのか、それを知らねば誤解だって解けない。


山間は閉鎖的な地域で、増産の梃子入れをしようにも、役人の介入も神官の祈りも拒絶され、手を焼いていると聞く。もし、この〝呪い〟問題の解決の糸口がつかめれば、山間地域も移住地も大きく発展させることができるかもしれない。となれば、山間の民との宥和は肝煎りだ。


また〝呪い〟という不名誉な噂の払拭に一役買いそうなのも、一番それを信じている山間の民だと王子は考えている。

王都に護送された者の後にも捕えた者がいたが、真偽不明のため監視付きで村に帰したという。報告によれば、その者はこの地が祝福されたと語って聞かせ、村全体がそれを信じる傾向にあるらしい。それを見越して処遇したと高官は自慢気に語っていたが、それまでとの相違に王子は別に入れ知恵をした者がいるか、もしくは別の思惑があったのではと踏んでいる。どちらにしても機は良い。


王子は山間の村にも寄ることを決めた。

以前、山火事の慰問に向かおうとした際は、街道に魔物が出現、迂回路が土砂で塞がれ、立ち往生中に鹿の魔物に遭遇、と不運が続き、現地には足を運ぶことができないまま王都へ帰った。今度こそ己の目で確かめ、王家の威光を示し、信頼を勝ち得ると意気込んだ。



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