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178 もらう、返す、分け合う

サラドは離席したままなかなか戻って来ない。シルエはチラチラと遠くに目を遣ったが、その度にディネウに「大人しく座っとけ」と止められ、不満を漏らした。

酒の振る舞いが一段落して、彼らに声をかける者がしばし途絶えていることもあって箍が緩んだらしい。シルエの口からぶつぶつと副神殿長らを呪うような言葉が吐き出される。


「これでも彼奴らがお咎めなしになっていたらどうしてくれよう」

「…ント、胸糞悪いな」


ディネウも酒坏をタンッと勢い良く卓に叩きつけた。注がれた酒は毎回飲み干したが、顔色ひとつ変わっていない。対して、一口にも満たない舐める程度の量ずつしか口にしていないノアラの体は少々傾いできている。ノアラが持つ坏は常になみなみと満たされたままだ。

ディネウはそれをひったくるようにして一気飲みし、空いた坏をノアラの手に返した。「無理して飲まなくても、飲む振りでいい。礼には欠かない」と諭す声は苛立たし気な調子になっていた。その苛々が自分に対してではないとわかっていても、急いで頭を縦に振ったせいで、ノアラはぐるぐると目眩をおこした。


「…なんかさ、本当はみんな泣きたいんじゃないのかなぁ。冷静すぎて却って心苦しいよ。僕たちがいるせいで…、気を遣って我慢しているのかも。死因が…アレだし…。

報復に行ったって良いくらいのことだよ? それなのに『魔力の使い道を違え、贄になった子供を巻き込む結果になったことの報いだから仕方がない』なんて…。

仕方がない? そんな風に受け入れられるものかな。僕のことだって責め立ててもおかしくはないのに」


 生死に関して割り切った考えを持つシルエも精神的に堪えているようだ。悲痛な思いが眉間の皺を深くする。


「隷属にょ術を可能にしゅるためらから、シリュエの件とは前後が逆。阻止れきなかったにょは魔力の大きなゃ流れを感知れきなかった僕も同じ」

「ねぇ、ノアラ、ちょっと呂律怪しくなってるよ」


グラグラする視界を抑えようと俯いたままのノアラは、そっと杯を卓の上に置いた。感情の起伏に乏しい声でも、自責の念に苛まれているのは、ディネウもシルエも痛いほど感じている。言葉が少々おかしくても笑ったりからかったりする気はおきなかった。


「大体、魔力の流れが云々とか、わかるもんなのか? すげぇ殺気みたいなもんか?」

「…今にょ僕の実力れは距離や大きしゃや気配の種類にゃどにもよる。…先程にょ骨…ああいった繊細にゃのみょ、僕にはたびゅん、できにゃい…。サラドにゃら…できりゅ…かも。僕りゃが死んでも、きっと、みちゅけて…」

「おい、ノアラ、それ以上は言うな」


ノアラが両手で顔を覆い、はぁと息を吐く。肩を叩こうとしたディネウの手は身を捩ってサッと避けた。


「今はどうでもいい事かもしれないけど、聖都はあの建物自体がもう遺構としても特別だし、中の力を外に漏らさないように結界が働いていたから、近くにいても感知するのは難しかったと思うよ。だから、ノアラにも非はない。隠蔽体質? とでも言うのかな。誤魔化しとか証拠隠滅とかには頭が回るんだよねぇ」


「はんっ」と一笑に付したシルエの表情はいつもの辛辣さが戻っていた。

なんだかんだ言ってシルエとノアラは発揮どころが違う互いの特質と力量を良く理解しているし、認め合っている。


「ま、シルエが余裕をぶっこいてうっかり騙されたのは事実だからな。相手がそういった謀に関しては上手だったって事だろ」

「…うぐっ」


弱気になっているノアラを気遣ってディネウがわざとシルエを煽った。


「…それにしてもさ、ちょっとくらいは怨みを晴らさせてあげても良かったんじゃない? 王都に辿り着けもしなかったのはちょっと哀れだったよ」

「ダメだろ。操られただけで…何だっけか、ほら、サラドが言ってた…業? を深めるとか何とか」


 王都を目指していた骸骨について言及したシルエにディネウは苦い顔をした。

この弟なら実際に、骸骨が王都に迫るぎりぎりまで放置するなんてこともやりかねない。単にそうしないのはサラドが側にいたからだ。


「あの…。こちらもどうぞ召し上がってください」


 すっかり気が抜けていた折に、里の女性が遠慮がちに焼菓子の載った盆を持って来た。酔った様子のノアラの前には水差しをそっと置く。


「これ! なぁ、これは何だ?」


盆の上の焼菓子を目にした途端、血相を変えたディネウに女性が怯えて身を引く。


「ディネウ、怖がられているよ~。ちょっと落ち着いて」

「あ、ああ…。すまん。これ、あれに似てんだよ。おいっ、ノアラ、起きろ!」


ディネウは迂闊なことを口走らないように「ほら、あれだよ、あれ」と手をわたわたと動かす。


「んー?」


シルエはまだほんのり温かい焼菓子をひとつ手に取って口に運ぶ間にそれとなく観察した。丸く薄く、硬貨くらいの大きさ。表面に模様か文字が型押しされている。だが焼き上がる際に生地が膨らんだせいで今一つ判りにくい。小麦を使った生地の中に木の実を潰した具が少量入っている。素朴な味で特出したものではないように思えた。


「うん、美味しいですね。懐かしい味。これは何か…。その、葬儀にまつわるお菓子なんですか?」


戸惑う女性にシルエは対外用の笑顔を向けた。焼き上がりにむらがある菓子の中で表面の模様が比較的良く出ているものを選び、手の平に載せ指差す。


「ええ。この里に伝わる先祖や故人に供えるための菓子なんです。魂の里帰り祭と葬儀の時に作ります」

「へぇ。何か特別な作り方だったりしますか?」

「特別と言えるのかしら。おまじないを唱えるんです。できる者は魔力を込めながら生地をこねて」


女性から聞いたその『おまじない』は童歌のような可愛らしいものだった。

要約すれば「もらい受けたら、一部を返す、受け入れられたらまた巡り戻って、分け合える」そんな感じの内容だった。


「供えた後は皆で分け合って食べるんですね」

「はい。甘味など滅多にない、楽しみも少ない里ですからね。こんな物でも子供は喜ぶんですよ」

「昔からこの形ですか?」

「えっと、知る限りはおそらく。わたしは祖母から習って。具を変えることはありますけど」

「何か、謂れや言い伝えなどをお祖母様から聞いていませんか? 模様のこととか」

「いいえ。残念ながら。型はいくつかあって、それぞれの家で違います」

「ありがとう。もう数枚頂いても?」

「ええ、もちろんです。食べることで故人にも行き渡り、力が繋がりますから。帰るために手を貸してくださった貴男方が召し上がってくだされば、喜ぶでしょう」


懐から出した紙に菓子を取り分け、礼をする。女性が離れると、水をがぶ飲みしているノアラの目前に、待てないという勢いでディネウが菓子を突き出した。


「あれだよ! ノアラの魔力を吸ったあれ。な、似てるだろ!」

ノアラがこくりと頷く。

「うーん。原形が別にあって、伝えるうちに用途が供え菓子に変わったと仮定して…」


酔いに閉じかけている目を瞬かせノアラが焼菓子の表裏をじろじろと見た後、口に含んだ。甘みに口角がほんのちょっぴり上がる。


「全部食べないでね?」


ススス…と焼菓子を載せた紙が遠ざけられ、ノアラは残念そうにしながらも出しかけた手を引っ込めて、こくりと頷く。


「型があるっていうから見せてもらえねぇか頼んでみるか。あの土塊は神殿の意匠に似たのがついていた。もし、同じ様なのがあれば、手がかりになるだろう?」

「うん。ディネウが覚えていたのだと星の重なりが逆で――ん? 逆。逆さ…か」


シルエがぶつぶつと思案に入る。


「今にょは多分…んんっ…この形。食べた時に土の魔力を感じた」


ノアラが水差しから落ちた水滴を指に付け、卓に複数の六角形が角度を変えて重なる図を書いた。水を飲んで少しは酔が覚めたせいか、舌足らずになっていることに自分でも気付き、いつも以上にゆっくりと話す。


「えっ? どれだ? 線…あるか? ただの割れ目じゃないのかこれ?」


目を細めて焼菓子の表面に目を凝らしていたディネウは早々に「わかんねぇ」と投げ出した。


「この里に何か記述が残っていたら御の字なんだけど」

「その辺の調査はお前らに任す。俺はサラドを探してくるから」

「あっ、ちょっとディネウ!」



 鎮魂歌が聞こえていれば労することもなかっただろうが、宵闇の中、ほぼ勘を頼りにディネウはサラドを探した。小鳥を象った火が気遣うようにサラドの周りを飛んでいて、白い髪を橙色に照らしていなければ見つけられなかっただろう。

里の外縁で、サラドは歌い終えてもその場に佇んでいた。酷く傷付いた心を隠すような姿に、出会った日の光景が重なり、一瞬声を掛けるのを躊躇した。


 あの日、闇の中、無数に舞う光の粒が死人送りの白い衣服をぼんやり浮かび上がらせていた。髪は篝火のような赤。

独り歌う姿は堂に入り、同じ年頃とは思えない雰囲気を纏っていたのに、歌い止めると自信なさ気でオドオドしていたサラド。両親を喪ったディネウよりも余程悲愴な顔をしていた。


 ごくっと息を呑む微かな気配で、呆けているようにしか見えなかったサラドの注意がディネウに向く。小さな火がピュッとランタンの中に飛び込んだ。


「ッ! サラド、来てくれ。あのノアラの魔力を吸った土塊の手掛かりが見つかりそうなんだ」


サラドの表情はすぐに切り替わった。



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