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176 罪と自白

 この場の弔いも手伝いたいとジャックは申し出たが、シルエにきっぱりと「彼らをこれ以上神殿に関わらせたくない」と断られた。ジャックの身を案じ助言をくれはしたが、神殿所属であるという一点で拒絶されたことに少なからず衝撃を受ける。それでも仕方ないとジャックは潔く引き下がった。


 去り際、サラドに「土の色が違うところを中心に、入念に、くれぐれも頼みます」と念を押された。口惜しそうな表情が垣間見えるサラドを安心させるようにセアラは「必ず」と言い切った。


それを遂行するためジャックとセアラ、そしてショノアは聖都の中へと向かっている。

セアラを守りたいが、神殿関係者でもない自分が共に居てもいいのかと迷うショノアに「ついていてやれ」と言ったのはニナだ。


そのニナはマルスェイを運んでいる。小柄なニナと傭兵という身長差がある二人に肩を借りて、マルスェイはよろよろと、それでも己の足で宿場町に停めた馬車へと戻っていく。

その間にも、意識は半ば夢の中で、追体験でもしているのか、苦悶の表情を浮かべたり、急に覚醒して焦ったり。反射した光でも照ったかのように、額が時折ぽわっと光っていた。


 神官の元に行く前に指定された場所を確認しておきたいというセアラの希望で、薬草畑に立ち寄った。確かに堆肥を作るための場所があり、近付くだけで臭いがその存在を示す。話の通り、端に黒っぽいぐずぐずした土の面を見つけた。


「きっと、ここだわ」

「何か感じるのか?」


問われてセアラは首を横に振った。


「何も。幽霊たちから受けた不穏な感情はないけれど…。胸が苦しくて…悲しいの」



 先程の騒動が嘘のように礼拝堂内は静まり返っていた。傾いてきた日の光が高い位置にある窓の色ガラスから射し込み、床を照らしている。 

見習いや多くの神官も礼拝堂を出て、避難を終えた来賓の世話に回ったり、それぞれの持ち場で待機し、そこに残っているのは一部の者だけになっていた。幽霊に大いに関わりがあると判じられた王配も参考人として居合わせている。


 副神殿長らは今、祭壇脇で神殿長と高位神官たちに取り囲まれていた。幽霊に纏わりつかれていた時とはまた違った脂汗を掻いている。


導師が裁きの術を放ったあの儀式以降、彼が告発した不正を明らかにするためにも、それまで無視されてきた個々の希望を聞くためにも、聖都の神殿に勤める者から聴き取り調査が大々的に行われた。

酷い痛みに襲われている者は悉く副神殿長の派閥に属していた者で、辿々しくもその意向に従っただけだと口々に語る。副神殿長に至っては話すこともままならず、その口から真実は聞けていない。


性善説に基づく神殿長とその側近らの調査はぬるく、大袈裟に痛む振りをしたり、祈りの言葉を口にすれば、追及の手は止む。そうして、都合の悪い質問から逃れ、手を染めた悪事の真相を詳らかにすることなく済んでいた。


しかし「痛みが消えた。罰を許された」と声高に喜んでしまった手前、もう同じ手は使えない。祈ろうとしても今回ばかりは止められ、その前に懺悔を促される。詰問というよりも話すまでは解放しないという確たる意思の圧。黙って睨み合う時間が延び、観念した一人が白状しだした。そこで名前が挙がった者が弁明し、醜くも互いに罪をなすりつけ合う状況となり、一向に全貌が見えてこない。


 黙したままの副神殿長をじっと見据え、神殿長は内心で溜め息を吐いた。

以前の調査で隷属の術に関する供述は得ていた。その対象は導師と奇蹟の力に才があると認められて教育中の子供。それは才能ある者を保護することこそが目的で、個人の尊厳や行動を縛るものではないという副神殿長の意向に添ったもので、他意はなく、そこに能動的な意志もなかったと語られていた。


質問が実行手段に及ぶと口を噤み、取り乱して許しを請う。その姿は痛々しかった。

すでに罰を受けていること、それが継続中であること、日々真摯に祈りを捧げていることもあり、神殿長は深く追及をしなかった。


その他に問題が山積みだったのもある。特に、養護院で保護した子供を人身売買紛いで横流ししていた件は王都の司法とも密に連絡を取る必要があり、貴族も多く関わっていたことで手を焼いた。引き取られた子供の追跡調査を依頼したが未だ半数以上が消息不明だ。


副神殿長が後見であり、神殿に帰属していない導師と神殿長が接触することは少なかった。それでも「子供に助けの手を。彼らにも生きる権利がある」と訴えられたことがある。その頃には養護院も施療院も導師の手を離れ、別の者が責任者となっていた。

前身となる保護施設はあったものの、養護院の導入と確立は導師による尽力が大きい。子供たちに教育をすることもそうだ。多くの資金と労力がそこに注がれた。まだ何か不満なのかと訝しんだが、隷属による縛りがある中でこれらのことを示唆していたのかと思えば、神殿長はただただ頑なに導師に悪感情を抱いていた自分を恥じるしかなかった。


そして、隷属の術という手段を批難すれども、如何にして成り立つものか考えが及ばず、神に許されるまで待っていた自分を悔いた。


 ぽつりぽつりと零れ出る罪の告白を拾い、整理していくことで、彼らの非道な行いが明らかとなった。

その酷たらしさに目眩がする。


「…犠牲にした子供たちはその後、どうした?」

「その…薬草園の堆肥場に…」


その自供を聞き、とうとう吐き気をもよおし倒れた者が出た。


「神殿長! お伝えしたい事があります!」


礼拝堂の入口でジャックが軽装鎧の足をピシッと揃えてわざと音を立て、声を張る。鷹揚に頷く神殿長の前にジャックは臆せず進み出て、セアラと共にサラドから委ねられた件を伝えた。

それはたった今、聞いたばかりの供述と一致する。神殿長は土を掘り返す人員を集めるよう指示し、連れだって薬草畑へと向かった。


 少し掘っただけで、未発達の小さな骨が数多出てきた。スコップを手にした兵士がガクガクと震える。各々が小さな声で紡ぐ祈りの言葉がざわざわと広がった。


「…先程の救出を含め、その死も、これらも全て、導師の自作自演ということも考えられるのでは? あの治癒士という存在も怪しいでしょう? 副神殿長殿に指示をしていたのが導師だとしたら…」

「酷い! どうして、そんな事を!」


 子供の髑髏を目にしても少しも心を動かされた様子のない王配がポツリと呟いた。王配にしてみればずっと疑問に思っていたことだった。黙秘を貫いている副神殿長も好機に目を光らせる。

それに対し、迷うことなく批難の声を上げたのはセアラだった。ガラガラの声は掠れて大きく響かなかったが皆の耳を引き付けた。不敬で処罰されることを恐れ、「セアラ、この御方は…」と腕を取って身を退くように促すショノアの意も介さず、キッと睨む。

王配からして見ればその姿は、小動物が精一杯の虚勢でプルプルと震えるようで可愛らしくさえあった。


「酷い? 可能性の一つを提示したまでだ。それができる程の力を自身も、仲間も持っているだろうから、我々を騙すことなどいくらだって…」

「王配殿下、それは少々、お言葉が過ぎます」

「しかし、伯父上だって…」

「私は神殿に身を置く者。生家との関係は断っております。故に伯父と甥と呼び合うことはありえません。弁えてくださいませ」


清廉潔白な神殿長に窘められ、周囲の高位神官が渋い表情をしていることからも王配はここで導師を貶める言葉を口にするのは分が悪いと察した。


「それはそうと、王配殿下にも伺いたい。殿下はご自身と幽霊の関係に心当たりは? 王都の軍部は養護院から身体能力に長けた大勢の子供を身請けしてくださったようですが」

「それは、正規に兵の見習いとしてだ。訓練所に入って」

「入って、その後の行方がわからぬ者が大多数なようです。王都にお戻りの際には是非、調査にご協力を願いたい。一度は私たちの庇護下に入った子供たちです。もし不正の被害にあったのなら責任を持って助け出さねば」


またひとつ、どろついた土から髑髏が拾い上げられる。見つめる大人たちを「もう手遅れだ」と責めるようにコロリと転がった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 女王は兵の士気を上げるために着用していたきらびやかな鎧を脱ぎ、無意識にも目頭をつまんで押さえた。


 相次ぐ魔物被害に加え、貧民街を小鬼が襲撃した件もあり、周辺の警らを強化していたことで「骸骨戦士が王都へ向い来る」と報告が得られた。

それから陣頭指揮を執るため物見の塔に立っていたが、結果として襲撃も被害も全くなく終わった。


 緊張状態で待ち構える中、裏手の林から光柱が空に向けて立った。夕闇が近付く時間に、それは眩く、温かくもあるように見えた。光が消えゆくまで、誰も彼も目が離せなかった。


「あの光は…。また、助けてくれたのか。いや、『助ける』などそんな気持ちはないのやも」


独言する女王は目を細め、哀愁にも見える笑みを口端に浮かべた。

程なくして偵察隊から「骸骨戦士は白い炎と光に消え去り、その大元である沼で光柱が立ち、現在、動きはなく小康状態」と報告を受けた。


報告に訪れたのは元特殊部隊員で、現在は王都の防衛を担う隊に編入されている。ボタリ、ボタリと泥を滴らせた小柄な骸骨と沼に関しては思うところがあっても、淡々と事実のみを口にする。自発的に発言することはない。


「そこに誰かいなかったか」

「いいえ。気配はありましたが、人の姿は目にしておりません」

「そうか。…なぜ、泣いている?」


隊員は何を言われたのかわからず、一瞬茫然とした。顎を伝ってポタッと落ちた滴に、驚いて手を頬に当ててみると濡れていた。何を見ても今更、感情が揺さぶられることなどない筈だった。


「わかりません」

「…そうか。ご苦労だった。下がって良い」


 ひと息つく間もなく次なる報告が入る。


「聖都訪問中の者から速報です。聖都がゴーストと骸骨に襲われたと」


目頭を揉んでいた手を放して女王は顔を上げた。



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